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私の過保護な婚約者



私の過保護な婚約者 Side 御園生翠葉 01話


 旅行から帰宅した翌朝、私は回転の悪い頭で一生懸命考えをめぐらせていた。
 身体が起こせないのはどうしてだろう、と――
 旅行の疲れ……?
 でも、疲れるような旅程ではなかったし、運動したわけでも、無理をしたわけでもない。
 昨日だって帰宅したのは二時前で、帰宅してからはピアノの練習をすることなくのんびりと過ごしていた。
 なのに、身体が重だるいし、煩わしい頭痛にずっと付きまとわれている。
「ひとまず現状把握はするべき……?」
 寝る前にサイドテーブルへ載せたスマホを取るべく身体を起こす。と、面白いほど頭がくらくらとして、ひどい眩暈に襲われる。追加で吐き気が来る前に身体を横にしたはいいけれど、「どうして
――」という思いが拭えない。
 目を瞑ったまま呼吸を整え、落ち着いたところでスマホのバイタルを表示させる。
 横になっている状態なら九十の七十五。脈圧はないけどそう悪い数値ではない。けど、身体を起こしたらどうなのか……。
 少しの覚悟を持って身体を起こし、ベッドに腰掛ける体勢をとる。と、予想していた症状に見舞われた。
 気持ち悪いし頭痛い……。でも、あともう少し……。
 つらい体勢で数分過ごし血圧を確認すると、それまでの数値が嘘のように下り始めていた。
 数値は時間を追うごとに下っていく。いったいいくつまで下るのか……。
 ディスプレイと睨めっこを始め、バイタルアプリのアラートがなる直前、血圧の上が七十を切る間際で身体を横に倒した。
 ひとえに限界だったから、というのもあるし、こんな数値で身体を起こしていられるわけがない、と諦めた部分も大きい。
 改めて呼吸を整え、ディスプレイを見分する。
 通常、血圧が下ると循環血液量を保とうとするため脈拍が上がるはずだけど、脈拍は六十前後で変化がなかった。
 これはどういうことかな……。
 考えたところで医療の知識など持ちあわせていないのだから、わかりようがない。
 ただ、ひどく怠慢な身体を加味するなら、おそらくは自律神経がうまく働いていないのだろう。
 一昨年は低血圧発作を起こすこともあったけれど、去年は時々点滴を受ける程度で、そこまでひどい状態になることなく過ごすことができた。なのになぜ、今年になってこうなのか……。
「痛みのコントロールは割とできてるんだけどなぁ……」
 それに伴い、副交感神経を優位にする薬は飲んでいないというのにこの体たらく。いったい全体なんだというのか。
 不安よりは不満が強い。でも、受験やご褒美旅行が終わったあとでよかったと思うべきか……。
 悶々と考えていると、部屋のドアがノックされた。
「はい」
「リィー? まだ起きないの? ご飯できてるよ?」
「唯兄……」
 唯兄は私の顔を見るなり目を瞠った。
「あのさ、めちゃくちゃ顔色悪いんだけど……」
「うん。なんとなく自覚はある……」
「どれどれ……」
 私の手にあるスマホを覗き込んだ唯兄は、
「数値的にはそんな悪くない?」
「私もそう思ったのだけど、身体起すと血圧の上が七十切っちゃうみたいなの」
「マジ……?」
 私はため息交じりに頷いた。
「身体、重だるくて、ついでに頭痛もしてて、身体起こすと吐き気がして、どうしてだろうって考えたところ」
「まーた自律神経さんの怠慢かねぇ……」
 唯兄も一緒になって考え込んでしまう。と、
「唯ー? 翠葉ー? どうしたの?」
 不思議そうな顔をしてお母さんがやってきた。
「身体、起こせなくて……」
「具合悪いの……?」
 心配して部屋に入ってきたお母さんに状況を話す。
「また血圧が悪さしてるのね……」
 お母さんは部屋の時計に目をやると、
「この時間じゃ湊先生も出勤したあとか……。病院へ行くしかないわね」
「でも、お母さん仕事……」
「そんなことも言ってられないでしょう? 先方に日にちをずらせないか訊いてみるわ」
 すぐに部屋を出て行こうとしたお母さんを唯兄が引き止める。
「碧さん、俺が連れてく」
「唯だって今日から仕事でしょう?」
「うちの上司、リィが絡むことには寛大なんで」
「秋斗くんかぁ〜、甘えちゃってもいいのかしら……」
「いいんじゃない?」
「でも、悩ましいわ……」
 お母さんが唸り出すと、唯兄はポケットからスマホを取り出し電話をかけ始めた。
「上司殿、おっはよーございます。――ものは相談なんですが、今日遅刻してってもいいですかね? ――リィがちょっと体調悪くって、病院連れて行きたいんです。――助かりますっ! マンションに帰って来次第、出勤するんで。――はい。失礼しますっ! ってことで決定ね。俺が連れてく。でも今日、紫先生か誰かいるの?」
「金曜日だから、紫先生が外来に出てると思う」
「なら、一応湊さんに確認とってから行こっか」
「うん。唯兄、ありがとう……」
 申し訳なく思いながら口にすると、髪の毛をわしゃわしゃと掻き混ぜられ、
「そんな顔しなさんな。朝ご飯は無理そう?」
「起きて食べるのはちょっと無理そう……。でも、水分と塩分、お薬だけは飲まないとだめだから……唯兄、経口補水液持ってきてくれる?」
「リィ、スポーツドリンクはだめなのに、経口補水液は飲めるよね? なんで?」
「変に甘くないから……かな? あと身体が欲してるのか、ごくごく飲めるの」
「ふーん。了解、持ってくる」
 そんな会話のもと、唯兄とお母さんは部屋を出て行った。

