光のもとでU

紫苑祭 前編 Side 御園生翠葉 01話

 紫苑祭一日目――空は雲に覆われていた。でも、降水確率は三十パーセントだし、見たところ雲は白く、灰色味を帯びた雲はない。よって、雨が降ってくることはないだろう。
 長袖の制服を着ていても暑くも寒くもないくらいだから、運動をする人たちにはちょうどいい気候かもしれない。
 去年は海斗くんも一緒に登校したけれど、今日はツカサとふたりきり。
 マンションのエントランスで朝の挨拶を済ませると、ツカサはいつものように体調を尋ねてきた。
「体調は?」
「具合、悪そうに見える?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
 ツカサは決まり悪そうに口ごもる。
 そんなところもいつもと変わらない。
 訊かれるたび、私がもっと気の利いた返事をできたらいいのだけど、残念なことにこれといったものは思い浮かばず、いつも代わり映えのしない言葉を返すことになる。
 それでも、ツカサがこの会話を持ち出さない日はないし、私が答えない日もない。
 ある意味、私たちの日常だ。
「……いつもどおり、かな。すこぶるいいわけでもないし、取り立ててどこが悪いわけでもない。でも、だいぶ涼しくなったから血圧は安定し始めてるよ」
 その証拠を見せるように携帯ディスプレイをツカサへ向けると、
「身体の痛みは?」
 新たな心配を口にされ、私は思わず苦笑を漏らす。
「痛みは少しだけ……。でも、ひどく痛むわけではないし、痛みが強くなったらお薬を追加で飲むこともできるから大丈夫」
「無理してまで競技に出るなよ?」
 最後の最後まで念を押すツカサに、出かける間際の蒼兄を思い出す。
 つい数分前、ゲストルームの玄関でまったく同じやり取りをしてきたばかりなのだ。
 続けて笑みを零す私に、
「何……」
「ううん、蒼兄みたいだな、と思って」
 ツカサはものすごく迷惑そうな表情で、
「俺がこうなったのって、今まで翠がきちんと自己申告してきていないことに原因があると思うんだけど」
「そこをつかれるとちょっと痛い。……でも、去年よりは言うようになったでしょう? それに、体調だって去年よりはだいぶ落ち着いていると思う。だから、そんなに心配しなくて大丈夫だよ」
 ――「大丈夫だから」。
 そんな意味をこめてツカサの手を取ると、ツカサは顔を逸らしたものの、つないだ手には力をこめてくれた。
 言葉だけではなく、こんな些細な動作で意思の疎通ができることに幸せを感じながら、学校までの道のりを歩いた。

 更衣室で着替えを済ませてグラウンドへ下りると、そこには委員会ごとに分かれて人が集まっていた。
 始めに委員会ごとの集まりがあり、それが終わると生徒会が主体となって各委員会にインカムが配られる。
 生徒会と放送委員の二、三年はインカムの使い方を知っているけれど、実行委員や体育委員は使い方を知らないため、知っている人が知らない人たち数人を相手にレクチャーすることになっているのだ。
 それが終わると、ほとんどの人が本部のテントを建てたり競技に必要な道具を体育倉庫から運び出す。そんな中、私たち会計は電光掲示板に現時点の点数を表示させる準備を進めていた。
 現時点では黒組がトップ。次に青組、赤組と続き、白組がゼロ点スタートで、残りの組はマイナス点スタート。
 ツカサが掲示板に反映させようとしたそのとき、私はツカサの手を掴み制止した。
 怪訝な顔で説明を求められ、
「これ、表示させるのやめよう?」
「何言って――」
「マイナス点スタートだと士気が下がる組もあると思う。それなら、全組ゼロ点スタートにして、途中で準備期間に生じた加点減点を追加するほうがいいと思う」
 思いつきで口にした私に便乗してくれたのは優太先輩。
「翠葉ちゃんに賛成。飛翔はどう思う?」
「先だろうがあとだろうが、どっちにしろ反映させるわけだからどっちでもいいんじゃないですか?」
 実に飛翔くんらしい意見だ。
 ツカサの判断を待っていると、ツカサはすべてをゼロ点表示に切り替えプログラムに目を通した。
「午前の競技が終わった時点で準備期間の得点を反映させる。各所への通達は翠に任せた」
「はい」
 実行委員と体育委員、それから放送委員に連絡を入れつつツカサが見ていたプログラムに目を通す。と、このタイミングで準備期間の得点を反映する理由がわかった。
 午後には応援合戦や色別対抗リレー、徒競走決勝戦がある。それらは競技種目の中でより大きな得点が発生するため、準備期間中に発生したマイナス点を挽回することが可能なのだ。
 きっと、ツカサはそれを見越してこのタイミングで反映させようと言ったのだろう。
 どうしてかな……。
 こんな些細なことでも何を考えて口にした言葉なのかがわかると嬉しさがこみ上げてくる。
 誰かに話したい気もするけれど、自分だけの秘密にしておきたい気もする。
 そんなことを考えていると、優太先輩に声をかけられた。
「翠葉ちゃん、なんか嬉しそうだね?」
 きっと、そう言われるくらいにはしまりのない顔をしていたのだろう。
「なんかあった?」
「少し、嬉しいことがありました。でも、秘密です」
「えっ、どうして!?」
「だって、私にとっては嬉しいことでも優太先輩にとってはなんてことないことだから」
「……そうなの?」
「はい」
 私は緩む頬を押さえながら答え、各委員会への連絡を済ませた。

