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光のもとでU+

迷路の出口

Side 藤宮雅 19話

 川原に着くと、少し遅れて蒼樹さんと桃華さんがやってきた。
 手をつないではいるけれど、桃華さんの表情は曇りない笑顔とは言えない。昨日ははじけんばかりの笑顔だったのに対し、今は表情を繕っている気すらする。
 唯くんは褒め言葉やキスで機嫌がとれるようなことを言っていたけれど、そういうものなのかしら……。
 桃華さんの抱える悩みは、そんなことで払拭できるようなものではない気がするのだけど……。
「あれ、魚は?」
 なんの話かと思って振り返ると、秋斗さんが稲荷さんへ訊ねているところだった。
「こちらに釣竿をご用意しております」
 にこりと笑った稲荷さんに、秋斗さんは破顔する。
「みんなっ! まずは獲物を釣らないとだめっぽいよ?」
「えっ? 私、釣りなんてしたことありませんっ」
「雅、大丈夫。蔵元はこう見えても昔は釣りが趣味だった人間だから」
「え? そうなんですか?」
 蔵元さんを振り仰ぐと、蔵元さんは秋斗さんを睨み付け、
「……えぇ。何年前の話してんですか、ってくらい昔の話ですが」
「でも、一度はまったものってそう簡単に忘れないだろ?」
「それはまあ……」
「じゃ、雅のことは任せたよ。俺は唯を見るから。蒼樹は昨日稲荷さんに教わってるから大丈夫?」
「あ、はい」
「稲荷さん、三ペアに分かれるんで、適当にフォローしてください」
「かしこまりました」
 各自ペアになって稲荷さんに指定された場所で釣りを始めると、一時間後にはみんなで食べられる程度の釣果を得ることができた。
 それらを稲荷さん夫妻が手際良く串に刺し、塩をまぶして火にくべる。
 その様子を興味深く見ていると、
「バーベキューは久しぶりですか?」
 蔵元さんに訊ねられた。
「そうですね……。初等部のころに何度か屋敷の庭でバーベキューをしていただきましたが、中等部へ上がってからは課外活動で経験したくらいで、それ以降は――」
「ま、そんなもんですよね。あとは大人になってから――って、ニューヨークに行ってから誘われたりしてません? チャーリーはアウトドアが趣味って言ってましたし、休日に同僚を誘うとも言っていた気がするんですが」
 確かに、ニューヨークに住むようになってから、社の人間にそういった場に誘われることは増えた。でも、何かしら理由をつけて断っているのが実情だ。
 まだ、会社での自分以外を知られるのが怖くて。まだ、プライベートの自分を見せられなくて――
「雅さん……?」
「え? あ――」
「何をお考えで?」
 蔵元さんは私の近くに腰を下ろすと、「聞きますよ」といった雰囲気で私を見ていた。向けられた眼差しから、誠実さが伝わってくる。
 視線に温度があるとしたら、蔵元さんの温度は三十八度。熱くもなく、ぬるくもなく、身を委ねるのにちょうどいい温度。それは、ドクターに向けられる視線に少し似ていた。
 あぁ、この人なら大丈夫。心の内を話せる気がする――そんな気がしてきて、私は気が付けば口を開いていた。
「確かに、誘われはするんです……。でも、まだ会社での自分しか見せられなくて……」
「……でも、月に一度はディナーへ行かれているでしょう?」
「あれは仕事終わりに行くので、いわば、仕事の延長のようなものです。でも、休日に出掛けるのは、完全なるプライベートでしょう? そういうのはまだちょっと……」
「……そうでしたか」
「それに休日は、カウンセリングが入ることもありますし……」
「……そんなに頻繁にカウンセリングを?」
「そうですね……。渡米したころは週一でした。今は比較的落ち着いているので隔週程度ですが、ドクターのご好意で土日にお時間をいただいている都合上、ドクターの予定にこちらの予定を合わせることが多いんです。ほかにも、ドクターは色んな文献をお持ちなので、カウンセリングと趣味がごっちゃになってる部分もありますね」
「そうなんですね。医師は静様のご紹介でしたっけ?」
「えぇ、とても信頼のおけるドクターです」
「……そうですか。専門知識のある方には敵いませんが、些細なことであれば私も話を聞くくらいのことはできますので……」
 それは空港から緑山へ来る車の中で言われた言葉に通じるものがあり、私は大切な言葉を受け止めるように頷いた。

