Twins〜恋愛奮闘記〜

ホワイトシーズン Side 柊 04話

「遅かったわね?」
 すでに教室に戻り、席に着いていたれーちゃんに声をかけられた。
「うん、ちょっと……」
 私は手に持っていた教材を机にしまい、次の授業の準備をする。
 途中、「次は数学よ」とれーちゃんが教えてくれたのはなんとなく覚えていた。
「じゃぁ、次。天川さん、345ページの最初の問いを」
「はい」
 立ち上がり、私は教科書を読み始める。
 五行くらい読み終えたころで気付いた。
 周りはクスクスと笑っているし、れーちゃんは呆れた顔でこっちを見ている。
 先生はのんびりとした動作でメガネを外し、ハンカチでレンズを拭き始めた。
「れーちゃん?」
「……私は教えたわよ? 次は数学よって」
 確かに聞いた。
 それが何か……――はっ、としたときには当然ながら遅かった。
 私が開いていたのは現国の教科書と化学のノートだったのだ。
「まだコートは手放せそうにありませんが、もうすぐ春ですね」
 言いながら、先生はカレンダーからこちらに視線を移す。
 にこりと笑った先生は、温和なことで有名な春日(かすが)先生。
「天川さん、今は数学の授業です」
 私はかっとなって、数学のノートと教科書を机の中から急いで探し出す。
 慌てたせいで、それまで机に乗っていたノートやペンケースを床に落としてしまった。
 最悪だ……。
 ばっ、としゃがみこむとそれらを拾っていると、春日先生がスタスタと歩いてきて拾うのを手伝ってくれた。
 さらにはゆったりとした口調で声をかけてくれる。
「落ち着いて。天川さんは345ページの一問目です。二問目と三問目をほかの人に解いてもらうので、その間に解いておいて下さい。後でもう一度指名しますからね」
「す、すみません」
「いいえ。……では、二問目を立川さん」
「はい」――
 私は特に怒られることもなく、猶予時間を与えられた。
 春日先生の息子さんが藤宮学園の二年生という話を噂で聞いたことがあるけれど、先生みたいに温和な人なのかな?
 確か、学年は私たちのひとつ上ということだったから、生徒数が少ないとは言え、アキも知らないかもしれない。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、比較的簡単な問い1を解き始めた。


     *****


 四限が終わればお昼休み。
 これほどお昼休みを待ち焦がれたことは…………ダメだ。
 いつでもお昼休みは恋しいし、待ち焦がれたことなど何度もある。
 でも、今日ばかりはちょっと違う。
「れーちゃぁぁぁん」
「何よ、気持ち悪い」
「お話聞いてっ」
 喋る言葉全てに濁点を付けたい気分だ。
 そんな勢いでれーちゃんにすがり付いた。
「何? っていうか死人の顔よ」
「れーちゃん……それを言うなら、せめて顔色悪いって言ってほしい」
「似たようなもんじゃない」
 こういうあたり、れーちゃんはとてもアバウトだ。
言葉と言葉の境目がかなり怪しい。
「聞くのはかまわないけど、ランチが先」
 お弁当を食べながら話せるとも思えなかったので、その申し出はとてもありがたかった。
 お弁当を食べ終わると、ランチボックスを片付け、私はさっきの廊下でのやり取りを話した。
 私の片割れが聖なら、ルイ君の片割れはれーちゃんである。
 相談相手にれーちゃん以上の適任者はいないはず。
 しかし――。
「それはそれは…………」
 れーちゃんの口元がニマニマと歪みだす。
「れーちゃんっ、笑いごとじゃないんだけどっ!?」
 私の言葉にれーちゃんはニマニマを引っ込めた――が、いつでも再開できそうな感じである。
 まともな返事を期待していると、
「柊。そのモヤモヤのまま放課後、昇降口でルイを待ってるといいと思うわ」
 アドバイスには到底なりそうもない言葉が返された。
 つい、口を衝く。
「れーちゃん、ひどいっ!」
「まぁまぁ……。きっと、柊にとっていいことがあるわよ? レイさんを信じなさいな」

