Twins〜恋愛奮闘記〜

再会 Side 柊 07話

 朝食は昨日の夕飯と似通っていた。具入りのスクランブルエッグは、夕飯のオムレツを作るときに一緒に作ったものだったし、小さなガラスボールによそってあるサラダも、昨日聖が作ったもの。
 朝はトーストを焼いて飲み物を用意するだけだった。
 バタバタしつつ八時には家を出て、八時半には運動公園に到着。たぶん、普通に歩いたら夜中分ちょっとはかかると思う。
 なんだろうね? 気持ちが逸ると足もそれに連動するっていうか……。
 まぁ、そんな感じで予定よりも早くに着いたけど、次からは自転車で来ようというのは決定事項。
 施設内の更衣室で着替えを済ませた私たちは同じロッカーに荷物をまとめ、手荷物だけを持って券売所に向かう。
 ここの運動公園は、施設利用者の混雑を避けるために入場者数を制限をしているらしく、整理券を持たないと各施設のゲートを通れない仕組みになっているのだ。
「んー……ジムはあと一時間半待ちみたいだね?」
「あっ! 聖っ、スカッシュ空いてる!」
「お、ラケットの貸し出しもやってるし行ってみるか!」
「で、ジムの方は一時間半後のチケットを買っておこう?」
「よし、決定!」
 私たちは一時間スカッシュをした後、休憩を挟みジムに移動した。
 ふたり並んでランニングマシーンに乗っているものの、走ってるのは聖のみ。私はというと、かろうじて早歩き……。そんなペースに設定し、根性で足を踏み出していた。
「聖、よくそんな体力あまってるよね?」
「だって、スカッシュっていっても柊相手だもん。全力は出してないよ」
「そっかー……何気にものすっごく悔しいんだけど、小学生の頃と同じようにはいかないよねぇ……。そりゃ、男子と女子じゃ体力差も出るかぁ……悔しいなぁー」
 どうにもならない愚痴を零し歩いていると、隣の聖も走るのはやめて歩くことにしたらしい。
「スカッシュ、立川とやったら面白そうだなぁ……」
「ルイ君ってやっぱり運動神経も良かったりする?」
「あぁ、抜群にいいよ」
「……五組の生徒と六組の生徒が羨ましい。無条件でルイ君の動いてるところが見られるなんて……」
「動いてる立川って……」
 聖は笑うけど、動いてるルイ君ほど貴重なものはない。歩いてるイメージしかないというか、常に静止してるイメージしかない……。あのルイ君が俊敏に動く様など拝んだことは一度もないのだ。
「スカッシュやったら楽しそうっていうのはさ、なんか物理学だとか力学応用してきそうでさ」
 クスクスと笑う聖を横目に、私は辟易とする。
 スカッシュやりながら物理とか力学とかあり得ない……。あんなの、動体視力と瞬発力で対処でしょっ!?
 勉強ができるという噂はすでに耳にしていた。けれど、そのほかの噂はあまりにも信憑性が低く、信用していいものかもわからないから大して気にしていなかったのだ。
 今になって気づく。そっか、聖に訊けば良かったんだ?
 でも……ルイ君に訊くんじゃなくて聖に訊いてる時点で敗北感が滲み出すのはなんでだろう?
 恋愛のなんたるかを知らない私には、“敗北感”という言葉が恋愛において相応しい言葉なのかそうでないのかを判断するには至らなかった。