 時計を見れば八時を回ったところ。
「まずは湊先生に連絡、かな……」
 職員会議中でないことを祈りながら電話すると、一コールで応答してくれた。
『おはよう。どうかした?』
「おはようございます。今、電話していても大丈夫ですか?」
『少しなら平気』
「あの、今日、病院に紫先生いるかご存知ですか?」
『紫さん? って、あんたどうかしたの?』
「身体、起こせなくて……」
『血圧は――』
 おそらくはタブレットを見ているのだろう。
「横になってるときはそこそこの数値なんですけど、身体起すと上が七十を切ってしまう状態で、脈圧も十ちょっとしかなくて……。でも、不思議と脈拍に変化はなくて、六十前後なんですよね……」
 先生は軽く舌打ちをし、
『慢性疲労症か自律神経失調症か微妙なところね。受験や旅行の疲れが出たか?』
「どうでしょう……。でも、受験のときにこの症状が出なくて心底よかったなと思ってます」
『それもそうね。水分は摂れてる?』
「摂ってるつもりなんですけど、足りてないんでしょうか……」
『それも検査したらわかるわ。学校で私が診察してもいいんだけど、念のために病院できちんと検査してらっしゃい。今日なら紫さんが外来に出てるから、こっちから血液検査と尿検査のオーダー入れとく。ついでに紫さんにも連絡入れておくわ』
「お手数おかけしてすみません……」
『そんな手間じゃないから気にしなくていいわよ。でも、どーしても何かお礼がしたいって言うならフロランタンで手を打つわ』
 湊先生はカラカラと笑いながら電話を切った。
 そこへ唯兄がペットボトルを持って入ってきて、
「湊さん?」
「うん。今日は紫先生がいるって。湊先生が連絡入れてくれるって」
「そりゃよかったね」
「うん」
「何時に行く?」
「検査もあるから八時半までには出たいかな? 大丈夫?」
「了解了解。俺は飯食ってきちゃうから、リィは洗面だけがんばって済ませな」
「うん」



Update:2020/06/01



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