光のもとでU+

俺の頑固な婚約者



俺の頑固な婚約者 Side 藤宮司 02話


 病院に着くと、二階にある専門内科へ真っ直ぐ向かう。処置室の入り口で翠の所在をたずねると、予想通り、処置室に収容されていた。
 案内されたブースのカーテンを開ければ、翠は看護師に血圧を測られていた。
 あぁ、さすがに今日は顔色が悪いな……。
 そんな感想を抱くと同時、唯さんがスツールから立ち上がる。
「じゃ、あと任せていい?」
「問題ありません」
「帰り、迎えが必要なら言って? ちょっと出てくるくらい問題ないからさ」
「いえ、自分の警護班を動かすので、その必要はありません」
「なるほど。たださ、検査結果は教えてよ? 心配だから」
「うん、わかった。あとで診察が終わったらメールか電話するね」
「じゃあね!」
 カーテン内にふたりきりになるなり、翠は非常に気まずそうな表情で、
「怒ってる……?」
 さあて、どう捌いてやろうか……。
「俺が怒るようなことを翠はしたんだ? そういう認識だとか、自覚があるんだ?」
 翠はタオルケットを口元まで引き上げ、
「えぇと……嘘はついてないけど、朝連絡を怠ってしまったから、その点については謝らなくちゃいけないな、と思っています……」
 さらには視線を逸らされ、なんだかな、と思う。
 俺は翠の視界に入るため、翠の柔らかな頬をつまんだ。
「嘘……怒ってはいない。ただ、体調が悪いことくらい話してくれてもいいんじゃないかとは思ったけど」
「ごめん……。心配をかけたくなかっただけなの」
 翠がこういうふうに考える人間だとわかっていても、それを呑み込むことはできないし、呑みこんだらいけないとも思う。
「唯さんに検査結果は報告するのに?」
 嫉妬の対象は翠の家族全員。
 以前は家族にすら体調不良を言えずにいた。そこからすれば、進歩はしていると思う。でも、どうしてそこに自分を入れてもらえない?
 確かに俺は、まだ家族じゃない。でも、数年後には家族になる約束をしている人間なわけで、今からその枠内に入れてもらえてもいいと思う。
「家族には心配させても、婚約者には心配させないんだ? 具合が悪いことすら言えないんだ?」
 語気が荒くなりそうになるのを抑えて口にすると、
「だって……」
 翠は息継ぎに上がってきた魚のように、苦しそうに口を開ける。
「だからさ、婚約者の心配くらい普通にするし、させてほしいし、こんなことも言えないような関係で結婚するつもりなの?」
「それはその……」
「その遠慮は早い段階で捨てて欲しいし、直してくれないと困るんだけど」
 翠は口を閉じ、黙り込んでしまった。
 こんなふうに捲し立てても意味はない。わかっているのに止まらない。止められない――
 そこへ、
「まったく司は――そういう物言いしかできないのかい? もっと優しくならないと、翠葉ちゃんに嫌われてしまうよ?」
 カーテンに入ってきた紫さんを見るなり、
「紫先生……!」
 翠は嬉しそうに口にする。
 まるで救世主が現れたみたいな反応に、思わず唸ってしまいそうだった。
「おはよう、翠葉ちゃん。今、バイタルの履歴を見てきたんだけど、今日はちょっとつらそうだね。診察をするから、司は少し出てなさい」
「はい」
 翠の家族に嫉妬するとか、医者である紫さんに嫉妬するとか、自分でもどうかしていると思う。
 でも、翠に一番に頼られる存在でありたいし、どんなときでも頼れる人間がいるという安心感を、翠に得てほしいとも思う。
 それはそんなにも難しいことなのだろうか……。
 カーテン内での会話に耳を傾けながら鬱屈としていると、看護師がやってきて、検査結果が出た旨を伝えていった。
「うん。今日は点滴だね」
「水分摂取はがんばっていたつもりなんですけど、やっぱり足りてないんでしょうか……」
「ひどい脱水症状というわけじゃないけど、軽度の脱水症状だね。ほか、血液検査のほうは取り立てて悪い数値は出ていない。うーん……どう説明してあげたらいいかな? 健康な人の血管は、水風船を膨らませたような状態で、血管に弾力があり、張りがある。ところが翠葉ちゃんの血管は、一度空気を入れて抜いたあとのようにふにゃふにゃした張りのない、緊張感に欠ける血管なんだ。通常それらは血管の周りに張り巡らせられた交感神経がうまく作用して維持されるものなんだけど、翠葉ちゃんの場合はそこがうまく働いていない」
 思わず舌打ちしたくなる。
 おそらくは、数日間涼しいところで過ごしてきたことが引き金になったのだろう。
 緑山と藤倉では気温が違いすぎる。
 普段から、大きな気温差の中に身を置かないように気をつけているにしても、地域が変わればその限りではない。こっちに帰ってきてからは、エアコンを使って室温のコントロールをしていただろう。けれどもセンシティブな翠の身体は、それでも順応しきれなかったのだ。
 これじゃ、避暑に緑山へ行ったことが良かったのか悪かったのかすらわからない。
「血圧を上げる一方法として昇圧剤を使うという手もあるけれど、もう少し身体へ負担のない方法をとろうと思う」
「身体に負担のない方法、ですか……?」
「そう。物理的に、血管に相当量の水分を補ってあげることが一番身体に優しい方法だ。それにはちょっと時間がかかるんだけど……」
「時間、ですか……?」
「今日はこのあとに予定があったりするかな?」
「いえ……とくに予定は――」
「じゃ、大丈夫かな? いつもとは違う点滴を一リットル入れるから、五時間から五時間半はかかるかな」
「えっ――」
 翠は驚きに声をあげたふう。
「何か問題あるかい?」
「いえ……私は問題ないのですが、ツカサが……」
 歯切れ悪い翠の言葉を聞いて、カーテンの中に入った。
「翠、俺のことは気にしなくていい」
 紫さんは俺を振り返り、
「あぁ、そういうことか。今日は司が付き添い? ご家族は?」
「行きは唯兄と来たんですけど、ツカサが代わってくれて……」
「帰りも司が送って行くんだろう?」
「そのつもりです」
「なら、ゆっくり過ごせるように十階の病室に場所を移そう。点滴の交換には看護師が行くから問題ないよ。点滴が終わるころには普通に立てる程度には回復しているはずだ。帰りにもう一度診察するから、それまではゆっくり休んでおいで」
 紫さんはパソコンで点滴のオーダーをすると、すぐに診察室へと戻っていった。



Update:2020/06/06



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