光のもとでT

第三章 恋の入り口



第三章 恋の入り口 08話


 翌朝も、何も変わることなく蒼兄と一緒に登校する。
 まだ、ひとりで電車通学、というのは実現していない。
 やってみたいとは思う。でも、いざとなるとチャレンジする勇気が出ない。
 トライするなら土曜日の帰りかな、とかプランを考えないわけではないけれど、テスト前に倒れたら、と考えると実行する日はきちんと選ばなくちゃいけない気がした。

 上履きに履き替え図書棟へ向かうと、図書棟前に秋斗さんが立っていた。
 その立ち姿を見て、キャーキャー騒ぐ先輩たちの声が降ってくる。
「秋斗さん、すごい人気ですね?」
「どうかな? ただ、年上の男が珍しいのと、藤宮の人間だからってだけじゃないかな?」
「そんなことはないと思いますけど……」
「それは僕が格好いいって言ってるの?」
「それはもう……。でも、それご自分でもわかっているでしょう?」
「まあね。多少外見に恵まれていることは自覚してる」
 秋斗さんは悪びれず笑って見せた。

 図書室は相変わらず写真だらけで、小路のように床が見えるのみ。それはまるで迷路のよう。
 きっと今日の放課後も、生徒会メンバーが集って作業をするのだろう。
 昨日聞いた話だと、何枚あるのかわからない写真を今週中に一〇〇〇枚までに絞り、翌週から広報委員が加わって六〇〇枚に絞るのだという。
 それなら最初から広報委員も交えて作業すればいいのに、と思っていたら、「それじゃだめなのよ」と里見先輩が教えてくれた。
「表に出しちゃまずいような写真も中には紛れていたりするから、それをピンはねするのも仕事のうち。まずい写真は大人数に晒すものじゃないでしょ?」
 言われて納得。
「それに、これだけの枚数だからね……。広報委員が入るスペースなんてないのよ」
 荒川先輩が辺りを見回して「最悪」って顔をした。
 確かに、生徒会メンバーですら小路しか歩けない状態なのに、そこへ広報委員が入るスペースなどない。
 それなら場所を変えれば……なんて言えないくらいの分量に、ここでの作業が妥当だと思わざるを得なかった。

