光のもとでT

第二章 兄妹



第二章 兄妹 06話


『さっ、がんばって後半戦いってみましょー! 両チームとも体力の消耗が激しそうですが大丈夫でしょうか!? 皆さん知ってますか? この十人、誰ひとりとしてバスケ部ではないそうですっ! なんていやみな人たちなんでしょうね』
 そんなアナウンスと共に、試合が再開された。
「っていうか、この人たちどんだけ運動神経いいんだよ」
 後ろから佐野くんの声がした。
「本当だね」
 試合もしっかり見てはいるけれど、佐野くんはそれだけではなく、飛鳥ちゃんの実況中継も聞き逃さない。
 誰かが誰かを想う姿は、なんだか心がポカポカとあたたかくなる。
 飛鳥ちゃん、秋斗さんも優しいけれど、佐野くんもとても優しい人だよ。
 クラスの大多数の男子にはまだ慣れなくて、たまに固まってしまうこともあるけれど、佐野くんだけはちょっと違った。
 一緒にいて怖くないし、慌てることも困ることもない。
 どうしてかはわからないけれど、一緒にいて楽に呼吸ができる人だった。

『おっとー? ここで二年生チームフリースローですっ! シューターは影の帝王こと藤宮先輩! 息を整え神経集中! ――入りましたっ! さすが弓道部! 的は外しませんっ! 二投目――お見事っ! リングに掠りもしませんでした。ラスト! ――誰もボールに触れることできずっ! よっ! 日本一っ! 闇の帝王君臨ーっ! 会場が沸きますっ! ちょっと帝王、少しくらいはリアクションしてあげてくださいっ! おっ!? これでは終われないか? 猿ですっ! コート内に猿乱入! 三年一番から三番にパスっ、速攻か!? いや、ドリブルするも二年五番にカットされ帝王に渡るっ! ロングパス出ました! がっ、会長にカットされて三年五番、四番、シュートっ! あっ、惜しい! リングにはじかれましたっ。二年チーム、帝王のアシストから三番久木田先輩、見事なバックシュート! あれ難しいんですよねっ』
 飛鳥ちゃんのテンポいい実況中継を聞きながら試合を見ていたら、あっという間に終わってしまった。
 結果、二点差で二年生チームの勝ち。
 普段スポーツ観戦なんてめったにしない。でも、今日はとても楽しかった。
 臨場感っていうのかな? その場にいるだけでも十分な感じ。
 実際、試合に出ている人はどんな気持ちなのかな。
 ……私にはわからない感覚だ。

 タイムアップぎりぎりで、藤宮先輩が投げたボールがゴールに吸い込まれるときのドキドキ感がまだおさまらない。
 まるで、ゴール以外に目的地がないのではないか、と思うくらいきれいな曲線で、目が離せなかった。
「翠葉、さっきから『すごい』しか口にしてないわよ? ほかの言葉も口にしたら?」
 と桃華さんに言われてしまうくらいには、「すごい」を何度も口にしていたと思う。
「だってすごいよっ!? ボールの描いた放物線見た!? すごくきれいたったのっ!」
「くっ、そっちかよ。司じゃねーの?」
 海斗くんに訊かれ、
「え? あ、藤宮先輩もすごく格好良かったよ? あの顔で運動神経がいいとか反則だよね? もっと見ていたかったなぁ……。残念だけど終わっちゃったね」
 右隣にいる海斗くんを見上げると、
「翠葉が喋るとなんでもかわいいな。蒼樹さんがかわいがるのがよくわかる気がする」
「右に同じく……。こんな妹ならいてもいいかな、と思う自分がいる」
 私の後ろに立っていた佐野くんまでそんなことを言う。
「そうね、私も翠葉なら妹に欲しいわ」
 桃華さんまでもが真顔で言うからどうしようかと思う。
「あの……私、一応ひとつ年上なのだけど……」
 苦し紛れに年齢というものを出してみたけれど、
「「そういう問題じゃないな」」
「そういう問題じゃないわね」
 三人はクスクスと笑って私の頭を撫でた。
 こんなことで背が縮むとは思っていない。でも、撫でられてばかりだと、しだいに身長が縮むんじゃないかと思うほど、ずっと撫でられていた。
「次の女子バレー決勝で最後ね」
 桃華さんが用紙を見ながら言う。
「今ごろ飛鳥ちゃんは、この試合で終わっちゃうーって騒いでそう」
「間違いないな」
 佐野くんと顔を見合わせて笑う。すると、
「ラストの試合も飛鳥の実況中継よ」
 桃華さんが教えてくれた。
 それはもう、意味深な視線を佐野くんに向けながら。
 ……もしかして、桃華さんは佐野くんが飛鳥ちゃんを好きなことを知っているのだろうか。
 佐野くんを振り仰ぐと、
「バレてた」
 佐野くんは苦笑を浮かべた。
「そっか……」
 相手が桃華さんだと「仕方ないな」と思うのはどうしてだろう……。

