Twins〜恋愛奮闘記〜

番外編 もうひとつの一目惚れ Side 木崎 05話

 三月のとある火曜日、天川さんはどうにもこうにも挙動不審な人になっていた。
 数学の授業で指名されたとき、現国の教科書を読み始めるくらいにはおかしかった。
 何かあったのは一目瞭然。そして、今の天川さんを揺るがすことができる人間などひとりしかいないことも明白だった。
 何があったんだろう……。放課後、少し話しかけてみようか――。

 ホームルームが終わると、皆散りじりに教室から出て行く。天川さんはというと、立川妹が教室から出て行くのを惜しみつつ、自分の席に留まっていた。
 今なら声かけられるかも……。
 そう思えばすぐに行動に移す。
 教室を対角線に突っ切り、彼女の席まで高速移動。
「今日、どうかした? 四限あたりからおかしかったけど……。目も充血してるし具合悪かったりする?」
 なんていうか、目が充血してるのは今知った。泣いたんだろうか……?
「あ、心配かけてごめんね。ちょっと悩みごと」
 彼女は表情を繕って笑みを見せた。
「俺でよければ聞くけど?」
「んー……」
「今日はこのまま帰るの?」
「うん、その予定」
「じゃ、昇降口まで一緒に行こう。俺は職員室に行く用があるから」
 できることなら一緒に帰る……とか、帰りに喫茶店に寄る……とか、そういうことをしたいところだけど、残念ながら俺は徒歩通学で、彼女はバス通学という隔たりがある。
 駅ビルに入っている書店に用事があると言えば駅まで行く口実にはなるけれど、一度帰らないことには手ぶらで塾に行く羽目になる。
 こんなことなら塾のテキストを持ってきておけばよかった……。
 後悔したって現実は変わらない。だから、教室から昇降口までの道のりを有効に使うことにした。
 外堀を埋めるとか、遠まわしに訊くとか、そんなことはせず直球を投げる。
「悩みって好きな人のこと?」
「な、なんでわかるのっ!?」
 思わず笑ってしまう。
 彼女は知らないんだろうか? 自分に纏わる噂の数々を。
「聖によく言われない? 思ってることが顔に書いてあるとかなんとか」
「あ……言われる。えっ!? それって今現在進行形!?」
 彼女は両手で顔を隠した。同時に、バサッ――彼女が手にしていたかばんが落下。
 ほぼ脊髄反射で顔を隠したと言っても過言じゃない。
 それを拾ってあげると、
「ご、ごめんねっ」
「いいえ。……立川さんのお兄さんと何かあったんだ?」
「ん……何かあったと言えばあったけど、なかったと言えばないというか、今までと変わらないと言われたらそれまでなんだけど……」
 彼女の話をまとめると、今までは告白をしても何をしても受け流されるのがオチだったのに、今日はいつもと違う反応されたと言う。
『もうそんなふうに好きだとか言わなくていいから』ね……。おまけに、『まとわり付かなくてもいい』か……。
 これは、もしかしてもしかするんじゃないか?
 つまり、立川兄が根負けしたってことなんじゃなかろうか……。
 しかし、隣を歩く天川さんは戦々恐々と言った表情だ。
 こればかりは教えてあげられないなぁ……。だって、やっぱり俺は天川さんが好きだから。
 だけど、あまりにも切羽詰った天川さんがかわいそうにも思えて、
「天川さんは天川さんらしいのが一番だと思うよ?」
 なんて言ってみる。
「私、らしい?」
「そう。いつも元気で素直で正直」
 一瞬間があったけど、「木崎くん、ありがとう」と持ち前の真っ直ぐさで答えてくれた。
「……そういえば、木崎くんって聖のことは下の名前で呼ぶのに私のことは苗字なんだね?」
 今ですか……。今さらと言ってもおかしくないタイミングでその質問ですか……。
 このすっとぼけた顔を、パコンとスリッパか何かではたけたらスカッとするんじゃないかとか思ってしまった。
「名前で呼んでいいなら名前で呼ぶけど?」
「え? 別にいいよ? 中学からの友達で天川って呼ぶ人いないし」
 そんな話は聖と会ったそのときに聞いていた。でも、女子を下の名前で呼ぶのって俺にはハードルが高くて、特別感満載で、ずっと呼べずにいた。
 きっと、彼女は呼び方が変わっても何も不思議に思わず返事をしてくれるのだろう。それでも、口にできないこの感情……。
 太郎が、「ひいらぎ」と呼び捨てにするのを羨ましいと思いながらもその一線を超えられずにいたけれど、今がチャンス。今じゃなかったら一生呼べない気がする。
「……ひいらぎ、さん? ちゃん?」
 言い慣れない発音に首を傾げてしまう。普通の名前じゃないだけに敬称をつけると座りが悪い。すると、
「木崎くん、敬称なしを希望! ほら、私の名前長いでしょ? ひいらぎ、でいいよ!」
 寒い廊下に太陽が差し込んだような笑顔を向けられた。俺はたどたどしく彼女の名前を口にする。
「ひぃ、らぎ」
 顔が火照るのに気づいたら、耳までもが熱くなった。けれど、彼女は、
「はい、なんですか? こちら、柊ですよ」
 にこりと笑って俺を見ていた。今までと何も変わらず、何を不思議に思うでもなく、真っ直ぐ俺の目を見て笑っていた。
 つられて自分も笑う。そのすぐあと、彼女の目が俺ではないものを捕らえた。俺を通過して、その後ろを見ていた。
 さらには、少し体の角度を変え俺の影に隠れる。
「例の彼、来たんだ?」
 言いながら背後を確認すると、やけに目つきの悪い立川兄が立っていた。
 不安そうにしている天川さんに、
「……柊は、柊らしいのが一番だよ」
 そう声をかけた。あれが今低気圧のようなオーラを放っているのは俺が一緒にいるからだろう。たぶん、天川さんはもう彼の圏内に入っているんだ。だから、そんなに不安がることはない。
 天川さんは弱い心を決別するかのように、
「……ありがとう。頑張るっ! 本当にありがとうね」
「どういたしまして。……また明日」
「木崎くん、バイバイ。また明日!」
 別れを告げて職員室に向かう。職員棟に伸びる廊下の途中でちょっと貧血。
「ダメだ……。俺、告白どころか後押ししてんじゃん」
「んなこた、言う前に気づけよどあほっ」
「っ……!?」
 気づけば目の前に太郎が立っていた。
「んなへこむくらいなら後押しすんじゃねーよ、タコっ」
「いや……貧血」
「はっ?」
「だから、貧血だってば……」
「おまっ、大丈夫かよっ!?」
「あー……大丈夫。塾の試験近くってさ、最近徹夜まではいかないけど睡眠時間四時間確保してたかも怪しくて」
「お前、死ぬぜっ!?」
「いや、今のところその予定はない……。ところで太郎、これ、うちの担任に渡しに行ってくれない?」
「あぁ、いいよ。このあとすぐ帰るんだろ?」
「その予定……。塾だしな」
「じゃ、チャリ乗せてってやるから待ってろよ」
 言いながら、太郎は走っていった。
 俺の予想――たぶん、職員室に入る手前あたりで先生に怒られるだろう。
 でも、太郎のロケット花火みたいなフットワークの軽さは小学生のときと何も変わらなくて、そんなあいつを見ているとほっとしたりもする。
 今日の帰りは太郎と失恋話かな?
 もう三月なのに、春はすぐそこまで来ているのに……。
「春はまだ遠いな――」
 少なくとも、俺の春は当分来そうにない。

END

Update:2013/08/25



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