光のもとで 外伝

それらはすべて落し物  Side 藤宮司

 ところは図書棟の一角にある従兄の仕事部屋。
 今、この部屋には俺と従兄の秋兄、秋兄の後輩である御園生さんがいる。
 今日が二月十四日ということもあり、話題はチョコレートのことだった。
「うわ……秋斗先輩、相変わらずすごい数ですね」
 御園生さんが見ていたものは、ダイニングテーブルの脇に置いてあるダンボール。
 その中には今日もらったであろうチョコレートの数々が無造作に入れてあった。
「学生の頃に比べたら減ったんじゃないかな?」
 秋兄はそれらを見下ろしながら言う。
「あぁ……確かに」
 御園生さんは納得したようだ。
 俺はここで「バイト」という名の雑用をしているわけだけど、俺の背後でふたりの会話はまだまだ続く。
 加わりたい内容ではないことから、俺はふたりに背を向け作業を進めることにした。
「毎年不思議に思ってたんですけど、それ、どうやって消費してるんですか? 先輩、女の子には優しいから全部食べてたりとか?」
 そんなわけあるか……。間違っていないことがあるとしたら、消化ではなく消費であること。
「こんなに食べたら太るよ。俺は蒼樹みたいに毎日運動してるわけじゃないし」
「でも、頭使う仕事してるから相殺されるんじゃないですか? ……あぁ、それ以前に先輩甘いもの苦手でしたっけ」
「そうそう。ごく身近な人から頂いたものはひとつくらい口にするけど、それ以上はちょっとね……」
 ちょっとね、じゃない。苦手なもので自分で消化できないなら、そんなにもらってくるな。
 秋兄は、毎年もらってきたそれらを母さんと栞さん、それからマンションのコンシェルジュのところへ持っていく。
 ミルクチョコレートと飴は母さんへ。ビターチョコレートはコンシェルジュ。手作り物など対処に困るものは栞さん。
 母さんはそれらを溶かしてお菓子を作るか、そのままの状態を楽しんで食べる。最近はカカオ率の高いチョコレートが出回っているようだけど、
「苦いチョコレートを食べてもチョコレートを食べた気がしないのよね。やっぱり甘くて幸せな気持ちになれるのがいいわ」
 と、母さんはミルクチョコレートを好む傾向にあった。
 ビターチョコレートは安物から高級なものまでピンキリらしい。それらを溶かし香り高いリキュールなどを加え、高級感を持たせたスイーツにするのはコンシェルジュ。出来上がったものはマンションの住人に「サービス」として振舞われる。
 誰も、あれが秋兄がもらってきたチョコレートのリメイクとは思っていない。
 知っている人がいるとしたらひとりだけ――コンシェルジュ統括者、崎本さんの奥さん。美波さんにはばれていそうだけど。
 栞さんのもとに持っていかれるものは、チョコ以外の市販のクッキーなども数多く含まれる。それを栞さんは食べられるものと食べられないものに分け、食べられるものはそのままほかのお菓子にリメイクする。こっちの作業はあまり難しくないらしく、それらはガトーショコラやプティングに変身する。
 問題なのは食べられそうにない手作りのお菓子。この場合の「食べられそうにない」というのは、加熱が足りなくて半生であるとか、粉が混ざりきっておらず、白いものが見えている……とか、そういったもの。
 何かしらレシピを見て作っているとは思う。――が、分量を間違えるか混ぜる順番を間違えるかするのだろう。
 俺に言わせると、「食べ物」には到底認められないものが数多く含まれる。
 例えば、食べると口の中の水分を根こそぎ持っていかれるケーキだとか、硬すぎるマフィンとか……。ひどいものは焦げているらしい。
 そんなものを「プレゼント」としてよく人様に渡せると思う。俺にはその気が知れない。
 栞さんはそれらを砕いたり、チーズグレーターで削ったりして粉状にしたところからなんとか食べられる状態にする。それらがどうなるかというと、マンションの住人を自宅に招いて試食会と称したお茶会でのお茶請け……否、立派な主役となる。
 こうやって人の手により着々と消化されるチョコレートたち。
