光のもとで

第12章 自分のモノサシ 12〜13 Side Kaito 01話

 適材適所といったらそれまでなんだけど、翠葉は基本会計の仕事に重点を置いていて、図書室から出るとしたら歌合せのときか小休憩のときのみ。
 それ以外で司が外に出したがらないからだ。
 気持ちはわかる。
 翠葉が外に出れば用事を済ませて帰ってくるどころの話ではなくなる。
 翠葉と話したいがために不必要に話しかけてくる男はそこら中にいるし、そのほかでもまだ呼び出しは続いていたから。
 茜先輩みたいにさらりとかわせれば問題ないわけだけど、翠葉にそれは無理。
 何かを尋ねられたら、苦手意識を持ちつつもきちんと話を聞き、「私にわかることなら」と懇切丁寧に説明し始める。
 つまり、がっつり捕まるのがオチ。
 図書室に閉じ込めれば閉じ込めるほど、翠葉は小休憩を外で取ろうとしたし、司の心配――むしろ俺らの心配をバッサリと斬り捨ててここから出ていく。
 ま、それでも風紀委員の誰かしらが必ず見ていてくれるし、翠葉自身も人気のあるところに身を置く考慮はしているから大丈夫だとは思っているわけだけど。
 人気のあるところ、イコール、人の目に留まるところ、でもあるわけで、司は面白くなかっただろう。
 面白くない、というよりは、いてもたってもいられない。そんな感じ。
 平静を装ってはいるけれど、あくまでも装っているだけだと思う。
 翠葉が図書室からいなくなると、司の冷酷非道に拍車がかかる。その被害を被る人間数知れず。
 まあ、十分十五分のことだから誰も文句は言わないけど。それはただ単に文句を言える人間がいないっていう噂もある。
 逆に、気が気じゃないとか面白くないと思っているのは秋兄かもしれない。
 何をやっているのかは知らないけれど、最近は図書棟不在率高め。けど、翠葉の休憩時間には必ずいる。
 本当、ふたりともわかりやすいったらない。

「翠葉、そろそろ隣に行く時間」
 翠は眉間にしわを寄せた。
「一時間したら起こすから」
 翠葉をカウンターの奥へと追いやると、その先は神谷先輩が引き受けてくれた。
 仕事部屋へ続くドアが閉まってため息ひとつ。
「お疲れ。あんな顔見ちゃうと心が折れそうになるよね」
 朝陽先輩に軽く背中を叩かれる。
「そうなんですよ……」
 苦笑して見せるものの、まだ罪悪感という錘が背中に乗っていた。
 中間考査が終わると、五時から六時は問答無用で翠葉の休憩時間と決められた。
 それは湊ちゃんから下された厳命。
 けれども、翠葉は長時間の休憩を強要されることに不満を持っている。
 先週、翠葉の胸の内を知ったから、その気持ちがわからないわけじゃない。
 でも俺は――じゃないな。俺も、翠葉が倒れるところは見たくないし、学校を連日休むようなことになるのは心配。
 何よりも、結果的にそのほうが翠葉にとってはマイナスになるし、飛鳥は落ち込みクラスの連中もそわそわしだす。
 だから、止めるよ。
 俺が止めなくても司が止めるだろう。けど、そんな役ばかりを司に押し付けるのは気が引ける。
 あいつは時間になっても翠葉が知らんぷりを決め込んで作業しようものなら、有無を言わさず隣の部屋へ連行する。そういうやつ。
 相手が好きな子であってもそれが翠葉である限り、容赦なく追い詰めてでも休憩を取らせるに違いない。
 そんなことで司の心が壊れるとは思っていないけど、普通に考えて、あまりさせたいことでもしたいことでもないよな。
 司は「自分はセーブする側の人間」と割り切っているのかもしれないけれど、あんな顔を毎回させるのは――されるのはきついと思う。
 そう考えているのは俺だけじゃない。
 だから、毎回司が口を開く前に誰かしらが翠葉の休憩を促す声を発するようになっていた。
 そんなとき、司はこっちを気にするでもなく淡々と仕事を続ける。
 本当は気になっているくせに……。
 どこか面白くないという顔をするのは、「その役は俺のだ」とでも言いたいのだろうか。
 俺の従兄殿は根っからのサドに違いない。
 これ、一応生徒会メンバーからの気遣いなんだけど、わかってるのかな?

