光のもとで

第12章 自分のモノサシ 16話

「いらっしゃい」と出迎えてくれた秋斗さんに挨拶もせず、
「秋斗さん、聞いてくださいっ!」
「何かいいことあった?」
「休憩が終わったら起案書を作らせてもらえることになったんです! 初めてなんですよ。いつも計算ばかりだったけど、初めて起案書作らせてもらえるんですっ!」
 秋斗さんは少し驚いた顔をしたけれど、「良かったね」とふわりと笑ってくれた。
「でも、起案書なんて作ったことないから、ほかの人が作ったものを参考にしなくちゃ……」
 確か、起案書や企画書のプリントアウトされたもののファイルをツカサが管理していた気がする。
 嵐子先輩が「本当は私の仕事なんだけどねぇ」と笑いながら話していたのを覚えている。
 嵐子先輩は文化部ということもあり、忙しく動き回っていてファイリングする書類が常に山積みの状態だったのだ。それを見るに見かねたツカサが、「俺がやる」と取り上げたらしい。
 きっと、見たいときに見たいものがどこにあるのかがわからないのが嫌なんだと思う。
 蒼兄がそういう性格なので、なんとなくわからなくもない。
 私はというと、いつもは紙媒体の材料費の申請書や収支報告書、またはパソコンのエクセルばかりを見ていたから、文書作成のほうはかなり怪しい。でも、フォーマットさえあればなんとかなる気はする。
 起案書を作成すると、生徒会と実行委員代表のミーティングに持ち込まれる。そこで可決されると、もう少しかしこまった形の企画書に作り直し、今度はそれを学校長へ申請。捺印をもらえれば正式に許可が下りたことになる。
 基本的にはお金に関しても何に関しても、運営執行のすべての権限が生徒会にあるため学校長へ許可を求めなくてはいけないものなどそうそうない。
 もっとも、ツカサがGOサインを出している時点で生徒間で行われるミーティングはほぼ間違いなく通るだろう――ううん、通るようなものを作らなくちゃ……。
 今回、学校長に求めなくてはいけない許可は食堂のスタッフを「雇用」という形で扱わせてもらえるかどうか。きっと、そこに尽きる。
 許可が下りればそれは私たちの手元を離れ、実行委員のもとでもっと綿密な企画に練り上げられる。
 スープの取り扱いやジャックオーランタンコンテストの詳細は実行委員の手に委ねられるのだ。
 生徒会は正式に上がってきた企画書に対して、防災面やその他安全面の確認を済ませてGOサインを出す。
 あれこれ考えていると、
「その手のフォーマットなら俺が用意しておいてあげるから、少しお茶を飲んで寝たらどうかな?」
 秋斗さんに顔を覗き込まれた。
「お茶……?」
「そんなに興奮していたら眠れないでしょ?」
 秋斗さんに笑われてはっとする。
「わっ、寝ます寝ますっっっ。ちゃんと休まないと起案書作らせてもらえないんですっ」
 自分がどれだけ浮かれていて、そのことを笑われたかと思うと頬が熱くなる。
 早く寝なくちゃ、と思う気持ちと、この顔を隠したいと思う気持ちがすぐさまソファへ向かわせる。
 そこにある羽根布団をすっぽりかぶってしまうと、お布団の中の暗闇に安堵した。
 秋斗さんからしてみたら、学園祭の起案書なんてかわいいものなのだろう。だから、こんなにはしゃぐ私を見て笑ったのかもしれない。
 ううん、こんな私を見たらツカサにだって笑われる。
 笑われる……というよりは、呆れた顔で見られてしまいそうだ。もしくは、「何がそんなに嬉しいんだか」と言われるのがオチだろう。
 でも――すごく嬉しかったんだもの……。
 嬉しくて嬉しくて、すぐに誰かに話したかったの。そしたら秋斗さんが目の前にいた。
 もし誰もいなかったら蒼兄に電話をしていたかもしれない。
「今のままじゃ絶対に休めないと思うよ?」
 ギシリ、とソファが音を立てたとき、馴染みある感触が頭に触れる。
 蒼兄の手が乗せられたときと同じ……。けれど、蒼兄のそれよりはほんの少し遠慮が感じられる触れ方。
 お布団をずらすと、すぐそこには秋斗さんがいて、目が合うとにこりと笑った。
「だから、ラベンダーティーでも飲んで少し落ち着いてから寝たらどうかな?」
「……いつもと順番が逆になっちゃうけど、いいですか?」
「かまわないよ。でも、今日は俺に淹れさせてね」
 秋斗さんはそっとソファを離れた。

