光のもとで

第12章 自分のモノサシ 25 Side Tsukasa 01話

 午前の全体ミーティングが終わったあと、図書棟に戻る途中で携帯が鳴った。
 誰――
 ディスプレイには見覚えのない番号が表示されている。
「はい」
『若槻です』
 なんで――
『今、なんで、って思ったでしょ?』
「はい。その答えをいただけますか?」
『今日明日、リィは強制的に欠席になるから? あ、っていうか、とりあえず今日行かれないってことをまず伝えなくちゃいけなくて、起案書がどうなったかを知りたいんだよね』
「ずいぶんと一方的ですね」
『うん、ちょっと見逃してよ。先に起案書がどうなったか教えてもらえる? リィがすごく気にしてるからさ』
「では、こちらを先に答えてください。なぜ、翠本人からの連絡じゃないのか」
『今、治療中だから。そのあとは強制的にマンションへ連れて帰ることになる』
 必要最低限しか言わないつもりか?
「起案書は通りました。あとは企画書にして月曜日、学校長に申請するだけです」
『ありがと。あのさ、ものは相談なんだけど、それって学校じゃないと作れないもの?』
「……断片的に尋ねられても返答に困ります」
 携帯の向こうでクスクスと笑う声が聞こえた。
『じゃ、単刀直入に言うね。その代わり、なんとかしてもらわないと困るんだけど』
「要求の仕方が秋兄みたいですよ」
『まぁね、俺を社会人にしたのは秋斗さんだし、あの人の近くにいたらこういう人間になるのは君が一番よく知ってるんじゃない?』
「……否定はしません。先を続けてください」
『じゃ、なんとかしてくれるってことで……。早い話、今の体制じゃリィは生徒会を続けられない。学校の授業と生徒会を両立させるのは無理なんだ。だからどうにかしてほしい』
 俺は返答することができなかった。しかし、相手は間を空けずに続きを話す。
『想像はできなくもないでしょ?』
 ――翠の容態を想像するな。今はこの人の言っている意味を考えろ。
 この人が要求しているものは何か――
「それは、翠を生徒会から外せという話ではありませんよね」
『もちろん、そんなことで俺は動かないよ。動くどころか関わりたくもないね』
 声は極めて明るく響く。けれど、その端々に凄みのようなものが感じられた。
 若槻さんの言葉で引っかかったものだけをふるいにかけろ。
 ――「それって学校じゃないと作れないもの?」。
 つまり、学校以外を示唆している。それがゲストルームを指すのか病院を指すのかは不明。
 わかっていることは学校以外であること。
「……なくはありません。が、それは翠が嫌う特別扱いになりかねませんが」
『だからどうにかしてよって言ってるんだけど?』
 しっかりしろ。まだ午前中だ。
 頭を使い過ぎて疲れているわけじゃない。なのに、この頭はなんでこんなにも回転が悪いんだ。
 思わず舌打ちしたい衝動に駆られる。
『司くん、疲れてるなら脳にご飯あげたほうがいいよ?』
「ブドウ糖を補充したら?」ということを若槻さん流に言うとこういう言葉になるらしい。
 俺はブドウ糖の前に酸素を脳へ送ることにした。
「生徒会の脱会ではなく、学校にいなくてもできる仕事であり、特別扱いには到底なり得ない仕事量、もしくは仕事内容ということですか」
『そうそう。そういうのを望んでるんだけど、用意できるかな? っていうか、用意してくれるのを前提でこの話を始めたはずだよね?』
「……今答えられることは起案書を企画書にするのは学校外でもできる。それのみです。そのほかに関しては自分の一存では答えかねますので時間をください。このあとミーティングがあるので、そこで議題にあげます」
『うん、美味しい解決策しか待ってないから。もし、システム関連でいじるものがあるなら俺が動くよ。そういうことなら巻き込まれるの大歓迎。じゃ、よろしくね』
 内容にそぐわず、軽やかな喋りで通話は切れた。

