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光のもとでU+

迷路の出口

Side 藤宮雅 17話

 泣きやんだ桃華さんは恥ずかしそうに、
「雅さん、鏡持ってますか?」
「鏡……? ファンデーションのコンパクトで良ければあるけれど……」
「ちょっと貸していただけますか?」
「えぇ……」
 バッグの中からポーチを取り出しコンパクトを桃華さんに渡す。と、桃華さんは恐る恐るコンパクトを開き、鏡を覗きこむ。
「……ひどい顔。せっかくきれいにメイクしたのに、ファンデはほぼほぼ取れちゃってますね。アイシャドウのグラデーションもなくなっちゃった。でも、さすがはウォータープルーフ! マスカラは全然落ちてません!」
 そう言ってはクスクスと笑う。
「どうする? 今から陽だまり荘へ戻ってメイクやり直す?」
 時刻はまだ十一時過ぎ。メイクを落としてメイクをやり直す時間くらいはある。
「そうですねぇ……」
 桃華さんは少し考えてから、
「雅さん、クレンジングをお借りできますか?」
「えっ? あ……そうよね。一度落とさないことにはメイク直せないものね」
「いえ、違うんです。メイク落として、一緒にお風呂入りませんか?」
 突然の提案に、私の頭には疑問符しか浮かばない。
「えぇと……お風呂?」
「はい、お風呂です。……今日のメイク、初めてにしては上手にできたと思うんです。二回目は、一度目よりも上手にできるかもしれません。欲を言えば、きれいにメイクをした状態でもう一度蒼樹さんに迫りたくはあるんですが、悔しい思いもあるから、だから落としちゃおうかなって……」
 桃華さんが見せた笑顔は寂しそうにも見えたし、いたずらっぽく笑っているようにも見えた。
 そのどちらなのかわかりかねた私は、桃華さんの表情を窺うことしかできなくて、その笑顔の下にどんな感情を抱えているのか、と考える。と、
「だめですか? 一緒にお風呂……」
 上目遣いに見られてノックアウト――
 年下の女の子感、半端ない……。文句なしにかわいいのだけどっ!?
 蒼樹さんったら、こんなかわいい子のお誘いをなぜ断れるのかしら……。
 たいていの男性なら性的なことに関心を示すのが普通だし、好意を寄せる女の子へ抱く感情や衝動も一通りは知っている。だとしたら、やはりネックになっているのは――
 ここで私がどうこう悩んだところで何がどうなるでもないわね……。
 それなら、桃華さんが悲しい思いをしていても、別の想いを抱えていたとしても、今はその気持ちに寄り添いたいと思う。
 私は口元に笑みを浮かべ、
「じゃ、きれいな桃華さんを直に見れたのは私と稲荷さん夫妻だけってことね?」
「そうです! あーっ! こんなことなら蒼樹さんに写真なんて送らなければよかった!」
 その気持ちはわからなくもない……。
「……既読通知があったってことは、LINEを送ったの?」
「はい、そうですけど……?」
「なら、今から画像の送信を取り消してしまうっていうのはどうかしら……」
「削除」だと相手側にデータが残るけれど、「送信の取り消し」をしてしまえば、送った画像自体の削除ができる。
「……それ、いいですね?」
 桃華さんはすぐにスマホを取り出しアプリを起動させると、躊躇うことなく送信済みの写真を削除した。
「ふふっ、いい気味!」
「じゃ、陽だまり荘へ戻って女同士、バスタイムを楽しみましょうか!」
「賛成ですっ! バスバブルでモックモクの泡を立てましょう!」
 私たちは、納涼床へ来るときよりも数段速い歩調で歩みを進め、陽だまり荘を目指した。
 陽だまり荘へ戻ると、私と桃華さんは着替えやバスグッズを持って一階のバスルームに集合する。そして、本来は一瓶入れるだけのバスバブルを豪快に二瓶開け、バスタブから溢れるくらいたくさんの泡を立てた。
 バスタブは相応の大きさとはいえ、ふたりで入るには少し狭い。けれども、心の距離が縮まったからだろうか。裸という、これ以上ないほど無防備な格好なのに、身体が強張ることも、ひどい抵抗を覚えることもなかった。
 桃華さんとはまだ出逢って二日目で、一緒に過ごした時間はそれほど多くはない。でも、なんだかものすごく親密な関係の人とバスタイムを過ごしている気分だった。

