七夕祭り


 七月七日。
 今日、俺は幼馴染の園川織姫(そのがわおりひめ)と近所の七夕祭りに来ていた。
「せーちゃん! あれやろう、あれっ!」
「……だからさ、俺の名前は『ほ』から始まるわけで、『せ』じゃないんだけど……」
「うるさいなー。そんなの生まれたときからずっとじゃん」
「ふーん……おまえは生まれたときから言葉喋れたんだ? それは初耳」
「もうっ、そうやっていっつも揚げ足とるっ」
「もっと言うなら、おまえが一番最初に言ったのは『へーたん』だ。……考えてみると、これって結構ひどいよな?」
「しょうがないでしょっ!? ちっちゃかったんだからっ」
「『ほ』が言えなくて、仕方なく『せ』にしてやったにしても、もういい加減『ほ』くらい言えるだろ? 言えないのか?」
 気の強そうな目でキッ、と睨まれる。
 ま、怖くも何ともないけど……。
「ずっと『せーちゃん』って呼んできたのに、今さら『ほしひこ』なんて呼べないってば。言いづらすぎっ」
「言いづらすぎって……それ、俺の正式名称なんだけど。それにおまえの名前だってたいがい言いづらいだろ?」
「んなの、私のせいじゃないもんっ。だいたいにして、せーちゃんがやだやだやだ言ってたんでしょっ!? ふたりセットで七夕ネームって言われるのっ」
 まぁ、それはそうなんだけど……。それはそれ、これはこれ、っていうか――。
 俺が生まれた翌年、隣に住んでる新婚夫婦が七夕に女の子を産んだ。それが、織姫。
 俺たちは一年違いの同日生まれ。つまりは七夕生まれで、七夕にちなんだ名前がつけられている。
 ただし、俺を下の名前で呼ぶのは家族と親戚、織姫の両親のみ、という事実。
 因みに、隣のコレも似たようなもの。

 浴衣を着て文句たれる織姫に手を引かれ、射的のテントに連れて行かれる。
「ほっしーと姫ちゃんはいつも一緒だなぁ!」
 店番をしていたのは田川のおじさん。近所に住むおじさんで、俺たちのことを良く知る人物。
「別にいつも一緒じゃないですよ……」
「そうだよっ。おじちゃん、せーちゃんが高校生になってからはいつも一緒じゃないよ」
 力強く同意されることに微妙に傷つく。そしてムカつく。
「なんでぃなんでぃ! たかだか学校が変わっただけで、家は隣! こうやって祭りがあればふたり揃って浴衣で来てんだから、それのどこが仲悪いって?」
 別に、仲が悪いとも言ってないけど……。
「今年こそは当てろよな!」
 言われて祭り用の射的ライフルを渡された。

 俺、九頭竜星彦(くずりゅうほしひこ)はただいま一個下の幼馴染に片思い中。
 そう――今、隣にいるコレが現物。
 顔はそれなりにかわいいと思う。でも、意外と凶暴。そしてわがまま。
 なんでこんなのに惚れたかな? とは思う。
 たぶん、刷り込み現象の類。物心ついたときからずっと一緒にいるわけで、しかも血なんてつながってないわけで、いつもいつも「せーちゃん、せーちゃん」って後ろについて来られてたらさ、うざったいの通り越して、気づいたら好きになってた。
 よくありがちな幼馴染に初恋ってやつ? 若干、親に仕組まれてる感も否めないけど……。
 一時は、「年上のお姉さん」っていうのに憧れはしたけど、考えてみたらクラスの女子とか部活や委員会が一緒の女子を好きになったことはなかった。
 きっと、同級生よりもこいつのほうが近くにいすぎたから……だと思う。
 でも、距離が近すぎて、どうにもこうにも素直になれない。
 顔を合わせば憎まれ口を叩いてしまう。
 それもこれも、小学校中学校で名前をもとにからかわれたことが原因。
 忘れもしない、「七夕ネーム」とからかわれ続けた九年間。もはや、からかわれ尽くした、と言っても過言じゃない。
 別に苛められてたわけじゃないけど、からかわれるのには十分なネタだったことに間違いはなく……。

