光のもとでU

距離 Side 御園生翠葉 01-01話

 藤の会から二週間が過ぎた土曜日――
 午後から生徒会の集まりがある。今日は一年生メンバーを迎えて初の顔合わせなのだ。
 いつもなら、図書室へ移動してみんなでお弁当を食べるけれど、今日はちょっと違った。
 サザナミくんと海斗くんがお弁当を持ってきておらず、ふたりは学食で食べるという。こういうとき、たいていは私と桃華さんもお弁当を持って食堂へ移動する。けれど、今日は桃華さんの提案により、私と桃華さんは教室で食べることになった。

 ふたりでお弁当を食べようと言われたとき、何かあるのかな、とは思ったけれど、それが私に関するものであるとは思ってもみなかった。
 桃華さんはこの二週間、私がずっと気にしていたことを指摘したのだ。
 それは、ツカサと何かあったのか、というもの。それだけならば、ツカサ以外の生徒会メンバーに何度となく訊かれていたことだけれど、桃華さんにはもう少し突っ込んだ物言いをされた。
 ツカサが私に対してよそよそしい、私を遠ざけているように見える、と。
 ここまで言われてしまったら認めざるを得ない。自分でも気づいてはいた。でも、認めるのはちょっと嫌で、深く考えないようにしてきたのだ。

 やっぱり、避けられてるんだ……。
 異変を感じ取ったのは藤の会翌週のこと。しかし、いつからかがわかったところで、どうして避けられているのかはさっぱりわからない。
 これといったケンカもしていなければ、言い合いに発展した会話もない。私は気づかないうちにツカサが嫌がることをしているのだろうか。
 思い返してみても、気づいたときには避けられていた、そんな感じだったと思う。
「避ける」といっても、会わない、電話に出ない、メールの返事がない、ということはない。生徒会では顔を合わせるし、一緒にお弁当を食べる日には食堂で一緒に食べている。そこからすると、「避けられている」というよりは、桃華さんが口にした「遠ざけられている」というのがしっくりくる。
 具体的な例をあげると、手をつないでもすぐに離されしまったり、隣に座ったら席を立たれてしまったり、そういった些細なこと。ほかには、目を見て話す機会が減った、などがある。
 些細なことと言えど、今までとは違う行動なだけに動揺した。認めたくなくて、勘違いだと思おうとした。けれど、何度か同様のことを目の当たりにして、疑問は確信へと変わった。
 確信したけれど――確信してもなお、私は認めたくなかったのだ……。

「何かあった?」と尋ねてきた人は少なくない。それでも、「避けられている」という指摘ではなかったため、私は「何もないよ」と答えてきた。答え続けて二週間――桃華さんの指摘により、現実を受け入れることにしたわけだけど、「遠ざけられている」「避けられている」「距離を置かれている」――それらを認めたところでどうしたらいいのかが見えてくるわけではなかった。
 このままでいるのが良くないことはわかる。生徒会メンバーはすでに被害を受けているし、この状況が続けば自分の精神衛生上もよろしくない。
 そうは思っても、尋ねづらい……。
「避けてる?」と本人に訊くのは恐ろしく勇気がいるし、直接的な言葉を口にせず、「私、何かしたかな?」と訊くのも怖い――

「あんた、ここにいる意味あるの?」
「……え?」
 ふと気づいたときには生徒会メンバーの視線が自分に集まっていた。さらには、飛翔くんの冷たい眼差しが自分に向けられている。
 ここは図書室、揃う面々を見ればミーティング中であることがありありとうかがえる。
「ごめんなさいっ――」
 生徒会のミーティングが始まってから今の今まで、私はまったく話に参加していなかった。これは何を言われても仕方がない。怖くて、隣に座るツカサの表情を確認することもできなかった。
「自己紹介、翠葉の番よ」
 桃華さんに言われて席を立ち、私はいつもよりも小さな声で学年、クラス、役職、名前を述べた。最後にもう一度みんなに謝り、それからは誰の発言も一字一句聴き漏らさないよう、ミーティングに集中した。

