そりゃ、無表情やしたり顔よりも笑顔のほうが断然かっこよくて希少価値も高いわけだけど、それだけに心臓が受ける衝撃も大きい。
正直、これ以上心臓に悪いことには耐えられそうにないし、できることなら避けて通りたい。
でもね、いっぱいいっぱいの頭で考えたんだ。
地雷級の話題がずっと頭にあったり目の前をチラつくのと、被弾しようとも一度地雷を爆発させて、危険物がないまっさら状態になるのはどっちがいいのかな? って。
非常に残念な話だけども、地雷撤去とか除去とか、その手のハイスペックなものは私に一切搭載されていない。
私は心臓をザクザクと切り裂き、今朝のブリザード級の話題を引きずり出す。
この際だから、当たってきれいに砕け散ってしまおう。
失恋ってどんなかな?
今まで何度も好きって伝えてきたし、その度に軽くあしらわれ、無視されてきた。
「諦めろ」って言葉なら、私が言ってきた「好き」の半分くらいは聞いた気がする。
つまり、もう半分は無視(その他)。
今日みたいなことは初めてだった。
あんなふうにルイ君が私を見て話す言葉なら、それがマイナス要素で失恋直結だったとしても、“初失恋”として受け止めなくちゃいけないような気がする。
――よし、覚悟決めた。
大丈夫。砕けたら砕けたで、ひとつも残さずきれいに回収してすぐに接着剤で修復するから。
修復が無理なら複製する心積もりだってある。
だから、大丈夫。
むちゃくちゃな考えのもとに、私は話題を変えた。
きっとこのあたりから、天川柊という人間は壊れていたと思う。
「け、今朝の、は、話なんだけど、ね……」
覚悟した割には一言発するのも一苦労。対するルイ君はシンプルに、あぁ、と受ける。
涼しげな声に表情。
「あ、あの……好きって言ったり、会うたびにまとわりつくのは、め、め、め、迷惑っ、かなっ?」
自分が言った“め”の数に唖然とし、思わず指折り数えそうになる。
すると、「なんで?」と不可解な音が返ってきた。
待って――ちょぉっと待って。
私、今「なんで」って訊かれなかった?
その返事は予想してなかったわ。
「あぁ迷惑だ」くらいのことを言われると思ってた。
ハチミツといい、この会話といい、一体何がなんだかわけがわからない。
「だって、そういう意味なんじゃないの?」
「だから、なんで?」
「いやいや、私が訊きたいよ。なんで?」
周りに人はいない。たとえ人がいたとしても、この会話を聞いて意味がわかる人はいないだろう。話してる私ですらわからないのだ。
もし、わかる人がいるのなら、解説だとか、実況中継をぜひともお願いしたい。
実際問題そんな便利な人はいないのだから、自分で紐解かねばならないのが現実。
「そもそも勘違いしてる」
「朝も言われたけど……勘違いって、何?」
「柊の気持ちはわかったし、俺もそうだから。それにそんなに簡単に口にすることじゃないだろ」
「はぁ、そうですか、それは良かったです…………ん?」
何かおかしい。
そのままスルーしちゃいけないような気が――。
ルイ君の言葉を回想する。
「え? あれ? 俺もそうだからっていうのは――。えぇっ!?」
うわあああああああっっっ。
「……そんなにびっくりすることか?」
するでしょっ!? 普通にびっくりするでしょっ!?
だってだってだって、今のっっっ。
まじまじとルイ君の顔を見てると、うるさい、と目で言われた。
「ルイ君、変に勘違いしてあとで沈没したくないから今確認」
一息に言う。
「『俺もそうだから』っていうの、ルイ君も私を好きっていうこと?」
「声でかい」
失礼な……。言われるほど大きな声で話したつもりはない。
ルイ君は、つい、と視線を逸らした。
……ルイ君、それ、“肯定”だよね?
ずっと見てきたから――行動と表情の組み合わせで“YES”か“No”かくらいはわかるようになったんだよ?
