Twins〜恋愛奮闘記〜

出逢い Side 柊 06話

 大晦日当日。私たちは例年と変わることなく、朝早くから神社のお掃除を手伝う。
 硬く絞った雑巾で本殿、拝殿、神楽殿の拭き掃除を済ませ、境内の落ち葉をかき集めるために外に出た。
 日付が変わるまでにはまだ時間があるし、大晦日だからといって明るい時間から神社が混むことはない。それでも、年末年始やお祭りの際には、自治会の人や周辺地区の青年会が助っ人に来てくれることから、普段は静謐さを感じる境内も、このときばかりは人々の活気と賑わいを見せる。
 お昼を回ると、私たちはアキの家に戻り、冬休みの宿題に取り掛かった。
 うちの学校はアキの通う学校ほどではないけれど、周りの学校と比べると進学率は高めである。なので、やっぱり冬休みの課題というものがそれ相応にはあるわけで……。
 聖はともかく、私は人に教えてもらわないと全部をこなせる自信がない。
 そんなわけで、理系が得意な聖には理系を教えてもらい、文系が得意なアキには文系を教えてもらっていた。
 六時間ですべての課題が終わってしまうのだから、相当効率が良かったのだろう。けれど、アキの宿題は終わらない。
「何これ……。宿題に各教科の冊子が一冊ずつって何……」
 聖の言葉に、アキがうな垂れる。
「こんなのまだかわいいって……。夏休みのほうがもっと過酷。この冊子の倍の厚さがある問題集出されるんだから」
「げ……マジで!?」
「マジマジ……。もう常に必死だよ」
 アキは答えながら、その夏休みにこなした“課題”の冊子を見せてくれた。
 目の前に積まれるそれらに、「私なら無理」と即答してしまう。
「たださ、例外ってのがあるんだよね」
「「例外?」」
 聖と顔を見合わせたあと、アキに視線を戻す。
「そう。期末で満点とれた科目に関してはその科目の宿題が免除されるんだ」
「「それこそ無理でしょ!?」」
 これまた同時発言。でも、いつもとちょっと違う。いつもなら私のほうが声量あるけれど、今回ばかりは聖の声もそれなりに大きかった。
「私、小学校以来満点なんて取ったことないよ?」
「それがさぁ、いるんだよねぇ……。世の中には類稀な人間が。知り合いの先輩は一年のときから常に全科目満点で課題なしだって」
「それ絶対人間じゃないでしょ……」
 私は聖の言葉を後押しするように頷いた。
「いや、人間だから……。噂くらい聞いてない? 学年違うけど、一学年上の“藤宮司(ふじみやつかさ)”先輩。あの藤宮グループの御曹司で全国模試でも必ず三本の指に入る人。インハイでは弓道で二位入賞」
 名前までは知らないにしても、“藤宮グループ”は知っていた。大きな企業であり財閥だから、このあたりでその名を知らない人はいないだろう。
「何、アキってそんな人と付き合いあるの? 藤宮ってやっぱりハイソな感じ?」
 私が訊くと、アキは少し首を傾げた状態で軽く唸った。
「んー……俺がっていうのとは違う気がする。クラスメイトにその先輩と同じ境遇……つまりは藤宮グループの御曹司がいるんだわ。その関係でちょっと話すことがある程度。俺が仲いいのはクラスメイトのほう」
「そうなんだ」
 そんな会話をしていると、アキの携帯が鳴りだした。
「あ、簾条(れんじょう)? そっか、わかった。そのまま商店街突っ切って真っ直ぐ歩いて? 十五分くらい歩くと朱色の鳥居の前にたどり着くから。石段上がったところの手水舎のあたりで待ってる。…………あぁ、俺の従兄妹と従兄妹と同じ学校の山田太郎ってのが来る予定。……まだ。でも、今言うわ。……じゃ、またあとで」
 携帯を切ったアキは私たちに向き直り、ごめんな、と口にした。
「え?」と言ったのは私。「何が?」と言ったのは聖。
「御園生、体調崩して来れなくなったって……」
 どうやら昨日の夜、その連絡が入ったらしい。
 どのタイミングかはわかる。私たちがアキの家に来たときにしていた電話がその連絡だったんだろう。
 なんでそのときに言ってくれたなかったんだろ? とは思うものの、言いづらかったのかな? とすぐに思いなおした。
「すっごくショック。……でも、体調不良だけはどうにもならないでしょ? 今、インフル流行ってるし」
 私がそう言うと、アキはなんとも言えない顔をした。
 聖が、
「体調崩すって風邪とかじゃないの?」
 その言葉に返事をすることなく、アキは口を閉じてしまう。
 こんなはっきりしない態度のアキは珍しい。そんなアキを見て、何か理由があって答えたくないんだと思った。
「俺、簾条たち迎えに行かなくちゃいけないから」
 アキがテーブルに広げていた教材を片付け始めると、今度は私たちの携帯が三つ同時にそれぞれの着信音を奏で出す。メールはタロちゃんからだった。