「司?」
 俺に声をかけたのは茜先輩だった。その隣には会長がいる。
「茜先輩、これお願いします」
 自分の持っていた手帳やファイルの類を細い腕に託す。
 最後には、学校ではめったに外さないメガネも外した。
「会長、相手してもらえますか」
「珍しいね、いいよ。でも、さすがにテラスはコンクリだから痛いと思うんだけど?」
「受身くらいはまともに取れるつもりです」
「でも、今は俺のこと投げ飛ばす気満々だよね? ま、そう簡単には投げられてなんてあげないけど」
 図書棟前なんてギャラリー満載な場所で組み手を始めたのは浅はかだったと思う。
 けど、そんなことにすら気が回らないほど頭に血が上っていたのだろう。
 礼をしてそれらを終わらせ図書棟に入る。
「俺、ひっさしぶりに投げられちゃったよ。ったくさ、もっと真面目に道場へ通ってくれば良かったのに。で? 少しは気が晴れたの?」
「気が晴れたというか、頭を冷やしたかったというか……」
 自分で口にしておきながら、どうにもしっくりこない。
「いや、司は気を晴らしたかったんだよ。モヤモヤしたものをどうにかしたかったんだ。頭を冷やすことが必要なら、司はああいう手には出ないでしょ? たいていは呼吸法でなんとかしちゃうし、それが無理ならひとり忽然と消えて弓道場ってパターンじゃない?」
 この人はなんでそんなことまで知っているのか……。
「翠葉ちゃん絡みじゃないの?」
「…………」
 どっちにしろ言わなくてはいけない。
「……ミーティングの時間潰してすみません」
「今日が日曜日で良かったね? ある程度の融通は利く。今ごろほかのメンバーには茜が先にできることをやらせてるだろうし、よそに迷惑がかかるほどのものは生じてない。ま、なんていうか、ギャラリーになって時間を潰した人間は自業自得のご愁傷様、ってことで」
 会長はテラスを振り返り、まだこちらを見ているギャラリーに声をかける。
「ほーら! いい加減作業に戻らないと時間足りなくなって泣くことになるよー!」
 ふたり図書棟に足を踏み入れてから、
「会長、翠は今日、学校へは来られません。明日も学校自体を欠席だそうです」
「……今朝、病院へ行くから遅れるって連絡入ってたよね?」
「はい」
 本人から連絡があったということは倒れたわけではない。もっとも、翠自身もなんで呼び出されているのかを不思議がっていた。
 現時点で俺が持っている情報は――
 日曜日に病院へ呼び出された。今治療を受けている。今日明日は強制的に欠席。加えて、若槻さんからの奇奇怪怪なオーダー。
 それらから導き出される答えは、翠の身体にはかなりの負担がかかっていたということ。通院日である月曜日まで待てないほどの負担が。
 なのになんで俺は気づけなかった?
 そう思ったら、心を落ち着けるのではなく、何かにぶつかりたい衝動に駆られた。
 それでこの有様だ。
 自分の未熟さにほとほと嫌気が差す。
 翠が呼び出された理由で一番もっともらしいものはバイタルの数値異常なわけだけど、それにしては翠自身があまりにも気に留めていなかった。
 バイタルに変化が出るのはどんなときか――
 単純に考えれば動作に変化があったときと薬を服用したときだろう。
 でも、薬なんて病院で出されているもの以外には飲まないだろうし……。
「司ー、いい加減こっちに戻ってきてー」
 会長の声で現実に引き戻された。
 気づけば自分は図書棟の定位置に着いており、テーブルにはメンバー全員が揃っている。
「翠葉ちゃん、どうかしたの?」
 茜先輩に訊かれ、
「俺も詳しいことは聞いていません」
 若槻さんのあの調子では、あとで教えてもらえるのかすら怪しい。
「ただ、今のスタイルで生徒会に携わるのは無理だ、という連絡でした」
 メンバーは誰も何も発しない。
「今日明日は欠席、今日の午後には翠の歌合せの予定があるから、急ぎそれをほかの人間に割り振る必要がある」
 簾条が珍しく目を見開き言葉を失っていた。
 こいつも御園生さんから何も聞いていないのか……。
「ひとついいかしら……」
 やっと口を開いたかと思えば的確なところをついてくる。
「翠葉は生徒会を脱会しなくちゃいけないの?」
「……そうしなくていい方法を見つけてくれと言われてる」
 その言葉にみんなが顔を上げた。
 誰に言われたとか、そんなことは気にもしていないようだ。
 茜先輩が日程表を見ながら、
「もう衣装合わせも済んでいるから、そのほかで調整が必要になるのは歌合せのみね。翠葉ちゃんの歌合せはすべてトップバッターに変更。それだけならどこにも迷惑はかからないわ」
「要はどんな形でうちの仕事をやってもらうかってことだよね?」
