光のもとで

最終章 恋のあとさき 10〜12 Side Akira 02話

 玄関を入ると唯さんと御園生さんに迎えられた。きっと、御園生が帰ってくるのを待っていた人たち。でも、どうして御園生がこんなにも緊張しているのかはまだわからない。
 観察しつつも、御園生さんに声をかけられると照れのスイッチが入ってしまう。
「俺に対する態度とはえらい違いだねぇ?」
 唯さんに脇腹をつつかれ笑うと、ちょっとした照れ隠しができた気分。
 御園生さんに促されるままに廊下を進むと、
「あっれー? 佐野じゃん」
 海斗がいた。そして藤宮先輩と秋斗先生と湊先生と知らない人ふたりと秋斗先生。
 ……え? 秋斗先生がふたり?
 部屋の対角に位置する場所に座るふたりを見比べてしまう。
「くくっ……佐野、混乱してる?」
「海斗、秋斗先生がふたり……」
「さて、どっちがどっちでしょー!」
 どっちがどっちって言われても……。
 混乱している俺に声をかけてくれたのは御園生さんだった。
「佐野くんは初めてか。こっちが秋斗先輩」
 御園生さんが手で示した秋斗先生を見ると、「こんばんは」と声をかけられ慌てて挨拶を返す。
 次は、部屋の奥に座る秋斗先生のそっくりさんのもとまで案内され、
「こちらは顔を見てわかるとおり、藤宮の血縁者。正しくは司のお兄さんで湊先生の弟、藤宮楓さん」
 ――……えええええっ!? 藤宮先輩ってお兄さんもいたのっ!?
 藤宮先輩と湊先生を見てから楓さんを見るも……似てない。面白いくらいひとりだけ顔の系統が違う。
「おまえ顔に出すぎ!」
 海斗がケタケタと笑いだす。その海斗を見て思うんだ。
 いっそのこと秋斗先生と双子で海斗のお兄さんって言われたほうがしっくりくる、と。
「だって……双子って言われてもわからないってば」
 挨拶もせずにキョロキョロと見比べる俺に、藤宮先輩のお兄さんが立ち上がった。
 身長も同じなんじゃ……。
「藤宮楓です。海斗と司が学校でお世話になってるのかな?」
「佐野明です。海斗とは同じクラスですが、先輩は……自分、生徒会でもなんでもないんで、海斗と御園生通して接点がある程度です」
 言うと、御園生さんが付け足した。
「将来有望のスプリンター。今年は司と同じくインハイに出た子ですよ」
 そんなこと言われ慣れてるのに、御園生さんに言われると気恥ずかしくてたまらない。
 そのあと、ウィステリアホテルのオーナーと、御園生の家にお手伝いに来ている栞さんの旦那さんを紹介された。
 楓さんと神崎さんはお医者さんで、病院では御園生のことも診ているらしい。
 その話を聞いて御園生に意識を戻したけど、制服を着替えてくると自室に入ってからしばらくは出てこなかった。