 その後私たち会計は、集計における様々な決定事項を各々復習していた。
 四人の内、確認事項が多いのは私だろう。
 なぜかと言うならば、紫苑際一日目は私が中心となって集計するからだ。
 一種目目の学年別徒競走は男女全員参加。
 グラウンドに一〇〇メートルを六レーン用意し、各学年男女別で全員が走る。この競技は全校生徒のタイムが記録され、それらを集計してタイムが早い順に点数が加点されていく。人数が少ない組は、その組の平均タイムを加算して集計することになっており、各組のトップタイムの人間を競わせる決勝戦が午後にある。そこで出た結果によりボーナス得点が発生するのだ。
 二種目目は女子全員による玉運び。こちらは直径一メートルの大玉を三人一組となって運ぶ競技。
 三種目目は男女全員での綱引き。こちらは学年ごとに分かれての競技となっている。
 そして、午前最後の種目は男子全員による騎馬戦。
 つまり、男子は玉運び以外の競技すべてに出る必要があり、集計作業をできるのが私しかいないのだ。
 もし私に運動ができたなら、優太先輩が言っていたようにバタバタの集計作業となっていただろう。場合によっては生徒会メンバー総出、もしくは実行委員サイドに集計班を作らなくては集計作業が立ち行かなかったはずだ。

 お昼を挟むと色別パレードが行われ、そのあとに応援合戦が待っている。
 応援合戦後の種目は部活対抗リレー。
 こちらは紫苑祭前にくじ引きが行われ、今日競うのは六組の部のみ。
 上位三位までの部活にボーナスと称した部費が追加されるため、くじ引きの時点からそれなりに盛り上がっていた。
 運動部と文化部、ありとあらゆる部がくじを引きに参加したにもかかわらず、文化部はひとつも残ることができなかった。
 選出されたのはバスケ部、水泳部、陸上部、野球部、サッカー部、弓道部。
 それぞれの部活でツカサと飛翔くん、優太先輩が選手に選ばれているため、やはり本部に残るのは私ひとり。
 その次はレンタル障害物競走。こちらは各組から六人の女子が選出され競技が行われる。実行委員が用意する「借り物リスト」の内容は一部噂になっていたけれど、実際の内容は当日のお楽しみ、ということになっている。
 そのあと、徒競走決勝戦を終えると一番白熱するであろう色別対抗リレー。
 最後に、生徒会の出し物である権利取りムカデ競争が全校生徒で行われるのだ。
「集中して翠葉ちゃんに負担がかかって申し訳ない。でも俺、徒競走は司や飛翔よりも早くに終わるから、終わったらすぐに駆けつけるよ」
「それなんですけど……裏でちょっと手を回したので、徒競走の集計結果は午後の競技が始まる前に出ていればいいことになってるんです」
「え?」
「入力するだけとはいえ、さすがに六レーン分のタイムをひとりで入力していくのは厳しいので、実行委員と体育委員にタイムを手書きで記録してもらえるようお願いしました。競技が終わったら手書きデータをもらえることになっているので、私たちはそれをもとに集計するだけ。時間があるときにひたすらエクセルに入力していけばいいだけなんです」
「なるほどね……。翠葉ちゃんお見事!」
「そんなに大したことはしていません。むしろ、リアルタイムで入力するほうが大変ですから」
 そんな会話をしていると、手厳しい一言が割り込んだ。
「それ、入力ミスったら時間に猶予があっても水の泡だから」
 飛翔くんの言葉に、私は確認のための暗算をタスクに追加する。
 そうこうしていると、実行委員から無線が入った。
『通信状況のチェックです。問題なければ集計代表者から返信お願いします』
「翠、返事」
「あ、はい。こちら生徒会会計班。問題なく聞こえています」
『このあと、体育委員と放送委員から同様の通信チェックが入るので、引き続きお願いします』
「わかりました」



Update:2015/12/20(改稿:2017/09/23)



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