 会長に尋ねられ、頷くことで答える。
 すると、次の瞬間にけたたましい音が響いた。
「ほんっと、こんなのなんの役にも立たねえっっっ」
 海斗が自分の携帯を床に叩き付けた音だった。
 その異質な音と怒鳴り声に、カウンター内で作業をしていた放送委員の動作が止り、視線を集める。
 ……相変わらず直情型。
 海斗もバイタルの転送が打ち切られたことを、少なからずとも不服に思っていたのだろう。
「海斗、それを言っても始まらない」
「っ……司はほかに情報持ってんじゃねーのっ!?」
「期待に添えなくて悪いけど、俺も治療中としか聞いていない」
 俺にだって、もうバイタルの転送なんてされていない。改めて設定してもらおうとしたら、本人直々に却下された。
「はいはい、おふたりさん、なんの話してるのかわからないけど、話を本題に戻すよ。それから、海斗は無暗に物を壊さない。この時期に携帯がないと色々困るだろ? 今日、最後の見回りは俺が代わるから、帰りに携帯ショップに行っておいで」
 優太の仲裁のあと、すぐに朝陽が口を開いた。
「ねぇ、司ができるなら……なんだけど」
 テーブルに肘をつき、首を傾げながら言う。
「何」
「あの子はさ、手加減されるのとか配慮されるの、好きじゃないよね? 特別扱いされてまで生徒会に残りたいと思う子じゃないよね?」
 だから、そうしないための策はひとつだけある。
「会計の仕事、大部分を振っちゃったらどうかな? でも、それって今まで司がガッチリ囲って責任者してたじゃん? だから、司がそれらを手放せるなら、なんだけど」
 ……幼馴染っていうのは、こういうときに選択する答えも似てくるものなのだろうか。
「……俺もそれを考えていた」
「翠葉ちゃんなら大丈夫なんじゃん?」
 軽く返してきたのは優太。
「うんうん。だって司、翠葉が集計したものに関しては確認作業一切してないでしょ? 普段は計算機扱いしてるくらいだし」
 嵐の言葉に漣が手を上げて便乗する。
「そうそう、御園生さんは人間計算機で司先輩は人間インデックスって噂は結構有名ですよ?」
 ずいぶんな言われようだが間違ってはいない。
 俺は集計や単純計算の類は全部翠に振っていたし、その場で電卓を使わない計算をした際の確認には翠の頭を使ってダブルチェックをしていた。
 山積みになっている書類の大半は資料を要すもので、翠はそれらを片付けるのが非常に得意だった。
 それは、俺を検索機扱いしていたから片付けられていたと言っても過言ではない。
「会計の山場は越えたよね。モンスターは倒した。あとは小童どもだけ。そのほかだと今日可決された起案書の件のみ? だったらさ、リトルバンクと収支報告書の照らし合わせ作業も超過申請になっている使途不明金未然阻止作業も、全部翠葉ちゃんに任せちゃったら? もちろん、金銭の流れを把握してもらったら動くのは俺たちだけどさ」
 どこか面白そうに笑う優太の視線に、心の中で何かが緩むのを感じた。
 このメンバーはよくわかっていると思う。
 翠が特別扱いを嫌っていることや、迷惑をかけるくらいなら潔く手を引くということも。
 だから、最初からこんな分量の仕事を提案してくる。
 中間考査前と比べれば、資金の流動はかなり緩やかになっている。
 上がってくる申請書はだいぶ減ったものの、収支報告とリトルバンクの照らし合わせ作業においては多少減った程度。
 正直、膨大な仕事量だ。
「どうなのよ、藤宮司」
 斜め前に座る簾条から鋭い視線が飛んできた。
「最初からそれしか考えていない」
 そう、それが俺の答え。
「みんな考えてることは同じよね? 翠葉ちゃんは居場所が欲しいのかもしれないけど、私たちはここに翠葉ちゃんにいてほしい。ちゃんと両思いだって教えてあげなくちゃ」
 茜先輩のその一言でこのミーティングは幕を閉じた。
 そのあと、俺と優太は会計の調整に入り、茜先輩と会長、漣と会とは歌合せの調整、各部への通達へと行動を移した。
 今、ここにこのメンバーが揃っていること。
 それをなんというのか……。
 偶然や奇跡なんて言葉は好きじゃない。俺が言葉にするなら、「必然」だろうか。
 若槻さんへはしっかりシステム関連を振らせてもらう。
 リトルバンクへのアクセスをほかの場所からやらせるだなんてことは、俺たちがどうこうできるものではない。
 学校のネットワークと翠のパソコンをつなげる作業――すぐにでも取り掛かってもらう。



Update:2010/06/02  改稿:2017/07/10



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