Twins〜恋愛奮闘記〜

番外編 もうひとつの一目惚れ Side 木崎 01話

 高校受験の日は、運が悪くも雪が降っていた。
 自分が受験する高校は私立支倉(はせくら)高校。
 偏差値は中の上くらい。自分が有する偏差値より低いが、この高校を選んだのにはわけがあった。
 一年次はランダムなクラスわけでも、二年次からは違う。徹底した成績順のクラスわけがなされ、トップクラスにいれば大学受験にはかなり有利なカリキュラムとなっている。だから、この高校を選んだ。

「あのー、落としましたよー?」
 後方でそんな声がしたけれど、誰に向かって発している言葉なのかは不明。
 マンモス校を受験する人間は膨大なのだ。
 そこかしこにいる人間の誰に声をかけたのか……。
 自分ではないことを確かめるために振り返ると、
「受験票、落としましたよ」
 淡い桜色の色のマフラーをぐるぐると首に巻いた女の子。女子、というよりも女の子。
 ふわふわとした髪が顔の周りで空中遊泳してるような、そんな子がいた。
「もっしもーし? 聞こえてます? 見えてます? これ、受験票。落としましたよ?」
 女の子が差し出した受験票には自分の名前と写真が貼られている。間違いなく俺の。
「もしもし?」
 まるで電話で話すかのように声をかけられ、我に返る。
 慌てて受験票を受け取り、礼を口にした。
「あ、ありがと……」
 発した声はわかりやすいほどに上ずっていた。
「大丈夫?」
 と、女の子が俺を見上げる。
「緊張してる?」
「……してる、かも」
「あはは、私も! でも、ここまで来たらなるようにしかならないよ! お互い頑張ろうね」
 女の子は、すぐ後ろにいた背の高い男のもとへ戻った。
 ちらりと見ただけだけど、やけに親しげ。
 ……何やってんだ、俺。
 緊張は緊張でも、受験に対する緊張じゃなくて――君と話すことに緊張したんだ。
 あの子、緊張してるって言ってたけど、声や表情からはそんな調子は見て取れなかった。
 実はそんなに緊張してなくて、あまりにも緊張して見えた俺を気遣ってくれたんだろうか?
 そんなことを思いながら昇降口をくぐる。
 春に、また会えるだろうか――。


     *****


 一月になり、真新しい制服に身を包んだ自分は、受験日に出逢った女の子のことを考えていた。
「お前、答辞だろ? 大丈夫なのかよ」
「あー……とりあえず原稿は用意してある。春休み中に高校に行って先生のチェックもクリアした」
「さっすがだな!」
 高校までの道のりを一緒に歩いているのは、小学校が同じだった山田太郎(やまだたろう)。
 住んでいる地域の関係で中学は別になったものの、小学校のときにやっていたバスケをふたりとも中学でも続けていた。そのため、試合のときには顔を合わせることもあった。
 小学生のころは元気がいい、という程度だったと思う。が、中学に上がると学校のカラーに染まったのか、なんか雰囲気が変わっていた。
 軽そうに見える。いや、たぶん本当に軽い。
 そういう人間はあまり得意ではなく、自然と俺は距離を置くようになっていた。
 引退試合のとき、総合体育館のトイレで太郎と出くわした。
 前振りは一切なし。「ようっ」と声をかけられた。
「木崎(きざき)の志望校どこ?」
 まるで毎日会ってる友達にでも話すノリで訊かれた。
 志望校が同じとわかると、そのころから頻繁に連絡が来るようになった。
 今では、中学で培われたらしい“軽さ”もなんとなく受け入れることができる。
 少なくとも、苦手意識や不快感は感じなくなっていた。

「あのさ、うちの学校って一学年二十クラスじゃん?」
「あぁ? そうだな、確か三十九人から四十一人編成の二十クラスだろ?」
「二十分の一って確率的にどう思う?」
 わかりきったことを訊いていた。
「はぁっ? 普通に考えて低すぎだろ!? ほかの学校なら十分の一がせいぜい」
 決定打を下され、やっぱり、と思う。
「木崎、どうしたよ? そんな俺と一緒のクラスになりたいの?」
「いや……受験日に受験票落としてさ、拾ってくれた子がいたんだ」
 何気なく起きた事象を伝えたつもりだった。が、太郎の中では違うものへ関連付けられる。
「へ〜」
 にまにまと笑い、
「かわいい子だったんだ?」
 好奇心よりも、からかいの色が濃い。
「……かわいい、と言えばかわいい。なんか小さい子だった」
「ちょっ、それどんな……」
 訊かれても困る。本当にそんな感じだったのだから。
「背が低くて、髪の毛ふわふわしてて、マフラーぐるぐる巻いてて、声が異様にでかい」
「で、かわいいの?」
「かわいいと思うよ。人の好みにもよると思うけど」
「どこ中の子?」
「…………」
「お前チェック甘すぎっ!」
 チェックも何も……。
「あの日、雪が降ってただろ?」
「あぁ」
「コート着てたから、制服まで見えなかった」
「お前眼力駆使しろよっ!」
 それ、どんな能力だよ……。
「スカートは?」
「ダッフルコートでスカート隠れてた」
「どんだけ低いんだよ……」
「……間違いなく150センチないと思う」
 下手したら140センチあるかないか……?
 俺たちは取り留めのない会話をしながら、校門を少し入ったところで別れた。

