光のもとで

第12章 自分のモノサシ 21 Side Akito 01話

 今日、彼女は病院へ連れていかれ、そこでタイムアップ――
 深く息を吐き出しモニターに目をやる。
 相馬さんとのやり取りが始まったらしい。
 彼女の心拍や体温、血圧がそれらを教える。
 泣いているだろうか……。
 それとも、自分のしたことだから、とぐっと堪えるのだろうか。
 いや――あの男は中途半端なことはしない気がする。
 煽って煽って追い詰めて、彼女が泣いて叫ぶような反応を見せるまで追い込むつもりだ。
 ただでさえつらい思いをしているのに、それでも容赦なく、より効果的に彼女を追い詰めるのだろう。
「ごめんね……」
 俺はやっと眠れる気がする。
 このところ、夜中にも脈が乱れて起きる君のことが気になって、眠れない日が続いていた。
 それは俺だけじゃない。
 蒼樹や若槻、御園生夫妻に湊ちゃん、栞ちゃんもだっただろう。
 でも、君だって眠れてはいなかったよね。
 こんなことを続けてまで待たなくちゃいけないことなのか、と悩みもしたけれど、相馬さんが取った行動は間違っていないと思う。
 俺が作った装置がなんのためにあるのかを改めて考えさせられた。
 第一には、彼女に何があっても最悪の事態を避けられるように、だ。
 決して彼女を縛るためにバングルを作ったわけではない。バングルをつけることで、彼女にメリットだってあったはずだ。
 でも、現時点でそれが履行されているのかすら怪しい。
 ここへきてこの事態だ。
 彼女はこの装置を外したいと思うのかもしれないし、これがなかったら、と俺を恨むのかもしれない。
 昨日は珍しく彼女が熟睡してくれて助かった。
 俺は彼女が眠りに落ちたのを確認してから隣の仮眠室へ移り、相馬さんに連絡を入れた。

 電話に出た相馬さんは相変わらずの調子で、
『なんだ、珍しいやつから電話が入ったもんだ』
「できることならかけたくないんですが、一応学園に身を置く者として、旬な情報くらいは提供します。それが彼女のためになるならば」
『今寝てんだろ?』
 この男も俺たちと変わらないのかもしれない。
 焦りなど微塵も感じさせない口調でありながら、今だって彼女のバイタルを眺めつつ電話に出ているのだ。
「えぇ、さっきまで笑ってたかと思ったら急に泣きだして、今はぐっすり眠っています」
『何かあったか?』
「彼女に関してはあなたのほうがお詳しいでしょうから?」
 俺が話さなくても相馬さんは知っているのだろうし、長電話をするつもりはない。
「学校サイドの情報を提供します。今日、生徒会で起案書の作成を初めて任せてもらえたそうです。彼女はすごく喜んでいたし、それがあなたの言う『何か』になり得るのなら。……彼女なら、このあと起きて作業に取り掛かれば仕上げの段階まで持っていけるでしょう」
『悪ぃな。正直助かった。こっちもいい加減痺れを切らすところだったんでな。坊ちゃんも相当きてんじゃないか?』
 気色悪いけど、「同士」と思った自分がいた。
「そりゃね……。現行犯逮捕したいくらいでしたよ。毎日彼女がそれを飲む現場をここから見てたんですから」
『悪かったな。ホントはこっち側の人間じゃないのにフォローに回らせて』
「いえ、蒼樹と若槻は自分に任せて欲しいと言ったのは自分ですから。自分が率先して動いたまでです。話はそれだけです」
 通話を切り、ディスプレイに目をやる。
 これらの数値は明日呼び出され飲むのをやめさせたところですぐもとに戻るというわけじゃないんだろうな……。
 そんなことを考えつつ、明かりの灯る仕事部屋に戻った。

