七夕の出逢い 番外編

初めての…… Side 真白

 四月一日――それは私たちの結婚記念日。
 挙式だけはなるべく親しい人のみで行いたいとお父様にお願いし、三十人ほどの参列者に見守られる中、式を挙げた。
 披露宴こそ何百人という人を招いてのパーティーとなったわけだけれども、お色直しと称した途中退場を何度か挟むことで休憩を取り、その日一日を乗り切った。
 案の定、その夜から熱を出し、一週間ほど寝込むことになったのだけれども……。

 身体を起こせるようになって数日が過ぎ、私と涼さんは初めて結ばれた。
 怖い、痛い、恥ずかしい――様々な感情が入り混じる中、涼さんの細やかな気遣いと優しさを受け、今までに感じたことのない幸せを感じることができた。
 自分のものではない、人の体温をこんなにも感じたのはお母様以外では涼さんが初めて。けれど、お母様の柔らかな肌やぬくもりとは異なり、もっと熱く、細身なのにしっかりと筋肉のつく腕に触れるのはとてもドキドキするもので……。
 涼さんの肌に触れること、触れられることが嬉しくて、幸せだと思えた。
 そんな夜を幾度となく過ごした月末のこと。
 予定日を過ぎても生理は来なかった。
 私の生理周期はというと、ごく稀にひどく体調を崩すときのみ遅れる程度で、それ以外はたいてい規則正しく来ていた。
 身体の関係をもつと周期が乱れたりするのかしら……?
 思わず首を捻ってしまう。
 とくに体調に変化もなかったことから、私は何事もないように日々を過ごした。
 そうして、二週間が過ぎようとしたころ、ひどい吐き気に襲われた。
 藤堂さんに連絡をしたあとのことはあまり覚えていない。きっと貧血を起こして気を失ってしまったのだろう。
 気づけば、私は病院のベッドに寝かされていた。
 相変わらず身体中が火照ったような熱さと吐き気があるものの、病院という場所にいるだけで少し安心してしまう。

 控え目なノックのあと、静かにドアが開いた。
 顔を覗かせたのは涼さんだった。
「真白さん、具合は?」
「あの、私……」
「自宅で具合が悪くなったところ、藤堂さんが病院へ運んでくださいました」
「すみません……」
「なぜ謝るのですか?」
「今、勤務時間でいらっしゃるのでは?」
「えぇ、ですが少し気になりましたもので……」
「ご心配をおかけして申し訳ございません」
「……真白さん、最終月経はいつでしたか?」
「えっ!?」
 急に訊かれて頬が熱を持つ。
「大事なことですからお答えください」
「あの……生理一日目でよろしいのですか?」
「はい」
「……先月の二十九日です」
 涼さんは少し間を置いてから、「検査をしましょう」と言った。
「なんの、でしょう?」
「妊娠しているかどうか、です」
「えっ……!?」
 あまりにも私が驚いているからか、涼さんは少し困ったように笑った。
「あり得ないことではありません。規則正しく生理がある方でしたら、私たちが初夜を迎えた日は排卵日前後のはずです」
 涼さんはわかりやすいように、手帳に生理周期を書いて見せてくれた。それを見たことにより理解はできたものの、気持ちが追いつかない。
「微熱に吐き気、貧血は妊娠初期症状とも言えます。下手な薬を処方する前に検査をしたほうがいいと思いましたので……」
 こうして私は婦人科の先生に診ていただくことになり、妊娠を告げられたのだ。



