街中はいたるところにピンクのハートモチーフが溢れているし、学校は恋バナだらけ。
なんだかなぁ……。
自分も絶賛片思い中だからイベントに乗ろうと思えば乗れなくもない。けど、どうにもこうにもそんな気分にはならないのだ。
「何、急に唸って」
聖に言われて気づく。どうやら私は唸っていたらしい。
「今年は何作るの?」
訊かれて困った。
作る作らないで悩んでいる私は、何を作るかなんて考えてないのだ。
「今年、作らないかもー?」
「え……今日って材料買いに来たんじゃないの?」
「うん、そのつもりだったんだけどねぇ……。なんか気が進まないんだよねぇ」
私はスーパーのお菓子売り場、板チョコの前で歯切れ悪い返事をしていた。
「毎年楽しそうに作ってたのに? 友チョコイベント、タロちゃん楽しみにしてるだろうに」
「タロちゃんかぁ。最近、学校でも会わないから忘れたよ」
「ひど……」
うちの学校は何せ人数が多いし広いしで、棟が別になってしまうとそれだけで遭遇率が下がる。
目的を持って会いに行こうとしない限りなかなか会えない。
だから、中学が同じタロちゃんとも滅多に会うことはなく、大晦日の一件以来会っていなかった。
聖は5組で理棟の一番端ということもあり、文棟にある7組のタロちゃんともそこそこ顔を合わせる機会があったらしい。
「考えてるのは立川のこと?」
訊かれて素直に頷いた。
「ルイ君、甘いもの嫌いなんだって」
「でも、柊なら甘くないお菓子だって作れるだろ?」
「うん。でも……ルイ君はこういうイベント嫌いっていうか、興味ないっていうか……。たぶん、誰からも受け取らないと思うんだよ」
「まぁ、それは想像できなくもないかなぁ……」
「でしょう?」
あぁ、わかった……。
「聖、なんだかおかしいね? 今まではお祭りみたいなノリで楽しんでたイベントだけど、好きな人がいるとちょっと違う」
ずっと板チョコに固定していた視線を外し、聖を見上げると優しい顔をしていた。
「どう違うの?」
「作っても、好きな人にもらってもらえないなら友チョコとか義理チョコとか作りたくなくなる……」
「そっか……。なら、作らなくていいんじゃない? 何もイベントに乗らなくちゃいけないわけじゃないし」
「……そうだよね? 私、常にルイ君に好きって言ってるし」
聖の言葉は私の心を一瞬ですっと軽くしてくれた。
「でもさ、タロちゃんが気の毒にならないようにチロルチョコくらい買っときなよ」
「うん」
私は聖の言うとおり、チロルチョコのアソートパックを手にした。
*****
その翌日から、聖の餌付けが始まった。
聖はれーちゃんに会うたびに何かしらチョコをあげている。
最初はチロルチョコだったと思う。渡すものの大半が、「はい」と渡して、「ありがと」と片手で受け取れるもの。
れーちゃんはいつも条件反射のように手を出してはそれを受け取る羽目になっていた。
不思議に思った私は家に帰って聖に訊く。
「れーちゃんを餌付けするその心は?」
「ん? 日本の文化に触れてもらおうかと思って?」
「何それ」
「んー……」
聖が教えてくれた海外のバレンタイン。
それは日本のバレンタインとは全くの別物だった。
よくよく考えてみればわかることだけど、バレンタインに女の子が告白する日というのは日本ならではの風習。
もともとはお菓子メーカーの商売戦略がことの始まりだ。
バレンタインの由来くらいは私も知っていた。
軍事的な理由で結婚が禁止された国で、バレンタイン司祭が内緒で結婚を取り持っていた。それがばれて処刑された日が二月十四日。
実は、お祭りというよりは人が死んだ日である。
インターネットで調べてみると、海外では男女問わず、チョコレートに限らず、プレゼントやカード交換をする日らしい。
しかも、日本と大きく異なる点といえば、“親しい人間”“恋人”と楽しむイベントだということ。
「こーれーはー……れーちゃんたちには理解しがたいイベントだろうね?」
「うん。レイさんは文句言いそうだよね」
聖はくすくすと笑った。
「でも、敢えて日本の文化に触れてもらおうと思ってるんだ?」
「うん。チャレンジャーでしょ?」
まるで悪戯っ子のように言う聖がおかしかった。
「チャレンジャーだねぃ……。ちょっと感心した」
「今はとりあえず、チョコイベントを刷り込めればいいかなぁ? くらいに思ってる」
「それを続けてあわよくばバレンタインにチョコじゃなくても何かもらえたらラッキーってこと?」
「そんな感じ。海外ではある程度親しい人にしかものをあげないわけでしょ? だとしたら、何かもらえることに意味があるよね」
聖はにこりと笑った。
私はいつも全力で好きですって伝えるだけだけど、聖は色々と考えててえらいなぁ……と思う。
