Twins〜恋愛奮闘記〜

バレンタイン Side 柊 03話

 フリスクのケースを買ったことは聖にも話していなかった。
 けれど、いつ訪れるかわからない“そのとき”に備え、真新しいフリスクにケースをセットした状態でかばんに入れてある。
 放課後、コーラス部の助っ人で聖と音楽室に向かう途中、知らない女子に声をかけられた。
 私たちは空き教室に入ったのだけど、その人が用があったのは聖だった。
 お邪魔かと思って教室を出ようとしたけど、その女子が話し始めてしまったのでタイミングを逃してしまった。
「聖くんって立川さんのことが好きなの?」
「うん、好きだよ? あ、間違えないでね? 俺が好きなのはレイさんのほうだから」
 変な誤解をされないように、聖はしっかりとれーちゃんの名前を口にした。
「あんなののどこがいいの!? 見かけだけじゃない。性格超悪いって噂だし」
「中園(なかぞの)さんはそう思うんだ?」
「私……私がじゃなくて、噂で聞いただけだけど……」
 中園さんと呼ばれた子は言葉を濁す。
「レイさん、誤解されやすいのかなぁ……?」
 聖に訊かれた。
 私を話しに巻き込むな……と思いつつ、訊かれたことには答える。
「……どうだろ? 私は性格悪いと思ったことないけど」
「天川さん、おかしいんじゃないのっ!?」
「え……」
 急に自分の存在を認められた私は、敵意むき出しの目を向けられた。
「立川さん、立川くんのこと訊かれても何も答えないって言うし、話しかけても一蹴されて終わりだって。高いところからものを言う人だってみんな言ってるわ」
 そうは言われても……。
 あれはれーちゃんの話し方の癖だと思う。
 私はあの口調に困ったことはないし、話しててザックリ斬られることもあるけれど、それはそれで清々しいくらいにサッパリしたものなのだ。
 むしろ、話の裏がない分、短絡思考の私はとても助かっている。
 困った私は聖を見上げる。
 聖も苦い笑みを浮かべていた。
「中園さん、レイさんと話してみたら? 噂とは違うかもよ?」
「聖くん……聖くんは……恋愛の意味で立川さんが好きなの?」
 聖はすぐに肯定の言葉を口にした。にこりと笑顔つきで。
「男って結局顔なのね……聖くんは違うと思ったのに」
 中園さんは目に涙を滲ませ、唇をぎゅっと噛みしめた。
 聖はどこまでも聖で、そんな言葉にも律儀に答える。
「どうかなぁ……? 俺は確かに一目惚れだから“顔”って言われたら顔なんだけど……。でも、人ってさ、それだけじゃ飽きちゃうと思わない? 俺はレイさんの中身も好きだよ。その噂になってる性格悪いっていうのは“釣れない”ってことだと思うけど、男って基本狩猟本能備わってるからね」
 え゛……ひ、聖クン……? ちょっと問題発言なんじゃないのっ!? 狩猟本能って……!?
「彼女の描く絵を見たことある? すごくきれいな絵を描くよ。絵の前に立つとね、音楽が聞こえてきそうな……そんな絵を描くんだ」
 今の聖を放っておいたら延々とれーちゃんの自慢話をしそうだった。
 そう思ったのは私だけではなかったようで、中園さんは「もういい」と言って教室を出て行った。
「聖ぃ……今の子、聖のこと好きだったんじゃないのぉ?」
 じとぉっと聖を見ると、ちょっと困った顔をした。
「でもさ、俺が好きなのはレイさんなんだよね。んでもって、好きな子の悪口言われたらいい気はしないよ」
 話を聞くと、ここのところこういった呼び出しが多いらしい。
「バレンタイン前だっていうのに、俺、モッテモテ?」
 聖は言葉とは裏腹にまったく嬉しそうな顔はしておらず、どちらかというと困り果てた顔をしていた。
「……聖も大変なんだ」
「イロイロとね」
 私たちは空き教室を出て音楽室に向かった。
 音楽室に入って思う。
 聖、十四日はもっと大変だと思うよ? 私、コーラス部の女の子数人から聖の好きな食べ物とかあれこれ訊かれてるもの。
 ほかにもクラスの女の子や選択授業が一緒の子とか……。
 全然知らなかったよ。聖がこんなに人気者だなんて。
 モテ期到来な感じデスネ?
 でも、その聖の目にはれーちゃんしか映ってないんだね。
 “恋”って難しい。自分がどれだけ相手を見ていても、相手が自分を見てくれるとは限らないんだ。
 難しいな……。


     *****


 バレンタイン当日。校内はお祭り騒ぎだった。
 教室に入るとれーちゃんが腕をさすっていた。
「れーちゃん、おはよー……って顔色悪いけど、大丈夫? 寒いの?」
「おはよ、大丈夫よ」
 大丈夫という割には顔色が良くない。
「そういえば、聖も心配してたよ? ここのところ会う度に顔を赤くして熱でもあるのかなって」
 言い終わるが先か前か、れーちゃんの腕をさする動作が速くなる。
 やっぱ寒いのかな……?
「今、インフルエンザ流行ってるし……。具合悪くなったら言ってね?」
 風邪じゃないといいけど……。
 そう思いながら席に着いた。

