光のもとでT

Side View Story 01



Side View Story 01 16 Side 司 01話


「ねぇ、今日翠葉休み?」
 訊いてきたのは海斗。
「いつもだったらもう来てる時間だよね?」
 飛鳥も不思議そうに、私と海斗の間にある席を指差して言った。
 昨日も一昨日も、私が登校してくる八時過ぎには姿があった。けれど、その席は主なき空席。
 この日、彼女はホームルームが始まっても姿を見せなかった。
 そしてホームルームの最後に、担任の口から体調不良で休みであることを知った。
 思い当たる節がないわけじゃない。
 昨日、彼女のお昼ご飯はスープのみだったし、午後には話しかけても反応が鈍かった。
 熱でもあったのかしら?
 私が冷静に思い出しているのに対し、飛鳥はどんよりとした空気をかもし出す。
「翠葉、大丈夫なのかなぁ……。昨日はスープしか飲んでなかったし……」
「まぁ、休むくらいには体調が悪いってことでしょう?」
「そうだよねぇ……」
「何、飛鳥も桃華も翠葉の携番やアドレス聞いてないわけ?」
 海斗に訊かれて舌打ちしたくなる。
「だってさ、高校始まってまだ四日だよー?」
 飛鳥の言葉に便乗して頷く。
 迂闊だったわ。とっとと訊いておけばよかった。
「あー……今日はかわいい翠葉の声が聞けなーい……。あのさらっさらの髪の毛にも触れなーい……。あのかわいい顔も拝めないなんてえええっっっ」
 うるさい飛鳥を横目に、
「とりあえず、今日の授業ノートの分担をしましょう」
 私が提案すると、その話にもうひとり加わった。
「それ、俺も手伝う。人数多いほうがいいだろ?」
 もうひとりのクラス委員、佐野明だ。
 何よ、「クラス委員なんて柄じゃないんだけど」なんて言いつつ、ちゃんとクラス委員ぽいことできるんじゃない。
 そんなことを思いつつ、彼にも一教科担当してもらうことにした。
 
 佐野とはこれをきっかけに話すようになった。
 佐野は、私が登校してくる時間にはいつも教室で寝ている。きっと朝練の疲れか何か。そして、その佐野を飛鳥が起こすのが日課のようになっていた。
 その佐野から渡されたルーズリーフを見て目を瞠る。
 外部生なのだから、それなりに勉強はできるのだろうとは思っていた。でもそれが、ありありとうかがえるノートに息を呑む。
「私が休んだとき、ノートは佐野にお願いしたいわ」
「簾条って学校休みそうに見えない」
「失礼ね……。熱を出せば休むわよ」
「そう? じゃ、そんな日には頼まれてやるよ。だから俺が休んだ日のノートは海斗に任せないでくれ」
 クリアファイルに入っていた、海斗が担当した英語のノートを見て苦笑する。
「本当に……。海斗のノートだけはごめん被るわ」
 海斗には英語をお願いしたものの、ルーズリーフには単語の走り書きしかされていない。
 こんなの、教科書のどこを授業でやっていたのかすらわからない。
 思い切り深いため息をつく。
 まぁ、翠葉宛の一言メッセージが書いてあることだし、翠葉は喜ぶかもしれない。
「簾条、シャーペン貸して」
「え?」
「俺も一言書きたい」
「どうぞ」
 シャーペンを貸すと、その場でサラサラと翠葉へのコメントを書いた。
「でも、これを渡せるのは明日か……。御園生、明日の授業大丈夫かな?」
「それなら安心して。今日中に届ける予定だから」
「え? 簾条、御園生の家まで行くつもり?」
「まさか……。携帯の番号もアドレスも知らないのに、自宅の住所なんて知ってるわけないじゃない」
「そりゃそうだ」
「翠葉のお兄さんが大学にいるのよ。だから、そっちを捕まえるつもり」
「なるほど。じゃ、あとは頼んだ」

