光のもとでU+

ミッションと和解 Side 立花飛翔 01話

 四月六日――空を見れば清々しいほどの快晴だった。
 見る人が見れば、「新学期に相応しい天気」だのなんだのと思うのだろうが、残念ながら自分にそんな感性は備わっていない。
 ただ、「今日から二年か……」とぼんやりと思うのみ。
 中等部と高等部は勉強内容が変わる程度で、部活も中等部と変えなかった俺は、毎日変わらないルーティンを繰り返す。
 学期始めにあるクラス分け掲示板がなんとなく気になるのは一年のときのみで、二年からは成績順にクラスが決まるため、自分の成績からすればAクラスに振り分けられて当然――つまり、掲示板を前に確認するのはクラスではなく出席番号だけで、なんの面白みもない。
 高等部に上がった際に多少新しい顔が増えはするものの、新鮮さを覚えるのは最初だけ。
 外部生は中間考査、期末考査ともに上位に食い込んでくるため、テスト明けの成績順位掲示板でいやでも名前を目にするようになる。そうして顔見知りになる人間もいれば、二年次のクラス分けで初顔合わせになる人間も。そのほかは代わり映えしない顔が揃う教室。それが毎年のこと。
 そんなことを考えながら、クラス分け掲示板で出席番号の確認を済ませAクラスへ向かうと、スマホが着信を知らせた。
 なんとなしにディスプレイに目をやると、まるで想定していない人物からの連絡だった。
 いつもなら、そわそわする程度には喜ぶところだが、メールのタイトルがいただけない。
 メールのタイトルにはその人物の彼女の名前が明記されていた。


件名:紅葉祭で翠をフル活用したければ
本文:翠のバイタルに気をつけろ。
    翠のスマホホーム画面にバイタルが表示されている。
    表示されるのは体温、血圧、脈拍の三種類。
    三十七度を越える微熱になったら行動をセーブすること。
    血圧の上が八十を切ったら要安静。
    七十五を切るようなら横にさせて校医に連絡。
    好きに暴走させると甚大な被害をこうむる羽目になる。


 なんとも取扱説明書じみたメールだ。そもそも――
「なんで俺……?」
 そう思ったのは一瞬。
 生徒会であの女と一番接点があるのは役職が同じ自分だし、アレを御するのに適しているとでも判断されたのだろう。
 面倒くさいといえば面倒くさい。でも、メールから読み取れるあれこれに「嬉しい」という感情がこみ上げてくる。
 一見忠告じみた内容だが、実際は違う。そういう体裁をとっているだけで本当は――
 自分は卒業して同じ校内にいられないからこそ、誰か信頼のできる人間に託したい。
 そんなふうに解釈した自分に断る余地などありはしない。
「司先輩に代わって、きっちり監視してやる……」
 俺はすぐに返信画面を立ち上げ、「善処します」とのみ返した。
 それにしたってあの女、いったいどんな持病を持っているというのか……。
 一年間生徒会で接してきた割に、そのあたりのことは何も聞かされていない。
 本人は話す気がないようだし、周りの人間が意外と口の固い人間であるがため、一向に情報が更新されないのだ。
 思い返せば去年の紫苑祭――外で応援合戦の練習をした際に倒れたっけか……。
 そのときのことを思い返す。
 あいつの頭を庇ったのが俺で、咄嗟に駆け寄ってきたのが佐野と海斗。
 ふたりは駆け寄るなり声をかけながら、あいつのスマホを確認していた。
 スマホにバイタルが表示されることを知っている人間ということは、海斗や佐野は事情を知っている人間なのだろう。そして、おそらく簾条先輩もそっち側。
 知らないのは俺と竜、紫苑だけか……?
 去年の七夕イベントのとき、「持病があって走れない」ということは本人の口から聞いたが、それが示すものとはなんなのか。
 確か同学年の長谷部も持病があって運動ができないと言っていた。でも、あの女みたいにバイタルを管理されるほどではないし、聞いたところによると「腎臓が悪い」という話だった。
 バイタル――体温はまあ置いておくとして、血圧や脈拍から導きだされるものといえば……高血圧?
 いや、違うな。
 上が八十切るだの七十五切るだのって話なら逆、低血圧だ。
 しかし、低血圧とはどのくらいの数値でそう診断されるものなのか……。
 自慢じゃないが、俺は血圧なんて測ったことがないし、健常者の数値がどれくらいという知識もない。
 まずはそこを知らないと何もわからねえじゃねえか……。
「面倒くせぇ……」
 俺は再びスマホに視線を落とし、「低血圧」を検索してみることにした。すると、まず始めに出てきたのは健常者の血圧数値で、そこから察するに、あの女の血圧はえらく低い部類に属していることになる。
 それに加えて脈拍の管理に「走れない」という条件から導き出されるのは――「心臓」か……?
 ……そりゃ気軽に話せないし、吹けば飛びそうな容姿のくせに、意外と頑固な人間が話したがる内容でもない。
 でも、フォローするからにはある程度知っておきたいというのが本音だし、何も知らずに使われるだけっていうのは性に合わない。
 さて、これは誰を味方につけて、どう情報を入手すべきか。
 真っ先に浮かんだのはこんな用件を送り付けてきた当人、司先輩だが、もし教えるつもりがあるならこのメールにすべてが書かれていただろう。それが書かれていないということは、そこを話すつもりはないとみるべき。
 なら、ほかに訊ける人間は……?
 そんなことを考えているうちに始業式やホームルームは終わっていたし、気づけば生徒会タイムになっていた。