「こっちもなんとも言えない気分になるよね」
 両手をテーブルにつき、身体を猫のようにしならせた伸びをしながら嵐子先輩が言う。
「詳しいことは知らないけど、先日の湊先生の話からすると、ずっと微熱が続いてるんでしょ? 解熱剤とか飲んでるのかなぁ?」
 みんなの視線が司を向く。
 その視線に気づいた司が仕方ないといったふうに口を開いた。
「今の熱は一日二日休んだところで下がるものではないし、解熱剤で下がる類でもない。かといって、そのまま放置すると日常生活を送ることもままならなくなる」
 カウンター内にいる放送委員の人間までは届かず、このテーブルに着いている数人にしか聞こえない声がそう言った。
「それでもみんなと一緒に作業していたいからあんなに不満そうな顔をするんだ?」
 優太先輩は言いながら閉じられたドアに目をやる。
 不満そう、というよりは大いに不満。そんな感じ。
 でも、本当はまだ、ひとり作業から離れることに恐怖感を持っているのかもしれなくて、自分をお荷物とか足手まといとか、そんなふうに考えて怯えているのかもしれなくて……。
 俺はそのことが気になっていた。
 それは、きっと桃華と司、佐野も同じだろう。
 でも、そんなのは杞憂だから――俺たちは翠葉の体調を優先する。
 心を優先しないのは、いつも翠葉の側にいるという俺たちなりの意思表示のつもり。
 嫌というほどにわかってほしい、俺たちの気持ち。
 これだけはありがた迷惑でもいいから押し付けさせてほしい。
 実際、翠葉はものすごく働いているし役に立っている。
 司が「これ」とだけ口にして翠葉に渡すのは膨大な収支報告だ。それを翠葉は異を唱えることなくさくっと片付ける。
 ふたりのやり取りはそれで終わることはない。
 翠葉は交換条件とでもいうように、必要な資料が見つからなくて山積した仕事を司に押し付ける。
 そのときのふたりの会話といえば、「翠、これ」「ツカサ、これ」以上だ。
 俺たち生徒会メンバーには見慣れた光景でも、知らない人間たちにとっては奇妙なやり取りだ。「今の何?」と訊かれることも珍しくはない。
 そんな質問に答えるのは生徒会メンバーの日常になっていた。
「人間計算機を駆使する極悪大魔王と、人間インデックスならぬ生き字引を無言で駆使するお姫様。おかげで仕事が捗るのなんのって」
 朝陽先輩がにこやかに説明するも、どっちもどっちすぎて何も言えない。
 でも、互いが互いをそんな使い方しているのだから、対価交換はできていると思うし、つり合ってもいると思う。
「なんだかすごいな……。もうずっとこそあど言葉しか使ってない気がするけど、そこにミスとか生じないの?」
 放送委員の神谷先輩が呆れとも感心とも取れる声音で訊いてくる。
「それが、今のところひとつもないんですよね」
 優太先輩が答えると、「おおっ」なんて感嘆の声が上がる始末だ。
「もはや芸術?」なんて声が上がれば俺はそれを否定する。
「いや、あれは芸術とかその類ではなく、未知の電波通信です」
 なーんか、甘さが足りないと思う。
 今になってわかったんだけど、翠葉と司がどんな近距離にしても、人が聞いたら赤面するほどの甘い言葉を交わしていても、それはきっと全然甘いものじゃない。
 マンションのカフェラウンジで翠葉の話を聞いたとき、俺も空太も翠葉よりは恋愛偏差値が高いはずなのに、ものすごく面食らった。超絶当てられた。
 でも、あれだけ翠葉が落ち着いていた理由が今ならわかる気がする。
 どんなに甘い言葉でも、ふたりの間にそんな空気はない。
 たぶん、ふたりとも真面目に話して真面目に答えて――その結果があの会話だっただけで、俺たちが想像したような甘い時間でも空気でもなんでもなかったんだ。
 すごく信頼しあっているからこその会話。
 それ以上でもそれ以下でもない。それが今のふたり。



Update:2010/06/02  改稿:2017/07/10



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