光のもとで

第09章 化学反応 32話

 会って話をしたらわかるものなのかな……。
 気づくとツカサの声が聞きたくて携帯を耳に当てている。リダイヤルを呼び出してはツカサの番号を見ている。
 たぶん、会いたいんだろうな……。でも、今はさすがに無理。
 頭ではわかっているのに、気持ちは会いたいと思っている。
 ツカサに話したら、「物理的に無理」と一言で片付けられてしまいそうだ。
 その言葉を口にするツカサを想像したら笑みが漏れた。
「何か面白いことでも考えてたのか?」
「ううん、違うの。ただ、会いたいなと思っていても今は無理でしょう? もし、それを電話で伝えたとしても『物理的に無理』って言われるんだろうなって想像したら、呆れ顔のツカサが簡単に想像できて面白くなっちゃっただけ」
 蒼兄はどうしてかびっくりした顔をしたけれど、「それは言えてるな」と表情を緩めた。
「携帯ゾーンまで連れていこうか?」
 訊かれて少し悩む。
 今はそんなに痛くない。今を逃がしたらいつ電話をかけられるかなんてわからないのだ。でも、ツカサは明日から試合で電話なんて状況ではない気がする。
「私は電話したいと思うけど……ツカサはそれどころじゃないよね」
「なら、余計にかけてやれば?」
「え……?」
「翠葉が応援してるって気持ちを伝えてあげればいいんじゃないかな。今なら宿舎にいるだろうし」
 ……いいのかな。
 考えているうちに、蒼兄が車椅子の用意を始めた。
 私は考えがまとまらないうちに車椅子に移り、携帯を握りしめていた。
 廊下を進みながら、
「あのね、今になってすごくドキドキしてきたんだけど、どうしよう?」
 後ろの蒼兄を見ると、クスクスと笑われた。
「本当だ、顔が真っ赤」
 言われるまでもなく、頬が熱を持っていることは自覚していた。
 頬に触れたところでそれが熱が引くわけではない。それでも、頬に手を添えずにはいられなかった。
「電話って便利だよな。いくら赤面してても相手には見えないし」
 蒼兄に言われてはっとする。
「……すごいね? 電話って、すごいね? とても便利なアイテム」
 今さらながらに自分の手におさまる携帯をまじまじと見つめた。
 廊下の端、携帯ゾーンに着くと、
「俺はエレベーターホール前のロビーで飲み物飲んでるから」
 と、その場にひとりにしてくれた。
 ちょっとした気遣いに、さらに上気してしまう。
「聞かれて困る話なんてしないんだけどな……」
 ぼやきながらツカサの番号を呼び出す。
 何度も見た番号を前に、緊張で心臓がバクバクいいだす。
「通話ボタン押すのって、こんなに勇気いったっけ……」
 つい首を傾げてしまう。
「でも、相手はツカサ……。ツカサなら大丈夫」
 根拠のない自信がどこかにあって、通話ボタンをえいっ、と押した。
 コール音がやけに大きく聞こえる。周りが静かだから余計になのだろう。
『……翠?』
「そうっ、私っ――」
 って、私、何言ってるんだろうっ!?
『いや、番号でわかるけど……』
 予想どおりの返事にさらにパニックを起こしそうになる。
「今っ、電話してても大丈夫っ!?」
『ちょっと待って。三分後にかけ直す』
 通話はすぐに切れた。
 誰かと一緒だったのかな……。
 少しの罪悪感が胸を掠める。
「タイミング、悪かったかな……」
 やっぱり試合前にかけるべきじゃなかった?
 自問自答をしていると携帯が鳴りだした。
「はいっ」
『悪い、今なら大丈夫』
「ごめんねっ? 誰かと一緒だった?」
『いや、そういうわけじゃないから』
 ……そう?
『なんかあった?』
「ううん、何もない」
 何かあったほうがかけやすかったかもしれない、とこのとき気づいた自分はちょっと手遅れ。
『じゃ、どうして電話?』
「……ただ話したかっただけって言ったら、怒る……?」
 返答はない。
「ごめんなさいっ、怒った? あの、やっぱり切るからっ――」
『怒ってない。怒ってないから少し落ち着け』
「……本当?」
『本当、少し意外だと思っただけだから』
「意外……? 私はこんなふうに電話したことはない?」
 でも、リダイヤルの上のほうにツカサの番号はあったんだけどな……。
『たいていは相談や悩みごと回線だったと思う』
 その返事に今度は私が驚く。
 確かに相談相手にはもってこいだと思う。思うけどけど……私はいったいなんの相談をしていたんだろうか。
 進路? 恋愛? ――否、いくらなんでも好きな人相手に恋愛相談はしないよね?
『翠、これ電話だから。話さないと意味を成さないんだけど……』
「あ、ごめんなさい。あの、調子はどう? 体調は? 精神面は? えっと、それから――」
 私が言葉を探していると、
『体調は問題ない。メンタルは驚くことがあったけど、マイナスのほうには傾いてないから平気』
 もともと用件があって電話したわけではないため、それらを訊いてしまったらほかに話題は思いつかなかった。
『さっき、佐野と会った』
「え……?」
『無事に勝ち進んではいるけど、すごい緊張してた』
「……そうなの? そんなに緊張しているの?」
『見てわかるくらいには。……この電話のついでにかけてやったら?』
 その提案には賛成だ。
『じゃ、切るよ』
「わっ、待ってっ」
 あれっ? 私、待ってって言った!? ちょっと待って、私、何を言おうとしたのっ!?
「あのっ、試合がんばってね。それから、電話に出てくれてありがとうっ」
『前者の意味はわかるけど、後者の意味がわからない』
「……だって、声が聞きたくて電話したの。だから、電話に出てくれてありがとう……だよ?」
『……電話って、離れてる相手と話すためのアイテムだから、鳴れば出るだろ?』
 どこかぶっきらぼうな返事。でも、言われていることはもっともで、「そうだよね」としか答えられなかった。
『でも、俺も話せて良かった……。録音してあるのを聞くのと、リアルタイムで話せるのはやっぱり違うな……』
「うん……」
『そっちは星見える?』
「え?」
 ふと、目の前のガラスの向こうを見る。
「見えるよ……。白鳥座とか」
『夏の大三角形は?』
「えぇと……こと座のベガ、わし座のアルタイル、白鳥座のデネブ……?」
『……正解。じゃ、本当に切るから』
「うん、おやすみなさい」
『おやすみ』
 電話を切ったあとも、しばらくは最後の声の余韻に浸っていた。
「やっぱり、ツカサと話すのは落ち着く……」
 時々ものすごく焦るのだけど、嫌というわけではなくて……。
 もう少し話していたかったな、と思う自分がいることもわかっている。
「……でも、何か話す題材を見つけてからじゃないと長電話できそうにないな」
 それが今回の電話から得た教訓で、最大の難関に思えた。



Update:2010/05/21  改稿:2015/07/20



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