Twins〜恋愛奮闘記〜

再会 Side 柊 05話

「で?」
「え?」
 教室を移動しているとき、珍しくれーちゃんから口を開いたからびっくりした。
 でも、何かそれまでに会話をしていたわけでもないので、「で?」が何につながってるのかがわからない。
「天川さんはルイ目的で私につきまとってるの?」
 とても意外な一言だった。
「……れーちゃんって、噂、聞く人なんだ?」
 本当は“聞く人”じゃなくて、“信じる人”と訊こうとしたのだ。もしも、噂を欠片たりとも信じていないのなら、れーちゃんに限って“確認する”という手間をかけるとは思えない。
 まだ二週間ちょっとの付き合いだし、“付き合い”というほど会話をたくさんしたわけでもない。ただ、席が隣だから随時一緒にいるように見えるだけ。
 でも、この近距離でずっと見てきた私なりにわかってきたこともある。
 れーちゃんはとても几帳面そうに見えるけど、実は意外と面倒くさがり屋さんだと思う。そのれーちゃんが、今は私に“確認”をしている。
 ねぇ、れーちゃん。それはなんで?
 私、頭がいいわけじゃないからよくわかんないよ。
 じっとれーちゃんを見ていると、れーちゃんが口を開いた。
「聞くつもりがなくても親切丁寧にペラペラ喋ってく人がいるのよ」
「そっか、なるほど」
 確かに、噂するだけでは事足りず、本人の目の前で話していく人もいるのだろう。その部分は納得したけど、れーちゃんが私に確認する理由にはならないと思う。
 あーーーっっっ。もうっ、わっかんないなぁっ。
 しかも、わからないことが二重になった。
 れーちゃんがどうしてこの件だけを確認するのかはあとにしよう。もう一個のほうがもっとわからない。
「私はルイ君が好きだよ? でも、ルイ君と仲良くなるのにどうしてれーちゃんにまとわりつかなくちゃいけないの? 私がれーちゃんにまとわりつくのは、れーちゃんと仲良くなりたいからだ。ルイ君とも仲良くなりたいけど、ルイ君はまとわりつくこと許してくれないでしょ?」
 ありのままの事実だった。
 ルイ君と話すにはまず視界に入る必要がある。毎回毎回、垂直跳びから始まる。本当に毎回が“そこから”なのだ。
「ルイ君とれーちゃんはセットじゃないもん。どちらか一方と仲良くなったからって、もう片方とまで同じように仲良くなれるわけないよ。実際、聖はルイ君と普通に話せてるけど、私は無理でしょう?」
 れーちゃんは何も言わず、ただ私の顔を見ている。
 説明が足りないのかなぁ……。
 私は足りない頭で必死に考える。
「んー……たとえば、どうしても歌えるようになりたい曲が二曲あります。そのためには二曲分の練習をしなくちゃいけないよね? これ、ものすごく当たり前のことだよね? それと同じじゃないのかな?」
 今の私にできる精一杯の説明をしたつもり。れーちゃんは一瞬目を見開き、次の瞬間には目を細め表情を緩めた。
 今まで見たことのない柔らかな笑顔だった。
「……柊って変な子」
 短い言葉で変な子って言われても私は嬉しい。だって――。
「れーちゃんっ!」
「な、何よ……」
「今、初めて“柊”って名前呼んでくれたーっ!」
「それが何っ!?」
 れーちゃんは顔を逸らし、白い頬を薄っすらと赤く染める。照れてるれーちゃんもかわいいけれど、笑顔のれーちゃんはもっとかわいかった。
「どうしようっ!? 聖に自慢メールしてもいいかなっ!?」
「やめて……」
 れーちゃんは相変わらず嫌そうで面倒そうな視線を投げてよこした。