 俺はこの春に知ったことがある。たとえ、織姫とセットじゃなくても名前と誕生日を知られた時点でどこにいても突っ込まれる名前である、ということを。
 念願叶って入った高校、藤宮学園でも俺の名前は格好の的だった。
 しかし、それも束の間。
 ネタにはなる名前だが、うちの高校にはもっとゴージャスな名前であったり、あまり聞かないような麗しい名前の人間が多数いた。
 今では小学校中学校で呼ばれてたように「ほっしー」というあだ名で呼ばれるか、苗字そのままに「九頭竜」と呼ばれている。
 あだ名というのは、ところ変わってもあまりつけ方が変わらないもんだな、と思う。
「ほっしー」とは、かなり安易につけられたあだ名だ。
 小学一年生のとき、クラスに「内田」っていう同級生がいた。こいつがみんなに「うっちー」と呼ばれていたこともあり、その流れで「ほっしー」になった。
 俺の苗字はさらっとあだ名が出てくるようなものではない。はっきり言って「クズ」と呼ばれなかっただけでも喜ばなくてはいけないかもしれない。
 このクラスでは、ほかにも「みっちー」や「タッキー」がいたし、「根岸」という友人は「ネッシー」と呼ばれていた。本人がよしとしているのだからいいのだろう。けど、俺はずっとどうかと思っていた。
 この年、小学校に新たに仲間入りした動物、孔雀につけられた名前は「クッキー」。
 本当、名前とかあだ名って安易につけられるものなんだな、って悟った瞬間。

「ちょっと! 真面目にやってんの!?」
「え? あぁ、適当に?」
 俺は射的が苦手で、当てて商品を持ち帰ったためしがない。
「ちょと私に貸してよっ!」
 言われて織姫にライフルを渡す。
 織姫が打ったコルク弾は、俺よりも的外れな場所を通過し落下した。
「お前よりは俺のほうがまだマシだと思う」
「あれっ! あのピンクのキーホルダーが欲しいのっ!!」
「だいたいにしてさ、俺が射的苦手なの知ってるじゃん。なのに、何であんな小さい的を要求するんだよ……」
 これも毎年のこと。
 俺が苦手なのを知っていつつも、こいつは絶対に当たりそうのない小さな物を欲しがる。最近はわかっててやってる新手の嫌がらせなんじゃないかと思い始めているわけだが……。
「ラスト一発。これが当たらなかったら終わりだから」
「えーっ!? そこは取れるまでがんばるとか言うところじゃないのっ!?」
「なんで……」
 この横暴さ加減が織姫だ。むしろ、「横暴さ加減」折り紙つきと言ってもいい。
 どうせ当たらない。そう思って発射した。
 コルク弾は音をたてずに命中する。直後、落下した景品がポテ、と音を立てた。
「せーちゃん、取れた! 取れたっ! やったーーーっ! うさちゃんキーホルダー取れたーっ!」
 織姫が飛ぶたびに、石畳に下駄が着地してけたたましい音が鳴る。
 自分が当てたわけでもないのによくここまで喜べるものだ。
「ほっしー、腕をあげたなー!!」
 田川のおじさんがキーホルダーを織姫に渡しながら言う。
「いえ、まぐれです」
 キッパリと言い放ってその場を離れた。

 キーホルダーを嬉しそうに見ながら歩く織姫を見つつ、
「それ、あげるって言ったっけ?」
「えっ!? くれないのっ!?」
「どうしよっかな?」
「せーちゃんっ!?」
 ニヤニヤとしつつ、焦る織姫を見て悦る。
「あのね、忠告。せーちゃん高校生だよね?」
「そうだけど?」
「高校生がピンクのうさちゃんキーホルダー持ってたら変だと思う」
 頬を膨らませ、実にもっともらしいことを言われた。
「でも、別に俺が持たなくてもほかの女子にあげるっていう手もあるわけで……」
「えっ!? それはだめっ! 私にくれなきゃだめっ!!」
 慌てる様が必死でおかしい。でも、「私にくれなきゃだめ」と言ってるあたりがこいつらしい。
「あ……でも、もしかして――せーちゃん、彼女……できた?」
 訊かれてドキっとする。
「い、ない。そんなのいるわけないだろ」
 俺が好きなのはお前なのに……。
「良かったー! じゃ、これ、私がもらっていいよね?」
 疑問符はついてるけど、もう自分のものと言わんばかりに歩き出していた。
 こんな状態がいつまで続くんだか……。