 彼女のバイタルはいつもの彼女の数値を知っている人間が見たら、どこをとっても「異常」にしか見えなかった。
 蒼樹や若槻が不思議に思って彼女に訊く、ということがあってもおかしくはない数値で、訊くどころか、問い詰めてもおかしくないものだった。
 訊かれた彼女は、下手な嘘をついてでも見逃してほしいと願ったのではないだろうか。
 そんな嘘はできるだけつかせたくなかった。
 そう思う反面、蒼樹たちが嘘を見破ってそこで終わりにしてほしいと思う自分もいた。
 それではだめだ、と思うまでには少し時間を要した。
 最初は、過去データを転送してこの事実を伏せてしまおうかとも思った。
 でも、そうしてしまうことで片方にしか意味がなくなる。双方に意味がないといけない。
 翠葉ちゃんだけではなく、周りの人間も耐えることを知るべきではないか、と……。
 なんでもかんでも止めに入るのではなく、少し様子を見る、ということをできるようにならなくてはいけない。
 あの湊ちゃんまで過保護に見える今日このごろ。
 みんながみんな、あの装置の意味を思い出すべきだと思った。
 彼女が得るはずだった「自由」は今与えられていないと思う。
 それはこの夏の体調が壮絶に悪かったからほかならないけど、周りの人間は過保護になりすぎた。
 唯一スタンスを崩さなかった人間がいるとしたら、あの男――相馬さんくらいなものだろう。
 今まで彼女の周りにこれだけ多くの人間がいたことはないという。
 周りにいる人間が増える分、心配する人間も増える。よって、彼女にはさらなるストレスという負荷がかかる。
 クラスメイトはともかくとして、その他の人間は心配は心配でも言葉や態度に出すことを控えていたはずだ。が、それで気づかない彼女じゃない。
 気づいたとしても、それを無下にするようなことは言わない。
 それも少し違うか……。
「言わない」よりも「言えない」で、「言えない」よりは「言いたくない」。
 好きな人たちを傷つけたくないという彼女ならではの考え。
 加えて、記憶をなくしたこともあり、必要以上にいたるところに気を遣っていたのだろう。
 彼女が周りの人にどこまで気を遣っているのかの判断は難しい。
「気遣い」とはいうものの、彼女においては気を遣っているつもりがないと思う。
 ほとんど無意識の行動。もしくは、思考回路に組み込まれ済み。
 そういうものが本人の負担になるのかならないのか……。
 なったとしても、それをやめさせることは容易ではないだろう。
 それに、それがなくなったら彼女ではない気がする。
 俺が感じる彼女の気遣いは、彼女特有の「優しさ」だと思うから。
 最初こそ、俺も何か思い出したことはないかと、何か思い出すきっかけになることはないかと、行動や言葉の端々に過去の出来事を織り交ぜていたけれど、やめた……。
「思い出したい」ではなく、「思い出さなくてはいけない」という強迫観念になったら元も子もない。
 自責の念から思い出してほしいという気持ちもあった。
 思い出されて嫌われることですべてが償えるなんてバカなことをよく考えられたものだと思う。
 彼女に関してあれこれ考えるけど、何が一番いいことなのかはわからない。
 今は、彼女のストレスをこれ以上増やさないこと。そう思っている。
 彼女に何かあったとき、すぐ手を伸ばせる位置で待機している。
 それが一番いい気がした。
 あのバングルは、いつかまた彼女の「自由」になり得るのか。
 自分が何を作り出したのか、ちゃんと知る必要がある。
 医者じゃないからとかそういうことではなく、自分に何ができるのかを考えてみた。
 できればいつでも君には甘くいたいし、君が傷つくようなことは言いたくない。
 本当は、相馬さんに言われたり周りの人間に止められるのではなく、自分で気づいてほしかった。
 それは君が飲み続けていいものじゃない。
 きっと、飲み続けたらどうなるのか想像くらいはできていて、いいことなのか悪いことなのかもわかっていると思う。
 わかっていても使いたいものだったという気持ちはわからなくはないけれど、できれば自分から間違った道を戻ってきてほしかった。
 優しさというのは難しい。
 言わないでいる優しさだってある。でも、道を外れたら、「そっちは違うよ」と教えてあげることも優しさなんだ。
 それがいくら彼女に酷なことでも。
 ただ、間違った道へと方向を変えただけで、「そっちは違う」と指摘してしまうのは、彼女にとっては単なる足枷。
 彼女が自分で気づくまでその道を歩かせてあげられたらいい。そうして自分で引き返してきた彼女なら、何かしら得ることができただろう。
 でも、彼女に突きつけられている現実はいつだって過酷そのもの。
 道を間違えたらあと数歩しか進めません。その先は断崖絶壁です、というオプション付きの制限あり。
 行き止まりなんてかわいいものじゃない。
 だから、蒼樹がその道を歩む前に手を出して引き止めてしまう気持ちもわかる。
 それでも、崖っぷちすれすれまで我慢したのは、少しでも彼女に満足してほしかったから。心を満たしてほしかったから。
 でも、ごめんね。もうその先には進ませてあげられない。
 タイムアップ――
 ――「あのさ、ふたりともどう思う? できることをやらないでいるのと、上限以上のことを無理してがんばりすぎちゃうの。……俺はどっちにも色々問題があると思うんだけど」。
 ごめんね。俺はこんな言い方しかできなかった――



Update:2010/06/02  改稿:2017/07/10



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