     *****


 れーちゃんに名前を呼んでもらえるようになってから、聖とルイ君程度には会話が続くようになった。それまでは私が一方的に話すだけで、れーちゃんは適当に相槌を打つくらいだったから。
「柊はほかの子と違うのね?」
「ほかの子?」
「そっ。集団行動っていうの? みんなで仲良くトイレに行きましょってアレ」
「あー……だって、私小さいからひとりで行って帰ってくるほうが早いもん」
「は?」
「団体行動だと移動するのに時間がかかるって話し」
「あぁ、なるほどね」
 こんな会話ができるくらいには仲良くなった。
「柊ってもしかして友達いないの?」
「ぇええええっっっ!? どうしてっ!?」
「だって、ランチのときいつもひとりじゃない」
 そう言われてみれば……。三学期が始まってからというものの、学食のときは聖と一緒だったけど、クラスでは楽譜見ながら食べてたからひとりだったかも……?
「えぇと……今はちょっと時間が惜しいから楽譜見ながらひとりで食べてるけど、それ以外だと聖やみんなと一緒に食べてるよ」
「ふーん。友達がいないわけじゃないのね」
「うん」

 来月にはママたちが帰国し、その翌月には年度末の発表会がある。
 一曲はこの一年に習ってきたものの中から選び、も一曲は今の実力に見合った曲を選ぶ。年末に曲の選考が終わり、今は目を皿のようにして新譜をさらっている最中。お昼休みはその曲を聞きながら、ひたすら楽譜と睨めっこをする毎日だった。
 ただ、れーちゃんとは席が隣なのだ。会話が成り立つようになった今、傍から見たら一緒にお弁当を食べてるように見えなくもない。
 これは一緒に食べてることになるんだろうか……?
 ふと考えて、かぶりを振る。
 多分、れーちゃんに一緒に食べてる意識はないと思う。自分は自分の席に着いていて、私は私の席に着いている。お互い、そこでご飯を食べてる。そして、時々話す――ただそれだけ。
 うん、それだけなんだと思う。


     *****


 とある平日のランチタイム。私は隠れ(?)ルイ君ファンの呼び出しをくらっていた。
 三人の知らない女子に呼び出され、なんだか筋違いな文句をたらたらと言われた記憶だけはある。内容はこれといって覚えていない。
 うんざりした表情を隠さずに教室に戻ってくると、れーちゃんに、ひどい顔、と指摘された。
「ねー……れーちゃぁん」
「何よ気持ち悪い」
「なんでルイ君が好きな人たちが私に文句言いにくるかなぁっ? ルイ君と仲良くなりたいなら本人のとこに行けばいいじゃんっ」
 ここ数日、毎日のように同じような呼び出しを受けていただけに、堪忍袋の緒が切れかかっていたのだ。
「……そもそもルイのどこがいいのよ」
「顔?」
「……それだけ?」
「それだけって言われるとちょっと困るけど……。ほら、私、一目惚れだし」
「……じゃぁ、柊がしょっちゅう口にしてる王子様っていうのは?」
 れーちゃんは、ルイが王子様だったら世も末よ、と毒吐く。
「んーーー。王子様の定義?」
「そんなものに興味はないけど、柊の定義には多少興味があるわ」
「そんな大したものじゃないよ?」
 れーちゃんは無言になると、口の代わりに目が喋りだす。
「とっとと話せ」と言われているであろう視線に私は答えることにした。
「小さい頃に見た絵本の王子様にそっくりだったの。だから、本当に外見だとか顔で“王子様”って判断したんだけど……?」
「ホントにそれだけなの?」
「うん」
「人を好きになるなら人間性とか見ないかしら?」
「なんていうか……まだ、人間性を見せてくれるところまで近づけてないんだな。なので鋭意観察中というか、挑戦する日々が続きそう?」
「……ルイ、性格悪いわよ?」
「あぁ……そこまでたどり着けてないことが悲しいよぉ。れーちゃん知ってる? 私、未だに、ルイ君と会うときはジャンプとかけ声から始めるんだよ!? さらにはね、聖とは普通に話すのに、私には視線のみで言葉すら喋ってくれないし。まずは話せるようにならねばね……」
「そういうのを性格悪いって言うんじゃないかしら……。とにかく、柊が物好きなのはよくわかったわ」
 れーちゃんは一気に脱力した。
「柊って、やっぱよくわかんない子ね」
「あ、それ、よく言われるー」
 私はそれが褒め言葉でないことを知らない。そして、れーちゃんもまた、悪気があって口にした言葉ではなかった。
 こんなふうに暢気に会話をしていたけれど、巷を闊歩する“噂”が私の知ってるものの倍以上あるとは微塵にも思っていなかった。まさか、聖のホモ疑惑以外に、聖とルイ君の禁断の愛疑惑があるとは――。


