光のもとで

第13章 紅葉祭 35話

 ステージを終えた茜先輩は、真っ直ぐ私のもとへと帰ってくる。
 香乃子ちゃんはその時点でまた席を外した。
 今この場で、私と茜先輩がふたりきりになることは暗黙の了解となりつつあった。
「翠葉ちゃん……。次に歌う曲、まだ決められてないの……」
「え……?」
「ほら、私の歌の場所、ブランクになっているでしょ?」
 茜先輩が指差したのは奈落の壁に張られている進行表。そこには、第二部の一曲目同様空欄になっていた。
「翠葉ちゃんは金の斧と銀の斧、どっちを選ぶ?」
 ビーズクッションの脇に置いてあったバニティポーチからCDを取り出し、二枚のディスクを見せられる。ディスクにはマルとバツが記されていた。
「本当はね、ほかに銅の斧とかプラスチックの斧とか紙の斧とか色々用意してあったんだけど、やっぱりわかりやすく金と銀かな、と思って」
 それ、全然わかりやすくないです……。
 そんな会話をしているとモニターに久先輩が映り、次の曲が鳴り始めた。
 久先輩はスクエアステージでダンス部と一緒に踊りながら歌っている。私はその歌唱力に唖然とした。
 みんなで歌っているときにも感じていたけれど、久先輩とサザナミくんはとてもうまいのだ。音の安定感が普通じゃない感じ。
「EXILEの『Together』なんて、本当にひどい……」
 茜先輩はモニターを見ずに膝を抱えて蹲ってしまう。
「茜ちゃん……」
 その声に顔を上げると、
「サザナミくん……?」
 私たちの目の前にはサザナミくんが立っていた。
 いつもは「茜先輩」と呼ぶのに、今は「茜ちゃん」。本来はこう呼んでいるのかもしれない。
「もう、いいんじゃないの?」
 そう言って、茜先輩の正面に座る。茜先輩は何も答えない。
「もう、いい加減に楽になれよ……っていうか、俺もはもう茜ちゃんのお守りから解放されたい」
「千里っ――」
 茜先輩が顔を上げた。思い切り眉をひそめて。
「そろそろ、自分の本当の居場所を掴むべきだと思う。会長はさ、何もかもお見通しなんだよ。それでも茜ちゃんが戻ってくることを望んでる。一緒に歩く覚悟がある。あの人だけは裏切っちゃだめだ」
「っ……」
「大丈夫だから……。それ、歌うオケが入ってるCDでしょ?」
 茜先輩が手に持っていたものを奪うと、サザナミくんはふたつのCDに視線をめぐらす。
「バツなんてあり得ない。マルしかないでしょ」
 と、その場でバツのCDをバキ、と音を立てて割ってしまった。
「さ、サザナミくんっ!?」
「御園生さんもそう思うでしょ?」
 私はなんて答えたらいいのかがわからなかった。
 絶対に大丈夫だとは思っている。でも、最終的に答えを出すのは茜先輩だと思っていたから。
「御園生さんにいいこと教えてあげる。この人に逃げ道は用意しちゃいけないんだ。本当は臆病者の弱虫だから……逃げ場がある限り、絶対に逃げる。だから、この人に何かを決めさせたいときは背中を押すなんて生易しい方法じゃなくて、選択肢をなくす、が正解」
 そう言うと、サザナミくんはす、と立ち上がった。
「じゃ、俺、コレ提出してくるから」
 サザナミくんの背中を見ては、これで良かったのだろうか、と茜先輩をうかがい見る。
「久は――久はどこまで知っているの……?」
 ひどく弱々しい声だった。今日、一番弱い茜先輩を見た気がした。
「翠葉ちゃん、昇降機まで一緒に来てくれるかな?」
 言われて、スタンバイに入るタイミングであることに気づく。
「それはもちろん……」
 茜先輩に手を握られた。すごく強い力で。
 痛いくらいに強く握るその手は、小刻みに震えていた。
 昇降機に茜先輩が乗ると、私の隣にサザナミくんが並ぶ。
 茜先輩をステージへ送り出すために来たのだろう。
「かっこよく歌ってきてよね」
 サザナミくんはどこまでも茜先輩を追い詰める。
 茜先輩は何も答えず、昇降機の上げ下げをしている実行委員にだけ合図を送りステージへと向かった。
「御園生さん……今日、ずっと茜ちゃんの側にいてくれてありがと」
 視線は茜先輩に固定したままのサザナミくんに言われる。
「……私は、何もできなかったよ」
 藁にだってなれたのかは怪しい。
「そんなことない。あの人が人に弱みを見せることなんてないんだ。だから、それだけでもグッジョブ賞もん」
 そこにやってきたのは都さんと神楽さんだった。
 どうやら、都さんのヴァイオリンの弦が切れて、エレクトリックヴァイオリンに変えるためらしい。
「音色は変わっちゃうけど、アンプを通す分、音量の確保はできるわ」
 都さんはそう言って笑った。
「で、おひい様は何を歌うの?」
 神楽さんに訊かれて困る。私はマルかバツかしか知らないのだ。
 代わりにサザナミくんが口を開く。
