光のもとでT

Side View Story 03



Side View Story 03 03〜07 Side 司 05話


 図書室に戻ると、テーブルに広げられていたお菓子は粗方なくなっており、今は写真を見ながら雑談をしているらしい。
 そんな時間があるなら帰って勉強すればいいものを……。
「そうそう、司の写真でいいのがあったんだけどさ」
 言いながら、会長は一枚の写真を手にしていた。
 いつもの俺のポジション。窓際の席に着くと、その写真を見せられる。
 写真はこれといったものではない。ただ俺が、バスケの試合でシュートを打った直後を写したもの。
「ぶれてますけど」
 正直な感想を述べる。と、
「そうだね。でも、これを送ってきたの誰だと思う?」
 知るか……。
 無言を通すと、
「海斗だよ」
 すんなりと朝陽が情報を開示した。
 しかし、海斗が撮った写真だからなんだというのか。意味がわからず、
「だから何」
 訊くと、優太がにやりと笑みを深めた。
 ……何か企まれてるのか?
 反射的に眉間に力が入ったそのとき、
「これがそのメールよ」
 隣に座る茜先輩が、ノートパソコンをこちらへ向けた。


件名 :司以外の生徒会メンバーの皆様へ
本文 :勝利の女神が釘付けになったシュート。
   俺から渡すんじゃつまらないから、
   生徒会メンバー経由で、
   翠葉にプレゼントしてあげてください。
   で、もう一枚はそのシュートを見た直後の
   女神の表情!
   どう? かわいいでしょ?

   一枚目撮影:藤宮海斗
   二枚目撮影:簾条桃華


 添付ファイルはふたつ。
 一枚は俺のぶれた写真。もう一枚は、言わずと知れた、一年B組の勝利の女神と言われた翠。
 まるで「すごい」と口にしているような、そんな表情がありありとうかがえる写真だった。
 こんな一瞬の表情を、よく撮れたと思う。
 俺の写真がデジカメで撮られたものに対し、翠の写真はスマホで撮られたものだった。
「欲しい?」
 茜先輩に訊かれ、
「もらえるなら」
「ほら! 私の勝ち!」
 は……?
「うーわ、負けたっ」
「絶対言わないと思ったのにっ! 司、お前今日に限って素直過ぎんだろっ!?」
 会長と優太が頭を抱える。
 なんの話なのかさっぱりだが、話の流れ的に、俺が写真を欲しがるかどうかの賭けをしていたのだろう。
「司、スマホの電源落としてたりする?」
 茜先輩に訊かれて思い出す。
 翠との会話を中断されるのがいやで、図書室に入る前に電源を落としていたことを。
 スマホを取り出し電源を入れると、一通のメールを受信する。
 受信したメールを開き添付ファイルを表示させると、画面いっぱいに翠の顔が映った。
 瞬時に顔が熱を持つのを感じ、やられた、と思う。
 完全に意表をつかれた。
 今の話の流れなら、翠の写真が添付されてることくらい想像してしかるべきだった。なのに俺は
――
「嬉しい?」
 邪気のない笑顔で茜先輩に訊かれるものの、なんて答えたらいいのかがわからない。
 こういう感情を嬉しいと言うのだろうか……。
 ただ、俺のシュートを見てこんな顔をしていたのか、と思うと胸のあたりが妙に熱くなる。
 それが「嬉しい」という感情だというのなら、嬉しいのだろう。
「さ、ゲームも終わったし帰るか」
 朝陽が言うと、みんなが席を立つ。
 どうやらこの時間までここにいたのは、俺が隣の部屋から出てくるのを待っていてのことだったらしい。
 メンバーが帰りの支度をしていると、翠と御園生さんが仕事部屋から出てきた。
「翠葉、お前ずいぶん撮られたなぁ……」
 御園生さんは、床に散らばる写真に目をやり顔を引きつらせる。
「私もびっくりして腰抜かしちゃった……。でもね、司先輩と桃華さんたちが念書集めてくれたから」
 翠がダンボールを指差すと、中身を確認した御園生さんがこちらを向く。
「司、手間かけて悪い。ありがとな」
「仕事だからかまいません」
 俺はパソコンをシャットダウンし、逃げるようにノートパソコンを持って隣の部屋へ退散した。
 仕事部屋に入ると、
「どう? 片付きそう?」
「月曜には吐き出し作業は終わると思う」
「コーヒー飲んでいくか?」
「自分でやる。秋兄は?」
「お願い」
 ドリップコーヒーを淹れると、慣れ親しんだ香りを深く吸い込む。
 コーヒーの香りは、どんなときも気持ちをフラットな状態にしてくれる。
 秋兄のデスクにカップを置こうとしたら、
「そっちで飲む」
 と、ダイニングテーブルを指差した。
 秋兄と向かい合わせに座ったものの、なんだか落ち着かない。
 ここでこんなふうに座ることはそうそうない。ただ、翠が入学してきてからは、一緒にコーヒーやケーキを食べる回数が増えていた。
 そんなことを考えていると、
「翠葉ちゃん、かわいいな」
 唐突な言葉に虚をつかれる。
「は……?」
「だから、翠葉ちゃん、かわいいよなって言ったんだけど」
 ……そのまま取れ、ということだろうか。
「校内展示の写真にかなりの枚数が上がってくる程度には、見目がいいんじゃない?」
 そんなふうに答えると、
「いや、外見はもちろんなんだけどさ。中身は?」
 秋兄はどこか楽しむように話しているけど、この話の真意はどこにあるのだろう。
「中身って、性格のこと?」
「そう」
「……俺に言わせたら、摩訶不思議な思考回路って表現になるけど?」
「くっ、摩訶不思議か……」
「……けど、話すのも見てるのも面白いとは思う。……時折自分のペースを乱されるのはいやだけど」
「俺は翠葉ちゃんと一緒にいる司を見るのが好きだよ。お前、翠葉ちゃんと一緒だと表情が豊かになるし」
「はっ!? 表情がコロコロ変わるのは翠だけだろ!?」
「どうかな?」
 言いながら、秋兄は仕事のデスクに戻った。
 文句を言いたい気分ではあったが、すでに仕事を再開している秋兄の邪魔をするのは憚られ、コーヒーを飲み終えるとカップを洗って仕事部屋をあとにした。
 図書室には枚数を考えたくないほどの写真が広がっている。
 その端々に翠の姿を捉え、
「無防備すぎだろ……」
 小道を歩きつつ、写真に写る翠に文句を言って図書室を出た。



Update:2009/06/08  改稿:2020/05/31



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