     *****


 帰りのホームルームが終わると、れーちゃんはそそくさと席を立つ。
「今日も美術室?」
「そう」
「絵、いつか見せてね」
「いつかね」
 素っ気無いのは相変わらず。でも、それがデフォルトなので、今となってはなんとも思わない。
 れーちゃんは写真部だけど、美術室で絵を描いている。
 詳しい理由は知らない。ただ、写真部を選択した理由なら知ってる。
 ずらっと並ぶ部活一覧表を見たときのこと。
 細長い指をツーっとプリントの上を滑らせ、ピタリと止めたのが写真部だった。写真部の欄を見ると、部員数がゼロとある。れーちゃんが指を滑らせていたのは部員数の欄だったのだ。
 顧問は聖のクラスの担任の名前が記載されているものの、私の記憶が正しければ、その先生は体育教諭でサッカー部の顧問のはず。
 部活名は残ってるけど、去年の三年生で部員がいなくなっちゃったんだろうか? それとも、もともといないのだろうか? ……たぶん、そこは突き詰めて考えちゃいけないんだと思う。
 幽霊部員を狙ったれーちゃんがどうして美術室で絵を描いているかというと、私が知ってる情報はこのくらい。
「部屋を油臭くしたくないのよ」、以上。嘘偽りなく、まんま、れーちゃんの言葉。
 どうやら家の自室を油臭くしないために学校で描いているらしい。
 私と聖はたまにコーラス部の助っ人に入るけれど、基本は部活動免除組。自宅が音楽教室なのだから、免除申請が通らないわけがない。
 私たちの放課後は、音楽教室の手伝いをしたり、空いてる練習室で練習するのが主な過ごし方だった。
 そんなある日、高校の帰りにバス停でルイ君を見つけた。
「聖、ルイ君って部活免除組?」
「違う。幽霊部員組」
「なるほど」
 聖は軽く手を上げ、「立川」と声をかけた。ルイ君は、あぁ、といった感じでこっちを見るけど、私が一発でその視界に入ることはない。
 だから私はジャンプする。
「ルイ君っ! 私もいるよーーーっ」
「……うるさい」
「だって、音声発しないと気付いてくれないでしょ?」
「あぁ」
「ルイ君が地上140センチを視界に入れてくれるならもう少しおとなしくできる。……と思う。括弧、多分、括弧閉じ」
「……諦めろ」
「……じゃぁ、ルイ君も諦めてね?」
 にこりと笑うとため息をつかれた。
 憂いを含む表情で立ってるだけでも絵になる。本当にかっこいい。
 “恋”とは不思議なもので、好きな人の姿を見られるだけでも嬉しいと思う。どれだけ邪険にされようと、会話ができるともっと嬉しい。慣れてしまえば、それが挨拶にすら思えてくる。

 バスに乗ると一番後ろの席に座った。左の窓際からルイ君、聖、私の順。ルイ君の隣に座りたかったけど、ルイ君は聖を隣に指定した。
「ホモ疑惑に拍車かかるよ?」
 私の言葉にルイ君は、
「別に俺は困らない」
「立川……。それ、言外に俺はどうなっても構わないって言ってない?」
「そうか?」
「……ひどいけど、柊に対する対応よりはまだマシか」
「聖、その認識のほうがひどいと思う……」
「ん? 俺なりの分析。当社比ってやつ?」
 その後、何気なく振った話しに私は後悔する。
「ルイ君は何部に入ったの?」
「数学部」
 “数学”と言われた時点で話を続けられる気がしない。
「えーとえーと……じゃ、二年は理系選択?」
 頑張って続けようとしてもこの程度。しかも返ってくる答えに期待などしてはいけない。きっと一言で済まされるに違いない。
 心構えをしているところに返ってきたのは、「さぁな」の一言だった。



Update:2012/01(改稿:2013/08/18)



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