私の頭は“整理”を要す。
ものの見事に、頭の中が混線しきりなのだ。
「あの、頭の整理をしてもよろしいでしょうか?」
お伺いをたてると、
「別にいいが、口に出さずに整理してくれ」
と言われる。
考えごとをするとき、私は口に出さないと整理ができない。それゆえに、お伺いを立てたり断りをいれるのだけど、サクリとピンポイントで拒否された。
「それは無理っ」
「無理じゃない、やれ」
「だって、私、人が隣にいて言葉発しながら整理するのが常だものっ」
「俺は聖じゃない」
その一言に、あぁ、そうか――と思う。
隣にいるのが聖じゃないということは、こういうことなのだ。
「うん、口に出さずに整理してみる……」
初めてのことにトライしようと思った。
ステージに立つとき、舞台袖でどんなに気持ちを落ち着けていても、観客を目の前にすると上がってしまう。
そんなとき、明るく照らされたステージに視線を落とす。落とすといっても足元じゃない。
ステージが途切れるスレスレのところ、そこに視線を固定して呼吸を整えるのだ。
ちょうどいいところに石が転がっていた。
場所にして五メートルほど先、昇降場よりやや手前。
そこに視線を定め、ひとつめの呼吸をしようとしたとき――。
手を取られた。ハチミツを持ってないほうの手を。
「る、ルイくんっ!?」
「バスが来た」
それだけ言うと、長い足にものを言わせ、バスに向ってずんずんと歩き出す。
この状況、第三者が見たらどんなふうに見えるのか訊いてみたい。まかり間違ってもカレシカノジョ……には見えないだろうなぁ。
どこからどう見ても“連行”だ――。
バスに乗ると、温まりきった車内の窓はどれも曇っていた。
バレンタインの日から、窓際はルイ君の指定席ではなく、私の指定席になっている。
座ったところにはマルバツゲームをした跡が残っていた。
きっと、前に乗った人が書いたものだろう。
私は人差し指で丸の枠内を、キュッキュ、とこする。
曇りのとれた、直径五センチほどの丸い窓から満足に外が見えるわけもなく、再度、薄っすらと曇り始める。
その部分をじっと見ていたら、白い小さなものがくっついた。
ひとつふたつ、とくっついては数秒後には水滴と化する。
白い小さなものの正体は雪だった。
「ルイ君っ、雪っ。雪が降ってるっっっ!」
「柊うるさい」
「雪だよっ!?」
「雪で喜ぶとは、やっぱり柊はビリーとキャリーと気が合うんじゃないか?」
そう言うと、ルイ君は目を閉じ眠ってしまった。
私はちっちゃい子みたいに心を躍らせる。
白色の空から、ふわふわと不規則に落ちてくる雪はとても気まぐれで、ルイ君に少し似ていると思った。
*****
聖に続き、私もめでたく両想いになったわけだけど、両想いになったからといってすぐに何かが変わることはなかった。
むしろ、そのほうが助かるけども、これはひどい……。
「お前バカだな?」
ことは数学の小テストの答案用紙から始まった。
ルイ君には簡単に解けるのかもしれないけど、私は十点中六点合ってれば合格ラインなのだ。
今回のテストは七点、上出来だ。
それを、なぜこんな問題で三問も間違えられるんだ、と呆れられている。
「ルイ君ひどいっ!」
「何が」
「ルイ君や聖ほどじゃないけど、私そこまでバカじゃないもん」
「そうか? 素質はあると思うが」
「 素質ってっ!?」
バカに素質があってたまるか、と思う。
しかし、ルイ君はしれっと答えるのだ。
「俺に気に入られているところで十分だろう?」
本当にわからない……。
ルイ君が私の何を気に入ったのかとか、かなり謎。訊いてみたいけど怖くて訊けない、というのが正しい。
でもね、前よりも明らかにルイ君に近づけたと思えるの。
それは、ちゃんと名前で呼ばれるから。
未だに、「おい」って呼ばれることもあるし、目だけでものを言うのも変わらない。それでも、毎日必ず名前を呼ばれる。
そんなちょっとした変化は、私にとってはとても大きな変化だった。
努力はきちんと報われる。
報われてないのだとしたら、気付けてないだけだと思う。
*****
ルイ君にもらった林檎花のハチミツは、ダイニングの一等地に置いてある。それ、即ちキッチンカウンター。
キッチンカウンター内部にある茶葉コーナーやハチミツコーナーではなく、カウンターの天板。
アイボリーの糸で丸く編まれたレースの上に鎮座している。
陽が当たると宝石のように明るくキラキラと輝き、ダイニングのペンダントライトの光を受ければこっくりと艶やかに発色する。
あの日から、毎晩ローズヒップティーに入れて飲んでいた。
