光のもとで

第03章 恋の入り口 14話

 頬に刺激を感じると思ったら、
「翠葉ちゃん、冷えてきたからそろそろ戻ろう」
 耳のすぐ近くに声が聞こえ、パチリ、と目を開ける。すると、目の前にベージュの生地が映りこんだ。
 え……?
 ベージュの生地は秋斗さんのジャケットで、頭の下にはぬくもりを感じる。
 恐る恐る視線を移すと、私は秋斗さんの腕に頭を乗せていた。
「きゃっ、ごめんなさいっ」
 何がどうしてこんな状況なのかわからなくて、咄嗟に身体を起こそうとしたら腕を掴まれ止められた。
「慌てて起きたらいけないんじゃなかった?」
「それはっ、そうなんですけど――」
 でも、起きたら秋斗さんの腕の中にいたとか、そんな状況は想定していないわけで――
 どうしよう……今、間違いなくトマトのように赤くなっている自信がある。
 起き上がらせてもらえないのなら、と両手で顔を隠し、顔を思い切り自分の胸に引き寄せ丸くなる。
「くっ……ごめんごめん、いたずらが過ぎました」
「……意地悪……」
 一言文句を零すと、
「無防備な顔して僕の隣に寝てる翠葉ちゃんがいけないんじゃないかな?」
「だって……あまりにも秋斗さんが気持ち良さそうに寝てたから……」
「はいはい。少し冷えてきたから上にパーカ着て?」
「あ、はい」
 今度は注意されないようにゆっくりと段階を追って身体を起こす。
 まずは上体を起こすだけ。しばらく待ってから立ち上がる。
 この工程を踏まないとどうしても眩暈に襲われるから。
 そうして起きると上着を羽織った。
「明るいうちにチャペルへ戻ろう」
 言われてその場を片付け始めた。

 行きと同じで大半の荷物は秋斗さんが持ってくれている。
 足場の悪い道を歩いていると、木の根に足を取られて躓いた。
 衝撃がくることを覚悟し目を瞑る。と、トス、と秋斗さんの腕に受け止められた。
「セーフ……」
「……すみません」
 もう恥ずかしくて泣きたい……。
「意外とおっちょこちょい?」
 言うと、「ほら」と手を差し出された。
 けど、またからかわれるんじゃないかと思えば、手を預けることを躊躇してしまうわけで……。
「いじめないから。こんなところで転ばれでもしたら蒼樹に怒られちゃうから、ね?」
 言われて素直に手をつないだ。
 チャペルまで戻ってくると、昼とは違う世界だった。
 噴水の中にも周りにもたくさんのキャンドルが灯されている。
 幻想的な光の世界――
 キャンドルの小さな炎たちがゆらゆらと揺れていて、オレンジ色のあたたかな世界。
 それは屋内へと続く道の両脇に並べられいてた。
 山の中という立地だからか、火の熱さを感じない。
「お気に召しましたか?」
 秋斗さんに顔を覗き込まれる。
「とても……。すごく、すごくきれいなのに、言葉が見つからなくて――」
「写真は?」
 訊かれて首を振った。
「これは撮れません……。私には表現できない。それに……写真に撮るのすらもったいなくて――こんなふうに思うの初めて」
 いつもならきれいなものはすべて写真におさめたくなるのに……。
「じゃぁ、また連れてこないとね」
「本当にっ!?」
「いつでも連れて来るよ」
「秋斗さん、大好きっ!」
 すると、秋斗さんがピタリと止まる。
「……秋斗さん?」
「……ごめん、ちょっと面食らった」
「え?」
「翠葉ちゃん、めったにそういうこと言わないし、こんなこともしないし」
 目の高さまで手を持ち上げられて気づく。思わず手に力をこめてしまったことに。
 しかも、「大好き」なんて口走ってしまったことがひどく恥ずかしい。恥ずかしいけど、そんな言葉を口走ってしまうほど嬉しかったのは本当で――
「……今日は特別なんです」
 苦し紛れに言葉を追加すると、
「それでも嬉しいけどね」
 と、穏やかな顔で見つめられた。
「……でも、見つめるのはなしにしてください……」
「どうして?」
 その声は私の反応を楽しむときの声だった。
「意地悪……」
 むくれて見せると、クスリ、と笑われた。
「そろそろ帰ろう」
「はい。……あの、お手洗いに行ってきてもいいですか? 日焼け止めを落としたくて……」
「そこの突き当たりだよ」