「ただいま帰りました」
 そう言って涼さんが入ってくるのは病院の十階にある個室、特別室。
 私はひどい吐き気から脱水症状を起こしてしまい、体調が安定するまで管理入院することになった。
 ゆえに、涼さんが「ただいま帰りました」と言って入ってくるのは病院内の一病室。
「すみません……」
 つい謝罪の言葉が口をつく。
「謝ることはありません。真白さんがいるところが私の帰るべき場所ですから」
 まるで家も病院も関係ないみたいに言われて、そんなことがひどく嬉しいと思う。
 嬉しいのにどうしてか涙が出てくる。
「どうしましたか?」
「いえ……ただ、嬉しいと思っただけなんですけど……勝手に涙が」
 涼さんはティッシュでそっと涙を拭ってくれた。
「妊娠期間中は感情の起伏が激しくなるそうですよ。それならば、感じたままに過ごせばいい。なるべく側にいますから」
 今となっては涼さんも病院に寝泊りをしている始末。涼さんは毎晩病室に帰ってきて病室から出勤する。
 洗濯物などはすべて病院側で手配してくれるものの、何もできない自分がひどくもどかしかった。
「アイロンのひとつもかけられないなんて……」
 さらには一緒に食事を摂ることもできない。食べ物の匂いをかぐだけで戻してしまうのだ。だから、涼さんは病院の食堂で朝昼晩のご飯を食べることになってしまった。
「……気に病まないでください。その分、元気な子を産んでくださいね」
 にこりと優しく微笑まれ、私の心は溶けていく。
 愛する人の手に触れたくて、そっと手を伸ばす。と、触れる直前で気づかれ、逆に握られてしまった。
「どうしました?」
 優しく訊かれ、
「触れたいと思っただけです……」
 正直に答えると、額にキスが降ってきた。
「一緒に休みたいところですが、さすがに病院のベッドでは無理ですね」
 涼さんはクスリと笑って見せる。
 特別室のベッドは、シングルより多少広い程度。なぜかと言うなら、広すぎるベッドでは医療行為を行うのに不適切だからだ。そのため、ふたりで寝るのには手狭といわざるを得ない。
 涼さんはこの部屋に備え付けられている簡易ベッドで毎日寝ている。
「一緒に寝るのは無理ですが……」
 涼さんは手を握っている手とは別の手で、私の視界を遮断した。
「真白さんが眠るまでここにいます。そのあと少し勉強をしますが、隣のベッドで寝ていますから……。何かあれば起こしてください」
「……やっぱりご自宅に帰られたほうがゆっくり休めるのではないでしょうか?」
 ここにいる限り、涼さんはどうあっても医師なのだ。
 私が自宅にいたとしても同じことだっただろう。
 けれども、今私は入院しているわけで、本当なら涼さんは自宅でゆっくりと休めるはずなのに……。
 今度は悲しくなって涙が零れる。
「おやおや……本当に感情の起伏が激しいようですね」
 先ほどと同じように涙を拭き取り、
「では、少しお話をしましょう」
 と、ベッド脇に椅子を持ってきて私のベッドを少し起こしてくれた。
「真白さんは女の子をお望みですか? それとも男の子?」
 急な質問にびっくりする。
「あ……えっと……――」
「……妊娠したにもかかわらず、そのあたりは考えていなかったのですか?」
「……はい。今の今まですっかりと……」
 なんとも間抜けな話だ。
 妊娠がわかってから悪阻の症状がひどくなり、そんなことを考える余裕もなく入院してしまったのだ。
「涼さんは……? 涼さんはどちらをお望みですか?」
「そうですね……。女の子なら真白さんに似て優しい子になるでしょうし、男の子なら多少厳しく躾けようかと思っています」
「ふふ……やっぱり男親は女の子に甘いのですね」
「それはそうでしょう。逆に男は少し厳しく躾けるくらいがちょうどいいのだと思います」
「涼さんもそのように躾けられたのですか?」
「……どうでしょうね。両親に育てられた記憶は小学生までしかありませんので……」
「すみませんっ……」
「謝らなくても大丈夫ですよ。あなたなら、何を言っても大丈夫です。あなたの言葉で私が傷つくことはありません」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「……愛しているから、愛されているから、ですかね」
 その言葉に胸の奥でトクンと音がした。
「今も変わらず吐き気が?」
「……はい。でも、こうやってお話をしていると少しだけですが気が紛れるようです」
「では宿題を出しましょう」
「宿題、ですか?」
「はい。日中何もすることがなかったり何もできなかったりすると気分は滅入るものです。そんなときには子どもにつける名前や、女の子だったらどんな子に育ってほしいか、またはどんな習い事をさせたいか……そのようなことを考えてはいかがでしょう? 私はそれを聞くのを楽しみにしながら一日仕事をがんばります」
 涼さんはとても優しい。
 私の気持ちが楽になるような言葉をかけてくださる。
「では、涼さんにも宿題を出してもいいですか?」
「私にも、ですか?」
「はい。さほど難しいことではありません。子どもができたらどんな場所に連れて行きたいですか?」
「……本当に簡単ですね? 今答えられてしまうくらいだ」
「え……?」
「あなたが行きたいところへ連れて行きましょう」
「……また行き先の候補を挙げてくださいますか?」
 涼さんはクスリと笑い、「かしこまりました」と答えてくれた。
 どんなに身体が辛くても、涼さんと話すだけで少し楽になる気がするから不思議。
「さ、そろそろ休まれてください」
「はい……」
 同じ病室に寝泊りしているとわかっていても、目を瞑って涼さんが見えなくなるのはなんだか名残惜しい。
 なかなか目を閉じることができないでいると、
「側にいますから」
 と、おやすみなさいのキスが降ってきた。
 まるで自分が子どものように思えてしまったけれど、でも、涼さんには素直に甘えられる自分を知って、安堵と幸せな気持ちで心が満たされた。
 私もいつの日にか、涼さんにそんな気持ちを与えられる人になりたい――



Update::2017/05/08


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++ あとがき ++

 こちらは読者様のリクエストで書かせていただきました。
 書いていて思ったのですが、真白さんと翠葉さんってどこか似てる……(苦笑)
 翠葉さんの妊娠話もキリ番リクエストでいただいて書いたことがあるのですが、なんというか……妊娠の発覚具合がそっくりで(苦笑)
 よく、男は母親に似た人と結婚するとか、娘は父親に似た人と結婚すると言うけれど、ここはここでそれが成り立ってるような気がしなくもありません(笑)
 なんだか久しぶりにウキウキしながら書いていました。



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