「魚が焼けるまではこちらのものをお召し上がりください」
 鈴子さんが手で示した場所には彩り豊かな夏野菜や塊肉、ダッチオーブンで調理されたパエリヤなどが用意されていた。
 私たちが釣りをしている間に、火が通りにくいものや手間のかかる料理を鈴子さんが作ってくれていたのだ。
 黄色が美しいとうもろこしは、半分に切られたものが網の上にずらと並べられていて、直がけした醤油が焦げて、香ばしい香りが漂っている。
 視覚と嗅覚に、ここまで食欲を刺激されるものなのか、と驚いていると、
「はーい! みんなこっち向いてー!」
 振り返ると唯くんがスマホを掲げていて、おいしそうな料理も一緒に写真に収まった。
「雅さん、アルバム作るんでしょ?」
「あ――」
「あーっ、忘れてた!?」
「そんなことはっ――」
「まっ、いーけどさ! みんな、適当に周りの人間の写真撮ることー! もしくは一緒に写ることー! で、あとでみんなで写真コンテストとかする? 誰が一番いい表情を撮れてたで賞とか、食べ物がおいしく撮れてたで賞とか、珍しい表情が撮れたで賞とかさっ!」
 唯くんの提案に、みんなが笑顔になる。
「リィたちも写真撮ってるかな?」
「翠葉さんのことだから、ご飯の写真は逐一撮ってそう……」
「言えてる。でも最近は、自撮り棒も導入したし、もしかしたら司っちとのツーショット写真も撮ってるかもよ?」
「ふたりで写る写真に、あの男がどんな顔で写ってるのかが見てみたいわ……。案外、翠葉とふたりのときは鼻の下伸ばしてたりするのかしら?」
 桃華さんの言葉に、
「「司だからなぁ……」」
「司っちだからなぁ……」
「司様ですからねぇ……」
 男性陣は同様の言葉を一斉に吐き出す。
 そんな様子を見て思う。司さんは基本誰の前でもキャラがぶれることはないのだろう、と……。

 食事が始まると、男性陣がすごい勢いで食べ始めた。
 昨日は昼も夜もがっつく人などひとりもいなかったのに……。
「サバゲーで、相当体力使ってきたみたいですね……」
 桃華さんの言葉に、あぁ、と思う。
 唯くんの話を少し聞いただけだけど、相応に動いてきたのだろう。だからこその食欲、と思えば納得もする。
 呆気に取られていると、
「ぼーっとしてたらなくなりますよ? ほら、雅さんも食べて」
 蔵元さんに焼きあがった食材をあれこれプラスチックトレイへ載せられる。
 唖然としていたら、気付いたときにはこんもりと盛られいてはっとする。
「あのっ、私はたいした運動もしていないので――」
「人間、動いてなくても必要カロリーは摂取すべきです。第一、それ以上痩せてどうするんです? もう少し太られてもいいのでは? ただでさえハードワークをこなされているんですから」
「やっ、最近太ってしまったので、これ以上はっ――」
「それでっ!?」
 これでもかというほどに目を見開いた蔵元さんに見下ろされオロオロしていると、
「はいっ、蔵元さんアウトー! 女性の体型あれこれ指摘したらセクハラですよー。社長が率先してセクハラしてどーすんですか」
 やけに楽しそうに言いながら、唯くんがやってくる。
 そして、今度は蔵元さんがオロオロする番だった。
「すみません。そういうつもりはなかったんですが――いや、でも――もう少し食べられたほうが……。雅さん、身長いくつですか? 少なくとも一六五はあるようにお見受けしますが……」
「一六六です……」
「だとしたら、BMI二十二として標準体重は――」
 顎に指を添えて黙り込んだ蔵元さんの頭を豪快に叩いたのは、秋斗さんだった。
「蔵元、紳士の皮はどこに置いてきた?」
「紳士の皮……? なんですか、それ」
「紳士の皮は紳士の皮っ。唯の言うとおり、女性の体重なんてNGもいいとこ」
「……すみません」
 蔵元さんは途端にしょぼんとしてしまい、みんながそんな蔵元さんを笑いながら、外でのランチタイムは和やかに続いた。