 生徒会室代わりに使っている図書室へかばんを置きに行くと、見慣れた面子が揃っていた。しかし、その中に目的人物は含まれない。
「海斗、あいつは?」
「翠葉? 翠葉なら、弓道部の矢渡し見に行ってる」
「は? こっち、仕事あんだろっ?」
「ま、そう言うなよ! 射手がさ、秋兄なんだ。で、秋兄から直々に翠葉にお誘いメールがあったんだよ。俺の勇姿を見にきてってさ」
 それで仕事放ったらかして見に行くってどうなの? さらには司先輩の彼女のくせに、ほかの男を見に行くってどういう了見?
「秋兄も諦め悪いよなぁ。翠葉と司、婚約したってのに全然諦める気配ねーでやんの」
 はあっ!? 婚約っ!? いつっっっ!? ――って、春休み中しかねえか……。
 突如与えられた情報にフリーズする。が、海斗は何を気にすることなく話し続ける。
「しかも、俺の勇姿見にきてって、どれだけ必死なんだよって話!」
 海斗は実の兄のことを笑って話すが、ますますもってどうなんだって話で……。
「まあさ、司が卒業した今も射手を引き受けてるのなんて、翠葉に見て欲しい一心だと思うから、ちょっと大目に見てやってよ。翠葉は翠葉で遅れる代わりに桜林館と図書室の戸締りやるって話になってるからさ」
「……矢渡し見に行ってる件って、司先輩にチクっていいんですかね……」
「あら……飛翔ったらいい性格してるわね? 知ってたし嫌いじゃないけど。でも、そんなネタじゃ、藤宮司に恩なんて売れないし、翠葉を陥れるなんてこともできないわよ?」
 クスリと笑って話に加わったのは簾条先輩だった。
「飛翔が報告しようとしなかろうとあの男の耳には入ると思うわ」
「なんで」の視線を向けると、
「まず第一に、翠葉に隠す意思がないこと。間違いなく、藤宮司と顔を合わせたらいの一番に報告するわね。そうじゃなかったとしても、秋斗先生自身があの男に宣言していたっておかしくない」
「なんだそれ……」
「もう勝手にして、って言いたくなるような三角関係なのよ」
 そう言うと、三年メンバーはさもなんてことのないようにケラケラと笑い始めた。
「さっ、手際よく準備済ませて帰るわよっ! 翠葉は二十分遅れで来る予定だけど、翠葉が来る前にすべてを終えられたなら、翠葉にだけは恩を売れるかもしれないわね?」
 そんなふうに話すと、皆簾条先輩に続いて図書室を出て行った。
 簾条先輩がどんな人かはわかっているつもりだけど、親友と豪語する相手に「恩を売る」だのなんだのってどうなんだ……?
 あ――違うか。今のは、俺があの女に恩を売るいい機会、とでも言いたかったのだろう。
 否、それもどうかと思うけど……。


