光のもとで

第14章 三叉路 30〜45 Side Tsukasa 01話

 パレスから帰ってきた翌日、俺はじーさんに呼び出された。
 部活に戻るつもりで道着を着たまま庵へ行くと、じーさんはひとり土を捏ねていた。
「来たか」
「何か用?」
 正直、呼び出されたときから嫌な予感しかしていない。
 何が、とは言葉では言い表せない。ただ漠然と、「嫌なもの」を感じていた。
 庵に入るとその感じはさらに強まる。
「昨日の件じゃ。秋斗からどこまで聞いておるかの?」
「昨日の件」と言われて思い出すのは、秋兄がパレスへ来ることになったきっかけだった。
「……現時点で俺が知っているのは昨夜八時までに秋兄に入った情報止まり。何か新しい情報でも?」
「ふむ。話そう……」
 じーさんは昨日の時点ではまだ得られていなかった情報を話しだした。
 つまりは、事のあらまし。すべての因果関係を――

 ほとんどが警備会社側の問題であり、関係する人間がいるとしたら秋兄くらいなものだと思った。が、少し違った。
 俺にも飛び火する可能性があり、翠が巻き込まれる可能性も多分にあった。
 今年の五月、秋兄に見合い話があった。
 見合い自体はさして珍しくもなく、「あぁ、またか」とその程度のもの。
 しかし、その見合い話を持ちかけた人間は秋兄の逆鱗に触れ、時期外れの人事異動と相成った。
 その男、佐々木宗治ささきむねはる――本社の専務取締役というポストにいたが、今は小さな支店へ出向され、役付き取締役というポストからは異例の降格。
 付随して年俸もずいぶんと減ったことだろう。
 すべてはそこから始まっていた。

 佐々木という男は藤宮一族の人間ではないし、配偶者が藤宮の人間というわけでもない。
 それが五十歳半ばで専務という役職に就いたのだから、仕事はそれなりにできたのだろう。
 上からの信頼もそこそこあったはずだ。
 しかし、力を持った途端に人が変わる輩もいる。
 佐々木はその典型だった。
 権力にものを言わせ、親戚縁者の雇用や自分に都合のいい人間の異動、人事にも口を出していたという。
 気に入られた部下にとっては良い上司でも、自分の気に入らない部下に対してはパワハラが顕著だったらしい。
 彼の下についた社員はパワハラが原因でうつ病になり、長期傷病休暇から現場復帰できずに退職する人間が後を絶たなかったという。
「派閥」とまではいかないが、佐々木に組する人間たちで構成された一組織があったことは確認済み。
 その組織の人間からしてみたら、親玉の佐々木が権力を失い支店へ出向させられたことは喜ばしいことではない。自分の出世に大きく関わる。
 大げさにいえば死活問題にもなり得ただろう。
 中には、佐々木の降格と同時期に降格処分、懲戒処分を受けた人間もいたという。
 つまり、佐々木に下された制裁をよく思わない人間がそれなりにいたということ。

 雅さんは先の一件からこちら、自宅に軟禁されている。
 接触できるのは警備員と自宅のお手伝いのみということだったが、実際のところは違ったらしい。
 警護には佐々木の息がかかったS職の人間がついていたうえ、家に出入りする行商とは接触していたようだ。
 つまり、かなり緩い軟禁状態だったといえる。
 警護は警護でも、雅さんに関しては外界との接触を遮断するためのものだったはず。
 それが見事に覆されていた。
 何かない限り、秋兄は人事に口を挟まない。
 普段は開発の仕事がメインの秋兄が気づかなかったのはともかく、どうしてほかの人間が気づかなかったのか、とイラつきを覚える。

 雅さんは翠に対して激しい憎悪の念を抱いていた。
 佐々木の口車に乗せられ、なんの疑いもなく秋兄と見合いをして結婚できると思っていた女。
 めでたい人間だとは思うものの、佐々木という男は相当ずる賢く、口がうまかったに違いない。
 雅さんは朔さんと愛人の間に生まれ、本妻に引き取られた。
 が、結局のところは家の人間とはうまくいくことはなかった。
 佐々木はそこを言葉巧みにつついたのだろう。
 見合いがうまくいけば、自分が後継人のような存在になれると本気で思っていたようだ。
 うちの一族には強欲な輩が多いのだから、その人間たちを差し置いて後継人になどなれるはずがないのに。
 しかし、それらを差し引いても佐々木が思い描くように事は運ばなかった。
 秋兄が頑なに見合いを拒んでいる中、雅さんが佐々木のセッティングを待たずに秋兄と接触したからだ。さらには、静さんに秋兄との仲を取り持つように、とホテルへ乗り込んだらしい。
 救いようがないと思ったのは、秋兄ではなく静さんが相手でもいい、と口走ったこと。
 浅はかすぎる。
 そのときにホテルで翠の存在を知ったらしいが、のちに翠が静さんの庇護下に入ったことを知り、標的を翠に絞った。
 秋兄から翠を引き剥がせばいい。
 そうすれば、秋兄が自分のものになる、という安易な考えのもとに。
 あのとき、バカはバカでもずいぶんと翠には効果的な手段を講じたと思った。
 それが秋兄の逆鱗に触れ、佐々木の出向に結びつくわけだけど――

 翠の警備員がすり替えられていたのは、雅さんに想いを寄せる警備員と佐々木に組していた警備員が腹いせに起こしたものだった。
 人とは、欲望や嫉妬が絡むとこんなにも安易に道を踏み外すものなのか……。
 S職の警備員ともなれば、頭の切れる人間であったことは確かだ。
 雅さんを拒み、佐々木を降格、出向させた秋兄。
 どれも秋兄に向けられた憎悪の念に違いない。
 けれども、秋兄自身は守りが堅すぎて手を出せない。
 結果、すべての矛先は秋兄の弱点である翠へと向けられた。
 通常、厳戒態勢で挑む警護の場合、人事部のトップとS職管理部のトップの間で手書き書簡が交わされる。
 タイミング的には、「社内改革」ともいえる大掛かりな人事があった直後。
 人事部のトップもS職管理部のトップも、信頼のおける人間が就任していた。
 どこでどのようにすり替えられたのかはわからない。
 が、切れ者ふたりを出し抜く程度には綿密な計画が練られており、首尾よく事を運んだことになる。
 しかし、翠の警護につく人間がすり替えられたところで派遣されるのはS職の警備員であることに変わりはない。
 今回においてはどの程度の警護レベルなのかがきちんと伝わっていなかっただけ……。
 直接交わしたはずのオーダーシートが差し替えられていたと気づけば人事に関わった人間並びに秋兄は肝を冷やすことになる。
 それ以上でもそれ以下でもなく、その程度のものだった。
 大ごとには結びつかない。が、そこに関わる人間は過失を問われ責を負うことになる。
 犯人である自分たちが割り出されなければいい――そう安易に考えた人間たちの行動だった。
 だが、そんな事態が起きていて内部監査が動かないわけがない。
 犯人を突き止めるまで捜査の手は緩められない。
 どんな組織があり、そこにどんな思惑があったのか、徹底して首謀者や実行犯を割り出す。
 見逃すわけがない。
 今回はいたずら程度のもので済んだが、こんなことは翠が藤宮に関わっていく限り、秋兄や俺に想われている限り、何回でも起こり得る。
 何度でもターゲットにされるだろう。
 その危険から守るための警護班だ。
 人の悪意が蠢く場所だからこそ、もっと厳密に事を運んでほしいと思う。



Update:2012/04/15  改稿:2017/07/18



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