 ミーティングが終わると、
「あのっ、片付けと戸締り、私がやりますっ」
 私は雑用を買って出た。上の空でいたことがどうしても決まり悪く、何かせずにはいられなかったのだ。
「あまり気にしなくていいよー?」
「そうそう、毎回ってわけじゃないし、誰だって上の空になることくらいあるよ」
 嵐子先輩と朝陽先輩はそう言ってくれたけど、どうしても引け目を感じる。
「でも、やってくれるって言うならやってもらおっか」
 優太先輩の言葉にみんなが頷いてくれ、私はほっとしていた。けれど、それも束の間。
 みんなが図書室を出たあと、ツカサだけが図書室に残ったのだ。
 ふたりきりになると途端に気まずくなる。それがここ最近の私たち。
 ツカサの視線がこちらを向いているのはわかる。けれど、なんの会話もないことに居たたまれなくなり、不安に駆られて口を開いた。
「さっきは話を聞いてなくてごめんなさい。次からは気をつけます。……ツカサはこのあと部活でしょう? 先に行って?」
 不自然に思われないように笑みを添える。と、
「翠、明日の予定は?」
「え……? 何もないけど……ツカサは?」
「部活がある」
「そう……部活、がんばってね」
 なんとなく、ツカサが何かを話そうとしているように思えた。でも、それを聞くにも心の準備が必要で、今度は自分から距離をとってしまった。

 ツカサが図書室を出て身体中の力が抜ける。ペタリ、と床に座り込み、思い切りため息をつく。
「なんだかもっと良くない方向へ行っちゃった気がする……」
 このタイミングでツカサが話そうとしていることを聞くべきだったのか……。
 どうしてうまくいかないのかな……。ケンカも何もしていないのに、どうして――
 私はかばんを引き寄せると、ミネラルウォーターを手に取り一気に飲み干した。
「戸締り……戸締りして帰ろう。帰ったら考えよう」
 カウンター内で窓を操作すると、念のためにすべての窓を見回ってから、私はガランとした図書室をあとにした。

 陽が燦々さんさんと注ぐテラスへ出ると、思わぬ人物と鉢合わせる。部室棟で着替えを済ませてきた飛翔くんだ。
 私は未だに飛翔くんに苦手意識を持っている。けれども、鉢合わせて挨拶を交わさないのはおかしいし、だからといって「今から部活?」とわかりきっていることを口にしようものなら、それ相応の言葉を見舞われてしまうだろう。こういうときは、「部活がんばってね」かな……。それとも、「さようなら」?
 あれこれ考えているうちに、
「あんた……」
 飛翔くんから声をかけられ驚いた。
 第一アクションを取ってもらえはしたけれど、飛翔くんの視線は鋭いものだし、次に何を言われるのか、と思わず身構えてしまう。……とはいえ、先ほどの失態を思い返せば、何を言われる前に自分から謝るべきだ。
「さっきは本当にごめんなさい。以後気をつけます」
 頭を下げたあと、恐る恐る飛翔くんを見上げる。と、そこには眉間にしわを寄せた顔があった。
 後ずさりしたいのを必死で堪えていると、
「司先輩の機嫌が悪いのって、あんたが原因?」
 何を言われたのかわからなければよかった。でも、間が悪すぎた。頭より先に心が反応して、ポロリ、と涙が頬を伝う。
 ツカサが微妙な行動を取るのは私に対してだけのようだし、普段より数割り増しの機嫌の悪さはミーティングでもうかがえた。「原因」は自分にあるのだろう。そうは思っていても、こうもストレートに言われると衝撃が大きい。
「面倒くせぇ、このくらいで泣くなよ」
「ごめん、違う……飛翔くんのせいじゃなくて――」
「当たり前だろ? これで俺のせいとかいい迷惑だし」
 当たり前すぎて返す言葉もない。
 少し深く息を吸い込み、昂ぶる気持ちを落ち着ける。
 飛翔くんにはツカサがどう見えたのだろう。ふたりは中等部からの付き合いだから、ミーティングの進行を見るだけで機嫌が悪いことに気づいたのかもしれない。
 淡々とミーティングを進めるのはいつものこと。けれども、提案があがるたびに容赦のない言葉で却下する様は、いつものそれとは度合いが違った。
「中等部ではこんなことなかったのに……」
 それは飛翔くんが零した言葉。私は飛翔くんの顔から視線を落とし、ゴツ、とした喉仏を見ながら尋ねる。
「……ツカサ、中等部ではどんなだったのかな」
「気分にムラがある人じゃなかった。もっと――」
 もっと……何?
 勇気を出して飛翔くんの目を見る。と、さっきよりも冷たい目で見下ろされていた。
「司先輩が変わったのがあんたのせいなら、あんた、悪影響を及ぼすだけの人間なんじゃない?」
 飛翔くんは私の前を横切り、桜林館の出入り口へと走っていった。
「私、悪影響、なのかな……」
 確かに、ツカサの機嫌が悪いと生徒会メンバーは迷惑を被る。そこだけを考えれば、「悪影響」なのかもしれない。そう思うと、なんだかとっても悲しかった。



Update:2014/11/03(改稿:2017/08/12)



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