光のもとでT

第二章 兄妹



第二章 兄妹 04話


 昼休みが終わると、桃華さんと佐野くんがクラスに戻ってきた。
 飛鳥ちゃんと佐野くん、大丈夫かな……。
 ふたりを注意深く見ていると、そんな心配は必要なかったことに気づく。
 ふたりはいつもどおりに言葉を交わしていた。
「翠葉、どうかしたの?」
「ううん……。桃華さん、午後はどんな具合?」
「そうね……。うちのクラスが関係あるのは男子サッカーの決勝くらいかしら? 対戦相手は藤宮司のクラス。あと翠葉が気しそうなのは、桜林館での男子バスケ決勝。あの男のクラスと三年A組の試合よ。全部の試合が終わると、各クラスの順位を算出して表彰式って流れ」
「ってことは、うちが出るのはサッカーだけかぁ……。お祭り終わっちゃーう」
 残念がる飛鳥ちゃんに桃華さんが、
「飛鳥にはトリがあるでしょ?」
「まあね」
「トリ」ってなんだろう?
 不思議に思っていると、
「翠葉はバスケの決勝、観に行くの?」
 桃華さんにたずねられ、少し困る。
 確かに試合は気になる。でもその、「気になる」を変に誤解されているような気がするのだ。
 藤宮先輩のことは確かに格好いいと思っているけれど、「好き」というわけではないのに……。
「決勝まで残るのってすごいよね?」
 何気なく話の方向を逸らしてみると、
「決勝までじゃ意味ないわ。決勝に勝ってこその勝利でしょう?」
 なんとも桃華さんらしい一言に、一蹴されてしまう。
 私は決勝まで残れたらすごいと思うんだけどな……。
 でも、先輩の試合か……。どうしようかな。うちのクラスとの対戦ではないし、応援に行こうかな?
 そんなことを考えていると、
「あり得ないほど混むから、行くなら気をつけなさいよ?」
 それは想像できなくもない……。
 準決勝ですら、観覧席が埋まる勢いだったのだ。それが決勝ともなればどうなるのかは想像に易い。
 これは無理かな……?

 桃華さんは集計作業のために視聴覚室へ戻り、飛鳥ちゃんは委員会の仕事があると走っていった。
 ひとりになった私は、サッカーの試合会場となる外へ足を向ける。
 昇降口を一歩出ると、かなり暑いと感じた。
 お昼過ぎはお日様大活躍の時間だし、今日は雲ひとつない快晴。風すら吹いていないのだから、恨めしい。
 こういう日は要注意……。
 わかっていても、クラスの応援に行きたいと思う。
 日陰はないかと探したところ、桜の木の下がちょうどいい日陰になっていた。けれども、そこからフィールドまではかなりの距離がある。
 昇降口に戻って悩んでいると、佐野くんが階段を下りてきた。
「外、出られそう?」
 首を傾げて訊かれ、思わず傾げ返してしまう。
「どうしようか悩んでいるところ……」
 肩を竦めて見せると、
「後ろ姿がすでに『どうしよう?』って言ってた」
 と笑われる。
「やだな、それ」
「……さっき、ありがとう。いてくれて助かった」
「私は何もしてないよ」
「いてくれるだけで救われることがあるって、知ってるでしょ?」
 体操着越しに、冷たくて気持ちのいい鉄製の下駄箱を感じながら、そんな話をした。
「それ、何を聴いてるの?」
 佐野くんが持っているミュージックプレーヤーに話を移すと、
「これ? 今はエルレが流れてる」
「えるれ?」
「エルレガーデンって知らない?」
「……普段はインストしか聴かないの」
「聴いてみる?」
 イヤホンとプレーヤーを差し出されてコクリと頷いた。
 イヤホンから流れてくるのはロックのような音楽。第一に得た印象は「力強さ」だった。
「この歌詞……好きかも」
「なんの曲?」
 訊かれて、片方のイヤホンを渡す。
「あぁ、いいよね。『Missing』って曲。俺も好き。どこか切ないんだけど、曲調で前向きになれるっていうか……なんかいい。エルレの曲全般好きだけど、これはとくに好き」
 その曲が終わるまで、佐野くんと一緒に同じ曲を聴いていた。
「聴くならエルレのCD貸そうか?」
「本当っ?」
「うん」
「嬉しいっ!」
「近いうちに持ってくる。じゃ、俺行くわっ! それ、持ってて? 聴いててかまわないから」
「ありがとう! がんばってね」
 そう言って別れると、私は両耳にイヤホンを着けた。

