光のもとでT

Side View Story 03



Side View Story 03 11〜16 Side 秋斗 01話


 会議が終わると十一時を回っていた。
 小さく舌打ちをしてメールアプリを起動する。
 まだ起きていてくれるといいんだけど……。
 起きているかをたずねるメールを送ると、すぐに返信があった。
 車に乗りこみ電話をかけるも、すぐにつながると思った電話はなかなかつながらない。
 そこで思い出す。自分の着信時に流れる曲の設定を。
 今、彼女のスマホはカーペンターズの「Close to you」を奏でていることだろう。それは、彼女が洋楽で一番好きな曲。
「どうして?」と首を傾げながら聴いているだろうか。
 そんなことを考えていると、
『はいっ』
 女の子らしい少し高い声に頬が緩む。
 なんていうか、会議で男の声ばかり聞いていた耳には新鮮すぎた。
「遅くなってごめんね」
『いえ』
 たった一言のその声に、笑っている気配を感じる。
「なんか、笑ってる?」
『着信音に大好きな曲が流れて』
 心底嬉しそうに答えるから、聞いてるこっちも思わず笑みが漏れる。
「知ってる。設定したのは僕だからね」
『秋斗さんは今、お仕事を終えられたんですか?』
 こちらを気遣う声は、耳と心に染み入るように優しく響く。
 少し蒼樹が羨ましく思えた。
 こんな子が妹だったら、そりゃ猫かわいがりするだろうよ……。
「そう。頭の固い年寄り相手の会議は疲れるよー……。ところで、翠葉ちゃんの体調は?」
『大丈夫です』
「じゃ、明日は少し早くても平気かな?」
『でも、それじゃ秋斗さんがつらくないですか? 片道二時間もかかるのでしょう?』
「大丈夫。明日、朝八時には迎えに行くね。少し肌寒いかもしれないから、長袖も用意しておいて」
 言って癒しの電話を切った。
 明日、彼女はどんな格好をしてくるだろう。
 先日、司の大会で会ったときは白いふわっとしたワンピースだった。
 蒼樹が、「それはもう天使か妖精のようにかわいいです」と言ったのも頷けた。
 俺は何を着ていこうかな。
 そこまで考えて、
「あれ? 俺、意外と楽しみにしてる?」
 少し驚いた。
「……ま、こんな年下の女の子と出かけるなんてそうそうないしな」
 いつもとは違う相手に新鮮さを覚えているのだろう。

 帰宅したのは日付が変わる少し前のことだった。
 軽く夕飯を食べシャワーを浴びたら、時計の針は一時を指していた。
 もともと夜型人間のため、この時間をつらいとは思わない。が、明日の朝はどうだろう。
 普段は七時過ぎに起きれば仕事に間に合うが、明日はそれより早く起きる必要がある。
 ある程度余裕を持って出るなら、
「六時過ぎには起きてるようかな」
 それでも四時間以上は眠れる。なら問題ないか……。
 いつもと違う時間にアラームをセットすると、何を考えるでもなく眠りについた。
 
 翌朝、予想していたよりもすっきりと起きられた自分を意外に思いつつ、コーヒーメーカーをセットする。
 どんなに時間がなくても朝はコーヒーを飲まないと、起きた気がしない。
 一通り身支度を済ませてコーヒーに口をつけると、自然と手がスマホの操作を始める。
 朝起きてバイタルチェック、仕事を始める前にバイタルチェック、昼休みにバイタルチェック……。
 事あるごとに彼女のバイタルをチェックしている自分がいる。
「俺も蒼樹のこと言えないか……」
 あまりにも心配症な蒼樹のために作った装置だったけど、今となってはそれも定かではない。
 単なるバイタルチェックなら、あんな凝った装飾品にする必要はなかった。
 けれど、身につけることを負担に思ってはほしくなかったし、どうせつけるなら喜んでもらえるものにしたかった。
 だから普段はやらないデザインなんてものまでがんばって――
「自分、どうしたかな?」
 疑問はそのままに、かわいいお姫様を迎えに行くことにした。