 観覧席に座ってコートを見下ろしていると、
「中等部二年の三学期からかな? 飛鳥が開花したのは」
 海斗くんが思い出したかのように口にする。
「そうそう。以来、バスケとバレーの決勝はあの子の独壇場」
 桃華さんが言うとクラス中が、
「これ聞かないと、終わったって気がしないんだよね」
 と、口々に言う。
「飛鳥ちゃん、学校の名物だったのね」
 このころになると、桜林館の熱気は凄まじいものがあった。
 全校生徒が六三〇人前後。それに教職員と警備員が入るので六五〇人近い人が入っている。
 この学校の体育館は広い作りだし、観覧席は一二〇〇人まで収容できると学校案内のパンフレットに書いてあった。それにも関わらず、空調が追いついていない気がする。
 人の熱気とは、こんなにすごいものだったんだと肌で感じ、クールダウンの必要性を考える。
「……桃華さん、外で少し風に当たってくるね」
「大丈夫なの?」
 不安そうな声をかけられる。
「大丈夫。少し熱いだけなの。火照りが取れたら戻ってくるから」
 笑顔で答えたけれど、
「私、付き合うわよ?」
「本当に大丈夫だから。桃華さんは決勝戦のバレーを観てて?」
 私はチビバッグを持って観覧席の階段を上り、さらに外へ出るための階段を上った。
 テラスで少し風に当たれば火照りも冷めるだろう。
 なんだかヒートアップしすぎて興奮冷めやらぬ、な状態。
 あのままバレーなんか見てしまったら、体力を使い果たしかねない。
 でも、楽しい……。すごく、楽しい。
 学校行事にまともに参加したのは初めてかもしれない。
 今までは、いつもひとりでポツンと別世界を眺めている感じだったから。
 学校って、こんなに楽しいところだったのね……。
 こんな時間がずっと続けばいいのに――

 日陰と日向と半々になっているテーブルを見つけ、椅子に座ってテーブルに身体を預けた。
 テラスに置いてあるテーブルは強風の影響を受けないように、重量のある金属でできている。日向部分は鉄板並みの熱さだけど、日陰の部分はとても冷たくて気持ちがいい。
 各テーブルにはパラソルも備わっていて、使う人が広げたりたたんだりするので半分くらいのパラソルが開いていた。
 テーブルに頬をつけると、金属の冷たさが気持ちが良かった。
 陽の当たる場所にミネラルウォーターを置けば、太陽の光が水と反射してテーブルの上に虹色が浮かび上がる。
「キラキラ、きれい……」
 テーブルに突っ伏したまま、ペットボトルの角度を変えて遊ぶ。
 桜林館からは時折大きな歓声が聞こえてくる。
 飛鳥ちゃんの元気でテンポのいい実況中継をBGMに、目を閉じた。

 この学校の人たちと出逢えたこと。
 それは私にとって、とてつもない幸福の訪れなのかもしれない。
 色んな人と、もっとたくさん話ができるようになりたい。
 話しかけられるのではなく、自分から話しかけられるようになりたい。
 自分の思ったことを、ちゃんと口にして伝えられるようになりたい……。
「Treasure every encounter,for it will never recur……かな?」
「一期一会……?」
 え……?
 目を開けると、目の前に白衣を着た秋斗さんがいた。
「何してるの?」
 秋斗さんはしゃがみこみ、テーブルの高さに目線を揃える。
「クールダウン……ですかね?」
 テーブルに張り付いたまま、視線だけ向けて答える。
「いやいやいや、訊いてるのは僕」
 秋斗さんがクスクスと笑った。
「あ……えと、応援に熱が入ってしまって、暑くなったから風に当たりに出てきました。このテーブル、とても冷たくて気持ちがいいんです」
「そっか」
 言って、おでこに手を添えられた。
「……結構熱いんだけど、大丈夫?」
「大丈夫です。スポーツ観戦がこんなに楽しいとは思わなくて、まだドキドキしてるんです。今血圧計ったら一〇〇超えてるかも?」
「楽しめたようで何より」
 秋斗さんは桜林館の方へ視線を移し、
「そろそろかな……」
 と口にした。
「何が、ですか?」
「それはあとで。翠葉ちゃん、動ける?」
「え? はい、動けますけど……」
 秋斗さんはにこりと笑ったまま私と手をつないだ。
「ここ、すぐに人の濁流になるから一時退避ね」
 言うと、スタスタと歩いて図書棟へと連れて行かれる。
 思い当たるのは、さっき目にした「全校生徒による魔の徒競走」なわけだけど、秋斗さん曰く、それほどはひどくはないらしい。
「ただ。表彰式まで少し時間があるからね。それまで涼を求めて人が出てくるんだ。今、一ヶ所空調が壊れてて、うまく中の温度調整できてないからさ」
 秋斗さんは学園のセキュリティの仕事をしていると聞いたけれど、もしかしたら、セキュリティ以外にも関与しているのかもしれない。

