光のもとでT

第三章 恋の入り口



第三章 恋の入り口 01話


 二日ぶりの学校は、授業をしたのは午前の四時間のみ。午後の二時間は、親睦キャンプの班決めであったりルートの確認作業といった、楽しいホームルームの時間だった。
 学年でキャンプに参加しないのは私だけ。
 みんながキャンプへ行く二日間、私は学校へ来て課題をこなす。
 一冊の問題集を渡され、それを二日間で仕上げればいいらしい。
 教科は選んでいいとのことだったので、私は迷うことなく数学をチョイスした。
 本当はこういうときにこそ、苦手科目に取り組んだほうがいいのだろう。でも、その課題さえ終われば未履修分野の課題に時間を割いてもいいというので、得意科目をチョイスした。
 あと少し――あと二冊と半分で未履修分野の課題が終わる。
 なんとか最短の一ヵ月半でクリアできるかもしれない、という瀬戸際にいた。

 周りの会話に耳を傾けると、海斗くんは夜に肝試しをしようと提案しているし、佐野くんは帰ってきた日の午後練がないことを喜んでいる。
 そんな光景を眺めていると、川岸先生に呼ばれた。
「これ、課題のテキストな。ボリュームがあるからがんばれよ」
 渡されたテキストは、未履修分野の問題集と同じくらいの厚み。
 パラパラと中を見ると、文章問題よりも計算問題のほうが圧倒的に多い。その事実に、ほんの少し頬が緩む。と、
「あぁ、そうか。御園生は数学が得意だったか?」
「はい」
「そうだったそうだった。入試の数学、満点だったのは御園生だけだったな」
 それは初耳だ。
「自習は秋斗先生のところでするように」
「はい」
「それと、腕のバングルの件な。学年主任と風紀の先生にも話は通っているから気にするな」
 肩を揺らすほどに驚いて見せれば、
「おいおい……。俺は一応担任なんだ。体調のことはご両親から手紙をもらっているし、湊先生からも話は聞いてる」
 私は何を言うこともできずにいた。
「ま、なんだ。色々と気負いすぎて無理すんなよ」
「……はい。ありがとうございます」
 こんなときに痛感する。自分が親の庇護下にいて、子どもであることを。
 それもただの子どもではない。無力な子どもなのだ。
 どんなにひとりでがんばろうと踏ん張ったところで、それは何にもなっていないのかもしれない。むしろがんばることで、過剰に心配をかけているのかもしれない。
 こうやって、自分のことも周りにいる人たちの思いも知っていくのかな……。
 そうして年を重ねて、いつかは自分も大人になれるのだろうか。

 ――「Time change and we with them.」
 時は流れ、人も変わる――

 ――「Be what thou would seem to be.」
 そうありたいと思う自分の姿になれ――

 自分がなりたいと思う姿を心に描き、強く思おう。そして、理想に近づく努力を惜しまず、前へ進みたい。
 湊先生も言っていた。
 できるかどうかはやってみないとわかりはしない、と。
 私はまだ試したことがない。だから、なんでもやっていいのなら、ひとつずつ試していこう……。