 幸倉までは渋滞にはまることもなく、約束の時間ぴったりに彼女の家に着く。
 インターホンを鳴らすとよく知った顔に出迎えられ、そういえば――と思い出す。
 今御園生の家には栞ちゃんが手伝いに来ていることを。
 看護師の栞ちゃんが彼女に付いていてくれるなら、必要以上に心配することはないのかもしれない。
「翠葉ちゃーん、秋斗くん来たわよー!」
 栞ちゃんがリビングへ向かって声をかける。と、彼女は蒼樹と一緒に玄関へ出てきた。
 蒼樹は俺の顔を見るなり、ものすごく微妙な表情になる。
「蒼樹、その顔面白すぎるけど?」
「秋斗先輩、翠葉にだけは手ぇ出さないでくださいね」
 男にしておくにはもったいないほどきれいな顔に凄まれながら、俺は蒼樹が持つ荷物を受け取り、
「きっと大丈夫」
 わざと曖昧な返事をした。
 ……どうしようもないシスコンだな。
 でも、牽制される理由はわからなくもない。玄関に現れた彼女は、本当にかわいかったから。
 彼女は淡い水色のロングスカートに白いシャツを合わせていた。
 優しい水色が彼女の雰囲気をより柔らかに見せる。
 そうだな……。今日一日、俺専属の妹になってもらおうか。
「じゃ、翠葉ちゃん行こうか」
「はい!」

 彼女の家から高速道路のインターまでは、五分とかからない。
 藤倉からだと二十分はかかるうえに、いつも渋滞している国道を抜けなくてはいけないため、下手すれば三十分以上かかる。
「ここら辺はいいよね。緑も多いし大きな公園もある。高速道路に乗るのも国道に出てすぐだし」
「そうですね。でも、私に関係あるのは緑が多いことと、公園があることくらいです」
「まぁ、そうだね。車の運転はしないもんね」
 今日のお相手は十六歳高校生――肝に銘じておこう……。
 高速道路に乗ってから、彼女がずっと自分を見ていることには気づいていた。
 初めて会ったときにも思ったけど、本当に人を観察するのが好きな子だと思う。
 しかも、こっそり見るのではなく、普通に見てくるあたりがなんとも言えない。
 これが司相手なら、「何?」と言われてすぐに観察が終わってしまうだろう。
 そんなことを考えながら、彼女の視線を甘んじて受けることにした。
 しばらくすると視線は外れ、彼女が何かしているのを視界の端に捉える。
 さすがに一〇〇キロ近い速度で運転しているともなれば、そうそう余所見はできないわけで……。
 チラ見すると、彼女は首にかけたペンダントトップを両手で掬うように持ち、とても穏やかな表情で見つめていた。
 ペンダントトップはアンティークの懐中時計を模したもの。針が動いているところを見ると、きちんと実用性もあるのだろう。
「懐中時計?」
 わかっていながらたずねると、
「はい。蒼兄から誕生日プレゼントにもらったものなんです」
 声がわずかに弾んでいて、「嬉しい」の感情が駄々漏れだった。
 蒼樹のシスコンも度を越えているけれど、翠葉ちゃんのブラコンもそれなりだと思う。
「翠葉ちゃんはアンティーク小物が好きだもんね」
 自分に蓄積されている翠葉ちゃん情報を披露すると、彼女は恥ずかしそうに笑った。
「今日はまたかわいい格好をしているね」
 俺のこんな言葉にすら彼女は頬を赤く染める。
「普段、パンツはあまりはかなくて……。どうしようか悩んだんですけど、結局スカートにしちゃいました」
「うん、良く似合ってるよ。翠葉ちゃんはスカートとかワンピースってイメージだよね」
 何気なく言った言葉だけど、彼女の視線が張り付いて剥がれない。
「どうかした?」
 声をかけると、
「いえ……ただ、サングラスしてると雰囲気変わるな、と思って……。それに今日は白衣じゃないし……」
 なるほど……。
 見られているとは思っていたけど、俺の服装や格好を観察していたのか。
 これは面白い。ひとつからかうネタができた。
「惚れてもいいよ」
 軽く口にすると、
「秋斗さんを好きになったら色々と大変そうだから遠慮します」
 クスリと笑って即刻却下。
「その意図は?」
「まず第一に、競争率が高そう。それに、女の子に対しては誰にでも優しいから、ヤキモキしちゃいそう。でも……どうなんでしょうね? 人を好きになるのって想像ができなくて……。実際はどうなんだろう」
 そういえば先日、初恋がまだって言ってたっけ……。
 それが異常とは思わないけれど、こんなにも純粋で、何者にも汚されていない子を助手席に乗せるのは初めてだ。
 天然記念物よりは絶滅危惧種かな?
 うっかり笑みを漏らすと、
「……どうかしましたか?」
 たずねられたので、思ったことを正直に口にする。
「先日聞いてはいたけれど、やっぱり驚きが隠せなくてですね……。こんな天然記念物がいたのかと……」
「うわ……またその話ですか?」
「そりゃ、衝撃的でしたから?」
 その返答に、彼女は拗ねてしまったようだ。
「じゃあさ、今日は翠葉ちゃんにとって初めてのデートだったりする?」
 からかいの割合は半分くらい。もう半分は「期待」かな?
 だって普通に考えて、嬉しいでしょ? こんな子の初デートの相手だと言われたら。
 けれど、
「……デート。これ、デートなんですか?」
 きょとんとした顔でたずねられる。
「少なくとも僕はそのつもり」
 彼女は少し考えてから、
「蒼兄以外の人とお出かけするのは初めてです」
「そこでデートとは言ってくれないんだ?」
 しつこくたずねると、
「……『初デート』は、好きな人ができるまで取っておくことはできますか?」
 そんな質問すらかわいく思える。俺は笑って、
「夢は大切だしね。じゃ、そういうことにしておこう」
 その話を終わりにしてあげた。

