光のもとで

最終章 恋のあとさき 69話

 考えごとががあると眠れない、というのは強ち嘘ではないかもしれない。
 私は一睡もすることなく起きる時間を迎えた。
 湊先生が病室にやってきたのは三時半過ぎ。
「調子はどう?」
「……少し動悸がするくらい」
「胸の音を聞かせて」
「はい」
 胸に当てられる聴診器がひんやりと冷たかった。そのあと、脈拍と血圧を測り、全身のリンパの腫れを確認される。
 湊先生は難しい顔をしていた。
「あんた、昨夜寝てないでしょ」
「……色々考えていたら眠れなくて」
「……過ぎたことを今言っても仕方ないけど、薬を入れてもこの状態。……正直、動いてほしくないわ」
「先生っ!?」
「わかってる……。点滴、ルートを残したまま一度外すから、支度を済ませなさい。洋服を着たらまたつなげる。空港に着くまでは車内で点滴。いいわね」
「はい……」
 簡単に身支度を済ませると、相馬先生がやってきた。
「おら、これだけは飲んでいけ。姫さんもな」
 相馬先生がトレイに乗せて持ってきたのはスープだった。
「ジャガイモのポタージュだ。身体はあったまるしカロリーもそこそこ。胃にも優しいぜ」
「ありがとうございます」
 カップを受け取った私に対し、湊先生は胡散臭そうなものを見る目でカップを眺める。
「美味しいんでしょうね?」
 相馬先生をじとりと見上げると、
「さぁな。飲めばわかんだろ?」
 湊先生はケラケラと笑う相馬先生を一瞥して、カップを手に取りスープを一気に飲み干した。
「……意外と美味しいじゃない」
「くっ、どこまでも女王様気質だな」
 言いたい放題の湊先生に引けをとらない相馬先生。そんなふたりのやり取りを見ていると心が和む。
 スープは飲みやすい温度に調整されていて、味も薄口でとても飲みやすかった。
 点滴が再開されると、用意された車椅子に座るように指示される。
「先生……歩きたい」
「今は我慢なさい」
 そんなにひどい状態なのかと不安になったけれど、念のためだと言われた。
「空港に着くまでにへばったらなんの意味もないでしょう」
 そう言われると返す言葉もない。ただでさえ無理を言っているのだから。
 仕方なく、言われたとおりに車椅子に身を預けた。
 警護室の前には黒いスーツを着た男の人が四人立っていて、私たちが前を通り過ぎると後ろからついてくる。
「先生……? もしかして、警備の人たちもみんな……行くんですか?」
「当たり前でしょう? じゃなかったらなんのための警護よ」
「……総勢何名の方が動くことになるのでしょう」
 恐る恐る尋ねると、
「さぁ、何人かしら? ま、私と翠葉の警護班が動くのだからそれなりよ」
 あっけらかんとした返答に唖然とする。
 やっぱり、湊先生も歴とした藤宮の人なのだ。

 一階に着き救急搬送口から外へ出てびっくりする。
 そこには黒塗りのリムジンと、数台の車が停まっていた。
「さぁ、どうぞ」と言わんばかりに白い手袋をした運転手らしき人がドアを開けて待っている。
「湊先生……?」
「何?」
「もしかして、これに乗るんですか?」
「そう。防弾仕様だし乗り心地も悪くないわよ? さっさと乗りなさい」
 言われて乗り込むと、興味津々であちこちいじくっている唯兄と、緊張の面持ちの蒼兄が乗車していた。
 初めて乗るリムジンということもあり、私も蒼兄も緊張しきりだったけれど、唯兄は「こんなことでもないと乗れないよ?」と各種機能に手を伸ばし堪能している。
 こんなとき、唯兄の順応性の高さを痛感する。
 湊先生の話だと、四時に出れば空港には五時半過ぎには着くだろうとのこと。
 朝のこの時間だから一時間半程度で着くのであり、これが少し遅れるだけで渋滞につかまり、二時間三時間とかかってしまうらしい。
 色付きの窓から外をうかがい見ると、暗い道路に見えるライトはさほど多くなかった。
「リィ、もし電車で行くとしたら五時前の始発に乗っても難しかったよ?」
 唯兄がタブレットを見せてくれる。そこには、藤倉を四時五十三分に出た場合の到着時間が表示されていた。空港に着く時間が六時三十八分――
「佐野くんに感謝するんだな」
 蒼兄に言われてコクコクと頭を上下に振った。
 そこではっとして佐野くんにメールを送る。
 あのあとの経緯と、今湊先生や蒼兄たちも一緒に空港へ向かっていること。
 まだ、どんな言葉を使って伝えたらいいのか、具体的な言葉は決められていない。けれど、昨夜相馬先生に「ツカサが好きだからだめです」と言えたのだから、最悪の場合はそのままを伝えよう。
 相馬先生に言えたのだから秋斗さんにも言える――というのは一種自己暗示的なおまじない。
 色々なことを考える時間が欲しかったし、空港に着くまでは考えていられると思っていた。
 けれど、さっきから目の前が眩むような眠気に何度となく襲われている。
 この感覚には覚えがある。
 薬で眠くなるときはいつもこうなのだ。どんなに抗っても瞼が下がってきてしまうし、意識がしだいに薄れだす。
「せんせ……?」
「点滴に少し薬を入れた。でも、安心なさい。空港にはちゃんと連れて行くし、着いたら責任持って起こしてあげるから。それまでは休みなさい」
 その言葉を最後に、私は眠りに落ちた。



Update:2013/06/27  改稿:2017/07/25



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