「たぶん、JUJUだと思う」
「JUJUかぁ……何歌うんだろうね? 私たち、ちょうど何曲がスコア持ってるんだ」
「ここのところ、スタジオで歌っていたのはJUJUの『やさしさで溢れるように』と、ELTの『忘れえぬ人』だった」
 都さんがバッグからスコアファイルを取り出しそのページを開くと、細かく指示が書き込まれたスコアがあった。
 そして、流れてきた曲を聞いて「これだね」と口にする。
「私たちが今さらってる曲なのよ」
 嬉しそうに話す都さんとは反対に、神楽さんが訝しそうにモニターを注視する。
「どしたのかしら。……声、おかしいわ。音程も――」
 ビブラートじゃない。でも、確かに声が揺れている。
「サザナミくんっ、久先輩どこにいるか知ってるっ!?」
「俺ならここにいるけど……」
 久先輩が背後から現れ心配そうにモニターを見上げていた。
 久先輩とサザナミくんを交互に見て思う。
 今、茜先輩が側にいてほしいのは久先輩だと思う。
 私は何もできないから、だから――。
「サザナミくん、身体を貸してほしいっ。それから、久先輩も一緒に来てくださいっ」
 私はふたりの腕を掴み、会場へ上がる階段の方へと引っ張った。
「翠葉ちゃんっ!?」
 私が走り出すと、ふたりに引きとめられる。
「御園生さん、走っちゃやばいでしょっ!?」
「そんなのどうでもいいからっ」
「「良くないでしょっ!?」」
 ふたりの声がかぶる。
 でも、引けない――引かないっ。
「だってっ、ステージに久先輩を届けたいっ」
 会場からステージまでの高さは二メートル。
 でも、久先輩の脚力なら、サザナミくんを踏み台にすればステージに上がれるはず。
 歌を歌っている人がいる状態での昇降機の上げ下げは禁止されているから、この方法しかない。
「わーった。そういうことなら俺が責任もって会長を上に届ける。だから、御園生さんはここにいて」
 サザナミくんは、久先輩の腕を掴んで会場に向かって走りだした。
 私はその場からモニターを見ることしかできない。今にも糸が切れてしまいそうな茜先輩を見ていることしかできない。
「何も、できない――」
 自分の声がひたすら虚しく響いた。
「よくわからないけど、青春ね」
「うんうん、青春だね」
 私の両脇に神楽さんと都さんが腰を下ろし、
「これ、ピアノ譜。歌詞もついているけど見る?」
 差し出された楽譜を手にしたとき、モニターに久先輩が映った。
 無事にステージへ上がれたのだ。
「あ……歌、止まっちゃったね。ま、あのまま最後まで歌えるとも思っていなかったけど」
「……神楽さん、どうしよう。……私、余計なことしちゃったのかもしれません」
「いやいや、あれは最後まで歌いきれたとしても不本意でしかなかったと思う」
「でも、最後まで歌いきりたいって言っていたのに――」
『会場、すべての照明を落とせ』
 インカムにツカサの声が響き、モニターが真っ暗になる。
『放送委員、オケ止めてつなぎっ。理由はマイクの不調』
 これは朝陽先輩から放送委員への指示だった。
 ピュー、と口笛を吹いたのは神楽さん。
「ここの子たち、対応早いわね」
 都さんがとても感心したように口にする。
「さてと、助けに行きますか? お姫様」
「……え?」
「茜ちゃんのこと、支えたくない?」
 神楽さんに訊かれ、戸惑う。
 支えたい。けれど、術がない。
「明、呼んでもらえるかな?」
 佐野くんを呼ぶ……?
「まず、考えるより先に行動しようか?」
 都さんと神楽さんに交互に言われ、佐野くんを呼んだ。
 佐野くんは息を切らして走ってくる。
「御園生……。まさか、俺を呼んだのってそのふたり?」
 佐野くんの顔を引きつらせる。
 私は、ただここへ来てほしいとしか口にしなかった。それは神楽さんたちに指示をされて。
「何……。姉ちゃんたちに呼ばれた時点でいい予感はしないんだけど……」
「そうね? よくわかってるじゃない。これのドラムは叩けるんでしょ?」
「はぁっ!? 姉ちゃんたち何考えてんのっ!?」
「ん? 会場のおひい様救出作戦?」
「それでなんで俺なんだよっ」
「別にほかの人間が叩けりゃ明の出番なんてないわよ」
 しれっと答える神楽さんに、
「いなかったら叩かせるってどんな拷問っ!?」
「明、時間ないんだからうだうだ言わない。スコアならあるわよ。とりあえずフォークソング部と軽音部を召集して。ほら、とっとと動く」
「ああああっ、もうっ!」
 佐野くんはうな垂れながらもその指示を呑んだ。
 何――何が始まるの?



Update:2011/10/07  改稿:2015/10/13



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