光のもとでU+

ミッションと和解 Side 立花飛翔 02話

「センパイ、スマホ出してもらいましょうか?」
「え……?」
 御園生翠葉はきょとんとした顔で小首を傾げる。
 ……これか。……これなのか。三学年の男どもがこぞって「小動物のようでかわいい」と絶賛する仕草は――
 確かにかわいくないとは言わない。言わないがっ、そういう目で見ること自体が司先輩に対する裏切りのような気がして、わずかな後ろめたさが生じる。それらを払拭するように、
「え、じゃなくて、スマホ出せ、スーマーホっ!」
「あ、はいっ……」
 御園生翠葉はスマホ入れに特化したポシェットからスマホを取り出すと、スマホが逆さまにならないよう向きを考慮して、俺に差し出した。
 ディスプレイに触れるとパッと明かりが灯り、日時のほかにバイタルっぽいいくつかの数字が表示される。
「ふん、認証キーを入力しなくてもこの画面は見られるんだな」
 左から体温、血圧、脈拍――なんだ? この飛び跳ねるハートは。
 じっと見ていると、それが心拍の動きに連動しているのではないか、と思えてくる。
 その隣には藤宮警備の社章と病院マークの赤十字が表示されている。それらの意味まではわからなかったが、三つの数値を見て項垂れたくなる。
 体温に気をつけろと言われたそばからこいつは――
「ちっ、微熱かよ……」
 行動セーブ事案じゃねーか。
「戸締りは俺がやっておくから、センパイはとっとと帰りやがれ」
「えっ?」
「えっ、じゃねえっ」
 小柄な女を見下ろすと、御園生翠葉は一歩後ずさる。しかし、視線を逸らさないところが実にこの女らしい。
 そんな観察をしながらスマホに視線を戻す。
「血圧は問題なさそうだな……」
 上が八十八あれば、いくら健常者と比べて数値が低かろうが問題はないのだろう。
 そんな判断をしている傍らで、御園生翠葉は実に訝し気な目で俺を見ていた。
 まあなんだ……「どうして知ってるの?」とかその類の疑問を持ったのだろう。
「今朝、司先輩からお役立ち情報をいただいた」
 端的にそれだけを伝えると、御園生翠葉は愕然とした表情になる。
「センパイをフルに活用したければ、バイタルに注意しろって。微熱になったら行動をセーブ。血圧は上が八十を切ったら要安静。七十五を切るようなら横にさせて湊先生に一報を入れるようにって」
 いわば監視だ、監視。
 まかり間違っても司先輩がおまえにしていたナイトのような役割ではなく、監視。
 それも頼んできた相手が司先輩だから都合よく使われるだけであって、他意はない。
 他意はない、からな……?
 そんな思いで見下ろしていると、御園生翠葉は驚きの表情からむっとした顔に変わる。その直後、
「飛翔、もう一度言って。メモしておくから。あとでみんなにメールするからみんなも覚えておくように。いっそのこと、翠葉のバイタルが電光掲示板とかに表示されたらいいのに」
 簾条先輩の言葉に、御園生翠葉はあんぐりと口を開けた。しかし、そんな状態の御園生翠葉を置き去りにして会話は進む。
「あ、それいいんじゃね? 唯くんとか秋兄呼べばすぐにでもセッティングしてくれるだろ? せめて紅葉祭とかでかいイベントのときくらいはさ、保険が欲しいよな。もしくは、そのアプリを生徒会メンバーにだけインストールさせてもらうとか――」
 海斗、グッドアイディア!
「「「「「それいいっっっ!」」」」」
「絶対いやっ!」
 五人対ひとりのくせに、やけに通る高い声が桜林館に響いた。
 だが、たったひとりがいやだと喚いたところで五対一。
 胸の前で両腕を組んだ簾条先輩が余裕たっぷりに足を踏み出し、
「翠葉、残念ね? 六対一で圧倒的多数が支持しているわ」
 あ……どっちとも反応を示さなかった紫苑までこっち勢にされてるし。
「そんなぁ〜……」
 御園生翠葉は未だ納得がいかないといった表情だ。
 でも、こいつの状態を確認するためにいちいちこいつをひっ捕まえるというのはものすごく非合理だと思う。せめてイベントの間だけはなんとしても呑みこませたい条件だ。
「紅葉祭の会計総元締めやりたいんだろ? それなら、そのくらい呑み込んどけよ」
 ぶっきらぼうに言葉を投げると、ものすごく悔しそうな顔で口を噤んだ。
 ま、この気遣い魔のことだから、常に自分の状態を気にかけられて心配されるのがいやなのだろう。
 それは去年の紫苑祭のあれこれを見てきたからわからなくはないが、そのあれこれを見てきたからこそ思うのだ。
「あのさ、紅葉祭じゃおまえが要なんだよ。保険くらいかけさせろ」
 言いながらスマホを突っ返す。
 さて、この強情っぱり人間からどうやったら持病の話を訊きだせるだろう。
 そんなことを考えているうちに、
「じゃ、今日はこれで解散」
 実に爽やかな口調で簾条先輩がその場を仕切った。
 ひとりふたりとばらけていく中、御園生翠葉がテーブルに載っていた鍵に手を伸ばす。それを寸でのところで奪い取り、
「だーーーっ、俺がやっておくって言ってるだろっ!?」
「でもっ、遅れてきたのは私だしっ――」
「微熱のセンパイ酷使したとあったら司先輩に睨まれるじゃ済まねえんだよっ。察せよ、バカヤローっ」
「でも」と言いそうな女の言葉を遮ったのは簾条先輩だった。
「やってくれるって言ってるんだから、お願いしちゃえば?」
「でも……」
 まだ言うか……。
「そんな時間のかかるものじゃないし、翠葉がやるより飛翔にやらせたほうが早く終わるわよ。じゃ、私、残りの冊子を職員室に届けたら帰るから」
 簾条先輩は手をヒラヒラと振って、職員室に一番近い出口へと向かって歩き出した。
 御園生翠葉はというと、
「じゃ、お願いしてもいい?」
 小動物の目で見上げてくる。
 この女の厄介なところその二。こういうの、計算なしにやっているから犠牲者が大勢生まれるわけで、学園の平和のためにその優秀な頭脳だけ置いて今すぐ消え失せろ……。
「さっきから引き受けてやるって何度言わせたら気が済むんだ」
 意識して視線を逸らすと、
「じゃ、お願いします」
 御園生翠葉は律儀にお辞儀をして見せた。
「わかったからほら、とっとと帰れ。はいっ、三、二ぃ、一っ!」
「わわわっ、帰るっ! 帰りますっ! 飛翔くん、本当にありがとうっ」
 そう言うと、足早に桜林館を出て行った。