 藤宮高校の入学式準備に難しいことは何もない。
 華道部の部長でもある簾条先輩はひとり壇上で花をいけているわけだが、ほかの面子はというと、男子は全員椅子出し作業。残る紫苑は、あの女と一緒にやるはずだった冊子作りをひとりでやっている。
「こっち早く終わらせて、紫苑手伝ってやんないとな!」
 千里の言葉に頷きつつ、俺たちは黙々とパイプ椅子をセッティングし続けた。
 椅子出しがあと少しで終わる――そんなタイミングであの女は現れた。
 紫苑にしきりに頭を下げては一緒になってテーブルの周りを回って冊子を完成させていく。
 椅子並べが終わった俺たちが冊子作りに加わると、すぐに簾条先輩も冊子作りに合流した。
 七人で同じ場所を無言で回っていると、
「なんかさ、七人無言でぐるぐる回ってるとなんかの儀式みたいだな!」
 そんな馬鹿げたコメントは千里のもの。それに乗じた竜が、
「じゃ、しりとりでもしながらやります?」
「「「やらねーよっ」」」
 男子三人に一刀両断にされた竜はまるでダメージを受けておらず、
「えー? やってみたら意外と楽しいかもしれませんよ? ほら、動物縛りとか学校のもの縛りとか」
 女子三人はそのやり取りを聞いて笑うのみ。
 そうこうしている間に二五〇部の冊子すべてを作り終え、それぞれが三十部を持って椅子に置いて回ることになった。
 その作業の途中、
「うわあああっっっ」
 竜の声に目をやると、椅子に足を引っ掛けたらしい竜がバランスを崩して転ぶところだった。
 竜が倒れると同時、大きな音と共にパイプイスが薙ぎ倒され列が乱れる。
「あんのバカっ――竜っ、そこきちんと直しておけよっ」
「わかってるってばー。翔の小姑っ!」
「誰が小姑だ……」
 俺たちの間で会話を聞いていた御園生翠葉は、竜に怪我をしていないかをたずねながらもクスクスと笑っていた。
 ものすごく不本意なわけだけど、俺はこの女の笑い声がツボだったりする。
「鈴を転がしたような声」いう形容があるが、そんな言葉が当てはまる人間などいるわけがないと思って十五年間生きてきた。けど、いた……。
 この女の喋る声や笑い声は耳に心地よく響き、ずっと聞いていたい、などとうっかり思ってしまうほどだ。
 しかしそれは、俺がこの女に惹かれているからとかそういうことではない。
 鈴の音色のように澄んだ声は、万人受けするのだ。事実、男女関係なく三学年大半の生徒がこの女の声を「聞きたい」と言うのだから、断じて俺が特別な感情を抱いているとかそういうことではない。
 その生徒大多数の要望を満たすべく、生徒会予算案の読み上げはこの女の仕事となっている。
 さらには容姿まで整っているのだから、「天は二物を与えない」というアレは嘘だと思う。
 まだこいつのことを認めていなかった時期ですら、容姿は整っているほうだと思っていた。
 能力を認めた今、改めて観察してみても、褒め言葉しか出てこないところが若干腹立たしい。
 全体的に華奢すぎるきらいはあるが、頭自体が小さいためか、身体が多少細くてもバランスが悪く見えないのだ。そこへきて抜けるように白い肌は目を瞠るものがある。
 俺はこの肌にニキビができているところを未だ見たことがない。
 そして、高等部一長いと噂される艶やかな髪。
 色素が薄い人間とは、髪や目が茶色いものだと思っていたが、この女を見て考えを改めさせられた。
 この女も色素が薄いという類ではあるのだろう。けれど、髪も目も茶色くはない。どちらかというなら、墨を水に溶いたような色をしている。
 そのうえ頭脳明晰で性格もそう悪くないとか、「聖人かよ」と悪態をつきたくなるほどだ。
 自分が尊敬する司先輩であっても、容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着、品行方正、文武両道どまりで、性格には多少の難があるというのに。
 ……まあ、そういうところも含めて格好いいんだけど……。
 俺の近くで冊子を配っている女を観察しているうちに冊子を配り終え、生徒会メンバーが一所に集まった。
 言うなら今だな……。
 そう思った俺は御園生翠葉に向き直った。



Update:2019/03/03



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