Twins〜恋愛奮闘記〜

バレンタイン Side 柊 05話

 私の熱は翌日になっても下がらず、この日高校に入って初めて学校を休んだ。
 けれど、夜にもなれば熱はすっかり引いて、声もほぼもとどおり。
 元気が取り得の私は、熱なんて出しても一日で復活できちゃうわけですよ。
 頭痛やら胸のムカムカがなくなった私はカレンダーの前で発狂していた。
「〜〜〜〜…………何で休んだのが今日なのおぉぉぉっっっ」
「すっかり復活? でも、うるさいよ」
 にこりと笑った聖に頭を軽くはたかれた。
 はたかれた頭が痛かったわけじゃない。
 ただ、頭を抱えたい衝動に駆られてるだけ。
 私は両手で頭を抱えて出せる限りの声で反論した。
「だあってえぇぇぇっっっ」
 今日学校に行くことができたなら、いつもみたいに軽くサクっと挨拶し、昨日の別になんでもないからとか言えたかもしれない。
 それか、風邪で二、三日、はたまた一週間くらい休めてしまったら、バレンタインの出来事なんてきれいさっぱり忘れ去られていたかもしれないのに。
 一日というブランクは、日を表す中では最小単位次位のくせにとてつもなく厄介だ。
 私は聖に呆れられつつ、消化にいいお雑炊を食べてから薬を飲んだ。
「風呂入って体冷やさないうちにとっとと寝なよ?」
 叫び足りないのを我慢しつつ、聖に言われたとおり、早めに休んだ。


     *****


 翌朝、私はベッドに横になったまま計測機器の無常さに挑んでいた。
 何度熱を測っても小窓に表示される体温は、平熱です、と言う。
 昨夜からわかっていたものの、私は大声を上げずにいられない。
「どおしてえええっっっ!?」
 もんどりうっていると、まだ眠たそうな聖がズカズカと入ってきて私の頭をはたいた。
「近所迷惑……」
 普通の声で一喝し、部屋を出て行く。
 私はゆっくりと息を吐き出しながら体を起こし、叫び足りないのを堪える。
 進まない気持ちを抱えたまま、のろのろと学校に行く支度を始めた。
 朝食後には薬を飲む。
 昨日松崎のおじさんに、「熱が下がっても三日間は飲むように」と言われたのだ。
 三日間飲み続けなくちゃいけないのは“総合感冒薬”。
 これが意外と強敵だった。
 普段、薬というものを滅多に飲まない私はこれを飲むとどうしても眠くなる。
 昨日一日ぐっすりと寝込めたのはこれのせいに違いない。
 家を出て駅まで歩く途中ですら、トロンとしてははっとするの繰り返し。
 はっとした瞬間にルイ君を思い出して叫びたくなる。
 そんな私を見かねた聖に釘を刺された。
「バスの中で叫ぼうものなら他人のふり決め込むからね?」
「ひどい」
「ひどくて結構。公共のマナーを守れない人間は俺の身内にいないと思ってるから」
 こういうあたり、聖はとても常識人で厳しい。しかも、にこりと笑顔で言うのだから意地悪だ。
 四十分の道のりを経て学校に着くと、私はひとり先に音楽室まで走った。
 音楽室に足を踏み入れ、思う存分絶叫する。
 遅れて入ってきた聖がマフラーを使って私を締め上げる。もちろん軽くだけども……。
「そんなふうに声だしたら声帯に負担かかるでしょーが……。それに、それは発声じゃなくて雄叫びっ」
「だぁってえええっっっ」
「……はぁ。柊、いい? 相手は立川だよ? んなフリスクのひとつやふたつで何が変わるでもないでしょーよ」
「うぅ……ホントにそう思う?」
「思う思う」
 聖は涼しい顔でピアノにつく。
「風邪の直後だから声量は抑えときなよ? じゃ、音程気をつけて」
 そう言って、発声用のスケールを弾き始めた。
 すでに“おなかから声を出す”という部分をクリアしてしまっていた私は、音程を外さないように細心の注意を払う。
けれど、準備万端な“体”は声量を抑えるなんてことはしたがらず、いつも通りの発声練習をしてしまった。
 それらが終わると聖はポケットから私の好きな梅のど飴を取り出した。
「結局ガッツリ発声練習してるし……。それ、ちゃんと舐めておきなよ?」
「ありがと……」
 私たちは短いやり取りを済ませると五階で別れた。


