「ハルんとこは?」
「うち? うちは妹がお弁当ない日は作ってくれない」
「ふーん。うちはひとりっ子だからなぁ、そういうのはないや」
そんな話をしているところに携帯が鳴った。
学校にいるときに携帯が鳴るとは珍しい。
誰からだろう、と思いながらディスプレイを見ると、知らない番号からだった。
「誰?」
ハルに訊かれ、
「知らない。とりあえず出てみる」
そんな感じで、「もしもし」と出た。
『御園生です』
「……え?」
ミソノウ……みそのう……御園生っ!?
「あっ、嘘っっっ、御園生って言った!?」
びっくりして、ハルの机に置いてあった参考書を落としてしまった。
ハルに悪いとジェスチャーで謝ると、ニヤニヤとした顔でポンポンと肩を叩かれた。
『あ、えと、言いました。……あの、急にごめんね、大丈夫? 今、電話してても平気かな?』
「大丈夫。こっち昼休み中だし……って藤宮も?」
「藤宮」という言葉に周りが反応し視線が集った。俺はその視線を受けて立ち上がり、教室よりも人口密度の低い廊下へと逃れる。
少し沈黙があって、思い切って話しかけてみた。
「さすがに二週間近く経ってたから連絡もらえないと思ってた」
別に責めてるとかじゃなくて、本当にそう思っていたから。すると、
『ごめんね……。実は紅葉祭の翌日からインフルエンザになってしまって……』
「え、大丈夫なの!? もしかして、学校で倒れたときから具合悪かった!?」
『あ、違うの。あれは関係なくて……。でも、びっくりさせちゃったよね。ごめんね』
御園生が申し訳なさそうな顔で謝っているのが簡単に想像できた。
「びっくりしたし心配はしたけど……。でも、今連絡もらえてるわけだから何もかもが帳消しだよ」
『連絡、遅くなって本当にごめんね』
なんか、電話がかかってきてからずっとごめんって言われてる気がした。少しおかしくなって笑う。と、
『え……何?』
こちらの様子をうかがう言葉をかけられる。
「御園生、さっきから謝ってばかり。……御園生、中学のときも貧血とかでよく倒れてたでしょ? だから全く免疫がないわけじゃないよ。ま、びっくりはするんだけど……。それに、連絡できなかったのだって理由あってのことだし、別に謝られるほどひどいことされたわけじゃない。だから、もうごめんはなしね?」
責めてないよ、と伝えたくて口にした言葉。
「この分だと隼人先輩にも連絡してなさそうだよね?」
『あ、うん。鎌田くんには連絡する理由があったんだけど、滝口先輩にはなんて連絡したらいいのかわからなくて……』
「御園生らしいね。隼人先輩には少し話してある。御園生があまり男が得意じゃないって」
『ありがとう』
御園生の声が耳に直接聞こえるのがなんだか不思議だった。
中学のときだって、こんな近くに御園生の声を聞くことはなかったわけだから。
御園生が目の前にいると思うと途端に余裕がなくなる。でも、電話ならいつもの自分に近い精神状態を維持できるみたいだ。
このまま、このまま普通に話していたい――
会話の内容なんてなんでもいい。世間話でかまわなかった。
「そしたらさ、ひどいんだよ。じゃぁ、お前は男として見なされてないわけだってサクッと痛いところつかれた」
『あ、ごめんっ』
謝られて新たに笑う。
「御園生、御園生……それ、暗に『そのとおり』って言っちゃってるから」
くつくつと笑うと、
『鎌田くん、今の学校楽しい?』
その問いかけに、学園祭で話したことが頭をよぎった。
「うん。俺、少しは変わった?」
何を基点に尋ねているのかは定かじゃない。でも、御園生が知っているのは中学三年時の俺だと思うから、そのときから何か少しでも変わったと感じてもらえたら嬉しいと思う。
『……あの、悪気はないんだけどね?』
御園生のこちらをうかがうような声。
「うん」
『確かに中学の同級生なんだけど……私が中学の同級生で顔と名前が一致するのって鎌田くんくらいなんだけど……』
「うん」
やけに長い前置きに笑みが漏れる。