件名:着いた!
本文:あとちょっとで境内だから出て来いよ。



「丁度いいね」と聖と顔を見合わせ、アキと一緒に神社に向かった。
 手水舎のところに私たちと同い年っぽいグループが二つ。
 一つはタロちゃんたちで、もう一つは育ちの良さを醸し出す御一行。きっと、後者はアキの学校の人たちなんだろう。
「あいつっ……」
 え……? と思ったときにはすでに時遅し。アキが鬼の形相でタロちゃんに詰め寄った。私も聖も意味がわからず、慌ててそのあとを追う。
「ようっ! アキ、久しぶり! で、美少女ちゃんは?」
 その言葉にアキがタロちゃんの胸倉を掴み、
「なんで大勢で来た?」
 と、低い声を発する。
「え? そりゃみんなに見せるため?」
 あくまでも純粋に答えるタロちゃんだけど、それは約束違反だった。
 美少女さんは知らない人に囲まれるのが苦手……。だから、私たち兄妹とタロちゃんだけならばオーケーということで了承してくれていたのだ。でも、タロちゃんは他に八人もの男子を連れてきた。
 どうやら、そのことがアキの逆鱗に触れたらしい。
「人は連れてくるなって言ったよな?」
「八人くらいどってことないだろ? 十人超えてるわけじゃないしさ」
「ふざけんなっ」
 バキっと音がしたと思ったら、殴られたタロちゃんがよろめいて倒れるところだった。
「お目当ての人間は今日来ない。用はないだろ? 帰れ……とっとと帰れよっ」
 語気は荒い。けれど、アキの目は見たこともないくらい冷徹で――。
 睨まれているタロちゃんはただただ気おされている。
 気付けば、周りに人垣ができ始めていた。その中に和服姿の凛とした人が介入する。
「佐野らしくもない……少し落ち着きなさい。そちらのあなたは……口端を切ったくらいかしら? 悪いことは言わないわ。今日は帰ったほうが良さそうよ?」
 そう言うと、アキを連れて人の輪から出ていった。
「タロちゃん大丈夫?」
 私は尻餅をついたままのタロちゃんに駆け寄ったけど、タロちゃんは呆気にとられたままだった。
「アキがあんなに怒ったの初めて見た」
 それはそうだろう。従兄妹の私たちだって初めて見たのだから。
「俺たちもさっき知ったばかりなんだ……」
「美少女さん、今日も具合悪くてこれないんだって」
「そっか……。ま、あの子、大分長いこと入院してたからね。体が弱いのかもしれない。それにしても……」
 と言葉を続ける。
「あいつ、容赦の“よ”の字もなかったんだけど? 俺、口端っていうか、口ん中切ったわ……」
 タロちゃんはポカンとした顔で言う。殴られたことを恨んでないところがタロちゃんだと思った。
 タロちゃんが立ち上がり、洋服についた土を払いながら疑問を口にする。
「アキ、なんであんなに怒ったんだろ?」
 私たちもそれは不思議に思っていた。
 思い当たることといえば、美少女さんが“人見知りが激しい”ことと、“大勢に囲まれるのが苦手”なこと。つまりは、そういうのから美少女さんを守ってあげたかったってことかな?
 もしかしたら、アキは美少女さんが好きなのかもしれない。ふと、そんなことを思った。
「……雰囲気悪くするつもりはなかったんだけどな。聖、悪い。アキに謝っといて? 俺ら今日は別んとこ行くわ」
 そう言うと、タロちゃんたちは神社をあとにした。