 *****


 芸棟と理棟をつなぐ階段から二階まで降りると、一際目立つふたり組を発見した。
 れーちゃんとルイ君である。
 逃げたい衝動には駆られるものの、私とれーちゃんの行き先は一緒。
 後からこっそり付いていけばいい話しだけど、そこはなんというか……私の性格が許してはくれそうにない。
 相反する気持ちは性格のほうが勝ってしまった。
 私はダッと走り出し、ルイ君とれーちゃんに声をかける。
 場所にして一組の前。
「れーちゃん、ルイ君、おっはよーーー!」
 言い逃げよろしく通り過ぎ、すぐに二組の後ろのドアから教室に避難する。
 しっかりとドアを閉めることも忘れずに。
 ドアの前でドックンドックンいってる心臓と、ゼーハーゼーハー荒い呼吸を整えていると木崎くんに話しかけられた。
「天川さん……さすがにそれは人の迷惑かな? 後ろ、ドアの向こう人だかりになってる」
「えっ!? あ、わ、やばっ」
 私は慌ててドアを離れて席に着いた。
「昨日風邪だったって?」
「うん。もうすっかり元気だけどね」
「みたいだね。インフルエンザじゃなくて良かったよ」
「うん」
「これ、昨日の分のノート」
 渡されたルーズリーフにはとても几帳面な木崎くんらしい文字が並んでいた。
「うっわぁー……きれい。とても男子のノートには見えないね」
「それ、若干傷つく……っていうか、俺、男だから」
「あっ、ごめん。本当にきれいだなーって思っただけなの。見やすいし、これを見ながらだったら今日の授業も大丈夫そう。ホント、ありがとね」
「どういたしまして」
 用件が済むと木崎くんは自分の席へと戻っていった。
 代わりにれーちゃんが教室に入ってきて隣の席に座る。
「風邪、もういいの?」
「バッチリ! インフルエンザにならない限り熱だしてもたいてい一日で治っちゃうんだ」
 インフルエンザなんて、小学生のときにかかって以来一度もなったことがない。
 自分の健康自慢を披露すると、れーちゃんはクスリと笑う。
「体は小さいけど意外と丈夫なのね」
「そうなの」
 そんな会話をしていれば担任が入ってきて朝のホームルームが始まる。それが終わるとすぐに授業だ。
 そわそわしていた気持ちは授業が始まると大分落ち着きを取り戻した。
 代わりに薬による睡魔が襲ってくる。
 それらと必死に格闘すること五十分。
 そう――授業にはタイムリミットがあるのだ。
 授業が終わり、休み時間になると再び“そわそわ”がやってくる。
 ルイ君がこの教室まで来るなんてあり得ない。
 れーちゃんに用があれば来るかもしれないけど、天と地がひっくり返っても私を尋ねて来ることなんてない。
 わかっているのにどうにもこうにも落ち着かないのだ。
 移動教室なんて恐怖以外の何ものでもない。
 とりあえず、出くわしたら適当に挨拶だけ済ませて逃げる。
文 字通り、私は“脱兎”と化していた。
 教室に戻ってきて息を整えていると、置き去りにしてきたれーちゃんが少し遅れて戻ってくる。
「ったくなんなのよ、何かあったわけ?」
「ななな、何もっ!?」
「それで何もないって言うほうがおかしいわよ」
 呆れ顔のれーちゃんはびしっとピンポイントを衝いてきた。
「今日一日、ルイのこと避けてるわよね?」
「う゛…………」
 私は観念して一昨日の出来事を話した。
「でもねでもねっ? 別にバレンタインのプレゼントで渡そうと思ってたわけじゃなくて、ただ、フリスク切れて苛立ってるルイ君が怖くて渡しただけだから、本当にプレゼントじゃなくてっっっ」
 れーちゃんはポカンと開けていた口を閉じ、おかしそうにクスクスと笑い出す。
 しまいにはおなかを抱えてケタケタと笑う。
「なるほどね。それで顔合わせづらいわけだ」
 私はコクリと頷いた。
 れーちゃんは理由がわかると満足したようで、それ以上何かを突っ込んで訊いてくることはなかった。


     *****


 帰りのホームルームの最中から、私は放課後の予定を考えあぐねていた。
 今日はお手伝いという名のバイトはお休みである。
 聖はれーちゃんと美術室デートと言っていたので帰りは別。
 思い切り歌を歌ってすっきりしちゃいたい気はするけれど、聖からしっかりと牽制メールが届いたばかりだ。
『今日はまだ無理して声をだすな。ストレス発散に病み上がりの喉使ったら鮫島(さめじま)先生にいいつけるからね』と。
 なんて卑怯な、とは思うものの言っていることは正論だし、音楽教室の鮫島先生に怒られるのは怖い。
 代替案を探すものの、これといったものが見つからない。
 お母さんたちが帰って来るのは明日だから家に帰ってもひとりだしなぁ……。
 ひとりでいるといらぬことばかり考えて、絶叫モードの地雷を踏んでしまいそう。それだけはぜひとも避けたいところだけれど、聖とれーちゃんとこにお邪魔するのは気が引ける。
 答えが出ないままホームルームが終わり、教室を出た。
 階段を下り一階に着くと、足は勝手にクラスの下駄箱へと向かう。
 その途中での出来事だった――。
 後ろから、ブレザーの襟元をむんずと掴まれたのだ。



Update:2011/12(改稿:2013/08/18)



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