御園生が慎重に言葉を選んでいるのを感じながら次の言葉を待っていると、
『それでも、やっぱり「友達」って言えるほど仲が良かったとか、たくさん話をしたとか……そういうのはなかったでしょう?』
「そうだね」
確かに、こんなふうに話せたことはなかったし、こういう内面の話をできたこともなかった。
俺には踏み込むことができなかったし、御園生は踏み込ませてはくれなかったから。
『だから……何がどう変わったっていうのはよくわからないの。でもね、私の中で鎌田くんはどんなことにも一生懸命に取り組む人に見えてて、それがいいなって思ってた。私、学校の中で肩の力を抜いて話せる人は鎌田くんしかいなかったから』
嬉しかった……。
ずっと、自分が御園生の目にどう映っていたのかを知りたいと思っていたから。
あの日、知りたいと思っていたことの答えをもらえた気がして、すごく嬉しかった。
それで終わりかと思えばまだ話は続く。
『鎌田くんはいつも穏やかに話す、安心できる笑顔をくれる人だったよ。……でも、今みたいに声を立てて笑ったところは見たことないと思う。今はとても楽しそう』
「……なんか嬉しいな」
『え……?』
「あの頃、御園生って学校の中のものを何も見ないようにしてる気がしてた。でも、その視界にちゃんと入れてたことが嬉しい」
ちょっと鼻の奥にツンときていて、目に涙が滲む。ドライアイにはちょうどいい湿り具合。
目を閉じて、瞳全体に涙を行き渡らせ、再度目を開いた。
「お互い新しい学校でいい仲間に出逢えたんだから、高校生活楽しもうね」
『うん……』
「……とは言っても、俺はもうあと一年ちょっとしか残ってないけど」
肩を竦めて笑う。と、携帯の向こうから御園生がクスクスと笑う声が聞こえた。
耳が、ちょっとくすぐったかった。
『そうだね。同い年だけど一年先輩になっちゃったね』
「あ、そのことなんだけど……」
『ん?』
「隼人先輩も一緒にいた友達も、御園生が一年留年してるの気づいちゃったんだ」
だからといって、何を言う人たちではないけれど……。
でも、やっぱり御園生には黙っていたくなくて白状する。
『鎌田くん、それは仕方ないよ。鎌田くんと中学の同級生なのに、私がいるクラスは一年なんだもの。クラスを訊かれて、私が一年B組って答えた時点で自分でばらしちゃったも同然。それに、今は留年したことをそんなに気にしてはいないの。……一年遅れなかったら、私は藤宮に来ることはなかったから……。もし、入院していなかったら、あのまま光陵高校に通うことになって、中学と何も変わらない学校生活送っていたと思う。そう考えるとね、「留年」なんて代償は軽いくらい』
こんなにしゃべる御園生は初めてだった。それに、ひどく落ち着いた空気が伝わってくる。
落ち着いた、というよりは「安定した」って感じかな。
「……御園生も変わったね」
『本当?』
「どこが?」って訊かれている気がした。言葉を求められている気がした。
でも、「ここが」って言えるほど俺も御園生のことを知ってるわけじゃない。
話そうと思えば話せるんだけど、そこまで詳しいことは求められてない気もして、
「うん。声に張りがあるっていうか……それだけ充実した毎日送ってるんだなって感じる声」
そう答えると、「なんだか嬉しいね」と柔らかい声音が返ってきた。
「そうだね」
そのとき、後ろから肩を叩かれた。
振り返るとハルが時計を指し、次が移動教室であることを知らせてくれる。
「また連絡してもいい?」
慌てて訊くと、
『うん。あとでメールアドレスも送るね』
「待ってる」
言って携帯を切る。
「何なに〜? また連絡してもいい? って」
「うっさい! からかうなよっ」
「そりゃからかいたくもなるでしょー! いやーん、ハルくん黙ってらんなーい! 隼人せんぱーーーい」
ハルは大絶叫しながら廊下を走っていった。
Update:2013/12/04(改稿:2017/05/07)
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