(人に食べてもらえたなら消化と言ってもいいと思う。ただ、秋兄が消費という言葉しか使えない事実には変わりない)
 だいたいにして、甘いものが苦手なら最初から受け取らなければこんな面倒なことにならなくて済むものを……。
 カウンターに置いてあるカップに手を伸ばし、まだ熱いコーヒーをすする。
 母さんにおいては、毎日食べることで胃に負担がかかり、消化器内科の医師である父にストップをかけられる。母さんは泣く泣く、
「じゃぁ、冷凍庫に保存ね」
 と、袋や箱から取り出したチョコレートを丁寧にアルミホイルなどに包み、ジップロックにまとめては冷凍庫へとしまう。入りきらなかったものは冷蔵庫へ。
 そんなわけで、我が家の冷蔵庫は二月三月はチョコレート比率が高め。
「結局どうしてるんですか?」
「企業秘密」
 御園生さんの質問にクスクスと笑う秋兄。
 何が企業秘密だ……。
「蒼樹も相変わらずなんじゃない?」
「え? あぁ……」
 御園生さんは少し言葉を濁した。
 この部屋に入ってきたとき、御園生さんはかばんのほかに大きめの手提げ袋を持っていた。その手提げ袋の中身がチョコレートなのだろう。
「基本、友チョコ、ギリチョコしかもらわない主義ですからね。手に収まるくらいの小さなものだと軽くていいですよ」
 たぶん、秋兄のダンボールでも見てそう言ったのではないだろうか。そこには大小様々な大きさの包みがあるのだから。
「でもさ、そんなの『友チョコ』って言われたら中身が本命でも受け取っちゃうわけでしょ?」
「えぇ……。ですから、家に帰ってから中身チェックですよ」
 御園生さんは重ねて苦笑する。
 中身をチェックして、本命チョコがあったらどうするのか……。
「本命があったら、それは申し訳ないけど返してます」
 ――呆れた。律儀で几帳面なのは知っていたつもりだけれど、そこまでとは思わなかった。
「で、その紙袋いっぱいの友チョコもとい義理チョコはどうするわけ?」
「翠葉がチョコレート大好きなんですよ」
 声が一トーン上がり、それはそれは嬉しそうに話す。
 始まる――この人のシスコントークが。
「チョコレート食べてるときは、アンダンテの苺タルトを食べてるときと同じくらいに頬が緩んで美味しい美味しいって食べてくれるから、そのほうが食べられるチョコも幸せでしょ?」
 そういう問題か?
「でもって、ホワイトデーのお返しには翠葉が作ったお菓子配ってます。これが結構評判良くて。去年はレシピ教えてほしいなんて子もいたな。それを翠葉に伝えたら、また嬉しそうな顔をしてせっせとレシピを書いてくれるんですよね。甘いものは苦手だけど、翠葉の作ったものは甘さ控えめだから俺も好きなんですけど。さらにはそのレシピで作ってきたお菓子を試食してほしいって言われるから、持って帰って翠葉と一緒に食べるんです」
 見なくてもわかる。きっと目尻を下げて、でれっとした顔で話しているのだろう。
 でも、そのお菓子って「リベンジ」なんじゃないの? それを妹と食べて感想言われた時点で作ってきた人間の思惑は見事にスルーされていると思う。――恐るべきスルー力の高さ。しかも、疑うまでもなく「無意識」であるところが痛すぎる。
 御園生さんが妹のことを話しだすと止まらない。話の矛先を変えない限り延々と話していると思う。
 この人の妹溺愛度は変態の域だと断言する。知り合ってから一年近いけど、本当にその部分だけがおかしくて残念な人。
 秋兄の仕事の資料集めを任されてるだけあって、頭はいいはずなのにそこだけが変。「玉に瑕」とはこの人のためにある言葉だと思う。
 秋兄の場合「完璧」な要素は多いものの、「瑕」の数も多くてその言葉が当てはまらない。
「なぁ、司は?」
 ……は?
 珍しく御園生さんが自分から話を逸らした。が、背中に投げられた言葉に振り返りたくはない。そもそも、この会話に加わりたくも交わりたくもないんだけど……。
「ほらほら、聞こえてるのに無視しない」
 秋兄に言われ、ため息をつきつつ振り返る。
