Twins〜恋愛奮闘記〜

バレンタイン Side 柊 02話

 聖のことを思い出し、れーちゃんに問いかける。
「れーちゃん、友チョコ、義理チョコ、本命チョコって知ってる?」
「それ……柊のおにーさんも言ってたんだけど、なんなの?」
 先日聖に言われたのだ。
「レイさんに友チョコ、義理チョコ、本命チョコは吹き込んだんだけど、意味は教えてないんだ。柊からそれとなく教えといてね」
 と。
 せっかく教えたのなら自分で全部教えればいいのに……と思いつつ、私はその役を引き受けた。
「あのね、友チョコは友達や仲のいい女友達と交換するもので、義理チョコは――う゛ーん…………仲のいい男子にあげる? ……だと思う。私は仲のいい男子でも友チョコ扱いであげちゃってるけど……。んで、本命チョコはそのまんまだよ」
「え?」
「本当に本気で好きな人に渡すチョコレート」
 れーちゃんはまだ意味が解らないのか不思議そうにきょとんとしている。
「んーとねぇ……友チョコや義理チョコとは格が違う感じ。義理チョコが市販チョコなら本命チョコは手作りだったり、ちょっと気合を入れて選んだものだったり……。食べ物に限らず、その人に思いをこめたプレゼントをするの」
 私の追加説明はあまり説明能力を持たなかったらしく、れーちゃんの表情は相変わらず不思議そうなままだった。
「こないだネットで調べたんだけど、海外ってこういう風習じゃないんだよね? れーちゃんがいたところではどうだったの?」
 訊くと、ようやく我に返ったれーちゃんからの反応があった。
「ないわけではないわ。もちろん家族や友人にチョコをプレゼントすることはあったわ」
「うん」
「そうね……でもそういうときは大抵スーパーで買ったチョコを分けたり、カードを渡したりというのがほとんどよ」
「そうなんだ?」
「……だから謎なのよ。女子から、しかもステディでもない人に物をあげるのが」
 れーちゃんは海外での風習を教えてくれる。
「向こうでは男性がステディな女性にバラの花束とかすてきなディナーをセッティングしてプレゼントやチョコを渡すの」
「羨ましいなぁ……。日本はなんで女の子からなんだろう?」
「さっぱりわかんないわ」
「あ……でも、あれかな? 日本女性は奥ゆかしいって時代錯誤な背景があるから、その奥ゆかしい女の子から告白するっていうところにイベントの仕掛けがあったのかな?」
「あぁ、言われてみればそんな気はしなくもないわね……」
 私たちの会話はピンク色のバレンタインからどんどん遠ざかっていく。
 でも――ふと想像する。
 ルイ君がバラの花束持ったら絵になるなぁ……とか、レディーファースト的な物腰でご飯に誘われたら……とか。
 途中まで考えてブルブルっと頭を振った。
 柊、しっかりっ!
 今のルイ君がそんなことをした暁には、雹(ひょう)が降るに違いない。
 隣ではれーちゃんがチョコの包みを開ける音がし、斜め前方からはピンク色の話が聞こえてくる。
「ルイ様何が好きかなー? やっぱビターチョコって感じだよね!」
「でも、意外と甘いミルクチョコが好きだったりして」
 かわいそうなことに、彼女たちはルイ君の嗜好を知らないらしい。
 それもそのはず。彼はごく限られた人としか言葉を交わさないからだ。
「みんなルイ君にあげるんだね」
 なんとなく口を衝いた言葉だった。
 自分はあげないと決めたけど、それでも祭りごと好きな血がどこかで納得していないのかもしれない。
 れーちゃんは肘をつき、呆れたように疑問を口にする。
「ルイのどこがいいのかしら……」
「顔?」
 何度かしたことのある会話だけど、その度にれーちゃんは苦笑いをする。
 けれど、回を重ねるごとにその笑みは柔らかなものへと変わってきていた。