 この日は一日中廊下が人で溢れ、教室には違うクラスの人間が訪れていた。
 クラスどころか学年も何もあったもんじゃない。移動教室では遅刻者続出。
 教師たちもこの日ばかりは仕方ないか……と諦めの様子で浮ついた生徒たちを見守っていた。
 帰りのホームルームが終わると、同じクラスでコーラス部の芽衣(めい)ちゃんに声をかけられた。
「今日は柊来ないでねっ?」
「あ、うん。大丈夫。聖にも先に帰るって言ってあるから」
 ――だからどうぞご安心くださいって、なんだろ、コレ。
「ありがとうっ! じゃぁね!」
 ポニーテールを右へ左へと揺らした彼女は、可愛らしい小さな手提げ袋を持って教室を出て行った。
「何、今の」
 れーちゃんに訊かれ、ほんの少し悩んで答えた。
「んー……聖に告るらしいんだけど、私がいると私をダシに逃げられそうだから一緒にいないでって頼まれてたの」
 それも、芽衣ちゃんからだけではない。ほか数名の子にお願いされていた。
「れーちゃんは美術室?」
「そうよ」
「んじゃ、ここでバイバイだね」
「また明日ね」
 そんな会話をして教室を出た。
 放課後になった今も、校内の端々で告白大会続行中である。
 いつも通りのルートを通るだけで何組の告白シーンを見たことか……。
「明日に収束……はしないかぁ」
 めでたくハッピーになった人たちでピンク濃度が増幅しそう。
 そんなことを考えつつ、回りの人々を見ないように靴に履き替え昇降口を出る。
 バスの昇降場に着くと人だかりができていた。
 遠くからも見えてはいたけど、バスに乗るのに列ができている……というわけではなさそうだ。
 その中心に見覚えのある頭が見えた。
「あ、ルイ君発見。とても近づけそうにはないけども……」
 さっすが王子様。人気者だなぁ……。
 遠巻きにしてその場を通り過ぎようとしたとき、「おい」と声をかけられた。
 もっと言うなら人ごみをかきわけて私の前に仁王立ち。
「一緒に帰る約束をしていたよなぁ?」
 素晴らしく威圧的な声で言われる。
 これは、言うことをきいた方がいいんだろうか……?
「はぁ……そんな約束があったようななかったような……」
「あっただろ?」
 ゆっくりと話すと無駄に威力が増す。
 ナンデスカ、コレ……?
「……ハイ、アリマシタ。タシカニ、ヤクソクシテオリマシタ」
 私は首根っこ掴まれた猫のようにルイ君に連れられバスに乗った。
 後ろ……? 後ろなんて見る勇気はない。
 見なくてもわかる。そこにはルイ君目当てのお嬢様方がわんさといるのだ。
 そして、わざわざ肉眼で見ずとも突き刺さるような視線が背中にビシバシと……。
 見ない、絶対見ない……。
 私は心にかたく誓ったわけだけど、バスに乗った瞬間にその誓いは脆くも崩れた。
 窓から丸見えの刑ってどんな……。
 ひぃぃぃっっっ。窓、恐怖っ!
「ルイ君、窓際どうぞっ」
 帰りのバスが一緒になると、いつだってルイ君は窓際に座った。
 けれど、今日は「お前が窓際だ」と、相変わらずの俺様口調で言う。
「どんな拷問っ!?」
「とっとと歩け」
 有無を言わさぬ口調でバスの一番後ろまで歩かされた。
 たどり着いたそこからもバスの外にいるお嬢様方が見えるわけで、ついついルイ君の顔を見てしまう。
 お願いだから窓際だけは勘弁してっっっ。
 懇願の眼差しはルイ君に届かない。ルイ君の目が座れと言っている。
「なんでっ!? いつもならルイ君が窓際でしょうっ!?」
「うるさい。とっとと座れ」
 ルイ君の大きな手にトンっと押され、私はこわーい視線がビシバシ飛んでくる窓際に座る羽目になった。

 バスが走り出し、しばらく経ってから気付いた。
 もしかして気を遣ってくれたの……?
 さっきまで外にいたお嬢様方は皆バスに乗り、今はバスの前方から鋭い視線が飛んできている……のだと思う。
 “思う”という曖昧な表現の理由は私の身長にある。
 身長が低い私は、座席に座ると前の座席の背もたれに隠れてしまう。
 それは、こちら側からも見えなければ向こう側からも見えないということ。
 さらには右側にルイ君という不機嫌な壁があり、鋭い視線を直に受けることはなかった。
 ルイ君の右隣はルイ君のかばんが堂々と鎮座しているため人は座っていない。
 バスが混雑しているのにも関わらず、ルイ君の近くに女子がひとりも立っていないのは、彼の偉大なる不機嫌オーラのなせる業かもしれない。
 言葉数少ないし、何考えてるのか全然わかんない。
 でも、冷たい人じゃないことは知っている。
 不思議だね。
 私はルイ君のことなんてほとんど知らない。知ってることなんてきっと数え切れてしまうだろう。
 それでも、この不機嫌オーラガンガンの王子様を好きだと思う。
 些細な優しさでも触れると嬉しい。
 相変わらず、“ゆらゆらふわふふわ”には程遠いけれど、これは確かに“恋”なのだ。



Update:2011/12(改稿:2013/08/18)



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