 図書室の空気は少しひんやりとしていた。
 入った瞬間に手先が冷たくなったのがわかる。
「寒い?」
「寒くはないです。火照った肌に気持ちがいいくらい」
「手が急に冷たくなったから、思わず変温動物かと思っちゃったよ」
 笑われて、変温動物には何がいたかな、と少し考える。
「……カメレオン、とかですか?」
「あはは! そうだね」
 あまりにもおかしそうに笑う秋斗さんは、少しひどい。
 秋斗さんはカウンターの中で何か操作をしている。と、不意に生温い風が通り抜けた。
 窓を見て、少し窓を開けてくれたことに気づく。
「秋斗さん、ありがとうございます」
 窓を指差してお礼を言うと、「どういたしまして」と笑顔で言われた。
 こんなとき、秋斗さんの優しさというか、女の子に対しての気遣いを感じる。
 基本的にフェミニスト。

 ピッ、と音が聞こえて図書室のドアが開く。
「あっれー? 秋斗先生、かわいい子連れ込んで……」
「連れ込んでとか言わないの」
 注意を促す言葉だけど、笑いを交えてなので、叱るという感じではない。
 入ってきた人は、短い髪の毛をたくさんのヘアピンを使って器用にアップにした人だった。
 見るからに「快活」そうな人。アーモンド形のきれいな猫目が印象的。
「嵐子ちゃん、この子が御園生翠葉ちゃんだよ」
「あっ! 噂の美少女ですねっ!? 私、二年A組の荒川嵐子あらかわらんこ。嵐の子って書いて、ランコ。生徒会メンバーよ」
 苗字に名前がぴったりというか、名前に苗字がぴったりというか、全体的な雰囲気にぴったりな名前だと思った。
「あ、私は一年B組の御園生翠葉、です……?」
「くっ、自己紹介に疑問符つけてどうするの? センセ、私この子気に入った!」
「かわいいでしょう? だから絶対に入ってもらおうね」
 ふたりは私のことなど気にせず話を進めるけれど、私は今の自己紹介で、何を気に入られたのかが少々気になる。
 自己紹介に疑問符がついてしまったのは、自分の名前は自分に合っているのか、と考えてしまったから。
 名は体を表すというけれど、私はどうなのかと考え始めたら、自然と疑問符が付いてしまったのだ。
 ピッ、とまた音がして新たにふたり入ってくる。
「あれー? 翠葉ちゃんがいるー」
 バスケットボールを持った加納先輩がぴょんぴょんと走り寄ってきた。
 私、未だかつてこの先輩が静止しているところを見たことがない気がするのだけど……。
「そこで濁流に呑まれそうだったから、保護してきたんだ」
 秋斗さんが説明すると、
「ようこそっ! わが生徒会室へ!」
 先輩は、まるでお伽の国の王子様のように、華麗な挨拶を見せてくれた。
 ただ、その手に持っているボールだけが、流麗な動作にそぐわず気になってしまう。
「何? 誰?」
 後ろからふわふわパーマをかけたかわいい人が現れた。
 かわいい……。こんなにかわいい人は見たことがない、というくらいにはかわいい。
 まるで砂糖菓子みたいにふわふわしている……。
「茜、この子が御園生翠葉ちゃん」
「あ! この子なのね!」
 ふたりのやり取りを見ていると、
「翠葉ちゃん、顔に『かわいい』って書いてあるよ」
 秋斗さんが私の肩に片手を乗せて笑う。
「私、三年A組の里見茜さとみあかね。生徒会では副会長をしているの。翠葉ちゃん、よろしくね」
 少し小首を傾げて挨拶されるも、その仕草までもがかわいい。
「御園生翠葉です……」
 完全に見惚れていて、クラス名を言うのをすっかり忘れた。
 髪の毛ふわふわ……。
「触る? どうぞ?」
 頭を差し出されてどうしようか悩んだのだけど、好奇心に負けて手を伸ばしてしまった。
 次の瞬間には、私以外の四人が噴き出す。
 ……ここは手を出すべきところじゃなかったのかな。
「相変わらず素直な子だねぇ。茜のその髪は天然パーマなんだよ」
 加納先輩も一緒になって、セミロングのふわふわした髪の毛を触る。
「司が自分から声をかける女の子がいるって噂で聞いてから、どんな子かと思ってたけど……」
 里見先輩にじっと見つめられる。
 目線が一緒……。でも、私より少し低いかも?