 タロちゃんを見送ると、私たちは着物美人さんとアキの姿を探す。ふたりは社務所の脇にいた。
「アキ、落ち着いた?」
 訊くと、
「驚かせて悪い……」
 と、バツの悪そうな顔をする。
「タロちゃんが悪かったって、謝ってほしいって言ってた。……それから、今日は帰るって」
「………………」
 黙りこんでしまったアキの代わりに着物美人さんが口を開いた。
「紅葉祭で一度お会いしてるから“初めまして”ではないのよね? 佐野のクラスメイト、簾条桃華(れんじょうももか)と申します」
 きれいに微笑み、優雅に腰を折る動作に思わず見惚れてしまう。ひとつひとつの動作がとてもキレイな人だった。
「天川聖です」
「同じく、柊です」
 着物美人さんは、よろしくね、とにこりと笑む。
「ふたりが会いたがっていた翠葉(すいは)のことなのだけど……私も知ったのが昨日だったから連絡が遅くなってしまってごめんなさいね」
「風邪とかじゃないの?」
 訊いたのは聖だった。
「風邪……ではないの」
 着物美人さんはアキのほうを見る。
「そうね、佐野が詳しく話すわけないわね」
「持病か何か?」
 続けて聖が訊くと、着物美人さんはこう言った。
「ごめんなさい。それは私たちが勝手に話していいことじゃないの」
「え……? どういうこと?」
 私の質問にはアキが答えてくれた。
「聖、柊……悪いけど、詳しくは話せない。御園生が嫌がることはしたくない」
「アキ……?」
 俯くアキの顔を覗き込むと、口を真一文字に引き結んでいる。
 これ以上は話してくれない……そう思ったとき、着物美人さんが言葉を継いだ。
「誰にでもコンプレックスってあるでしょう? それを自分のいないところで話されるのは嫌、よね? ……つまりはそういうことなの。翠葉のコンプレックスは体調にまつわるもの。だから、私も佐野も詳しいことは話せない」
 何か、一気に難しい話しになった気がする。
 タロちゃんとアキが美少女さんを見つけた経緯は聞いていた。ふたりが怪我で入院してるときに病院で見つけた子だ。
 事故や怪我で入院するっていうのは想像できる。でも、体調がコンプレックスになるってどんな?
 周りに健康優良児しかいない私の想像の域を超える。
 会話がなく、周りのざわめきのほうが主音になる。ザワザワガヤガヤ……ザワザワガヤガヤ……。
 それらに混じって燃える薪がパチパチと音を立てる中、アキの声が聞こえてきた。
「“いつ”って約束はできないけど……」
 私と聖は顔を見合わせてからアキに視線を戻す。
「待っててもらえない? いつか会わせるから。……御園生さ、音楽が好きなんだ。だから、聖と柊とは話が合うと思う」
 ……アキ、わかったよ。全部はわからないけど、アキと着物美人さんが美少女さんのことをすごく大切に思ってるのだけはわかった。
「アキ、大丈夫。次に会う機会があったら、タロちゃんにもちゃんと言って聞かせとくから」
 アキは力なく笑った。
 それから三十分もするとアキのクラスメイトたちが到着し始め、私たちはその人たちに混じって互いの学校の話しや、同世代らしい話をして過ごした。
 カウントダウンも盛り上がったけど、アキの学校の人たちはどこか沈んだ気持ちを隠すようにして騒いでいるのが見て取れる。
 アキと着物美人さんだけじゃない。クラスメイトみんなが美少女さんのことを気にかけてる。
「すごく仲のいいクラスなんだな」
 聖の言葉に頷く。
「うちの学校の雰囲気とは全然違う。なんだろう? 何が違うのかな?」
 よく“校風”っていうけど、そういうものかな?
 明らかに、うちの学校のカラーとは異なる。うちの学校はクラスの誰かが入院したり、こういう場で一人誰かが欠けてもきっとこうはならない。
「一クラス四十人と三十人の差?」
 聖の言葉に首を捻る。
「どうだろう……? なんか、もっと深いもののような気がする」
 クラスメイトが十人変わるだけで、こんなに変わるもの? それだけじゃすっきりしないよ。
 漠然としすぎる“深いもの”。
「俺たちにはわからないものだね」
 私と聖はそれが何かを追求することはせず、静かに口を閉じた。



Update:2011/12(改稿:2013/08/18)



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