 仕事部屋に入ると、
「まずはお茶にしようか」
 秋斗さんに言われて私が淹れることにした。
 時刻はまだ八時を回ったところなので、始業時間ではない。あと三十分ほどはのんびりできる。
 そこまで考えて、「あれ?」と思う。
 私が早く来ているから秋斗さんも早いのだろうか。
 普通、会社の始業時刻って何時?
「秋斗さんのお仕事は何時からなんですか?」
「ん? 始業時間は九時だけど?」
「もしかして、今日も昨日も早くにいらしてくださってたり……しますよね」
 秋斗さんはクスリと笑う。
「少しだけね。でも、家は近いから気にしなくていいよ」
「すみません……」
 ここに通ってくるのも今日が最後なので、謝ることしかできなかった。
「翠葉ちゃんはさ、そういうところには気づくのに、そのほかは色々と鈍いよね?」
「え……?」
「いや、こっちの話。……君のアンテナがどの辺についていて、どんなことに反応するのかはちょっと興味があるけど」
「……意味がわからないです」
「うん、わからなくていいよ」
「それはなんだか面白くないです……」
 むぅ、と頬を膨らませると、さらに笑われた。
「あ、そういえば……昨日初めて知りました。バイタルチェックの受信側のシステム」
 昨夜、栞さんに見せてもらったメールの話をする。と、
「あぁ、これね」
 秋斗さんは自分のスマホを見ながら答えた。
「それ、私のスマホでも見られるようにできますか?」
「できるけど……?」
「……お願いしてもいいですか?」
 自分自身が血圧や体温を知ることができれば、もう少し色んなことを回避できる気がする。
「いいけど……急にどうしたの?」
「……ただ、そのほうがもっと自分が自分に気をつけられる気がするから……。今の状態だと、全部人任せみたいな気がして……」
「……そんなことはないんだけどね。でも、翠葉ちゃんが望むなら設定するよ」
 秋斗さんにスマホを差し出すと、スマホを手にした秋斗さんは不思議そうな顔でスマホを観察していた。
「どうかしましたか?」
「いや、女子高生らしからぬスマホだと思って」
 その返答の意味がわからない。
 女子高生らしいスマホとは、どういうもののことを言うのだろう……。
「最近の子はさ、手帳型のケースに入れていたり、ストラップがじゃらじゃらついていたり、主張の強いイヤホンジャックをつけてたりするじゃない?」
 ……そう言われてみれば、飛鳥ちゃんのスマホには何かのキャラクターと思しきストラップがじゃらじゃらついているし、希和ちゃんのスマホはウサギの耳がかわいいケースに入っている。桃華さんのスマホは、押し花を閉じ込めたケースに入っていたっけ……。
 それらと比べると、私のスマホは何も手を加えていないことになる。
 カバーは飾り気のない透明なプラスチックだし、イヤホンジャックもストラップもつけていない。
 なるほど……。
「そう言われてみると……そうですね?」
「飾るのはあまり好きじゃないのかな?」
「うーん……好きなキャラクターがあるわけじゃないし、こてこて飾り立てるよりはシンプルなものが好きで……」
「じゃ、ストラップは?」
「ストラップ……?」
「そう、ストラップ。僕がプレゼントしたら使ってくれる?」
 笑顔で訊かれ、私は秋斗さんをじっと観察する。
「ねぇ……この間は何かな。……いや、訊かなくてもなんとなくはわかるんだけど……」
「いえ、あえて訊きます。何か仕掛けつきですか?」
「くっ……やっぱりか! いいえ、もう仕掛けはしません。ねぇ、僕って実は結構信用なくしてる?」
 苦笑いで訊かれ、
「いえ、そういうわけではないんですけど……。湊先生に注意しなさいって言われたので……」
「出所は湊ちゃんか……」
 秋斗さんは、「まいったな」と頭を掻いた。
「今回は本当に仕掛けなし。どう?」
「……でも、いただきものばかりで申し訳ないです」
 一番はこのバイタルチェックのバングルだ。
「じゃあさ、またあのクッキー焼いて?」
 クッキーって……この間のフロランタンのこと?
「スライスアーモンドが乗ってるやつ。あれ、すごくおいしかったから」
「……ストラップをいただかなくても、あれくらいいつでも焼いてきますよ?」
「それじゃ意味がないよ。僕がストラップをあげるための口実なんだから」
 なんだか腑に落ちない気もしたけれど、あまり気にするのはやめよう。
 話している途中で始業チャイムが鳴り、私はローテーブルに移動し、秋斗さんはパソコンを稼動させて仕事を始めた。

 今日から世界史の問題集に手をつける。
 バスタイムや授業の空き時間に何度も教科書と参考書を読んだ。
 覚えるのを拒否したくなるよう長い首都名や、口が回らなさそうなカタカナも、繰り返し何度も書いて覚えた。
 それらを試すための問題集――
 未履修分野の試験は中間考査の午後に、と考えている。
 中間考査の間は午前中四時間、四教科の試験で終わる。それが三日間。
 うちの学校は中間も期末も関係なく、全教科のテストが行われるのだ。
 テスト期間の午後はとくに予定もないし、どちらにせよ夕方までは蒼兄を待たなくてはいけない。
 だから先生の都合がつけば、その時間に未履修分野のテストを終わらせてしまおうと思っていた。
 問題は苦手科目の世界史と英語と古典。
 これから問題集を解いてみて、手ごたえを確かめる予定。
 数学と違い、計算をする工程が入らない分、内容さえ頭に入っていれば昨日ほどの時間は要しないはず。
 どのくらいの時間で解けるか、というのもひとつのポイント。
 テストは五十分以内に解く、という制限があるだけで、五十分未満で解く分にはなんの問題もないのだ。
 今、目の前にある問題集は一冊三十ページほど。しかも、数学はほとんどが計算問題で埋まっていたのに対し、こちらは文章問題の穴埋めが主なので、問題量は少ないはず。
 今が八時四十分。三時間でどこまで解けるか――
 よしっ!
 心の中で気合を入れ、心してページをめくった。



Update:2009/06/12  改稿:2020/05/16



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