 部屋に揃う面々は藤宮だらけ。
 もしかして、御園生が緊張しているのはこの人たちに対してなのか? でも……御園生にとってはとくに珍しい人たちではないはずだし……。
 藤宮先輩か秋斗先生と何かあったとか……? もしくは両方?
 少なくとも海斗は関係していないように思える。
 御園生は部屋から出てきたものの、キッチンに入ったままこっちには出てこない。
 いつもの御園生なら率先して夕飯の用意を手伝いそうなものなのに、キッチンに引っ込んだまま。
 代わりにカウンターに出てくる料理を唯さんと御園生さん、藤宮先輩が代わる代わる取りに行く。意外なことに、テーブルセッティングは湊先生が買って出ていた。
 自分も何か手伝えないかと立ち上がろうとしたとき、秋斗先生に声をかけられた。
「佐野くんはお客さんでしょ? 落ち着かないかもしれないけど、座ってて?」
 それは招かれた人間に言う言葉としてはごく当たり前のものだけど、どうしてか、俺を気遣うための言葉ではなく、御園生を気遣うもののように思えた。
 料理が出揃いみんなが席に着いても御園生は出てこない。そんな中、席を立ったのは楓さんだった。
 楓さんはキッチンカウンターの中を覗きこみ、「おいで」と声をかける。
 俺はそのとき初めて、キッチンではなくカウンター内に御園生が座り込んでいることを知った。
 楓さんはなんでわかったんだろう……?
 もしかしたら、御園生の逃げ場なのかもしれない。
 そんな光景をずっと目で追っていたら、唯さんに耳を引張られた。
「何、佐野っちストーカー?」
「やややっ、そんなことはっ――ちょっとありましたけど」
 自分の行動を省みる限り、ストーカーと言われても仕方がない気がした。
「あんま見ないでやって。ほら……人に見られたくないときってあるじゃん?」
「あります、けど……」
 じゃぁ、俺がここにいる意味ってなんだろう。俺はなんのためにここにいるんだろう。助けてほしいって言われたのに……。
 トン、と優しく御園生さんの手が肩に置かれた。
 見上げると、にこりと笑われる。
「今日は翠葉を送ってきてくれてありがとう。佐野くん、サラダは好き? から揚げは? 嫌いなものない?」
「あ、なんでも食べられます」
「じゃ、適当に取るね」
 御園生さんは実に手際よく、あれこれ料理を取ってくれた。
 俺はそのあと海斗に話しかけられ、学校の延長のような会話に盛り上がってしまったけど、席に着いた御園生は、先輩の隣で能面のような表情をしていた。すべての感情を閉じ込め、表に出さないようにしているような……そんな顔。
 大人が大人らしい落ち着きで会話をする中、唯さんと海斗はムードメーカーっぽい盛り上がりを作っていた。自分もそこに組し、乗じたわけだけど……本当にこれでいいのか、という疑問は払拭できない。ただ、その場の会話を止めないよう、御園生を見すぎないように努めた。
 御園生――俺、本当にここにいるだけでいいの? それで御園生は大丈夫なの?

 食事の間、視界の右端にゆっくりと箸を口に運ぶ御園生が映っていた。その隣には藤宮先輩がいて、同じように箸を口に運び咀嚼する動作を繰り返す。
 本当は食欲がないのに、無理して食べてるように見えた。そんな御園生を見ているのは正直つらかった。だから、視線を引き剥がした――
 御園生がひどくつらそうなのに、どうしてこの場はこんなにも普通で明るいんだろう……。
 海斗は何も感じてないのかな。それとも、何か感じているからこそ普通を装ってるんだろうか……。
 さっき唯さんに言われた一言で、この場では訊いてはいけない、ということだけは察したけど――
 そうして三十分が過ぎたころ、なんの前触れもなく御園生が倒れた。
 まるで張り詰めた糸が切れたような倒れ方だった。
 すぐに湊先生や神崎さんたちが御園生を取り囲み脈を取ったり呼びかけたりする。
 俺は箸を持ったまま、何もできずにその光景を見ていた。
 大丈夫だ……ここには御園生の主治医がいる。しかも、医者は三人もいるんだ。絶対に大丈夫。
 そうは思うのに心臓がバクバクと走り始めて鳴り止まない。冬なのに、さして暑い屋内でもないのに、つ、と背中を汗が伝う。
「佐野っち……大丈夫、絶対大丈夫」
 隣に座っていた唯さんが、俺の腕を掴んでいた。けど、その手に力が篭っていて、あぁ、同じなんだって思った。
 御園生が反応を見せたのは数分経ってから。目を開けるまでの時間が異様に長く感じ、生きた心地がしなかった。
 湊先生に怒鳴られて返事をした御園生は、自分の状況が理解できていないよう。
 何か質問されるたびに、言われた言葉を理解してから返事を考える……という手順を踏んでるように思えた。そのくらい、ひどく反応が鈍かった。
 先生とのやりとりを終えると、まるで深呼吸をするかのように息を吸い込む。そして、驚いたように目を大きく開いた。
 それを疑問に思ったのは俺だけじゃなかったみたいで、
「どうかした?」
 栞さんが訊くと、
「酸素が足りなくて……」
 答えた瞬間、御園生は「しまった」という顔で口元を押さえた。
 その直後、絶妙なタイミングで唯さんがその場の空気を変えたけど――目が離せなかった。
 御園生と目が合うと、申し訳なさそうに眉根をひそめられた。
 そこまでされてやっと、「見ない優しさ」を使わなくちゃいけないことに気づいた。