 昇降口を出て校庭を眺める。
 フィールドの近くにはたくさんの人が集まっていて、みんな暑そうに手で日差しを遮ったり、下敷きや扇子、団扇で扇ぎながら観戦している。
「やっぱり暑い、よね……」
 そうとわかっている場所へのこのこ出て行って、観戦に熱くなって倒れでもしたら、またみんなを驚かせてしまう。
 それは避けるべきだ。なら――
「ここからでも、いいかな?」
 応援には変わりないし……。
 目を凝らして遠くを見ていると、肩を叩かれてびっくりした。
 振り返ると、半身後ろに藤宮先輩が立っていた。
「どれだけ大きな音で聴いてるんだか……。耳を悪くする」
「あ……これ、今預かったばかりなんですけど、少し大きな音で聴きたくなる音楽だったんです」
「聴力落としたくないなら音量は抑えろ」
「はい……」
「体調は?」
「大丈夫です。でも、あそこまではちょっと行けそうになくて、ここから絶賛応援中。海斗くんも出ているんですよ」
 砂埃が立っている方を指して答えると、視線を感じてそちらに視線を移す。と、どうしたことか、藤宮先輩がまじまじと私を見ていた。
「なんでしょう……?」
「いや、笑うんだなと思って」
「私、そんなに笑わない人に見えました?」
「事実、睨まれこそすれ笑いかけられることはなかったと思うけど?」
 確かにそうかもしれない……。
「少し前に、秋斗さんからもよく笑うようになったって言われました」
 話した直後、藤宮先輩は眉間にしわを寄せていやそうな顔をした。
 秋斗さんのお話はタブーなのかな……。
 先輩の機嫌を損ねると辛辣な言葉が降り注ぐことになりそうで、それを回避すべく話をすり替えることにした。
「先輩、お仕事は?」
「あぁ、今年は一年に優秀なクラス委員がいるから」
 そう言うと、先輩はどこかシニカルに笑った。

 結局、私たちはフィールドからはかなり離れた桜の木陰、観覧席の一番上段に座っている。
 ここからだと、プレイしている人が誰だかかろうじて見分けがつく程度。でも、参加している気にはなれる。
「やった! 先制一点!」
 たぶん、佐野くんのセンタリングで海斗くんがシュートを決めた。
 やっぱり顔までははっきりと見えなくて、背の高さや全体的な雰囲気で人を見分けるしかない。
「海斗とクラス委員の佐野か……?」
「……たぶんそうだと思います」
 遠くを見ていた目が自分に向く。
「視力悪い?」
 至近距離で意志の強い眼差しを向けられ、すぐさま顔を逸らした。
「この程度のこと……。御園生さんが過保護にしすぎるからだ。……少しは免疫つけたほうがいいと思うけど?」
「……先輩の意地悪っ」
「一応心優しい忠告のつもりだったけど……。よくわかった、翠の俺に対する認識って、氷の女王とか意地悪とかそういう類なわけね」
 先輩は言いながら桜林館へ向かって歩きだした。
 これはもしかしたら、ずいぶんと根に持たれているのかもしれない……。

「翠葉?」
 先輩が去って行った方向とは逆の方から、桃華さんが現れた。
「桃華さんっ! 集計終わったの?」
「ううん、まだ。飲み物を買いに出てきたんだけど……。今一緒にいたのって、藤宮司?」
「うん」
「信じられない……。みんな必死になって集計やってるのにっ。あーーー、腹立つっ。……あの男、ほんっとに人を使うことに長けてるのよねっ」
 桃華さんは勢いに任せてペットボトルの蓋を開け、ゴクゴクと飲み始めた。
 もしかして、「優秀なクラス委員」とは桃華さんのことを指していたのだろうか。
 この予想は外れている気がしない……。
 私は早々に話題を変えることにした。
「あのね、海斗くんが先制点入れたよ!」
「あら、がんばってるじゃない。うちのクラス、これに勝つと全二十一クラス中で三位よ? 一位や二位は今のところ採ってないんだけど、逆に四位以下もないの。平均して三位以上四位未満。ムカつくことに、一位か二位になるところにあの男のクラスと三年A組がいるのよね……」
 桃華さんからどす黒いオーラーが放たれているような気がして、少し身を引く。
「そういえば、翠葉がここにいることクラスの誰か知ってる?」
「え? ……佐野くんが知ってるかも?」
「じゃあ、大丈夫ね」
 何が、と訊こうとしたときにはすでに後ろ姿だった。たぶん、集計作業に戻るのだろう。
「何が大丈夫、なのかな……?」
 不思議に思いながら、私は桃華さんの姿が校舎の中に消えるのを見届けた。