 言い終わるころ、昼休みの終りを告げるチャイムが鳴った。


    ******


 午後の授業はどの教科も気がそぞろ。
 落ち着けというほうが無理な話で、戦戦恐恐とはこのことか、と国語辞書を引いてしまったほどだ。
 帰りのホームルームが終わると、れーちゃんは軽やかに「じゃぁね」と教室を出て行った。
「本当にひどい……」
 ポツン、と取り残された私に話しかけてくれたのは木崎くん。
「今日、どうかした? 4限あたりからおかしかったけど……。目も充血してるし具合悪かったりする?」
 聖ともルイ君とも違う黒髪がサラリと動き、顔を覗きこまれた。
 メガネの奥にある目はとても優し気で、こちらを心配しているのがうかがえる。
「あ、心配かけてごめんね。ちょっと悩みごと」
「俺でよければ聞くけど?」
「んー……」
「今日はこのまま帰るの?」
「うん、その予定」
「じゃ、昇降口まで一緒に行こう。俺は職員室に行く用があるから」
 断る理由もなかったし、私は木崎くんと教室を出た。
「悩みって好きな人のこと?」
「な、なんでわかるのっ!?」
 木崎くんはくすくすと笑う。
「聖によく言われない? 思ってることが顔に書いてあるとかなんとか」
「あ……言われる。えっ!? それって今現在進行形!?」
 顔を隠そうと手を動かしたら、持っていたかばんを見事に落とした。
 木崎くんは笑いながらそれを拾ってくれる。
「ご、ごめんねっ?」
「いいえ。……立川さんのお兄さんと何かあったんだ?」
「ん……何かあったと言えばあったけど、なかったと言えばないというか、今までと変わらないと言われたらそれまでなんだけど……」
 しどろもどろ言葉を続ける私の話しを、木崎くんは遮ることなく、程よいところで相槌を打って聞いてくれていた。
 大まかな概要を話し終えたとき、そこはもう一階だった。
「天川さんは天川さんらしいのが一番だと思うよ?」
「私、らしい?」
「そう。いつも元気で素直で正直」
 真っ直ぐすぎる言葉にちょっと照れる。
 だけど、最高潮にへこんでいる今は、とても嬉しい言葉だった。
「木崎くん、ありがとう。……そういえば、木崎くんって聖のことは下の名前で呼ぶのに私のことは苗字なんだね?」
 なんとなしに訊いただけだったけど、木崎くんは一瞬言葉に詰まったように見えた。
「……名前で呼んでいいなら名前で呼ぶけど?」
「え? 別にいいよ? 中学からの友達で天川って呼ぶ人いないし」
 紛らわしい、という理由から、みんな下の名前で呼ぶ。
「ひいらぎ、さん? ちゃん?」
 首を傾げ、どこかぎこちなく口にする木崎くんがおかしかった。
 考えてみれば、木崎くんが女子を下の名前で呼んでるところを見たことがない。
「木崎くん、敬称なしを希望! ほら、私の名前長いでしょ? ひいらぎ、でいいよ!」
「……ひぃ、らぎ」
 木崎くんは小さく声に出し、慣れないからか、頬を少し赤く染めた。
「はい、なんですか? こちら、柊ですよ」
 にこりと笑って見上げると、照れたままくすりと笑う木崎くんの顔があった。
 そしてその向こうに大好きなルイ君の姿を見つけた。
 私は反射的に木崎くんの陰に身を隠す。
 和んだ心が一瞬にして凍ってしまうかと思った。
 その心を、再度木崎くんの笑顔で溶かす。
「例の彼、来たんだ?」
 木崎くんはルイ君の姿を確かめることなく、私の挙動で察知した。
「うん」
「…………柊は、柊らしいのが一番だよ」
 頭上から降ってきた言葉を、一心に信じることにした。
「……ありがとう。頑張るっ! 本当にありがとうね」
「どういたしまして。……また明日」
「木崎くん、バイバイ。また明日!」
 別れを告げ、ルイ君に立ち向かうように足を踏み出す。
 すると、目の前に塗り壁が現れた。
「な……」
 見上げると、その塗り壁こそがルイ君だったのだ。
 私は前に出した足を二歩後退させる。
「待たせたな」