 相手の身長を考えていると、「納得だわ」とにっこり笑われた。
 うわぁっ……お花が咲いたかと思った。お花にたとえるならなんだろう?
 必死で頭の中をひっくり返してみたけれど、これというものは見つからず。
「茜先輩、私も納得ですっ! 司、彼女作らないからどれだけ理想高いのかと思ってたけど……。これには納得」
 荒川先輩の言葉に里見先輩は深く頷いた。
 藤宮先輩……彼女いないの? あんなに格好いいのに? 意外……。
 さらにピッ、と音がして背の高い人がふたり入ってきた。
 ひとりは噂の主、藤宮先輩。
 私に気づくと、そのまま私のところまで歩いてくる。
「翠、何拉致られて――」
「……えっと、拉致はされてないと思います。どちらかと言うと、保護……?」
 答えると、その場にいるみんなに笑われた。
「確かに、保護だよ保護。僕がそこで拾ってきたの」
 秋斗さんが補足すると、藤宮先輩は秋斗さんに視線を移してから私に戻す。
「それ、やっぱり拉致じゃなくて? 翠、正直に言ってかまわない」
 真剣な眼差しで言われても、やっぱり保護だと思うわけで……。
 そうこうしていると、またみんなに笑われた。
「……藤宮先輩、私たち、どうして笑われているのでしょう?」
 真面目に訊いたつもりだったけれど、その回答は得ることができなかった。
「翠葉ちゃんだっけ? いいね」
 藤宮先輩の肩に腕を回してくつくつと笑う人に言われる。
 藤宮先輩は眉間にしわをよせ、ものすごく迷惑そうな顔をしていた。
 今度こそ痕に残るのではないだろうか、と見ているこっちが心配になるほど。
「俺、二年の春日優太かすがゆうた。同じく生徒会メンバーです。よろしくね」
 軽やかに手を差し出されて少し悩む。
 とても爽やかな笑顔の人だけど、これは藤宮先輩や秋斗さんと同じ系統の笑顔だろうか……。
 思わずじっと顔を見てしまう。そして、秋斗さんと藤宮先輩を交互に見る。
「……だから、俺のことをなんだと思ってるわけ?」
 藤宮先輩はこめかみを押さえつつ、切れ味抜群な視線で私を見ていた。
「ひどいなぁ、翠葉ちゃん」
 と、傷いついたって顔で言ったのは秋斗さん。春日先輩は、
「安心して。俺、普通の人だから」
 と言いつつ、「もう限界っ」とカウンターをバンバンと叩いて笑いだした。
 そんな中、チビバッグの中でスマホが鳴り出す。
 ディスプレイを見ると、佐野くんからだった。
「はい」
『テラス、すごいことになってるんだけど、御園生どこにいる?』
「あ、えと……図書棟にて保護されてます……?」
『わかった。迎えに行く』
「ありがとう」
 通話を切ると、
「今度は誰が来るの? かわいい子? それとも美人?」
 荒川先輩に訊かれ、
「かわいくはないけれど、走ってる姿がとてもきれいな人です」
「あ、誰か来たよ」
 里見先輩がドアを開けに行くと、
「あれ? 佐野くんだー」
「あ、さっき桃華と鬼のようなスピードで集計してた、気の毒な一年クラス委員!」
 荒川先輩の言葉にうっかり噴き出しそうになる。と、佐野くんは引きつり笑いをしながら、
「御園生回収しに来ました」
「なんか、色んなところで保護される子だね?」
 バスケットボールを指先でクルクルと回している加納先輩に言われる。
「司に保護されてる時点で絶滅危惧種なんじゃない?」
 言いながら春日先輩が笑うと、
「とにかく、連れて行きますね? クラスの人間にしばかれたくないんで」
 佐野くんにおいでおいでをされてドアへ向かうと、ドア脇に立っていた里見先輩に両手で手を掴まれた。
「待ってるからね? 試験突破してここまで来てね」
 にっこりと微笑まれ、条件反射のように「はい」と答えてしまう。すると、
「よっしっ! 言質ふたつめ!」
 と、加納先輩がガッツポーズをしながら飛び上がった。
「あれ? それノルマなの?」
 なんて春日先輩が訊いているのを聞こえない振りをして、私は図書室をあとにした。



Update:2009/05/20  改稿:2020/01/30



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