     *****


 施設でシャワーを浴び、汗を流してスッキリして出てくると、外の冷たい風が心なしか気持ちよく感じた。
「広い屋外って久しぶりだなー」
 聖の言葉に頷く。
「聖、見て? 公園だから空に電線がない?」
「あー、本当だー……」
 妙に間延びする声は空に向けて発せられていた。
 公園の中にはスポーツ施設以外にもドッグランや小さい子が遊べるようなアスレチックも併設されている。今日は日曜日ということもあり、真冬の寒さでも親子連れが目立った。
 私たちは甲高い子供の声が響く広場を通り過ぎ、人があまりいない方へと向かって歩きだす。目指してるのは“すずかげの木”。
 たくさんの樹が植わっていた運動公園だけど、区画整理の際、多くの樹が移植されたらしい。けれど、この“すずかげの木”だけは樹齢があることから移植すると枯れる恐れがあり、切るか残すかの選択になったという。
 結果、この木は運動公園のシンボルツリーとして今も在る。
「本当に残してもらえたんだねぇ」
 地には太い根をはびこらせ、空に向かって枝を伸ばす樹を見て口にする。木に近寄り腕を回すと、ほわりと樹のぬくもりが手を伝ってきた。
「小さいときに見たから大きいのかと思ったけど……こんな身長になってから見てもやっぱり大きいわ。たっけー……。何メートルくらいあるんだろ」
 聖があまりにもポカンとした顔で樹を見上げるからおかしかった。
 足もとには芝生とすずかげの木の特徴ある枯れ葉が落ちていて、踏むとカサリと音を立てる。私たちは懐かしさのあまりに、木の根もとに腰を下ろした。
「ね、それうまい?」
 聖が訊いてきたのは、私が手に持っているおしるこ缶。
「美味しいっていうか……聖が飲めないから私が飲んでるんでしょー?」
「ま、そうなんだけど」
 遡ること数十分前、聖はスポーツ飲料を買うつもりでおしるこ缶のボタンを押した。なんでそんなことになったかというと、走り回る小学生に追突されて押し間違えたのだ。出てきた飲み物を見て渋い顔をした聖を笑ったのは私。でも、極度に甘いものが苦手な聖はそれを飲むことができず、結局私が飲んでるって話し。
 笑ったのは私だったけど、被害を被ったのも私だった。
「やっぱ甘い……」
 甘いものは好きだけど、ここまで無節操に甘いのはちょっと……。
「はい、お茶」
 さも、俺の……というように差し出されたお茶を笑顔で受け取る。
「ありがとう。私が飲むはずだったお茶を飲んでる聖くん?」


     *****


 一月下旬ともなれば、冬一番の寒さを観測される時期だ。でも、今日はとてもいい天気で、風さえ吹かなければ陽が当たる場所は多少あたたかく感じる。
「ダウン着てきて正解だね?」
「うん、これなら横になって芝生がついても払えばすぐに落ちるし」
 そう言うと、聖は芝生の上に身を投げ出した。かばんから五線譜を取り出したところを見ると、何かフレーズが思い浮かんだのかもしれない。
 私はノートをのぞきこみ、記された旋律を口ずさむ。
「あ! それだったら、ラーラララ〜……で、ル〜ルルル〜ルルって反復させようよ!」
「よし、それもらった」
 聖は曲を作ることに専念し始め、私は私で久しぶりの屋外でのんびりと歌を歌って過ごしていた。
 座ってるのに飽きたら立ち上がり、自由気ままに歌いながら樹の周りを歩く。そんなことを繰り返していると、突如、後ろから荒い息遣いが聞こえてきた。
 それは「ハァハァ……」というもので、二重にも聞こえるから気味が悪い。恐る恐る振り返ろうとしたそのとき、背中に衝撃がくる。
「ぎゃっ」
 私は何かに押されて芝生に膝をつく。
 次の瞬間には天と地がひっくり返り、その視界には私を突き倒した正体が映った。
「でかわんこーーーっ!」
 正式にはでかわんこではなく、ゴールデンレトリバー。
 間違っても幼犬には見えない大きさ。いや、ゴールデンレトリバーって子犬でも大きそうだからどうなのかな?
「わ、くすぐったいってば! くすぐったいよっ」
 二頭は容赦なく私の顔をベロベロと舐めてくる。
 さっきおしるこ缶飲んでたから甘いのかな? そんなことを考えつつ、なぎ倒されたままぐっちゃぐちゃになって二頭と戯れていた。
「聖っ! おっきいわんこ! 可愛いよーーー!」
 離れたところで唖然としている聖に声をかけたとき、大きくはないけれど低く威圧感のある声が聞こえた。
 二頭はビクっとして佇まいを直す。……なんというか、わんこなのだけども“佇まいを直す”という言葉が妙にしっくりくる感じだった。
 二頭が両脇でお座りをしていると、自分も正座しなくちゃいけない心境に駆られ、すぐ実行に移す。