 お風呂から上がると、私と桃華さんは桃華さんの部屋で過ごした。
 基礎化粧品で肌を整えるところまでは一緒。でも、私がメイクをし始めるのに対し、桃華さんは日焼け止めを塗るだけ。
「本当にメイクしなくていいの?」
「いいんですっ! 私、先に髪の毛乾かしますね!」
 そう言うと、桃華さんはドライヤーで髪の毛を乾かし始めた。
 けれど、ドライヤーで髪を乾かしつつも、視線は私をロックオン。やっぱりメイクには興味があるらしい。
 人に見られながらメイクするのは初めてで、少し緊張したけれど、今日はアイライナーを引く予定はない。だから、おそらく失敗はしないだろう。
 メイク終盤、マスカラを付け終わると、桃華さんが「ほぉ」とため息をついた。
「さすが慣れてますね? ミスなし! パーフェクト!」
「だから、慣れだって言ったでしょう?」
 そんな話をしてはクスクスと笑う。
「雅さんの髪の毛、私が乾かしてもいいですか?」
 桃華さんはドライヤーを持ってにじり寄ってくる。
「もし私に妹がいたら、こんな感じなのかしら……?」
「……雅さんにご兄弟は?」
「いないの。一人っ子よ……」
「そうなんですね……。私で良ければ、いつでも妹になりますよ?」
 そう言うと桃華さんは私の背後へ回り、ドライヤーをかけ始めた。
 手櫛を通しながら、
「これ、パーマですか?」
「えぇ。ずっとストレートで、その日の気分で巻いたりしていたのだけど、社会人って思っていたよりもずっと忙しくて……。髪の毛を巻く時間があるならもう少し寝ていたい、そんな心境よ」
「それ、疲れ果てたサラリーマンみたいですよ?」
 言いながら、桃華さんはクスクスと笑う。
「だって、本当なんだもの……。でもね、パーマをかける前は色々考えたの」
「たとえば?」
「欧米では日本人の黒髪ストレートってとっても受けがいいの。でも、服装にブルー系を持ってくると、清潔感やきりっとした印象と相まって、ちょっときつい印象になるのよね……。だから、髪色は柔らかいブラウンのままで、さらに印象を柔らかくするために緩いパーマをかけたの」
「なるほど、勉強になります……」
 桃華さんは脳内にメモでもしているかのような顔つきになる。
「桃華さんはきれいなストレートだけど、地毛?」
「いえ、縮毛強制かけてます。地毛は、少しうねりがあるんですよね。それにくらべて翠葉の髪の毛ときたら、あれ地毛なんですよ……」
「そんな気はしてたけど……。蒼樹さんにしても翠葉さんにしても、見目麗しい人って本当に手がかからなくて羨ましいわ……」
「まったくです……」
 そんな話をしているところへノック音が響いた。
「はい」
 桃華さんが答えると、
「桃華? 俺だけど……」
「蒼樹さん……?」
 私は桃華さんの手からドライヤーを取り上げ、スイッチを切る。
「行ってきたら?」
「そうですねぇ……」
 桃華さんは少し考えて、その場から「どうぞ」と答えた。
 その応対に、私はぎょっとする。どうしたって私にはできない芸当だ。それとも、彼氏彼女という関係ならば、こんなこともできてしまうのだろうか――
 蒼樹さんがどうするのか、ドキドキしながらドアを見つめていると、
「え? ドア、開けていいの?」
 ドア越しに聞こえた声からでも、困惑しているのがなんとなくわかる。
「ええ」
 桃華さんは余裕の面持ちで答えた。
 ドアは蒼樹さんの心情を表すようにゆっくりと開き、私たちの姿が見えた途端、蒼樹さんは一際驚いた顔をする。
「……雅さん? え? なんでふたり……え? ドライヤー?」
 その混乱振りを見事にスルーした桃華さんは、
「えぇ。午前はメイクを教えていただいて、納涼床で過ごしたあとにバスタイムを楽しみました」
 にっこりと笑って答える。
 その様を見て、桃華さんを怒らせるとこういうことになるのね、と思う。
 けれどその姿は、精一杯の強がりにも見えなくはない。
 蒼樹さんは「観察」という言葉がしっくりくるほどじっくりと、桃華さんの顔を注視している。
「私の顔に何か付いていますか?」
「いや……」
 蒼樹さんは一度視線を外し、頭を掻きながらこちらに視線を戻す。
「さっき、LINEにメイクしたって画像が届いてたと思うんだけど……」
「えぇ、送りました」
「サバゲー終わってもう一度見ようと思ったら、送信取り消しになってて……。どうしてかな、って……」
「そんなの、決まってるじゃないですか。昨夜の仕返しです」