 日曜日の朝八時台だというのに、道はさほど混んでいない。
 平均して一〇〇キロで走っているのだから、いいほうだろう。
 一時間ちょっと走ると、サービスエリアに入って休憩をとることにした。
 車を降りて軽く伸びをする。と、自分にカメラを向けている彼女がいた。
 気づいたと同時にシャッターを切られる。
「あ、撮られた。僕もあとで撮らせてもらうよ?」
 シャツの胸ポケットに入れていたスマホを取り出し彼女へ向けると、
「だめですっ。私、レンズ向けられると固まっちゃうので」
 言うなり背を向けられる。
「そうなの? でも、それはフェアじゃないからだめ。固まろうと何しようと撮るよ」
「困ったな……。あっ――」
 彼女ははっとしたように俺を見上げた。
「秋斗さん疲れてないです? 昨夜は遅かったし、今朝は早くに迎えに来ていただいたし……」
 昨日の電話でもそうだったけど、この子のこれは癖なのかな。
 いつだって相手のことを気遣う。
 単純に人の目を気にしているようにも見えるけど、この子のこれは思いやりだと思う。
 まだ十代なんだから、そんなにいたるところにアンテナ張りめぐらせてなくてもいいんだけど……。
 いや――それらをスルーできる子じゃないからバングルを作ったんだ……。
「大丈夫だよ。ひどいときは徹夜で次の日も仕事だったりするし。それに、今日は癒しアイテムが一緒だからね」
 癒しアイテムは君だよ、と思いをこめて彼女の頭に手を置く。
 にこりと笑みを向けたら、
「今日、その笑顔使ったら反則と見なしますからねっ」
 顔を真っ赤にして言う様がかわいすぎた。
 本当に男に対する免疫がないんだな。兄の蒼樹とはあんなにも仲がいいというのに。
 クスクス笑っていると、「秋斗さん、ひどい……」といじけてしまった。
 これはなんてかわいい生き物だろうか。
 しっかし……人目を集める子だな。
 彼女と同年代の男はもちろんのこと、二十代そこそこの人間ですら通り過ぎては振り返る。
 こういうの見ちゃうと、蒼樹が必死で守ってきたのがわからなくもない。
 その彼女がじっと俺を見ているから、
「何かな?」
 笑みを添えてたずねると、
「……秋斗さんが格好いいから、さっきから女の人の視線が痛いです」
 困ったように言われたけれど、
「それは僕も同じなんだけど……」
 彼女は「なんのことですか?」というような顔をしてすぐに、意味を解したような表情になった。しかし、そのあとじとりと見られたのはなぜだろう……。
 ……なんとなくだけど、俺の言葉はきちんと伝わっていない気がする。
「俺も同じ」イコール、「女の視線が痛い」と思われている気がする。で、じとりと見られたのは「自業自得」という視線だろうか。
 違うから……。君に集まる男の視線が痛いって話だから……。
 観察力はあるほうなのに、こっち方面はてんで疎くて困った子だな。ま、そんなところも含めてかわいいわけだけど……。
「さ、そろそろ行こうか」
 車に乗り込み、残り半分の道のりを行くことにした。



Update:2009/06/08  改稿:2020/05/24



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