光のもとで

第11章 トラウマ 00 Side Soju 02話

 そんな先輩から連絡があったのは十三日の夜だった。
『蒼樹、ご両親に会わせてほしい。俺が現場まで行くから、零樹さんのスケジュールを調べてもらえないか?』
 それの意味するところはなんとなく察することができた。恐らく「謝罪」だろう。
「ちょっと待ってください、スケジュール表確認します」
『悪い』
 パソコンから両親のスケジュール表を呼び出し確認する。
「明日はこっちで打ち合わせが三件ほどあるみたいですけど、それ以外の日だと現場ですね。昼休憩はきっちり取る人だから、お昼の時間に行けば間違いなく会えるかと思います。こっちでセッティングしましょうか?」
『いや、それだけ教えてもらえれば十分だ。ありがとう』
 そう言って通話が切れる。
「用件のみの電話、ねぇ……」
 ま、今の秋斗先輩にとったら難関のひとつは両親なのだろう。
 翠葉の状態は逐一両親に知らされる。
 母さんは何も口にはしないけど、かわいい娘が記憶をなくしたりICUに入ることになったり、倒れたりすることにいつも先輩が絡んでいるとしたら、きっと良くは思っていないだろう。
 母さんよりも父さんかと思って、父さんには俺の知る限りのことは話しているけれど……。
 翠葉は未成年だから、そういう部分を考えても、先輩にとってはクリアしなくちゃいけないことなんだろうな。
 先輩は本気だ。
 そんなことは前から知っていたけれど、本当に本気なんだ。それを両親がどう受け止めるのか
――

 その数日後、また連絡があった。
 今度は翠葉に会いに行きたい、というもの。
『ご両親の了解は得た。あとは蒼樹と若槻なんだけど……』
「先輩、両親はともかくとして、俺や唯は反対なんてしません。翠葉はここしばらく薬の副作用でつらいことになっていますが、精神状態は意外といいんです。夏休みが終わる前には副作用も治まるという話だったので、行くとしたらそのあたりがいいと思います」
 数秒の沈黙――
「先輩、前にも言いましたけど、俺と唯は先輩を信じています。それだけは忘れないでいてほしい」
『ありがとう……』

 そして今日――
 俺は今、秋斗先輩と翠葉のいる病室へと向かっている。
「そんなに緊張しなくても――」
 俺が声をかけざるを得ないくらいに先輩は緊張していた。
 俺が一緒じゃなくても大丈夫だろう、という確信はある。
 だから、ひとりで行っても大丈夫だと伝えたが、先輩本人が「最初だけでも一緒にいてほしい」と言う始末……。
 意外な一面見えたり――
 病室に入れば、翠葉は音楽を聴いて過ごしていた。
 声をかければ、「あ」って顔でにこりと笑う。なんの気負いもなく。
 その顔を見て、大丈夫だ、という確信は強まる。
 逆に、一緒に病室へ入った先輩はさらに緊張を増した感じ。
 あなた、誰ですか……?
 先輩はまったく余裕のない人になっていた。
 この夏、翠葉は色んなものを乗り越えた。なら、先輩――先輩もこのくらい乗り越えなくちゃだめですよ。
「翠葉、翠葉が大丈夫なら俺は大学へ行くよ」
 翠葉は何かを悟り、俺ではなく秋斗先輩へ言葉を向けた。
「……秋斗さん、大丈夫です。蒼兄がいなくても平気」
 こういう局面で、敏感に人の気持ちを察知するのが翠葉だな、と思う。
 不安そうに、「……そう?」と先輩が訊けば、
「痛みもかなり引いているし、気持ち的にも安定しているので……」
 と、天使のような笑みを添えた。
 だいぶ痩せてしまったものの、翠葉を包む雰囲気はいつものそれに戻っている。
 秋斗先輩が中庭へ行かないか、と提案すれば、目を輝かせて喜んだ。
 相馬先生の許可を得たあと、
「翠葉ちゃんがほかの男を褒めていると嫉妬しそう……」
 そう零すくらいには秋斗先輩も我を取り戻したように思えた。
 あぁ、ふたりとも大丈夫だ……。
 そう思いながら一階へ向かう。
 その間、どうしてか建物のつくりの話しになり、それはそれで新鮮だと思えた。
 俺の将来のことを訊いてくるあたり、翠葉はまだ自分の将来について考えている最中なのか……。
「先が見えなくて怖い」と泣いていた翠葉――
 きっと、それは今も変わらないのだろう。

 ふたりと別れ外に出れば、相も変わらず直射日光がじりじりと肌を攻撃してくる。
 車の中は蒸し風呂状態。
「暑すぎ……今年の夏、異常だろっ!?」
 暑さにも湿度にも気が滅入りそうな思いだったが、気分はどこか晴れ晴れとしていた。
 そう、この空のように。快晴で眩しすぎるほどの青空。
 翠葉の記憶は今も戻らない。でも、記憶があってもなくてもきっと大丈夫。
 秋斗先輩、司、大丈夫だよ。相手は俺たちの妹、翠葉だから――



Update:2010/06/02  改稿:2017/07/06



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