光のもとで

第13章 紅葉祭 26〜41 Side Tsukasa 09話

「っ……翠、何泣いて――」
「なんでもないっ」
「なんでもなくないだろっ!?」
 泣いているくせにどれだけ強情なんだか。
「なんでもないってばっ。携帯持ってるんだから見ればいいでしょっ!? 数値に何か異常でも出てるっ!?」
 咄嗟に携帯を見るが、そこに異常を知らせる数値は並ばない。
「っ……出てない、出てないけどっ。何かあるのは間違いないだろっ!?」
「だから、ないってばっ」
「……下手な嘘はつくなってさっき言ったはずだけど?」
「そのときにも言ったっ。言葉にできないこともあるって言ったっ」
 頭が痛くなる。
 なんで俺と翠が言い合いになっているのかが理解不能。
「ちょっと……なんでふたりがケンカするのか意味わからないんだけど」
 そんな意味や理由があるのなら俺が知りたい。
「翠葉ちゃん、なんでまたそんなに泣いてるのかな? あぁ、俺、さっきハンカチ貸しちゃったから何も持ってないや」
「洗って返しますっ」
 翠は朝陽にも噛み付く勢いで答えた。
 本当になんなんだ……。
「いや、別にいいんだけど……」
 朝陽の手が翠に伸びる気がして、思わず「朝陽は黙ってろ」と牽制してしまった。
 そんなことをする必要はないとわかっていても、自分を制御しきれない。
 怒気をはらんだ声はその場の空気を凍結させる。
「あ〜……えっと、司、そろそろスタンバイに入ろうか?」
 これ以上人目を引いても仕方ない。
 会長の言葉に抗いはしなかったが、翠の行動や言葉に納得しているわけではなかった。
 最後に視線を合わせると、翠はひどく怯えた目をした。
 なんで――なんで俺がそんな目で見られなくちゃいけない?
 前を歩く会長は首を傾げ、
「なんであそこで言い合いになっちゃうのかなぁ? せっかく苦労して準備したのに、気分的には台無し?」
「隠し撮りしておいてよくそんなことが言えますね」
「うーわっ……司ってばダークまっしぐらっ!?」
 中央昇降機の脇に置いてあるマイクスタンドに手を伸ばしたとき、視界の端に翠の姿を捉えた。
 翠の座っていた場所からそこまでは数メートルほど離れている。
 なんのために移動した?
 浮かぶ疑問を早く解決したい一方、もうひとりの動向も気になり付近に視線をめぐらす。
 それは探すまでもなく早くに確認が取れた。
 警備員は動いているなら、身の安全は守られる。
 改めて翠に視線を戻すものの、誰かに向かって話しているのはわかるが、人が邪魔で相手が見えない。
 翠の唇が「お願いがあって」と動いた直後、翠の姿も人で見えなくなった。
 人は止まることなく行き交い、ほんの少し見えたかと思えばすぐに見えなくなる。
 そんな時間が数分続き、気づけば奥歯に力が入っていた。
 くっそ――
「司! バトンタッチ!」
 昇降機から降りてきた茜先輩の声に振り返る。と、
「茜っ、それ、今超危険人物だから近寄っちゃだめっ!」
「え? 何? 久、なんの話をしているの?」
「いいからいいから。近寄ると凍えて、触ると凍傷になるから今はだめ」
 それ……俺はいったい何者なんですか。
 茜先輩は訝しがりながらも会長に手を引かれていった。
 そりゃ、あの歌と映像の下で俺と翠があんなやり取りをしていたとは思いもしないだろう。
 翠の話し相手が誰かは気になるが、すでにタイムリミットを迎えている。
 うまくすれば、昇降機が上がるときに誰と話しているのかが見えるかもしれない。
 そう思ったときだった。
 諦めの境地で翠のいた場所に目をやると、男と指切りをしている翠が見えた。
「っ……!?」
 相手の男は、さっきの演奏でベースを担当した風間。
 翠より先に風間が俺の視線に気づく。
 俺は目を逸らすことなく風間に視線を固定する。
 風間は指きりをした状態で翠に声をかけた。
 相変わらず、読唇が完全にできる状況にはない。
 人が行き交う中、翠とも目が合ったがそこでタイムオーバー。
 昇降機が上昇を始め、俺は苛立ったままステージに上がった。