押し付けるというよりは、相手のスタンスを崩さずに近づいていく感じがなんとも言えない。
それでいて、自分のペースはきっちりと守っているのだからすごいと思う。
私たち、双子の差はこんなところに表れるようだ。
*****
とある日の昼休み。ぼーっとしているれーちゃんに話しかけられた。
「ねぇ、柊」
「ん?」
れーちゃんは机の上に冬季限定チョコの箱を開けていた。
そして、どうぞと言わんばかりに私に差し出す。
「わぁ! くれるの?」
「どうぞ」
それはさっき聖がれーちゃんに渡したばかりのチョコだった。抹茶味もあるけど、私は苺の方が断然好き。
今、目の前にあるのは“苺”の方だった。
嬉々として一粒つまみ、ふと思う。
「これ、私が食べてもいいのかなぁ……」
聖の思惑を知っているだけに、これは全部れーちゃんが食べた方がいいのではないかと思ってしまう。
チョコの分量、イコール、聖の想い……な気がして。
けれど、れーちゃんはれーちゃんらしい持論を展開する。
「もらったときから私のでしょ? それを私がどうしようが関係ないと思うんだけど」
「そうですか……そうですね……。んじゃ、いっただっきまーす!」
私は大好きなチョコを口に放り込む。
口の中ですっと溶け、甘さが広がると同時に苺の香りが鼻に抜ける。
「おーいーしーいぃぃぃっっっ!」
一粒のチョコを目一杯堪能している私の隣で、れーちゃんがため息をつく。
「……柊のおにーさんは私を太らせたいのかしら」
「ほぇ?」
聖がれーちゃんを太らせたいなんて話しは聞いたことがない。
なんでそんなこと思うのかなぁ? と思いつつ、私は二つめのチョコに手を伸ばす。
包みを開けようとしたら、れーちゃんの冷ややかな声と視線に手が動かなくなった。
れーちゃん、目ヂカラ半端ないんだけども……。
私はお預けを食らったわんこの如く、チョコを机に置きれーちゃんに向き直る。
「れーちゃんは聖がれーちゃんを太らせたいと思ってるの?」
「太らせたいっていうか、なんでチョコ? それにずっと疑問に思ってたけど、なんでバレンタインにこんなに盛り上がれるの?」
んー……想像どうりっていうか、なんというか。
とりあえず、バレンタインのお話をしてみようか。
「れーちゃん、バレンタインって知ってる?」
「柊、さすがにそれは知ってるわ」
そりゃそうだよね? 海外でもイベントとしては存在してるわけだから。
「じゃぁ、日本のバレンタインデーについては?」
「は? バレンタインなんてどこの国も同じでしょ?」
「ぶっぶー!」
「何?」と訝しがるれーちゃんに私は日本のバレンタインデーを話して聞かせた。
「日本のはね、海外とちょっと違うの。海外にはホワイトデーってないでしょ?」
「ないわね。何よそれ……」
「あのね、バレンタインにチョコを渡すっていうのは、お菓子メーカーが当時高価だったチョコを買ってもらうための商売戦略だったんだよ。それがいつの間にか女の子が好きな人にチョコ渡して思いを告げていい日って内容にシフトされて、毎年のイベントとして定着したの。で、バレンタインでチョコをもらった人がお返しするのが三月十四日のホワイトデー」
「なんなの、そのお返しって。………………カルチャーショックってこういうこと言うのね」
れーちゃんは本当に何も知らなかったみたいで、ガックリとうな垂れた。
私たちがいる教室でも、誰にあげる、緊張するといった声があちらこちらから聞こえてくる。
「それじゃぁ柊はルイにあげるの?」
その言葉に私は即答する。
「ううん」
「は?」
「だってルイ君甘いの好きじゃないって言ってたし、甘くないもの作ってきてもいらないって言われそう。れーちゃんと一緒で日本のバレンタインの風習なんて知らないだろうし」
「そうね、それに私が今バレンタインの意味を知ったくらいだから、ルイも知らないと思うわ」
「私、こういうお祭り的なイベントは結構好きなんだけど、今回はいいや」
れーちゃんが意外そうな顔をした。
「だって、私、バレンタインじゃなくてもルイ君に好きって言えるもの」
もし、まだ気持ちを伝えてなかったとしたら、このイベントに乗っていたかもしれない。
でも、少なくとも、今の私はイベントの力を借りなくても気持ちを伝える術がある。
少しだけ聖のマネをしてみようと思った。
いつも押せ押せじゃなくて、相手のスタンスを守るような……。そんな余裕が自分に持てたらいいなと思う。
Update:2011/12(改稿:2013/08/18)
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。
↓コメント書けます*↓