「ハチミツは溶けた?」
聖に訊かれ、
「ううん。まだかき混ぜてないの」
「ゆらゆらふわふわ?」
直感――訊かれているのは、ハチミツのことではなく心のほう。
「んー……それはまだわからない、かな」
「だろうね?」
「え?」
不思議に思い、聖を見上げる。
「だって、最初からハチミツは柊のほうじゃん」
「え?」
「立川がハチミツ? ないない……。あれはどっちかっていうと、そのままじゃ到底飲めない酸っぱいローズヒップのほうだってば。それに自分がゆらゆらしてるときって、地面が揺れてるのか、自分が揺れてるのかわからなかったりするでしょ?」
少し混乱した頭を整理する。
思考を口に出さないようにするには、行動を伴う必要があった。
手で、これはこっち、あれはあっち……とやっていると、聖に言われる。
「考えるとき、口に出すのやめたんだ?」
「目下努力中。なかなか難しくて苦戦してる」
私が苦笑しながら答えると、聖は少し寂しそうな顔をした。
「聖?」
「柊サン、提案があるんですけども」
「何?」
「一緒にいられるうちは一緒にいようよ」
言葉の意味を考えようと思ったけど、聖と目があってすぐにやめた。
今、話してる相手はルイ君じゃなくて聖だ。考える必要なんてない、フィーリングで十分。
「二年になったら専攻が違うから棟も別になる。それに、次の進学先は間違いなく別だよね? だからさ、一緒にいられるときは一緒にいようよ」
「それでいいのかな?」
「あれ? 柊は立川とイチャコラしてるほうがいいんだ?」
「ち、違っ」
「じゃぁさ、たまにはダブルデートとかしようよ。俺と柊が一緒にいられる時間より、四人一緒にいられる時間のほうがもっと貴重な気がする」
「っ……うん!」
ゆらゆらふわふわ螺旋を描くハチミツは、そのままにしておくとカップの底に沈殿する。
それをティースプーンで、カランカラン、と音を立てかき混ぜた。
赤いお茶の中で再度舞い始めたハチミツは、撹拌されて初めて液体に溶け一体化する。
「柊ー? 携帯、“美女と野獣”が鳴ってるわよー」
三階にいたお母さんからの声に、「はーい!」と答える。
「美女と野獣って誰の着信音?」
聖の質問に、にひっと笑って答える。ルイ君、と。
おなかを抱えて笑い出した聖を放置して、自室に置いてある携帯まで走った。
「もしもーしっ、柊ですっ」
『ご機嫌だな』
クスクスと笑いながら二階から走って来たことを伝える。
『十時前後に連絡するって言ったのは誰だ?』
「スミマセン、私です」
明日の日曜日、デートの約束をしていた。
私は十時くらいに連絡すると言っていたにもかかわらず、うっかり時間を忘れていたのだ。
謝って許してもらえたところで、明日の予定を提案する。
「明日、聖とれーちゃんも誘わない? お弁当作ってって学校で食べよう」
『明日は休みだが?』
「わかってるよ。でも、れーちゃんは絵を描きに学校に行くよね? なら、聖も学校に行くと思うの」
『だから、なんで俺たちまで行かなくちゃいけない?』
最近は、だいぶ会話らしい会話になってきたと思う。なんせ、今まで一言で却下されていたものが、“言葉のキャッチボール”と呼べる程度にはなった。
「だって、もうすぐ一年生終わっちゃうんだよ?」
『だから?』
間髪を容れずに返してくるところがルイ君だと思う。
『……まぁ、いい。レイには聖から連絡させろよ?』
「了解でっす。じゃぁね!」
携帯を切ったあと、ルイ君が「時間決めてないし」と携帯に向ってぼやいたことなど知らない。
私は、なんて名案! と思いつつ、ダイニングでおなかを抱えて笑っているであろう聖のもとに走って戻った。
明日は新聞紙を持っていこう。
美術室じゃなくて、音楽室にれーちゃんとルイ君を招きたいから。
招きたいって言っても、私の教室でもなんでもないけれど……。
私と聖の“大切な空間”だから、大好きなふたりを招きたいと思う。
床さえ汚さなければ音楽室で絵を描いていても問題ないと思うの。だから、新聞紙は忘れずに、ね。
聖はピアノを弾いて、れーちゃんは息抜きに聖を描けばいいと思う。
私は聖のピアノに合わせて歌うんだ。ルイ君は……きっと小難しい本を開いているか、机に突っ伏して寝てるんだろうな。
そうだ!
お弁当はテーブルクロスを広げて食べよう!
そんな光景を頭に描き思う。いつまでもいつまでも、こんな幸せが続きますように――。
END
Update:2011/12(改稿:2013/08/18)
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