 次は金魚すくい。
 これはふたりとも意外と得意。でも、飼うのは面倒で、いつもすくうだけすくって持ち帰ることはない。
 ほかにやるのはスーパーボールすくいとヨーヨー。スーパーボールは俺が好きで、ヨーヨーは織姫が好き。これは取ったものを互いに交換する。
 でも、毎年思うんだ。
 俺のスーパーボールはしぼむことはない。けど、ヨーヨーは日が経てばしぼんでしまう。そして、きっと捨てられるのだろう――。
 俺のスーパーボールは毎年溜まっていく一方たというのに……。
 まるで、自分の想いが具現化されてる気分だ。

 ある程度、ものを取り終えると食べ物に走る。
 最初は綿菓子、それを食べたらお好み焼き、たこ焼き、リンゴ飴。
 絶対に買う順番を間違えてると思う。毎年忠告するけど、この順番は変わることはない。
 俺にとっては、その場で何口かで食べられる分量。でも、織姫は一口が小さいうえに食べるのが遅い。なのに、ほかに目移りして食べたがる。
 結局、手に持ちきれなくなって、どうやって食べるんだ? って状況の出来上がり。
 案の定、今年も同じ状況に陥っていた。
「せーちゃぁん……手が足りない」
「バカ。手が足りないんじゃなくて、おまえの考えが足りてないんだ」
「だってぇ……。売り切れちゃうかもしれないじゃん」
「じゃぁ、全部買ったところでそれはお前の胃におさまり切るのか?」
 毎年同じ会話。
「それは……でも、食べ切れなかったらせーちゃんが食べてくれるでしょう?」
「俺はお前の残飯処理機じゃない」
「冷たいなぁ……」
「冷たいんじゃなくて、おまえが横暴なんだ」
「どうしてー? 私が買ったのに、あげるって言ってるんだよ?」
 その前に、自分の口に運べって言うくせに……。
「たこ焼き! たこ焼き食べたい!」
 右手に持った皿をずい、と目の前に出される。
 今、織姫の右手にはたこ焼き。左手には戦利品のヨーヨーとリンゴ飴。とてもじゃないがたこ焼きを食べられる状態にはない。
 ひとりでものを食べられるとしたらリンゴ飴のみ。
「たーこーやーきーっ!」
 催促されてたこ焼きを口に放り込む。
「美味ひー!!」
 その嬉しそうな顔がかわいいと思う。思うのに――。
「口にものが入ってるときに喋らない」
 注意しながら頭を小突く。