「や、全然……。友達と一緒だったし」
「友達?」
「うん、クラスの男子で同じ委員会の木崎くん」
「へぇ……」
 ルイ君は目を細め、廊下の先の方を見ていた。
 私も同じように木崎くんの背中を見つけようとしたけれど、ちびっ子には到底無理な芸当だった。
 トン、とルイ君に肩を抱かれる。
 ドキっとしたけど、その行動に深い意味はない。
 ルイ君に、通行の邪魔、と言われた。
 確かに、通行の妨げにはなっていただろう。
 私はコクコクと頷き、少しでも冷静になろうと努力する。
「帰るぞ」
 ルイ君の言葉で我に返った。
 そうだ、帰るのだ。
 帰りに昇降口で待ってろ、と言われた。
 それは、良く解釈して一緒に帰るということなのだろう。
 いや、それでいいのだろうか?
 悩んでいるうちに、ルイ君は五組の昇降口へと姿を消し、あわあわしていると、二組の下駄箱からルイ君が顔を出す。
 遅い、と。
 慌てて靴を履き替えた。
 ルイ君は前方ではなく、隣を歩いていた。
 いつも追いかけてばかりの私にとってはとても新鮮な状況だけど、心臓や体のどこかしらが変な動きをしそうで気が気でない。
 何を言われるのか、こんな近くにいられるのはこれが最後なんじゃないか――バレンタイン翌々日のように、そんなことばかりが頭をぐるぐると回っていた。
 バスの昇降場までの道すがら、
「これやる」
 と、ラッピングされたものを差し出された。
 ルイ君の片手にすっぽりとおさまる包みは、リボンの先がくるくるとさせてある。
「え、何?」
「ほれ」
 思わず受け取ってしまったけど、可愛いらしい見かけに反し、ズシリ、と感じる重みがあった。
 私の手に移った包みは、手から大きくはみ出す。
 これが私とルイ君の手の差なのだろう。
 手にしただけで硬いものであることがわかり、なんとなく瓶であることも予想できる――が、それ以上は開けてみないことにはわかりそうにもない。
 歩きながら包みを開けるのは、おっちょこちょいの私には困難を極める。
 割れ物であることを察するだけに、落とす可能性は0.1パーセントであっても回避したい。
 バスまで我慢しよう、そう思ったとき、回答を与えられた。
「それ、ハチミツ。……なんか、柊っぽかったから」
「ハチミツって…………私っぽい、デスカ?」
 ハチミツが私っぽいというのはどういうことだろう?
 それはどんな比喩表現だろう?
 海外には“ハチミツ”に特別な意味でもあるんだろうか?
 会話の内容そっちのけでそんなことを考えていると、
「これ、もらったからな」
 と、ルイ君がフリスクケースをシャカシャカと振った。
 フリスクケースを見せられ、お返しのようなものを渡されると、否定せねば! と私の血が騒ぐ。
 騒ぐどころか抑えようがなかった。
「いや、だからね!? それ、バレンタインとか全っ然関係ないからっ」
 全身全霊、全力で否定する。
 ルイ君は、わかってる、とでも言うかのように「あぁ」と答えた。
「でも、もらったもんだしな。礼をするのは当たり前のことだろう」
 正論だ……。
 正論すぎるゆえに何も言い返せない。
 言い返す余地がない。
 そろそろとルイ君の顔を見ると、口端が上がった。
 うぅぅ……普通なら、ありがとう! と受け取るところだけど、この複雑極まりない感情は何かっ。
 悶々と考えこんでいると、隣からの視線に刺される。
 私は息をすっと吸った――瞬間、木崎くんの言葉を思い出す。
 “柊は柊のままが一番”。
 その言葉は、不思議と私を素直にさせてくれた。
「……ありがとう。美味しく頂きます」
 言い終えて、ルイ君の顔を見た私は硬直する。
 見間違いなどではない。
 ルイ君が爽やか王子スマイルだったのだ――。



Update:2011/12(改稿:2013/08/18)



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