「なんです?」
 目一杯、「面倒」という顔を向ける。と、
「司だってチョコもらったんでしょ?」
 からかうとかそういう雰囲気ではなく、ただ、もらったことを疑わないという声音。
「もらってませんよ」
 一言返し、何事もなかったかのようにディスプレイに向き直る。
「司、その答えには語弊があるでしょ?」
 秋兄に言われ、仕方なく再度振り返る。
「もらってないものはもらってない」
「くれる人はいるのに受け取らなかったの間違いでしょ?」
「結果論、何も変わらない。受け取ってないんだから『もらってない』でも間違いじゃない」
「甘いな。この手の話でそれは通用しない」
 ――ものすごく言いたい。面倒くさい、と。この会話自体が面倒だ、と。
 だいたいにして、甘いのはチョコレートで俺の発した言葉じゃない。
 ひとり置いていかれたような御園生さんがどうしたことかふわりと笑う。
「なんだかんだ言っても司は優しいんだろうな」
 その言葉に耳を疑う。
 訊けることなら誰かに訊きたい。今の会話の流れと俺の表情から、何をどうしたらそういう解釈になるのか……。
「下駄箱、机の中その他もろもろ……。どこに置いてあってもそのまま放置することが『優しい』と言えるなら?」
 笑みを添えて御園生さんに視線を向けると、
「くっ」と笑いだした。
「なぁなぁ、下駄箱はそのまま放置できるとしてさ、机の中に入れられたそれらって邪魔になるんじゃないの?」
 今度はおかしそうに笑いながら訊いてくる。
 肩から身まで震わせ、その振動が手に持っているコーヒーカップの液体にまで伝わっている状況が最悪。
 でも、御園生さんの言うとおりだ。
 机の中や上に置かれると、教科書も入れられない広げられないで、邪魔以外の何ものでもない。
「下駄箱にあったものは放置してたんですけど……。放置しててもなくなってはくれないので、今はそれも机に置かれてたものも、すべて落し物として事務室に届けます」
「くっ、バレンタインのチョコを事務室に落し物として届けてるやつ初めて見たっ! でもさ、それって『司くんへ』とか書かれてるから、全部戻ってくるんじゃない?」
「まさか……俺は受け取ったわけではないので、それらの持ち主は差出人ですよ」
「あははっ、すごい考え。何それ、そのまま事務員の人に言ったりしたの?」
「えぇ。自分に非はありません。ただ、置いてあっただけで俺の所有物ではない。そう説明したら受け取ってもらえました。もちろん拾い主として名前の記帳もしましたよ」
 今の話のどこに笑いの種があったのかは不明。しかし、御園生さんはカップをテーブルに置き、
「限界っ」
 と腹を抱えて笑いだした。
「蒼樹、司は全然優しくないよ。女の子の気持ちのひとつやふたつ、三つや四つ。百や二百を受け止める許容もないよう人間だよ」
 うるさい。むしろ、そんな許容があってたまるか。
 一頻り笑い終えた御園生さんが、
「いや、優しいですよ」
 と、目を細める。
「どの気持ちにも応えられないから受け取らない。俺にはそう見えますから」
 御園生さんはわかってない。
 応えられないから受け取らないわけではなく、応えるつもりがないから受け取らない、の間違い。
 この人の思考回路はずいぶんめでたくできているらしい。
 そんな人間に溺愛されている妹は、もっとおめでたい思考回路を持ち合わせているに違いない。
 御園生さんと初めて会った日、「いつか妹と友達になってほしい」と言われたけれど、藤宮の名に集らなくとも思考回路がおめでたすぎて、会話するのに疲れる人間の相手はしたくない。
 けれど、気づけばこのおめでたい思考回路の持ち主とはもうすぐ一年の付き合いになる。
 ……どうか、俺が御園生さんに感化されていませんように。ついでに、秋兄の「何か」が俺に感染していませんように。



END

Update:2011/02/14(改稿:2014/08/23)



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