イラスト:涼倉かのこ様



 顔をあげると、思わぬ人物が立っていた。
「私服王子様っ!」
「………………」
「あ……っていうか、ルイ君どうしたの?」
 私は真面目に質問したわけだけど、両脇でビシっと座るわんこたちはどう考えてもルイ君に従っているわけで、それが示す事実はルイ君がご主人様ってことなのだろう。
 脳内で導きだされた答えに納得していると、ルイ君に訊かれた。珍しく“言葉”で……。
「その”王子”ってのはどこから出てきた」
「え? 王子様は王子様だよ? 絵本から出てきたみたいなルックスで英語喋ってたし」
 ルイ君は無言で問い質すのが上手だと思う。目が雄弁に「それだけか?」と訊いてる……気がする。
「それだけだよ?」
 私の答えに諦めの色を見せると、次なる質問が飛んできた。
「なんでお前まで正座してるんだ」。たぶん、そんな視線。
 天と地がひっくり返らない限り声で質問されるとかあり得ない。
 さっきの言葉での質問は何かの間違いだったか、わんこたちに一度天地をひっくり返されたから、その副産物だったのかも……?
「え? 正座? や、なんとなく? この子たちがビシっと佇まいを直すものだから習わなくちゃいけない気がして……」
 そこに息を切らしたれーちゃんが現れた。
「あー、久々に走った!」
 ルイ君はその言葉に反応して何かを口にすると、それを聞いたれーちゃんは反射的に言葉を返す。いずれも短い英語だったのでどんな言葉が交わされたのかは不明。
 れーちゃんはルイ君をよけるようにしてこちらに顔を見せ、そこでようやく私に気づく。
「あら、柊。……頭、芝生だらけよ?」
 聖は少し離れたところでおなかを抱えて笑ってるし、ルイくんは呆れた目でこっちを見てる。れーちゃんは膝をついて私の髪についた芝生の撤去作業を始めてくれた。
「れーちゃんたちはこの子たちのお散歩?」
「そうよ。柊は?」
「私たちはねぇ……」
 答えようとしたら、聖が会話に加わった。
「俺たちは運動不足を解消しに」
 聖はにこりと笑って見せるけど、れーちゃんは不思議そうな顔をしていた。
 あれ? おかしいな……。
 先週だったか先々週だったか、聖がれーちゃんと美術室で話したって言ってたから一応面識はあるはずなんだけど……。
「こんにちは、レイさん」
「……こんにちは」
 れーちゃんの不思議そうな顔が訝しげな表情に変わる前に、聖は自己紹介を始める。
「初めましてじゃないんだけど、初めまして。柊の双子の兄の聖です」
「アニ?」
 れーちゃんはハトが豆鉄砲くらったような顔をしている。“兄”は本来、漢字一文字で表示できるものだと思うけど、今のれーちゃんの中では“アニ”と“兄”がイコールになってるかすら怪しい。聞いた感じ見た感じ、カタカナで“アニ”と認識したのみなんじゃないかと思う。
「いつも柊がお世話になってます。実は……こっちはこっちでレイさんのお兄さんの立川と同じクラスでね。柊とレイさんとあまり変わらない関係。つまり、俺がクラス委員って話し」
 聖の言葉を疑ってるのか、単なる確認なのか――。れーちゃんがルイ君に視線を投げると、ルイ君はその視線に答えるように頷いた。
 それで会話が成り立つのだから、やっぱりどこの双子も似てるなぁ……と思ったりする。あ、視線のみの無言尋問も双子の癖だったりするのかな?
 何が起こったのか……という雰囲気はいつの間にか消え失せ、気がつけばビリーもキャリーも気持ち良さそうに芝生に身を投じていた。できることなら、私も一緒になって寝転がりたい気分ではあったけど、れーちゃんが必死に髪の毛と格闘してくれてるあたり、それはやめたほうが良さそうだ。
 聖は聖で、ルイ君をさっそくスカッシュに誘っていた。
「立川、今度スカッシュやろうよ!」
「あ? スカッシュ?」
「そっ! 立川なら物理学とか力学応用した戦術できそうだなぁって思ってさ。あ、俺は動体視力と瞬発力オンリーで応戦させてもらうけどね?」
「……考えておく」
 悔しいことに、ルイ君は聖との会話だときちんと言葉を喋る。
 なんだろ……。私には視線だけってなんだろ……。
 ふと、手に触れる二頭が目に付く。私の両脇にいるわんこはビリーとキャリー。
「……わんこと一緒に見られてたり…………まさかねぇ? しないよねぇ……?」
 思わず真面目に二頭の目を見て訊いてしまった。
 そうこうしている間も、れーちゃんは私の髪の毛と格闘してくれている。
「とりあえず、これ取らないとねぇ……。丁度ドッグランに向かう途中だったの。二匹を放してる間に少しでも取りましょう?」
 れーちゃんは言いながら視線をルイ君に投げる。それを受けたルイ君は、わんこたちのリードを握りなおし聖に声をかけた。
「天川、移動」
「了解」
 ふたりが先に歩き始め、それを追う形で私とれーちゃんは歩き始めた。



Update:2012/01(改稿:2013/08/18)



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