七夕祭り:羽桜様


「うぅ……」
 織姫は恨めしそうな顔をして黙った。
 口をもぐもぐさせ食べ終えると、
「美味しい! せーちゃんも食べなよっ!」
 俺は一瞬躊躇する。
 今、織姫の口もとに運んだ串で自分も食べるのかと思うと、ちょっと……。
 間接キスなんて何度もしてるけど、でも――。
 好き、と認識してからとそうでないのとは大きく異なるわけで……。
 俺が織姫を好きだと自覚したのは高校に入学してからのこと。
 会う時間が如実に減って、明らかに距離が空いてからだった。
「食べないの?」
 訊かれて、勢いに任せで口に放り込んだ。
「美味しい? 美味しいでしょ?」
 俺は少し顔を逸らして頷いた。
 今が夜で助かった。
 あたりにある明かりはどれも白熱灯のオレンジ色っぽいものが多く、ちょうちんにおいては赤が多い。
 こんな状況なら、赤面してるのはばれないだろう……。
 どさくさに紛れて質問する。
「織姫は?」
「え?」
「彼氏、できた?」
「ま、まさかっ! できたらせーちゃんやせーちゃんママ、せーちゃんパパに言わないわけないじゃんっ」
「……それはどーも」
 それ……俺は範疇外って言ってんのと変わらないじゃん。
「ね、せーちゃんは? せーちゃんは彼女いないって言ったけど、好きな人は?」
 答えられるか、アホっ。
「なんで黙ってるの? 私困るじゃん」
 困ってるのは俺だ、ナスっ!
 俺は言いたい言葉を必死に抑える。
「ねぇー?」と、顔を覗き込んでくる織姫をを軽くはたくと、
「せーちゃんの暴力人間っ」
 と、これまたひどい言われよう。
 誰か、俺の心中察してくれませんかね……?
 すると――。
「こんな暴力人間でいやみばっかり言う人、私しか好きにならないんだからねっ?」
 ――思考停止。
 いや、ちょっと待て……思考停止してる場合じゃない?
 全力で動け働け、俺の頭っ!
「今、なんて言ったっ!?」
「せーちゃん……性格と行動に加えて耳も悪くなったの?」
「どうでもいいから、さっきなんて――」
「だからっっっ! いい加減気づいてよ、このあんぽんたんっ」
「おい……あんぽんたんはないだろう、あんぽんたんは――」
「うっさいっっっ。私が好きなのはっ、くずりゅーほしひこっ。毎年七夕祭りに誘ってるんだから気づいてよっ」
 真っ赤な顔で、しかも大声で言われた。
 こんな告白ってありなのかっ!?
 両手を上げて、降参ポーズをとりたくなるほどにはまいった。
 名前で呼んで欲しかったのは好き子だったから。
 家族や親戚、園川夫妻以外が呼ぶことのない名前。それをこいつには呼んで欲しいと思ってたんだ。
 でも、その願望と告白がセットで叶うって――。
 周りの照明なんて意味がないことに気づく。
 だって、俺の隣に座る織姫の顔が真っ赤だって俺がわかるんだから、当然、俺が赤面してるのだって織姫にばれてるはず……。
 いや、ないか――こいつ、俺のこと見てないや。
 そんなことに少しの余裕が生まれる。
「織姫」
「何っ!?」
 下を向いたまま反抗的な返事。
「こっち向けば?」
「やだよっ。絶対笑ってるし、今日のせーちゃん浴衣着ててセクシーだしっ。水泳部に入ったから? 華奢だったのに少し胸板厚くなってるっ」
 なんつーことを……。
「……織姫がこっち向いたらいいこと教えてやるよ」
「……いつも『おまえ』っていうのに、急に名前で呼び出すし。せーちゃん反則っ!」
 バカヤロー。最初に反則したのはお前のほうだ。
「こっち向いたら俺の好きな人教えてやる」
「えっ?」
 ふいに俺を見上げた織姫の唇を奪う。
「せ、せーちゃんっ!?」
「俺が好きなのは織姫」
 俺が言う前から顔は真っ赤だった。そして若干色っぽくも見えるその唇が紡いだ言葉は――。
「……たこ焼き味」
 ちょっと待て……。
「それ言うか?」
「だってっっっ。どうせだったらリンゴ飴食べたあとのが良かったっ」
「そーいう問題かっ!?」
「だって、初チューの味がたこ焼きとリンゴ飴じゃ雲泥の差だよっ!?」
「論議してる内容はかなり低次元だけどな……」
 織姫は慌ててリンゴ飴をかじる。音を立ててガリッ、と。
 そして俺を見るんだ……。
「何……」
「今ならリンゴ飴味っ」
 付き合うとか付き合わないとか、色々すっ飛ばしてる気がした。けど、俺は二回目のキスをする。
 今度は甘くて酸っぱいリンゴ飴の味を存分に味わって。
 唇が離れると、
「今のが初チューねっ? 人に言うときは絶対にたこ焼きチューは言っちゃだめだからねっ!? 絶対秘密だからねっ!?」
 またしても横暴織姫全開なわけだけど……。
「質問……。おまえは誰かにこのキスの話をするのか?」
「え? だってママとパパに報告しなくちゃ」
 きょとんとした顔で言われる。さもありなん、と言わんばかりに。
「するのかっ!?」
「え? だって、毎年毎年訊かれてるんだもの。せーちゃんと初チューはまだ? って」
「…………」
「ついでに言うと、せーちゃんママとせーちゃんパパにも訊かれてるよ?」
 俺は思い切り脱力した。
 間違ってなかった……。やっぱり俺は四人プラスひとりのトラップにまんまと嵌ってたんだと思う。でも――これで片思いは終了、になるのか?
 長くて短い初恋という片思いは、十七歳の夏にしてその幕を閉じた。
 これから始まるのは「恋愛」という名のステージ――。

 この日、俺が短冊に書いた願いは、「織姫の横暴さが軽減しますように。それと、誕生日を毎年ふたりで迎えられますように」。
 織姫の願い事は、「せーちゃんがこれ以上凶暴になりませんように」。
 色気など皆無だ。
 色々思うところはある――でも、こんなふうにずっと一緒にいられたらいいな、と思う。



Update:2012/07/08  改稿:2016/04/28

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