 こんなにのんびりと食事をしたのは久しぶりのことだった。その最中、海斗に誘われ秋斗先生の家に泊まることになる。
「なんか押しかけるみたいですみません」
「気にしなくていいよ。試験前に海斗が来るのは恒例なんだ。飲み物なら冷蔵庫に入ってるから好きに飲んで」
「ありがとうございます」
「さ、それじゃぁ俺らは勉強するかね」
 海斗が立ち上がり様に御園生に声をかけた。
「翠葉はどうする?」
 御園生は驚いた顔でこちらを見てフリーズ。
「ねぇっ、湊ちゃん、本当に大丈夫なのっ?」
 海斗が湊先生に訊くと、「大丈夫なはずよ」と御園生に視線を戻す。
 御園生は慌てた様子で、
「海斗くん、ごめん。なんだっけ? 少しぼーっとしていたの。体調は大丈夫だから」
 御園生が話すことがどうしてこんなにも痛々しいのか……。
 そう思いながら、やっと自分が助け舟を出せる気がした。
「いつもテスト前って夕飯のあとはここで勉強してるんだって? それ、やるかやらないかなんだけど」
「あ……うん。大丈夫。ごめん、やろう。テスト勉強」
 切り替えができたかとほっとしたのは束の間。
「無理に付き合わなくていいけど?」
 藤宮先輩の言葉に心臓が止まるかと思ったのは俺だけじゃないと思う。
「無理、してないから」
 御園生はそう言ってすぐに教材を取りに行くとリビングをあとにした。
 なんだろ、この違和感……。
 藤宮先輩の物言いはいつものことだ。それに返す御園生の反応だって別段おかしかったわけじゃない。なのに、ちぐはぐに見えて少し気持ち悪かった。
 勉強が始まると、御園生と海斗は藤宮先輩の仕切りで問題を解き始める。そして時間がくれば答え合わせ。
 普通の試験と同様の問題数なのに、制限時間三十分以内で解くっていう荒業を見せ付けられた。
 俺は途中途中、わからないものを御園生に訊く感じだったけど、俺の呼びかけに気づく御園生を海斗が不思議そうな目で見ていた。
 前に聞いたことがある。何かに集中しているときは話しかけても気づかないって。
 それからすると、今はまったく集中できていないということなんだろうか……。
 余計なことを考えているうちに十一時を迎え、勉強会はお開きになった。

 最後、学校で話すようなノリで話せたけど、海斗に続いて玄関を出ようとしたら、御園生に「ごめんね」と謝られた。
 謝られるんじゃないかって予感はしていて、結局謝られて、俺何やってんのかなって思った。
 こんなとき、御園生さんならどうするだろう……。
 少し考えて、ちっこい頭をポンポンと叩いてみた。
 お互いが立ったままだと、相手が一六〇センチ以下の身長じゃないとできない仕草。
「追い詰めない追い詰めない。……人間、自分を追い詰めなくちゃいけないときもあるけど、たぶん今はそのときじゃないと思う。御園生、今はテストのことだけ考えたら?」
 御園生と目が合うと、また謝られる気がした。だから、何もできなかった自分を正当化するような言葉を繰り出した。
「謝るようなことも、謝られるようなことも、俺も御園生もしてない。だろ? 俺はそう思ってるから。だから、そんな顔しなくていいし。……じゃ、おやすみ! また学校でな」
 玄関を出たら情けなくて涙が出そうだった。
 俺、何もできなかったじゃん――
 その場にいてくれればいいって言われたけど、俺、本当にそこにいただけで、何もできなかったじゃん。
「何やってんだ、俺――」
 頼ってほしいって思ってるのに、結局何もできなかった自分が妙に情けなくてやるせない。
 最後、御園生に言った言葉は御園生をフォローするためのものじゃなくて、自分をフォローしたにすぎない。
「情けな……」
 次に御園生がSOS出してくれたときにはもっとまともな対応ができるようになりたい。次こそは――



Update:2013/07/10  改稿:2017/07/26



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