光のもとで

第13章 紅葉祭 25 Side Tsukasa 01話

 第二部のオープニングを俺は知らない。
 というより、これを仕組んでいる人間たちしか知らないというのが正しいだろう。
 俺がその他大勢の全校生徒側に回ることになるとは思いもしなかった。
 把握できていないものに対するわずかな苛立ちを感じていると、実行委員に声をかけられた。
 声の主は高崎空太。
「ちょっと自分と一緒に来てもらえませんか?」
「用があるならここで話せ」
「ここでは無理なんです。これからのイベントの大きく関わることなので、実行委員に従っていただけると嬉しいのですが……」
 高崎は少し緊張した表情に笑顔を貼り付けそう言った。
 この台詞は切り札のようなものだ。
 紅葉祭の運営にあたりこの口上を出されたら、生徒会といえど反することはできない。
 仕方なく実行委員に従うと、高崎は第三通路へ足を向けた。
 第四通路よりは明るいが、仄暗いという域を出ない通路を淡々と歩く。
 会場は休憩に入っており、演奏らしき音は聞こえてこない。
 代わりに、放送委員が流す曲が奈落や地下通路にも小さめの音で流れていた。
「あ、ただいま任務遂行中。――はい、時間内に問題なく移動できます。秋斗先生は? ――良かったです。はーい、了解」
 前を歩く高崎がインカムで話していた内容。
 俺が行く場所に秋兄もいる……?
「先輩、先に言っておきますね。行き先は一年B組の観覧席です。で、秋斗先生もすでに到着済みらしいですよ」
 どうして、と訊く必要はなかった。
 第二部のトップバッターは翠なのだろう。
 翠が何かをするために自分が移動させられている。
 たかだかそれだけの情報で、面倒だと思う気持ちが払拭された。
 足が地についていないというか、心に浮力が生じたというか――
 この「感じ」には当分慣れそうにない。

 会場へ上がり目的の観覧席に近づくにつれ、そこに揃う面々が見えてくる。
 通常なら奈落にいるはずの簾条も佐野も立花もいた。
 海斗だけは第二部の二番手に出番があるためスクエアステージに待機しているのだろう。
 そして、俺の直線上には秋兄がいた。
「えっと……大変恐縮なのですが、トップバッターの曲が終わるまでは拘束されてください。って、別に拘束器具はないんですが」
 高崎はそう言うと、クラスの人間のもとへと下りていった。
「来たか」
 秋兄に声をかけられ、秋兄と同じように通路に立ったまま手すりに腕を乗せ体重を預ける。
「秋兄は誰に呼ばれて?」
「翠葉ちゃん本人、かな。少し前、起案書を作るって言っていた日。あの日に伝えたいことがあるから第二部のステージを見に来てくださいって言われた」
 俺は翠から何も聞いていない。
 そんなことにすら嫉妬する自分が信じられない。
「で、場所がここっていうのはさっき美都から聞いたんだ」
「あぁ、そう……」
 いかにも不機嫌です、というような口調と声音。
 もっと感情を出さずに言うことだってできたはずだ。
 そもそも、そういう俺がデフォルトのはずなのに――
 今日の俺はおかしい。……全部翠のせいだ。
 翠の言動に左右されっぱなしの自分が不甲斐ない。

『これより、第二部のステージが始まります。第一部に引き続き、携帯カメラを含む写真撮影、ビデオ撮影、録音行為は固くお断りさせて頂きます』
 お決まりのアナウンスが流れたあと、それまでとは打って変わったテンションに司会進行が切り替わる。
「いよいよ第二部です! プログラムにも記載されていないトップバッターは誰でしょうっ! まずは奏者たちがステージへ上がりますので拍手でお迎えくださいっ!』
 アナウンスの直後、奏者がステージに姿を現した。
 ヴァイオリンにサックス、トランペットにドラム、ベース。ピアノについたのは茜先輩だった。
 奏者が先に上がるということは、ボーカルは別口で現れるということ。
 その証拠に、中央昇降機だけがまだ上がってきていなかった。
 何が始まる……?
 場内がざわめく中、司会が奏者の紹介を終えて数秒後に歌声だけが聞こえてきた。
 翠の声で「Happy Birthday to you」と……。
 無伴奏――
 一瞬にして会場が静まる。
 脳内に声が、旋律が、甘やかに響く。
 これが麻薬だといわれたら、二の句を継げずに肯定しただろう。
 ステージに立つ奏者たちは、中央昇降機の周りをぐるりと囲み、翠が現れるのを今か今かと待っている。
 だが、すでに曲は始まっており、奏者たちは皆身体でリズムを刻んでいた。
 二フレーズを歌いきると同時に、翠はステージに姿を現した。
 それらを見計らったかのようにドラムとピアノが鳴り出し演奏がスタートする。
 翠は、奏者たち囲まれ嬉しそうな顔をして歌っていた。
 立ったまま、楽しそうにリズムに合わせて身体を揺らして。
 右手にはマイク。左手はワンピースの生地を握ったり、時折リズムに合わせて跳ねるように自身を軽く叩く。
「やられた……」
 秋兄の一言に唸るように頷く。
「同感」
 それ以外の言葉が見つからない。
「翠って、奇襲とかさせたらすごい機動力あるんじゃないの?」
「そうかも……」
「篭城に奇襲が得意ってどんな武将だよ……」
「司、そもそもは武将じゃなくてお姫様のはずだったんだけど」
 俺たちの会話はそこで途切れる。
 円形ステージの回転が止まり、翠が完全にこちらを向いた状態で歌い始めたから。
 たぶん、これが誕生日プレゼントなのだろう。
 俺と秋兄がここにいる時点で確定。
 こんな不意打ちをされるとは思ってもみなかった。
 仕組んだやつはほかにいるだろう。
 それでも、やると決めたのは翠自身。
 出逢ってから今まで、こんなに生き生きとした翠を見たことがあっただろうか――
 記憶をすべてひっくり返してみても見つけられない。
 そのくらい楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに歌っていた。
 歌詞がこんなにもするりと心へ入ってくるのは初めてだ。
 翠が歌うから。翠が口にするから。翠の心と言葉が重なるから――
 だから、なんの違和感も覚えない。
 円形ステージは再び回転を始めるも、俺たちの前方に座る一年B組の人間は嬉しそうに笑っている人間もいれば、涙を滲ませている人間もいる。
 ここまでくるのに、このクラスはこのクラスで長い道のりだったのだろう。
 そんなことを考えながら、最後まで翠のステージを見ていた。