 俺は至上最高と言えるほどの苛立ちに犯されていた。
 どう都合よく解釈しようにもできない。
 翠が自分から移動したように見えた。
 その先に男――
 風間と翠の接点は、さっきの茜先輩のステージ。そのほかは……?
 すでに記憶として蓄積されている情報の中に風間はいた。翠の歌、「Birthday」の演奏メンバーにもいた。
 接点はあった。でも、「お願い」って……?
 俺には何も話さなかったくせに、その男になんの用がある? 何を願う?
 この感情が「嫉妬」であることには気づいていた。
 でも、わかっていたところでどうにもできない――

 気づけば演奏は始まっていて、俺は苛立つ心のままに歌っていた。
 なんだってこんなときにこんな歌なんだ……。
 そうは思うものの、ここでバラードではなくて良かったと思う。
 何に腹を立てたところで現状が変わるわけでもこの苛立ちが消えるわけでもない。
 ……いい加減気づけよ。
 ――いや、気づいてほしいなら俺が行動を改めるべき、なのか……?
 人の替えがきくようなポジションを後生大事にしていてどうする? その間に「翠の隣」は埋まってしまうかもしれないのに。
 翠には何度も大切だと、失ったら困ると伝えてきた。が、それでも気づかないバカにはそろそろ勘違いもできないくらいの言葉を伝える必要がある。
 繰り返し伝えればいつか気づいてくれる、なんてそんな希望は抱かない。
 翠を相手に数なんか数えていられるか……。
 数を数えるより、勘違いされない言葉を探す努力のほうが賢明。
 そうだ、俺は何度でも立ち向かうのみ。
 手を替え品を替え、難攻不落を謳う姫が篭城する城を陥落させることを目標に――

 歌を歌って息が切れたのはこれが初めてだった。
 途中何度も苦しくなり、水が欲しいと思った。
 喉が渇いているというレベルを通り越し、身体が欲しているレベル。
「海斗、水」
 インカムでそれだけを伝えると、「俺が持ってる」と朝陽の応答があった。
 昇降機が下がり始めると、俺は奈落の一方向に視線を固定した。
 翠の姿が見え、まだ風間と一緒にいるのかと頭がカッとする。
 ……が、何かおかしい。翠は自分を抱きしめるようにして俯いていた。
 俺が揺れているのか? それとも、今日半日暗いところで目を酷使したから視界がぶれているのか……。
 俺の目には、翠の身体が震えているように見えた。
 ――否、ほかがぶれていないのに翠だけが震えているのはおかしい。
 昇降機が下がりきる前に、背の高い男が翠に近づいた。そのシルエットは――飛翔。
「とりあえず飲め。行くのはそれからだ」
 朝陽の言葉に視線を移すと、
「すぐに行ってもかまわないけど、倒れても助けてあげないよ」
「誰がっ――」
「おまえ、上がる前も水分摂ってないだろ」
 そういえば、と思う。
 ここ何ステージか飲み物を口にすらしていなかった。
 急ぎ差し出されたミネラルウォーターに口をつける。
 半分近くを一気に飲むと、
「預かるよ」
 朝陽が手を出しペットボトルを引き受けてくれた。
 俺が足を踏み出すと、今日一日、ずっと邪魔だと思っていた人垣が自然と割れた。
 まるで、俺がどこへ向かおうとしているのかをわかっているかのように。
「佐野っっっ! ここにいる。早いとこ回収して」
 飛翔が手を上げ佐野を呼ぶ。
 ふざけるな……。
 翠を回収するのは俺の役目だ。
 飛翔が俺に気づき目が合うと、
「先輩、これ、役に立つっていうよりは厄介すぎやしませんか?」
「それは俺が決めることだ。おまえに何を言われる筋合いはない」
「言葉が過ぎたようですみません。でも……それならこれの放置はやめたほうがいいですよ。周りが迷惑を被る」
 そんなことはわかっている。もとより、放置するつもりはさらさらない。
 口にせずともそれが伝わったのか、飛翔は早々にその場から立ち去った。



Update:2011/10/21  改稿:2017/07/15



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