 その場に残ったのは紫苑と竜。
「御園生センパイってほんっとかわいいよね?」
 にこにこと笑っている竜の言葉に紫苑がクスクス笑いながら頷く。
 そういえば、人見知りの激しい紫苑が割とすぐに懐いてたっけか……。
「でも、そろそろ俺たちに体調のこと云々話してくれてもいいと思うんだよねー?」
 竜の視線を感じてそちらを見ると、
「ぶっちゃけ、翔は去年の紫苑祭で同じ組だったんだし何か聞いてるんじゃないの? 翔と御園生センパイ副団同士だったじゃん。会計も一緒だしさ」
「そういうタイミングがなかったわけじゃない。けど、海斗も佐野も口を滑らせなかった」
「あー……あのふたりは意外と口が堅いからねぇ。周りはともかく、御園生センパイからもなんも聞いてないの?」
「あの女が言うと思うか? 聞いたって言うなら、七夕イベントのときに持病があって走れないって聞いただけ」
「なるほどねぇ……。運動ができないとか身体弱い説は噂で聞くんだけど、核心めいた部分だけは噂になってないんだよなぁ」
「……竜も翔も、どうして周りから攻めようとするの?」
 どうして、って本人が喋りそうにないからだけど――
 次にどんな言葉が続くのか、と俺と竜は紫苑を見る。
「御園生先輩に直接訊くのが一番早くて一番確実だと思う……。とくに翔は会計でフォローしあうのだから、知っておいたほうがいいとかなんとか言いようがあるでしょ?」
 そんな状況を考えてみたものの、まるで俺が心配して訊いてるみたいでどうにもこうにも抵抗がある。
 紫苑はそこまで読んでいた。
「翔のことだから、自分が心配しているみたいとか、気があるって思われるのがいやとかそんなことを考えているのだと思うけど……。見ててわからない? あの先輩間違いなく天然の類よ? まかり間違ってもそんな勘違いしないわ。何せ、『付き合って欲しい』って言われて、『どこにですか?』とか、『何かお困りですか?』って答えちゃうような人よ? このくらいの噂なら、翔の耳にだって入っているんじゃないの?」
 確かに、あの女が一年のときのその手の所業はさほど噂に敏感でない俺の耳にも入っていた。
「その人に限って、その方面の勘違いをするわけがないじゃない」
 うっかり納得してしまった俺たちは、ふたり顔を見合わせ紫苑に視線を戻す。
「同じ役職を引き受ける人間として知っておきたいって言ったなら、御園生先輩は間違いなく話してくれる」
「じゃあさ、やっぱこの役は翔の役だよね?」
 ちゃっかり紫苑の側についた竜に面倒な役を押し付けられ、俺は無言で引き受けることを了承した。



Update:2019/03/04



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