 演奏が終わると同時に立ち上がった男がひとり――佐野だ。
 佐野はひょい、と通路に出てきてはニヤリ、と笑みを深める。
「先輩、お先に! 御園生に感想を伝えるのは俺が一番です。先輩は二番手以降の争いにでも参戦してください」
 そう言って走り出す。
「っ……!?」
 佐野の挑発に乗り、はじかれたように走り出した俺はやっぱりおかしかったのだと思う。
 この日、「冷静」という言葉が完全に頭から欠落していたに違いない。
 スタートから遅れを取っているのに、インターハイで入賞した男に追いつくわけがない。
 そんなことも頭に浮かばず挑発に乗ってしまった。
 結果、佐野の背をすぐ前方に捕らえたまま次位着。
 なんともいえない敗北感。
 しかし、久しぶりの全力疾走で身体はすっきりした気がした。
 俺は翠に声をかける前に飲み物を取りに行く。
 あの状態では高崎も七倉も飲み物までは頭が回らないだろう。
「何になさいますか?」
「翠のだから常温のもので」
「かしこまりました」
 丁寧な口調だが、明らかに笑いを含む。
 警備員の名前は藤守武明ふじもりたけあき
 秋兄よりひとつ年下の警備員は、若手の中でも将来有望と言われている人物だ。
「何か楽しいことでも?」
「えぇ、司様のこんなお姿を拝見できるとは夢にも思いませんでした」
 人の良さそうな顔が控え目に笑った。
「あぁ……それを言うなら、俺に散々撒かれて昇進試験をパスできなかったあなたがここにいることも奇跡のようですね」
 俺と海斗は時々藤宮警備の昇進試験に関するバイトを請け負う。
 ほかにも警護対象を務める人間はいるが、人が足りないときだけ参加する。
 仕事は簡単。とある施設の中で、自分を警護する人間を全力で撒く、といったもの。
 パスすべきものは体力面と頭脳戦。
 そのふたつをパスしないことにはS職への昇格はあり得ない。

 飲み物を持って翠のもとへ行くと、
「え……それにツカサが混ざったの?」
 話は聞いていなかったがだいたいの察しはつく。
「……ほら、飲み物」
 一位にはなれなかったしいつ言おうとかまわないわけだけど、一位争奪戦に参加しておいて何も言わないのもおかしな話だ。
 ペットボトルを離す瞬間に「ありがと」と小さく呟いた。
 ある意味、聞こえなくても良かったくらいなのに、そんなときに限って翠はしっかり訊き返してくる。
「え? お礼を言うのは私のほうだよ……?」
「そうじゃなくて――歌……」
「あ……」
 羞恥からか、語尾が粗くなるのを抑えるのがせいぜい。
 さっきまでならとっとと俺から視線を逸らしていた翠が、今は食い入るように俺を見ていた。
「……そんなに見るな」
 咄嗟に翠の視界を遮るように手を突き出す。と、指先に体温を感じる柔らかな髪が触れ、次には髪ではない何かに当たった。
 気づいたときには時すでに遅し。
 翠の左側頭部についていた大きなコサージュがぐらりと傾ぐ。
 それを手に取り謝った。
「悪い――」
「え?」
「……これ、取れた」



Update:2011/09/27  改稿:2017/07/15



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