 用意されていたものがきれいになくなると、鈴子さんが用意してくれた冷たいお茶で喉を潤す。
 どうやら、稲荷さんから「お酒もご用意いたしましょうか?」と訊ねられたそうだけど、秋斗さんが断ったのだという。
「真昼間から飲めるっていうのも休暇の醍醐味ではあるけれど、未成年もいるしね」
 もっともだと思ったそのとき、蔵元さんがボソリと呟く。
「ただ単に、酒臭い身体で翠葉お嬢様にお会いになりたくないだけでしょう?」
「ばれた?」
「ばればれですよ……。ったく……」
「ま、賢明だね。酒飲んだあとじゃ、あんちゃんがリィに近寄らせてくれないよ」
「は? 蒼樹が何?」
「あれ? 秋斗さん知らないの? あんちゃんの鉄壁の守りを」
「鉄壁の守り……?」
「あんちゃん、酒飲んだ人間は絶対にリィに近づけないの。それが零樹さんであっても、碧さんであっても」
「マジ……?」
「本当ですか……?」
 秋斗さんと蔵元さんが訊ねると、蒼樹さんは乾いた笑いを口にする。
「……ですね。自分が外で飲んで帰ったきても、まずはシャワー浴びますし、酒臭い状態で翠葉には近づきません。なので、ほかの人間にも同様の対応をしますよ」
「えっ、だって、家で飲んだりしないのっ!?」
「基本的にはあまり飲みませんね……。ま、飲むとしても、翠葉が寝たあととか?」
「なんか、超徹底してません……?」
 秋斗さんが訊ねたら、それには唯くんが答えた。
「リィがアルコール負耐症なのは知ってるでしょう? それに加えて、俺と同じなんだ。アルコール飲んだ人間の体臭とか、アルコール自体の匂いが苦手で、頭痛くなっちゃったりするタイプ」
 蔵元さんと秋斗さんは思い当たる節があるのか、
「「ああ……」」
 と納得していた。
「翠葉さん、お酒飲めないんですね……。私、密かに翠葉さんが成人したら一緒にお酒飲むの楽しみにしてたんですけど……」
 本音を零すと、桃華さんが私の隣に腰を下ろした。
「私は大丈夫ですよ? 成人したら、お酒の飲み方教えてくださいね」
 そう言ってかわいく笑った。
「ぜひっ! 日本酒から何から何まで教えてあげるわ!」
「え? 雅さんってお酒強いんですか?」
 桃華さんのこの言葉は、昨夜リビングで寝オチしてしまった私を見てのことだろう。
「えぇ、昨夜は醜態を晒してしまったけれど、普段あんなことは滅多にないの。お酒は強いほうだし、割となんでも飲める口よ」
「そうなんですね!」
「日本酒なんかも飲まれるんですか?」
 蔵元さんに訊ねられ、
「えぇ、飲みます。でも、有名どころを少し飲んだことがある程度で、あまりたくさんの銘柄を飲んだことはないんです。ニューヨークでも、手に入りやすいのはワインやシャンパン、ウィスキーなので、あまり日本酒を飲む機会はないんですよね……」
「でしたら、次回帰国なさった際には馴染みの酒蔵へお連れしますよ」
「わっ! 嬉しいです! 酒蔵には興味があって――でも、車だと蔵元さんは飲めないから……警護班のお世話になってしまいましょうか」
「それでしたら、公共交通機関を使うという手もありますよ」
 公共交通機関……。つまりは電車とかバスということなのだろうけれど、藤宮に引き取られてから、その手のアイテムとは無縁だった。今でこそ、飛行機には乗るようになったけれど、ニューヨークでも徒歩か社用車を使うことが多く、公共交通機関を利用することはほとんどない。
「たまにはそういうのも悪くないのでは?」
「……そうですね。少し緊張しますけど……」
「人が一緒なら大丈夫でしょう?」
「はい!」