 ゆっくりと身体を起こしダイニングテーブルまで来て、秋斗さんと自分の身長差が蒼兄と同じだと気づく。
 身長が一八〇センチという人はどこにでもいるのかもしれないけれど、身近な人との共通点を見つけるとなんだかほっとする。
 ……というのは少しのいい訳で、何かほかのことへ意識を逸らしていないと起案書のことを考えてしまって顔が緩む。
 スツールに腰かけしまりのない顔をどうにかしようとしていたら、
「はい、どうぞ」
 と、カップを差し出された。
「ありがとうございます」と答えたつもりだけれど、「嬉しい」と答えてしまった気がするのはどうしてだろう。
 少し落ち着こう、翠葉、落ち着こう……。
 言い聞かせるためにカップを引き寄せ、飲みやすい温度にするために息を吹きかける。と、カップ内で逆流した湯気が自分の方へ返ってきた。
 ラベンダーの香りが鼻腔も心もくすぐって、もとの木阿弥。
 お茶を口に含むと、さらに顔の筋肉が緩む。
「本当に嬉しそうだね」
「はい」
 即答してしまって恥ずかしくなる。
 何分、今目の前にいる人は自分よりも九つも年上の大人なのだ。
 今日に限って、どうしてこんなにも年の差を意識しているのだろう。
 嬉しい気持ちが抑えられなくて、子どもの自分がなおさら幼さなく感じるからだろうか……?
 はっと気づくと、秋斗さんが頬杖をつきこちらをじっと見ていた。
 今、自分はどんな顔をしていただろう。
 そう思うと、また恥ずかしくなって下を向かずにはいられなかった。
 ……長い髪の毛ってとても便利。
 記憶をなくす前、私は秋斗さんを好きだったらしい。そして、秋斗さんも私を好きになってくれ、一時――ほんの数日とはいえお付き合いをしていたという。
「……私は、秋斗さんとどんなお話をしていたんでしょう」
 秋斗さんに視線を戻すと、
「会話の内容、ってことかな?」
 私はコクリと頷いた。
「そうだな……。そんなに特別なことは話していなかったと思うよ」
 秋斗さんは一瞬宙を見やり、私に視線を戻した。
「藤山でデートしたときは、そこに咲いている花の話をした。紫陽花の何色が好きとかカサブランカの花言葉とか……」
 その話は入院中にしてもらったものと同じだった。
 話してもらった記憶はあるのに、話をした記憶はない……。
「でも、どうして?」
 両腕をテーブルに置き手を組むと、ゆったりとした口調で訊かれる。
 こんなことを話したらまた笑われてしまうだろうか……?
「……何を話したらいいのか、と考えてしまうんです。蒼兄とも七つ離れているけれど、秋斗さんは蒼兄よりも年上で、そんな大人の人と何を話したらいいのか――」
「……なんでも、なんでもいいんだ。その日の天気とか、その日にあったこととか。好きな音楽の話とか」
 笑ってない……?
 秋斗さんはすごく真面目に、普通に答えてくれた。
「音楽……秋斗さんはどんな音楽を聴かれるんですか?」
「っ……!?」
 え……?
 秋斗さんが一瞬目を見開いた気がする。
 私、そんなに驚かれるようなことを口にしただろうか。でも、次に驚くのは私の番だった。
 とても忙しい人のはずなのに、たくさんの音楽を聴いているようだったから。
「すごい――私は……」
 言いかけてやめた。
 だって、もしかしたらこんな話も前にしたことがあるのかもしれない。
 パレスへ行くとき、DIMENSIONが好きという話をしたということは聞いていたし、カーペンターズの「Close to you」が好きなことも知っていた。
 秋斗さんは私の言葉をじっと待ってくれていた。
「……いえ、なんだか秋斗さんは私のことをなんでも知っている気がするから」
 苦笑いで答えると、
「……言って? それが二度目でも三度目でも、俺は何度でも聞くし聞きたいよ」
 どうして、かな……。どうしてみんな同じことを言ってくれるのかな。
 どうして、みんな同じ言葉なのかな。
 真正面で伏目がちにカップに口をつける秋斗さんを見ていたら、涙で視界がぼやけた。
「っ……どうかした!?」
 ガタリ、と秋斗さんが席を立つ。
 私は瞬時に、「ごめんなさい」と条件反射のように声を発してしまった。



Update:2010/06/02  改稿:2015/08/26



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