 合格通知のあと、三月頭に高校から手紙が届いた。
 内容は、制服の採寸日程とクラス発表。それから、答辞の件が書かれていた。
 うちの学校は人数が多いことから、クラス発表は事前に知らされる仕組みとなっている。
 何せ、昇降口が四箇所。棟にして四つ。すべての教室棟の一階部分が昇降口となっており、一棟につき、三学年で計十五クラス分の下駄箱が立ち並ぶ。
 二十クラスのどこかにある自分の名前を探し出し、さらにはクラスごとに分かれる棟の昇降口に向うともなれば混乱が起きるのは必須。
 時間がかかるうえ、迷子者も出るかもしれない。
 クラス発表を事前に行うのは、一重にそれを避けるためらしい。

 俺は、校門から一番近い理棟の昇降口から、教室階となる二階へ向かう。
 階段も階上も、そこかしこが人で溢れていた。しかし、教室は人はいるがまばら。閑散としている。
 どうやらほとんどの生徒が廊下にいるようだ。
 教室にたどり着くまでに、いくつかの人だかりがあった。
 手に携帯を構えていたり、デジカメを構えていたり。
 その中心には見栄えのする人間がおり、写真を撮られ慣れてるところからすると、モデルか何かなのだろう。
 うちの学校はそういう生徒が多いことでも有名だ。

 席に着くと携帯が鳴る。
 さっき別れたばかりの太郎からだった。
「何?」
『何って、ちっさい人いたかと思って』
「その、ちっさい人って言い方どうにかならない?」
『だって名前知らないし、どこ中出身か知らないし。性別と小さいことしか聞いてないんだけど?』
 言われてみればそうなのだが、あまりにもひどい言われようだ。
 太郎が口にすると軽薄さが増す。
 これで、それなりに頭がいいというのだから、人は見かけによらない、とはよく言ったものだ。
「せめて、背の低い子、くらいにしといて」
『同じじゃん』
「心証はだいぶ変わる」
『で? いたの?』
「いや……クラスにはほとんど人いないし」
『何、悠長なこと言ってんだよ。四棟全部練り歩いて探すくらいのことしろよなー?』
「は……?」
『俺なんて、すでに文棟クリア! 現在理棟を驀進中だぜ!』
 よくやる……。
 どうやら、今もクラスを覗き歩いて、四棟すべて制覇すべく俳諧しているらしい。
「俺は太郎ほど物好きじゃないよ」
『しっつれいなやつだな。好奇心旺盛とかアグレッシブって言ってよ』
「ちっさい人って言った人間に言われたくない」
『根に持ってんなぁ……。せっかくお前の言ってる子を探して歩いてるのに。ちょっとは俺に感謝しようぜ?』
 は? そうだったのか? いや、違うだろ? でも――。
「じゃ、それっぽい子見つけたら教えて。俺は太郎ほど積極的に動く人間じゃないから」
『なーに言ってんだよ。好きな子見っけたらガンガン行かなくちゃだぜ?』
「……っていうか、誰が好きって言った?」
『え? 違うの?』
「気になってるだけっていうか、会ったら改めて礼を言いたいだけ」
『……マジで? どこまで律儀なんだよ』
「普通だろ?」
『幼馴染が末恐ろしい常識人であると認識した』
「お前が非常識なだけだ」
「だから、木崎。さっきから結構ひどいこと言ってるってば……』
「相手が太郎じゃなければもう少しまともな対応するよ」
『それ、もっとひどいだろ? あ――ひじりっ、ひいらぎっ!』
 声は携帯と廊下から聞こえてきた。
 太郎は話しながらうちのクラスの前まで来ていたらしい。
 入学式、高校初日だというのに我がもの顔で教室に入ってくる。
「木崎っ! 寂しい思いしてそうなダチんためにここまで来てやった!」
 なんて言い分……太郎、お前何様だよ。
「で、このちっこいの。天川柊(あまかわひいらぎ)。俺と同中の……」
 太郎の言葉がまともに耳に入ってこない。
 ざわめきが一瞬にしてかき消され、太郎の後ろにいた女の子に全神経を持っていかれる。
 あの日に会った女の子だった。受験日と変わらず、ふわふわの髪が空中遊泳している。
「……もしかして」
 太郎に訊かれ、
「ビンゴ」
 答えると、「マジか」と苦笑した。
 それだけでわかってしまった。
 太郎はこの子が好きなんだ。
「好き、じゃないんだよな?」
 念を押すように、小声で訊かれる。
「悪い、さっきのなかったことにして。肯定、思い切り肯定の方向で」
「はぁっ!?」
「太郎の言ってたのが正解っぽいから」
 彼女の話題を続けるものの、当の本人は放置されたまま。
 痺れを切らした彼女が太郎の背中をバシッと叩く。豪快な音を立てて。
「タロちゃんっ、友達ならちゃんと紹介してよねっ!?」
 あの日と変わらない元気すぎる声。
 “通る声”とはこういう声のことを言うのだろう。
「あー、悪ぃ悪ぃ。これ、小学校が一緒だった人間。ほら、アレっ。幼馴染っつーの? 第2中出身の木崎聡(きざきさとし)」
 渋々、というのがわかる紹介のされ方。
 対して彼女は、
「初めましてっ、支倉第一中出身の天川柊(あまかわひいらぎ)です! よろしくっ」
 と、元気よく手を出した。
 勢いあまった感満載の小さな手に自分の手を重ねると、ぎゅっ、と力強く握られる。
「木崎くんの手、冷たいね?」
 にこりと笑った彼女の手はあたたかく、とても柔らかかった。



Update:2013/08/23



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