 その後、場所を陽だまり荘へ移すと桃華さんのアルバイトの話になった。
「そうですね……。始めのうちは雑務をこなしていただきますが、慣れてきたら徐々に私のサポートをしていただけると助かります」
「ですが、アルバイトの私に――高校生の私に社長のサポートができるでしょうか」
「簾条さんなら大丈夫でしょう。仕事は蒼樹くんから引き継いでもらう形で、そのあとは私が丁寧にお教えいたします」
「蔵元さんが秋斗先生たちのスケジュールを管理してるとおうかがいして、ものすごくびっくりしました。営業部の方々のスケジュールも粗方把握なさってるってうかがいましたよ?」
「あぁ……。私にとってスケ管は、さほどウェイトの重い仕事ではないんです。むしろ単純作業みたいなものでして……。やらなくていいならそれに越したことはないんですが、うちには放置しておくとブラック企業並みに仕事を詰め込むバカがふたりほどおりますので、ホワイト企業を維持するために仕事をセーブする必要があるんです」
 蔵元さんはにこりと笑って桃華さんに話すけど、その「バカ」って――
「はぁ……。バカ、ですか?」
「えぇ、バカ、ですね……。放っておくと食事も摂らずにパソコンに向かい続けるバカ、ですよ。その仕事が終わることによって、ほかの社員にかかるプレッシャーだとか、そういったことをまったく気にかけることのできないバカ、が二名ほどおりますので、そのセーブをしているだけなんです」
 蔵元さんがバカ扱いしているのは秋斗さんと唯くんのことだろう。文脈からそれが悟れるのは私と蒼樹さんのみ……。桃華さんは心底不思議そうな顔で聞いている。すると、
「あのぉ……蔵元さあん? それ、俺と秋斗さんのことだったりします……?」
「ほかに誰が該当すると?」
 蔵元さんがにっこり笑顔で答えると、
「秋斗さんはともかくっ、俺はもうちょっとまともじゃありませんっ!? そもそも、秋斗さんからバグホイホイがあんなに降ってこなけりゃ、俺の仕事量ってもっと軽いはずでっ――」
「唯……お前は誰と張り合ってるんだ?」
「秋斗さんしかいないじゃないですかっ!」
「その時点で規格外だ、バカ者っ」
「ちぇー……。秋斗さんのせいで俺までブラック企業推進者認定されちゃったじゃないですかぁっ」
 唯くんが文句を言うと、秋斗さんはきょとんとした顔で、
「あれ? だって唯はもともとこっち側の人間だろ?」
「違いますよっっっ! 俺は働きたくないのっ! 年中ぐーたらしてたいのっ! ただ、上からボンボン仕事が降ってくるからその対応を余儀なくされているだけでっっっ! そこんとこよろしくお願いしますよっ!?」
「あれ? そうだったんだぁ……。知らなかったなぁ……」
 なんとも白々しい会話を前に、
「雅さん、せめてニューヨーク支社はホワイト企業を維持してくださいね……」
 項垂れる蔵元さんに、私はなんとも心もとない返答をする。
 国は違えど、どこにでもワーカホリックな人間はいるものである。それはニューヨーク支部を統括する身としていやというほどに知っていた。
「チャールズ・コリンズ、アーネスト・ラザフォード。このふたりの残業時間が群を抜いています」
「存じております……」
「ふたりとも、雅さんより一回り以上年上ですし、社会経験もそれなり。もし、雅さんが指摘しづらいようでしたら私から――」
「いえ、私にお任せください。来月までに改善できなければ、そときは改めてご相談させていただきます」
「かしこまりました」
 会話が終わった途端、唯くんが口を開いた。
「秋斗さん、これってさぁ……」
「あぁ、アウトだね。完全アウトでしょ。蒼樹、どう思う?」
「これはセーフとは言い難いですねぇ……。桃華のバイト話まではよかったとして、ニューヨーク支部のあれこれは完全アウトです」
「「だよねーっっっ!」」
 はっとして、蔵元さんと顔を見合わせたときには時すでに遅し。
「違反者はふたりだけど、この場合、役職が上の蔵元の責任ね?」
 秋斗さんの言葉に私が慌てふためくと、蔵元さんは私の肩をポンポンと叩いた。
「雅さん、私が話を振ったようなものですから、お気になさらず。……わかりました。次の飲み代は自分が持ちます」
「どうせだったら雅がいるときに飲みたいし、緑山から帰ったらみんなで飲みに行こうか! うまい酒飲みたいから、クルーズに予約入れとこうかな」
「はいはい。どうぞご自由に……」
 そんな会話をしているうちに、時計は刻々と時を刻んでいた。


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Update:2021/01/11

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