 作業が粗方終わったらしい飛鳥ちゃんが戻ってきて、
「翠葉に四日も会えないなんてっ」
 そう言っては、私の机にかじりつく。
 キャンプは二日間なのだけど、キャンプから帰宅した翌日が日曜日で、翌週の月曜日が開校記念日でお休みのため、みんなと会えない期間は四日となる。
「でも、四日だよ。楽しんできてね」
「うん! がんばってきれいな写真撮ってくる!」
「あ……風景も気になるけれど、みんなが楽しんでるところの写真のほうが嬉しいな」
「任せて! ばっちり撮ってくるから!」
 元気いっぱいの飛鳥ちゃんを見ていると、エネルギーをチャージしている気分になる。
 そこへ一仕事終えた桃華さんと佐野くんがやってきて、
「御園生、そのテキストって――」
「ん? 二日分の課題だけど……?」
「まじかー……。未履修分野の問題集一冊と変わんねーじゃん」
「そうだね……」
 苦笑を返すと、佐野くんはテキストをまじまじと見て、
「これ、教科選べたんだろ? なんで数学? 御園生って理系?」
「うん、どちらかというと理系かな。英語とか古典、世界史なんかは苦手」
「「俺と見事に反対だ」」
 佐野くんと海斗くんが声を揃えた。
「そうなの? じゃ、今度数学を教える代わりに英語教えてね」
 言うと、佐野くんがコクコクと頷き、
「俺、化学見てほしいわ」
 その言葉に、先日のメールを思い出す。
「この間のメール……SOSって割と切実だったりする?」
「かなり……」
「未履修分野の課題ってそんなに大変なの?」
 後ろの席の桃華さんにたずねられ、
「これと同じくらいの厚さの問題集が十二冊。それが終わったら一教科ごとにテストがあって、九十点以上採れないと追試」
 簡単に説明すると、内進生の三人は口をあんぐりと開けていた。
「佐野っ、あんた大丈夫なのっ!?」
 飛鳥ちゃんが佐野くんに訊くと、佐野くんは苦笑を返す。
「かなりぎりぎりだけど、なんとかする予定」
 朝も放課後も目一杯部活をやっている佐野くんは、かなりきついと思う。
 この学校のスポーツ特待枠は、かなり特殊だから。
 普通なら、スポーツの代わりに学力面が少し憂慮されたりするものだけど、この学校にそんなすてきな待遇はない。
 一定学力に満たなければ、入学は絶対にできないのだ。
 ただし、スポーツの成績と一定の学力を満たした場合、奨学生制度が履行される。要は、学費の免除。
 この制度を利用できるのは十年に数人だというのだから、佐野くんが稀有な生徒であることは間違いない。
 佐野くんは文武両道を地で行く人なのだ。
 素直にすごいな、と思う。
 なんでもそつなくこなしているというわけではなくて、きちんと努力しているのが見えるから。
 蒼兄をリスペクトしているだけのことはあるというか、そんな姿はどことなく蒼兄を彷彿とさせる。
 蒼兄は「積み重ねが大事」とよく言うけれど、それは蒼兄が、常日頃心がけていることなのだろう。

「今月の中間考査やだなぁ……」
 ボソッと呟いたのは海斗くん。
 そういえば海斗くんは、藤宮先輩たちにに睨まれながらお勉強をするのだ。
「九十五点以下なんて採ろうものなら、どんな恐ろしい目に遭うことか……」
 それはそれは恐ろしい、という顔をする。
「でも、藤宮先輩と秋斗先生に見てもらえるなんていいじゃんっ!」
 飛鳥ちゃんは純粋に羨ましがっているのだと思う。けれど海斗くんは、
「バカ言えっ! あいつら本当に容赦の欠片もねーんだぞっ!?」
「あら、それで首席をキープできるならいいじゃない」
 桃華さんの言葉に「やっぱり!」と思う。
「答辞を読んだからそうなのかなとは思っていたのだけど、海斗くんが学年首席なのね?」
 海斗くんはげっそりとした表情で、
「うちさー、湊ちゃんも秋兄も楓くんも司も、学年首位を落としたことないんだよ。だから、自分の弟に限ってそんなことがあるわけないとか、自分の従弟に限ってそんなことあるわけないとか、それはそれは言いたい放題寒気漂う笑顔で脅されるわけで……。順位が下がろうものなら何を言われるか考えたくもないよ」
 その光景が想像できてしまうだけに、苦笑しか出てこない。
「あら、意外と苦労してたのね?」
 桃華さんがさらりと返すその横で、
「えー、私は羨ましいなぁ。藤宮先輩は怖いけど、秋斗先生とか絶対優しいじゃん!」
 飛鳥ちゃんが目をキラキラと輝かせる。
「秋兄の優しさは女限定! 男や身内にはすげー厳しいんだからな!」
 言い合うふたりを見ながら、佐野くんがなんとも不思議そうに声をあげる。
「秋斗先生と美人姉弟ってそんなに怖いの?」
「んー……どうかな? 藤宮先輩は間違いなく手厳しそうだけど、秋斗さんが厳しいところはちょっと想像できないかも?」
 でも、辟易とした海斗くんの表情を見れば、どれだけ怖いのかは一目瞭然だった。



Update:2009/06/08  改稿:2020/05/15



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