 桃華さんはにっこりと笑ってから蒼樹さんに背を向けた。私の方を向いている桃華さんは、してやったりといった顔でガッツポーズをとっている。
 一方、蒼樹さんはひどく気まずそうな面持ちだ。
 そんなふたりをハラハラしながら見ていると、
「あんちゃん、雅さん部屋にいなかったんだけど、ここにいたりする?」
 廊下から聞こえてきたのは唯くんの声だった。
「あぁ、ここにいる……」
「ここ、桃華っちの部屋でしょ? なんで?」
「えぇと……メイクして、納涼床行って、戻ってきて一緒にバスタイムを過ごしたらしい……」
「えっ!? ちょっ、桃華っちメイク落としちゃったのっ!?」
 廊下にいた唯くんが、慌てた様子で部屋に姿を現した。
 唯くんは桃華さんを見るなり、
「あー、すっぴん……」
「えぇ、すっぴんです」
「なんだー! メイクしたとこ見たかったのにー!」
「唯さんだったら見た瞬間に褒めてくださいそうですよね?」
「もっちろーん! 女の子がお洒落したら、褒めなくちゃだめっしょ! そこ基本でしょ!」
 ふんぞり返る唯くんの後ろで、蒼樹さんはいっそう気まずそうな顔をしていた。いつもは姿勢のいい立ち姿が、少し猫背気味に見えるくらい。
 対する桃華さんは満面の笑みだ。私はどんな顔をしていたらいいものか――
 三者三様の表情にわたわたしていると、それを察知した唯くんが蒼樹さんを振り返った。
「えっ!? あんちゃん、もしかして画像送られてきたときに何も反応しなかったのっ!?」
「や、だって、サバゲーの最中だったし……」
「だったら、今言えばいいじゃん」
「や、雅さんいたし……」
 決まり悪く答える蒼樹さんに向かって、
「あんちゃん……だめだめ。それNG。別にそこらの女子の外見に気付けなくったって何も言わないけどさ、桃華っち彼女! あんちゃんの彼女っ! 誰より先にあんちゃんが感想言ってあげなきゃだめっしょ……」
 手厳しい唯くんの言葉に蒼樹さんは押し黙る。そんなふたりを見て、桃華さんはクスクスと笑った。
「唯さん、すてき! もっと言ってやってください」
「ほらぁっ! 今からでも言いなよっ!」
 唯くんに背中を押されて部屋の中央へ歩みを進めても、蒼樹さんは言いづらそうにしていた。
「雅さん、お邪魔虫はちょっと出てようっ!」
 唯くんに言われて、私は自分の荷物を手早くまとめて席を立つ。
「雅さん、髪っ――」
「これだけ乾いてれば大丈夫! あとはオイルを付けて終わりだから」
 そう言って唯くんと廊下に出た。
 ドアを締めてその場から立ち去るのかと思いきや、唯くんに手を掴まれその場に留まる羽目になる。
「唯くん、立ち聞きはちょっと……」
 小声で言うと、唯くんは「しっ」と人差し指を口の前で立て、ドア越しに聞き耳を立てる。
 聞こえてきたのは桃華さんの声だった。
「別に、気を遣って感想を言っていただかなくても大丈夫です。なんの問題もありません」
 あああ……。今、桃華さんがどんな表情でいるのか想像ができるだけに、なんとも言えない気分だ……。
 きっと満面の笑みを浮かべて口にしていることだろう。
 桃華さんは素直でかわいくもあるけれど、とても勝ち気で負けず嫌いの一面もあるようだ。
「さて、あんちゃんはなんて答えるかな?」
 完全に面白がっている唯くんは、いたずらっ子の顔で盗み聞きを続行する。
「桃華、すぐに返信できなくてごめん」
「私、今まで返信がなくて怒ったことなんてありましたか?」
「や、ないけど……」
「なので、今回も怒ってなんていませんよ?」
「じゃ、なんで画像消したの?」
「言ったじゃないですか……。昨夜の仕返しだって……。それだけですっ」
 まるで取り合わない桃華さんに、蒼樹さんはどう対応するのだろう。
 すると、小さな声が聞こえてきた。
「――で」
「え……?」
「急にきれいにならないで。びっくりするから……」
 その後、桃華さんの声は聞こえてこなかった。
 疑問に思っていると、今度は唯くんに手を引かれる。
 引かれるままに廊下を進むと、
「今ごろキスでもしてるって。そうでもしなきゃ、桃華っちの機嫌なんて直んないでしょ?」
 そう言うと、唯くんはきれいなウィンクをして見せた。


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Update:2021/01/09

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