Twins〜恋愛奮闘記〜

バレンタイン Side 聖 02話

 何度目かのチョコを渡す際、そろそろ違う情報を与えておこうと思い、こんなことを言ってみた。
 彼女が知りえないことと知りながら。
「レイさん、友チョコ、義理チョコ、本命チョコって知ってる?」
 彼女の形のいい眉が中央に寄せられる。
 たぶん、自分の知らないことを言われて不愉快に思っているんだろう。
 俺はそんな彼女を見て笑い、答えは教えずにその場を去った。
 このあと、彼女が自分で答えを調べてくれるか?
 その答えは“NO”だ。
 そんな可能性は万が一にもないだろう。
「そうだな……この場合、柊に入れ知恵してもらうのが良策っぽい」
 恋愛真っ只中の妹。猪突猛進なのにどこか困惑気味。
 そんな柊を思い出しながらコーラス部の待つ音楽室に向かった。


     *****


「聖、廊下で女子が呼んでる」
 二月に入ってからこんなことが何度もあった。
 それは数名の女子に呼び出されるものであったり、机や下駄箱に手紙が入っていてどこかに呼び出されるという古風な方法までと何通りかある。
 そして行った先々で訊かれるのだ。
「立川さんと付き合ってるの?」
 と。
 俺からしてみたら嬉しい誤解なわけだけど、現実問題そんな関係ではない。
 また、変な噂たてられても面倒だし……。
 そう思い、呼び出されるたびに違うと否定し続ける悲しさ。
 しかも、それだけでは終わらない。
 結局、俺はレイさんが好きだってことまで口にしなくちゃいけない状況になるんだよね。
 どうやら俺はモテ期らしい。まだバレンタイン前だというのに告白ラッシュが続いた。
 そのたびにレイさんを持ち出されて否定して、好きですって言われたら自分には好きな人がいるからって断る。
 最終的には俺の好きな人を訊かれ、レイさんって答える無限ループ。
 モテる人で悠然と笑ってられる人を心底尊敬する。
 俺は貴重なモテ期だというのにそろそろ限界。
 まぁ、できる限り笑顔は崩しませんけども……。
 ――でも、もしレイさんに何か迷惑かかるようなことがあれば、笑顔なんてとっとと捨てるけど。


     *****


 選択授業からの帰り道、前を颯爽と歩く彼女を見つけた。
 柊が一緒にいないところを見ると、彼女はトイレ帰り……ってそんなことまでは考えない考えない。
 俺はいつものように声をかけた。
 最近変わったことといえば、俺が声をかける前に彼女が俺の存在に気付いてくれること。
 ま、人より身長あるしね。
 大丈夫、こんなことで勘違いするほど、俺、おめでたくないから。
 特別視されてるわけじゃないなんて、とっくにたっぷり肝に銘じてますとも。
 でも、この日の彼女は何か違った。
 ……? 顔が赤く見えるのは気のせい?
「レイさん、熱あったりする?」
 俺は癖で、柊にするようにおでこに手を伸ばした。
 が、それは一歩後ずさりされることで回避される。
「な、ないわよ」
「そう? ……ならいいけど」
 相変わらず、俺はテリトリー圏外。
 俺は気を取り直してポケットからチョコを取り出し、彼女の白い手にちょこんと乗せた。
「はい。“本日のチョコ”はこちらです」
 それは、全粒粉にチョコレートという組み合わせのもの。
 甘いものは正直苦手だけど、これとブラックコーヒーの組み合わせは最高だと思う。
 少し固めのクッキーは、凍らせることでより硬くなり食べたときの歯ごたえが増す。
 説明をしている間、レイさんは珍しくじっと俺の顔を見ていた。
 いつもならチョコをすぐに食べるか、説明の間だけはチョコを観察してたりするのに。
 ……なんかやっぱり顔が赤い気がするんだよなぁ?
「ねぇ、レイさん。正直に言って? 本当に熱ない?」
「な、なんでもないわ。これ、ありがとう。じゃ」
 俺は足早に教室に入っていく彼女の後姿を見送った。
 教室に戻り立川に訊く。
「なぁ、レイさん風邪ひいてたりしない?」
「バカは風邪ひかない」
「や……今、冗談は求めていないんだけど」
「冗談は言わない」
「そうですか、そうですね……って、それじゃレイさんがバカになっちゃうよ」
 ひとり自分突込みしていると、いつもの如く、目だけで「なんでだ?」と訊かれた。
「さっき会ったんだけど、いつもよりも顔が赤かったからさ」
「そうか」
「……立川、尋ねておきながら俺の話しちゃんと聞いてないでしょ?」
 立川が目で追っていた小難しい数式の本を取り上げると眉間にしわを寄せる。
 こんな仕草がレイさんと少しかぶる。
「さて、今、なんの話をしていたでしょうかっ?」
「レイの顔色だろ?」
 立川はしれっと答えた。
「あれ? 聞いてた?」
「真横で喋られれば嫌でも耳に入る」
 そう言って本を奪い返すと、数式を見たまま口にする。
「気を付けて見る」
 それは、言葉そのままの意味なのだろう。
 具合が悪いかどうかを、“訊く”のではなく“見る”。
 本人に自覚はないようだけど、たまに“兄”の顔をする立川を俺は知っていた。