 洗面所のコックを捻ると、お水ではなくぬるま湯が出てきた。
 ハンドタオルをお湯に濡らして日焼け止めを塗った肌を拭く。
 日焼け止めを塗らなければ赤くなって熱を持ってしまうし、日焼け止めを塗ったままにしておくとかぶれてしまう。
 私の肌はとても面倒な性質をしている。
 すべて拭き終えてロビーに戻ると、秋斗さんは木田さんと話していた。
「お待たせしてすみません。木田さん、今日は美味しいサンドイッチとハーブティーをありがとうございました」
「いいえ。お嬢様のお口に合ったようで何よりでございます。スタッフ一同、またのお越しを楽しみにお待ちしております」
 私たちは木田さんと数名のスタッフに見送られてウィステリアパレスをあとにした。

「眠かったら寝てていいからね?」
 シートベルトを締める秋斗さんに言われる。
「さっき一時間は寝てましたよね? だから、今は元気です」
「そう? ならいいけど……。肌、少し赤い?」
「あ……少し長く塗りすぎちゃったかな?」
「日焼け止めにもかぶれるの?」
「はい、なるべく弱いものを使ってはいるんですけど難しくて……。本当はあまり陽に当たらないほうがいいのでしょうけど、森林浴はやめたくないし、着込んじゃうと血圧下がっちゃうし。かといって日傘を持って写真は撮れないでしょう?」
「手のかかるお姫様だね」
 と、笑われてしまった。

 帰り道はノンストップで高速を走った。
 渋滞がなければ六時過ぎには地元に着くという。
「実はね、あっちのウィステリアホテルにも予約が取ってあるんだ。ディナーはいかが?」
 びっくりしすぎてきょとんとしてしまう。
「出かけるときに栞ちゃんと蒼樹には話してきてるから、家のほうは大丈夫だよ?」
「なんか、色々としてもらいすぎてどうしましょう……」
「あのね、僕がやりたくてしていることだから、そういうところはいちいち気にしないの」
「でも……」
「じゃぁさ、この間の約束を履行して?」
「……クッキーですか?」
「そっちじゃない。土曜日にお昼ご飯を作ってくれるっていうほう」
「本当にそれでいいんですか?」
「ぜひ、お願いします」
 夕方だからか、秋斗さんはサングラスをしていない。
 それはそれで、さっきとは雰囲気が違ってドキドキする。
 どうしてだろう……。
 最近は格好いい人が周りに多くてちょっと困る。
 今までは蒼兄だけだったのに……。
 こんなの、いつになったら慣れるんだろう……。

 帰りは少しスピードを出したのかもしれない。
 六時前には藤倉市街に着いていた。
 ただ、日曜日の夕方ということもあり、市街のほうが渋滞していて、
「あと少しで目的地なのに」
 秋斗さんが零す。
 私は、秋斗さんがセレクトしてくれた曲を聴いているのが楽しくて、渋滞はさほど気にならなかった。
 それもそのはず。十曲に一度の割合でカーペンターズの「Close to you」が流れるのだ。
「この曲、好きな人の側にいたいって歌詞だよね?」
「はい……。あなたが近くにいると、いつも急に小鳥たちが姿を見せる。きっと私と同じね。小鳥たちもあなたの側にいたいのね――なんだかその光景が見えてくる気がして……」
「その先もきれいな歌詞だよね? 星が空から降ってくる、とか」
「そうなんです! 好きな人ができたら世界がこんなふうに見えるのかな、って……。ちょっと憧れちゃう」
「……意外とドロドロした世界だったらどうする?」
「……夢を壊さないでください」