     *****


 バレンタインは意識しないようにしよう、そうしよう。
 そうは思うものの、駅ビルに入ったらどこもかしこもバレンタイン一色で困る。
 なんていうか、視界がうるさい感じ……。
「当分、ピンクもハートも見たくないかも……」
 そう思ったとき、モノトーンで埋め尽くされたショップが目に入った。
 あ、れ……? こんなとこにこんなショップあったっけ?
 私は吸い寄せられるようにそのショップに足を踏み入れた。
 ピンクがうるさい場所からモノトーンの世界に入った私はほっと息をつく。
「安息の地発見」
 その言葉を店員さんに聞かれてしまった。
 二十代か三十代と思しき男性店員に声をかけられる。
「いらっしゃい。ここが安息の地?」
「あはは……どこもかしこもピンク一色で思わず逃げ込んでしまいました」
「確かに、今はバレンタイン商戦だからねぇ」
 店員さんもフロアを見渡す。
 モデル張りにかっこいい店員さんは、ジャラジャラとアクセサリーをつけているのに、全くいやらしくない。センスがいいってこういうこと言うんだなぁ……と思いつつ観賞する。
 私の視線に気付くとにこりと笑った。
「モノトーンとシルバーしかない店だけど、心行くまで癒されていって?」
 軽い調子でそう言うと、ショップに鳴り響く電話に出るため、レジカウンターの中へと入って行った。
 店内をゆっくり見回すと洋服やバッグ以外にアクセサリーや小物類も充実していた。
 ユニセックスなものから、メンズ、ウイメンズと幅広い。
「聖、好きそう……」
 私は自分に合うサイズの洋服はないと判断し、小物類を見ることにした。
 棚にはファッションに関係のないステーショナリーグッズも置いてある。それらすべてが白と黒とシルバーのみ。
「あぁ、この三色に後光が差して見える」
 それらを手に取ったりしながら見ていると、長方形の蓋のようなものがあった。
「これ、なんだろう?」
 手に取り外観を観察するも、何か情報が得られるわけではない。文字通り“蓋”のようにしか見えないのだ。
 しかし、その“蓋”をかぶせられる“本体”、つまりは受け皿がない。
「それ、フリスクのケースだよ」
 電話が終わったらしい店員さんが教えてくれた。
「フリスクってあのミントのフリスク?」
「そう。俺も今持ってるんだけど、ほら」
 店員さんはポケットから取り出したそれを見せてくれた。
「こーやってカチって音がするまではめ込めば装着完了」
「わー。こんなのあるんですね?」
「結構、みんな普通に使ってると思うけど?」
「私、この手の刺激物苦手なので、普段目にしないんですよ」
 私がケースをまじまじと見ていると、刻印ができることを教えてくれる。
「表面だとか側面に文字を刻印することもできるよ」
「はぁ…………」
 言われたことは一応頭に入ってきているのだけど、私の頭はフル回転で別のことを考えていた。
 フリスク――それはルイ君がいつもポケットに常備してるものだ。
 それはなんてことのない白いケースなわけだけど……。
「ルイ君にはこの黒が似合いそう」
「あぁ、彼はメタルブラックよりもマットブラックなんだ?」
「はい」
 答えると、店員さんはクスクスと笑った。
「なーんだ。お客さん、ちゃんとイベント楽しんでるじゃん」
「えっ!?」
「彼へのプレゼントじゃないの?」
「やっ、違いますってばっ。彼とかじゃなくて、王子様っ!?」
「くっ、何それ。片思いってこと?」
「あ、つまりはそうなんですけど、もう告白済みっていうか、もう何回告白したか数えらんないっていうか……」
 てんぱり具合が甚だしい私は自分が何を口にしているのかわかっていない。
「ま、ちょっと落ち着こうか?」
 店員さんにポンポンと肩を叩かれた。
「値段も2980円だし手ごろじゃない?」
 店員さんの言葉に、私は自分の中の“冷静さ”を総動員する。
 チョコレートケーキを作る材料よりはちょっと高めだ。
 でも、これなら使ってもらえるかもしれない。きっとルイ君の中では食べ物よりも実用性……。
 そんな気がする。
「決まった?」
「はい。これ、ください」
「かしこまりました」
 店員さんは続けて刻印はどうする? と訊いてくる。
「側面にR.T.って入れてもらっていいですか?」
「……彼のイニシャルだけ? ダブルイニシャルじゃなくていいの?」
「あの……思い切り100パーセント片思いなので、そんな大それたことはできません……」
「くくっ、なるほど。了解。R.T.ね。十分くらいで終わるからちょっと待ってて?」
「はい」
 店員さんは作業を始めた途端に無口になった。
 刻印自体は五分ほどで終わり、店員さんはカウンターに戻る。
「うち、こういうコンセプトの店だからラッピングもモノトーンになっちゃうけどいい?」
「あ、ラッピングはいいです」
「そうだね、ラッピングは自分でした方がそれっぽくなると思うよ」
「や、違くて……。ラッピングされたものを受け取りそうにない王子様なんですよね」
 ふふふ、と怪しさ全開で笑うと、店員さんは苦笑する。
「苦労してそうだね」
「や、苦労というよりは苦戦強いられてる感じで……」
 どこら辺がツボだったのかはわからないけれど、店員さんは顔をくしゃっくしゃにして笑い出した。
 一頻り笑い終えると、謝りつつ無地の紙袋を取り出す。
「なーんか、お客さんのことだからテープだけでいいですって言われそうだけど、さすがにそれはアレだから、一応袋に入れとくね」
 オニイサン、よくわかってらっしゃる……。
 私的にはテープのみでも全然問題なかった。
 でも、とりあえず言うことを聞いて、飾り気のない黒い紙袋に入れてくれるのを眺めていた。
 お金を払うと、にっこり笑顔で「お買い上げありがとうございます」と言われる。
「このショップさ、二ヶ月限定のショップなの。来月末までいるから、また時間があったら寄ってね」
 最後まで軽い調子で話す店員さんに見送られ、私はショップを後にした。
 一歩ショップを出たらそこはピンクの世界だ。
 それを目にして思う。
 “思う”よりは“誓う”……かもしれない。
 ――違う。バレンタインだからじゃない。
 うん、違うから十四日じゃない日に渡そう。
 “プレゼント”と思われないように、さりげなく、さりげなく、さりげなく――。



Update:2011/12(改稿:2013/08/18)



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