     *****


 移動教室が多かったため、俺はまだ“本日のチョコ”を渡していない。
 でも、放課後のこの時間なら彼女は第二美術室にいるはずだ。
 美術室に行けば案の定、絵と向き合う彼女がいた。
 俺は普通に歩いて近づいたわけだけど、彼女は気付かずに絵を眺めている。
 その、真っ直ぐな眼差しが好きだと思う。
 俺は彼女と同じように、絵と自分の目の高さを一緒にするために腰をかがめた。
「絵、大分形になってきたね」
 彼女の反応に、俺は咄嗟に手を伸ばした。
 即ち、口を手で押さえた。
 そうでもしなかったら、今頃絶叫されていたに違いない。
「ごめん、びっくりさせた」
 俺は苦笑を浮かべて謝る。
 手を離しても、彼女はまだ口をパクパクとさせ、顔どころか首まで真っ赤に染まっていた。
 何、コレ……。かわいいじゃないの。
 俺は笑みを殺さずにチョコを差し出す。
「はい、本日のチョコ」
 今日は十三日。バレンタイン前日。
 俺の餌付けは本日をもって終了します。
「やっぱり牛皮は美味しいよね? 八ツ橋も美味しいらしいけど食べたことある?」
 訊くと、レイさんは首を横に振った。
 俺は柊が絶賛する生八ツ橋チロルチョコのことを話した。
 彼女はじっと聞いていたけれど、その未知の食べ物に関心を示すというよりは、心ここにあらずな感じ。
 彼女の意識が何に向いているのか知りたかったけど、残念ながら何かはわからなかった。
 レイさん。
 俺が明日、生八ツ橋のチロルチョコを持って現れると思ってる?
 俺は明日も会いに来るけど、明日の俺は手ぶらだよ。
 柊の感想を話し終えると同時に美術室のドアは大きく開かれ、コーラス部の女子たちに呼ばれた。
「天川君、準備できたってーーーっっっ!」
「了解。今行く」
 俺はちゃっかりレイさんの肩に手を乗せ、艶やかな髪に触れる。
 そして、椅子に座る彼女の肩口でそっと囁いた。
「明日はバレンタインだよ」
 と。
 彼女は微動だにせず固まったままだ。
「じゃ、レイさんまたね」
 そう言って、コーラス部の子たちのもとへと行くと、ひとりの子に訊かれる。
「天川君、立川さんのこと……」
「ん?」
「あの……天川君は、その……立川さんのこと好きなの?」
 またそれか……と思ったことはおくびにも出さない。だが、嘘もつかない。
 それが俺流。
「うん、好きだよ。レイさん、綺麗でしょ?」
 俺はにこりと笑って答えた。


     *****


 バレンタイン当日はなんだか戦争のようだった。
 バスの中は何もかもが甘い。
 それは匂いも雰囲気も……。
 車内に充満する匂いにあてられそうになり、柊と席を交換してもらうと俺は即行窓を開けた。
 前後の人間の微妙な視線を受けつつ……。
 わかってる、わかってるってば……。
 今が二月中旬、寒さピークであることはちゃんと理解している。
 それでも、この甘い香りには到底逆らえない。
 四十分の地獄を味わった後、俺はバスを降りて新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ。
「あ゛ぁ、生き返る……」
「聖。これ、あげる」
「あ、フリスク?」
「うん。本当は一つだけで良かったんだけど、バラ売り品切れで三個パックのしかなかったの」
 そう言って、フリスクのケースごと渡された。
 俺はありがたく三粒ほど口の中に放り込んだわけだけど、突き抜けるような刺激でとあることに気づく。
 なんでフリスク……?
 柊はこの手の刺激物が苦手だ。ハーブティーであっても、ミント単体は好まない。
 それがどうして……。
「柊ちゃん。なんでフリスクなんて持ってるのかなぁ?」
 そんな理由はひとつしかないだろう。
「さ、さぁね?」
 柊はそれではぐらかせたと思っているのか、顔を真っ赤にして手足を同時に動かす器用な歩き方で昇降口へと向かった。
 それからというものの、柊の調子は狂いっぱなし。朝の声出しも散々たるものだった。



Update:2011/12(改稿:2013/08/18)



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