 ゲームは後半戦も連携プレーがうまくいって二点採り、相手チームには一点も許さず勝ちを決めてしまった。
「すごいなぁ……」
 うちのクラスは運動神経のいい人が集まっているのだろうか。
 暢気に眺めていると、試合終了の挨拶が終わった途端に、佐野くんと海斗くんが校舎目がけて最短距離を駆け出した。
「どうしたんだろう……?」
 ゲームが終わった直後なのに、元気がいいなぁ……。
 ふたりとも全力で走っているのだろうけれど、やっぱり佐野くんのほうが速い。
 少しずつ少しずつ、ふたりの差が広がっていく。
 久しぶりに、人が走る姿をじっくりと見ていた。
 観覧席にたどり着くなり、佐野くんが海斗くんを振り返り、
「じゃ、御園生頼んだっ」
 佐野くんはスピードを緩めることなく昇降口へと向かう。海斗くんが私のもとにたどり着くと、
「翠葉、桜林館の場所取り行くよっ」
「え……?」
「走らなくていいし、焦んなくていいからっ。佐野が先に行って場所取ってくれてるはず。でも急ぐっ」
 状況はわからないけれど、とりあえず急ぐ。すると後ろから、「うおおおおおお」と雄叫びのような声が聞こえてきた。
 びっくりして振り返ると、そこには全校生徒が桜林館へ向かう地獄絵図があった。
「何これっ!?」
「全校生徒による魔の徒競走っ。翠葉、悪ぃっ」
 海斗くんはひょいっと私を横抱きにして走りだした。
「無理無理無理無理っ。海斗くん、下ろしてっ。先に行ってくれていいからっ」
「いや、それこそ無理っ。あんなのの渦中に翠葉置いてったら、クラスの人間から吊るし上げ食らう。っつか、桃華が怖ぇっ」
 私はそのまま荷物よろしく桜林館まで運ばれてしまった。
 館内はパラパラと人がいるくらい。その中で、佐野くんが二階中央の最前列と、二列目を十五席ずつ押さえてくれていた。
「無事到着おめでとう! じゃ、バトンタッチ」
 佐野くんは海斗くんとハイタッチを交わして桜林館から出ていった。
「佐野くんはどこへ行っちゃうの?」
 サッカーが終わったあとは魔の徒競走、そしてまた走っていってしまった。たぶん、まったく休んでいないと思うのだけど……。
 左隣で海斗くんがしゃがみこんで息を整えていた。けれども、上がっていた息はすでに落ち着きを取り戻し始めている。
 すごい回復力……。普段から運動していると、こうも違うのだろうか。
「佐野はまだ集計が残ってるんだって。俺よりも足速いからさ、とりあえず場所取りに走ってもらった」
「……そうだったのね。お疲れ様」
 佐野くんが出て行ってすぐに、桜林館の入り口三ヶ所が人で溢れ返った。
「うわ……すごい」
「だろ? もうさ、これは中等部からの恒例行事みたいなもんなんだ」
 観覧席はまだ半分も人が埋まっていないのに、うちのクラスは早くも集まり出している。
「翠葉ちゃん、サッカーの試合のときどこにいたのー?」
 ゼーハーゼーハー全身で呼吸をしている希和ちゃんに訊かれる。
 おでこ全開ですごい汗。
 私はチビバッグに入れていたタオルで額の汗を拭いてあげながら、
「昇降口前の桜のところ……」
「あーーーっ! 見っかんないわけだ」
「いやさ、俺たち全然見つけられなくてさ、唯一佐野だけが知ってたんだけど、試合終わるまで全然わかんなくてさ」
 と、桃華さんの後ろの席の和光宗紀わこうむねのりくん。
「試合終了間際に佐野が、海斗と自分がピックアップするからって言ってくれて安心したよぉ」
 そう言ったのは、サッカーの試合に出ていた瀬川英介せがわえいすけくんだった。
「じゃないと、俺ら簾条に何言われるかわかんねーもんな」
 クラス全体がカラカラと笑う。
 ……桃華さん、私がいないところで恐怖政治か何かされていますか?
 そんなことを思いつつ、桃華さんが別れ際に言っていた言葉を思い出し、なんとなく納得した。
「もう、翠ちんちっこいからさ」
 飛鳥ちゃんと同じくらい背の高い、バスケ部の鹿島理美かしまりみちゃんに言われ、
「そんなに小さくはないと思うよ?」
「うーん、華奢だからかなぁ? ちっちゃく見える」
「そうかなぁ……?」
「そうそう」
 周りのクラスメイトにクスクスと笑われたけれど、全部の試合が終わって疲れているところ、サッカーの観戦をしながら自分を探してくれていたことがひどく嬉しくて、心がほわっとあたたかくなった。
「探してくれて、ありがとう……」
 周りにいる人にしか聞こえないくらいの声だったのに、
「翠葉も応援お疲れー」
 と、ところどころから声がかかる。
 一通りもみくちゃされてから、海斗くんのもとへ行く。
「あのねあのね」と内緒話するみたいに近寄ると、「ん?」と背の高い海斗くんが屈んでくれた。
「こんなに楽しい球技大会は初めて!」
「良かったな! でも、これが普通!」
 お日様みたいな笑顔で言われる。
「翠葉、英語は得意?」
 急に訊かれてびっくりする。
「実はものすごく苦手」
「じゃ、一個覚えようよ! Union is strength! 意味は『団結は力なり』」
 ――「Union is strength.」
 団結は、力なり――
「……格好いいね。うちのクラスみたい」
「だろ?」
 頭を撫でられ髪の毛をくしゃくしゃにされたけれど、不快感はゼロ。
 こんなに楽しい学校行事は初めて。
 この高校に来て良かったっ!



Update:2009/05/18  改稿:2020/01/21



 ↓↓↓楽しんでいただけましたらポチっとお願いします↓↓↓


ネット小説ランキング   恋愛遊牧民R+      


ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。


↓コメント書けます↓



Page Top