 授業が終わると、すぐに大学へ向かった。
 確か建築がどうのって話を聞いた気がするから、そのあたりの人間を捕まえればわかるだろう。
 大学敷地内に入り、カフェの前を通り過ぎようとしたとき、オープンカフェに座っていたふたり組に声をかけられた。
「大学に用?」
 ふたりの内、右側のとても軽そうな男に訊かれた。
 いつもなら無視するところだけれど、今日は利用させてもらう。
「あの、御園生蒼樹さんをご存知でしょうか?」
 珍しい名前だしあの容姿だ。名前くらいは通っていそうなもの……。
「理工学部建築学科の?」
 詳しくは知らないからにこりと笑みを返した。すると、左側の男が、
「それなら木藤教授のとこじゃないかな」
 続けて右側の男が、
「何? 蒼樹に気があるの?」
 などと訊いてくる。
 なんて無粋な……。
「いえ、妹さんに渡していただきたいものがあるので、それを届けに来ただけです。木藤教授は今どちらに?」
「ちょっと待ってね」
 今度は左側の人間が携帯を取り出した。
「あ、蒼樹? うん、カフェで息抜き中の環(たまき)だよ。――怒るなよ〜。あのさ、今、妹さんの友達って人が蒼樹を訪ねてきてるんだけど。――え? 名前なんて知らないよ。ちょっと待って」
 スマホから耳を離してこちらを向く。
「ごめん、名前訊いていい?」
「簾条です」
「あ、もしもし? 簾条さんって黒髪の女の子。――今カフェだってば。――わかったー」
 スマホを切ると、にこりと笑顔を向けられる。
「今からここに来るって言うから少し待っててもらえる?」
「ありがとうございます」
「それまで一緒にお茶でもどう? ご馳走するよ?」
 右側の人にお茶に誘われたけれど、そんな気はさらさらない。
「私日焼けしたくないので、あちらのベンチで待たせていただきます」
 そう言って断ると、左側の人へと向き直り、
「お手数おかけして申し訳ございません。とても助かりました。ありがとうございます」
 笑顔で礼を述べその場をあとにした。
 カフェが視界に入る木陰のベンチに座り、本を取り出したけれど、蒼樹さんは五分と経たないうちにやってきた。
「お呼びたてしてすみません。あの、これ……今日の授業のノートです。翠葉に渡していただけますか?」
 クリアファイルを差し出すと、蒼樹さんは驚いた顔をした。
「このためだけに来てくれたの?」
「はい。あとは図書館に所用がありましたので」
「そうか、ありがとう。翠葉、喜ぶよ。すごく学校に来たがってたから」
 と、少し寂しそうに笑った。
 そんなにも具合が悪いのだろうか。
「風邪、ですか?」
「んー……ちょっと張り切りすぎて疲れちゃったみたい。少し発熱してるだけだから大丈夫だよ」
 その割には表情が浮かない。
 ま、本人が出てくればわかることね。
「お呼びたてして申し訳ないのですが、本当に用はそれだけなんです」
「いや、ありがとう」
 そのあと、蒼樹さんは私を図書館まで送ってくれた。
 途中人とぶつかりそうになれば何気なくかばってくれたり、無言にならないように話題を振ってくれたり。短時間ではあったけれど、優しい人だということがうかがえた。
 妹と同じ年だから慣れているのかしら……? でも、年下を扱うような感じで話されているわけではないし……。フェミニスト、というよりは紳士的。
 海斗とは一味も二味も違う「人当たりの良さ」を感じた。
 結局、読書コーナーの害虫どもを振り切ってその奥のコーナーに行くのが面倒だという話をしたら、蒼樹さんは笑いながら目的地まで送り届けてくれた。
 翠葉をここに来させたくないと思うのも無理はない。だからと言って、クラスメイトの私にここまで親切にしてくれると、少し勘違いしてしまいそうになる。
 翠葉。あなたのお兄さん、相当できた人よ?
「蒼樹さん、翠葉の好きな人の理想を訊いたことありますか?」
「え? ないけど……どうして?」
「いえ、少し知りたくなっただけです」
「……それ、情報を得たら俺にも教えてくれない?」
「……どうしましょう?」
 クスクスと笑いながら答えを渋る。
 目的地に着くと、蒼樹さんは軽く手を上げて来た道を戻っていった。
「こんなに格好良くて、できたお兄さんがいるんだもの。翠葉の理想が低いわけないわ」
 翠葉は恋愛で苦労しそうなタイプね。
 そんなことを思いながら、今日借りる予定の本に手を伸ばした。



Update:2009/05/16  改稿:2017/05/10


 ↓↓↓楽しんでいただけましたらポチっとお願いします↓↓↓


ネット小説ランキング   恋愛遊牧民R+      


ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。


↓コメント書けます↓



Page Top