 楽しく話していれば渋滞なんてすぐに抜けてしまう。
 市街のメイン通りに入って少し走ると、ウィステリアホテルの地下駐車場に入った。
 ホテルに着いて不安が生まれる。
 私、かなりカジュアルな服装だけど、こんな格好で行っていいのかな……。
 車から降りると、
「まずはこっちね」
 と、二階へ連れて行かれた。
 案内された場所はウェディングドレスがたくさん並ぶ部屋。
「秋斗さん……?」
 隣の秋斗さんを見上げると、にこりと笑む。
「園田さん、この子お願いできますか?」
 カウンターに佇む女性に声をかける。と、
「承ります。ずいぶんとかわいらしいお嬢様をお連れですね」
「そうでしょう?」
「秋斗さんっ――」
「翠葉ちゃん、かわいくドレスアップしておいで」
 言われて、私の手はその女性へと渡されてしまった。
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。私、園田陽子そのだようこと申します。お嬢様のお名前をおうかがいしてもよろしいですか?」
「御園生翠葉です……」
「とてもすてきなお名前ですね」
 にこりと笑むと、園田さんは秋斗さんに向き直った。
「十分ほどお待ちください」
 言うと、私はドレスが並ぶ奥の部屋へと連れて行かれた。
「園田さん……ここは?」
「ここは貸衣装店、マリアージュです。本日はディナーの席に相応しいドレスをと承っております」
 そんなこと聞いてない……。前もって話してくれれば良かったのに……。
 私の顔色を察してか、
「ご存知ではなかったのですね。秋斗様もお人が悪い……」
 言いながらもてきぱきとドレスを選んで手に取る。
「翠葉お嬢様は細くてらっしゃいますね。……七号か五号か――」
 言いながらいくつかのドレスを前に並べられた。
「この中でお好きなものはございますでしょうか?」
 右から白、黒、濃紺、ベージュ、薄いグリーン、ピンクと並ぶ。
「……グリーンのを」
 それはチューブトップになっていて、ウエストから膝下にかけて何枚もの花びらが重なったようなデザインのドレスだった。
 少し高めの位置にウエストマークがついていて、ベルベッドのリボンがついている。
「お嬢様はお肌が白くてらっしゃいますので何色でもお似合いになりますね。では、こちらのフィッティングルームでお着替えください。靴のサイズはおくつでしょう?」
「二十三です」
「かしこまりました」
 フィッティングルームのカーテンが閉まり唖然とする。
 何がなんだか……。
 頭の中が真っ白だった。
 それでも人を待たせていることに変わりはなく、急いでドレスに着替える。
 カーテンを開けると、そこにはシルバーの華奢な靴が用意されていた。
 高さは四センチくらいだろうか。
 このくらいならふらつくことなく歩けるとは思うけど……。
「翠葉お嬢様、お似合いですよ」
 園田さんに促され、フィッティングルームの隣にあるパウダールームへ連れて行かれる。
 鏡の前に座ると、
「お化粧はせずに、髪型だけ整えましょう」
 鏡越しに言われ、「お願いします」と口にした。
 園田さんはコームとゴム、ピンを使って髪の毛をハープアップにしてくれた。
 普段は髪の毛を結うということをしないので、鏡の中の自分がとても新鮮に見えた。
 それはドレスの効果もあったかもしれない。
「仕上げはこちら」
 そう言って付けられたのはネックレスだった。
 シルバーのチェーンに通されているのはゴールドの葉っぱと、透かし網でできた立体的なシルバーのハート。
 ふたつが可憐に揺れていた。
「かわいい……」
「こちらは秋斗様からのプレゼントとのことです」
「えっ!?」
「秋斗様は本当に何も仰られてないのですね」
 クスクスと笑われる。
「さ、あちらで秋斗様がお待ちです。参りましょう」
 園田さんに誘導されてカウンター前に座っていた秋斗さんのもとまで行く。と、
「きれいにドレスアップしたね」
「あの……私、今、何が起こってるのかわからなくて……」
「だろうね?」
 私たちのやり取りに、
「秋斗様、あまり意地悪しますと嫌われてしまいますよ?」
 園田さんが口を挟む。
「そうですね。でも、驚いた顔を見たくなる子なので……。園田さん、ありがとうございました」
 そんな会話を聞いても私の心臓はおとなしくならない。
 不安に胸を押さえると、
「翠葉ちゃん、緊張しなくていいよ。行き先はレストランの個室だから」
 どこへ行くと言われても、この緊張は払拭されそうにない。
「お嬢様、すてきなディナーをお楽しみください」
 園田さんに見送られ、そのショップをあとにした。



Update:2009/06/17  改稿:2017/05/31



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