光のもとで

第05章 うつろう心 12話

 緊張しながら客間に入ると、
「そっち座って」
 司先輩に指示される。
 すでに教材は揃えられており、準備万端の状態。
「お手柔らかにお願いします」
「……それは翠しだいかな」
 若干の緊張を強いられつつ、目の前に座る先輩を観察。
 今日の司先輩は、アイボリーのヘンリーネックTシャツに細身の黒いジーパンを合わせている。見たことのある私服は黒っぽいものばかりだったから、なんだか新鮮。
 白も似合う。でも、淡いブルーやきれいなピンクのシャツも似合いそう。
「理系と社会科は問題ないの?」
 顔を上げた先輩と目が合い頭を切り替える。
「たぶん……? 過去問では九十点以上クリアできているので、あとはテストを受けてみないことにはわからない感じです」
「じゃ、そっちの過去問から。好きな教科からやっていいけど、制限時間五十分のところ全部三十分以内で終わらせて」
「えっ!?」
 バサ、と答案用紙を並べ、
「三、二、一、始め」
 司先輩は腕時計のストップウォッチをセットした。
 うろたえる間もなく数学からやる羽目になる。
 結果、数学は二十分クリアで満点。理科も二十五分クリアで満点。社会科は三十分で九十五点。
「まずまずってところか……。じゃ、あとは英語と古典だな」
 海斗くんは「スパルタ」と言っていたけれど、もしかしたらものすごくハイペースなだけかもしれない。
「このルーズリーフの表裏全部覚えて。時間は二十分、そのあとにテストをする」
 渡された古典のルーズリーフは、秋斗さんが作ったノートに若干似ているものの、司先輩なりに改良した部分が垣間見える。よりわかりやすく覚えやすいノートとなっていた。
 時間になると、
「はい、終了」
 ルーズリーフを取り上げられ、容赦なく答案用紙と問題のプリントが用意される。そしてカウントダウンが始まれば、それを三十分で解けといわれるのだ。
 一瞬「鬼」と思ってしまった。得意科目ならともかく、苦手科目まで三十分でやらされるとは思っていなかった。
 覚えたばかりのものを思い出しながら答案用紙に答えを書き込んでいく。
 二十五分でクリアさせると、また新たなルーズリーフを渡され二十分間の暗記時間を与えられた。
 その間、司先輩は終わったテストの採点をしている。
 次の過去問を与えられると、しばらくして先輩は部屋を出ていった。
 トレイを手に戻ってくると、
「はい、そこまで」
 先輩に答案用紙を奪われ、目の前にはココアが差し出された。
「ありがとうございます……」
 飲みやすい温度のココアを口にすると、
「これなら九十五点くらいはいけそうだな。問題は英語か……」
 八時にみんなと別れてからこの状態に入り、気づけば十時半だった。
「翠、いつも何時に寝てる?」
「テスト勉強のときはだいたい一時くらいまでです」
「じゃ、十二時半までがんばって」
 そう言うと、新たに英語のルーズリーフを渡された。
 もちろんこれも暗記時間は二十分、過去問時間は三十分……。
 容赦のない感じをじわりじわりと感じつつ、蒼兄よりもスパルタ度数は低いと思った。
 司先輩のはペースが速いだけで、それまでの過程はそうでもない。
 暗記するためのノートを用意してくれているのだから、優しいくらいじゃないだろうか。
 蒼兄の場合は教科書ひとつ渡され、わかりやすくノートをまとめるところからやらされる。ノートがわかりやすくまとめられない、イコール物事をしっかりと理解できていない、と言われてしまうのだ。
 だから私の勉強はノート作りから始まる。
 それらは蒼兄に叩きこまれた勉強法だけれど、中間考査で三位を取れるくらいには有効な方法なのだろう。
 英語の過去問を二回解いたところで、「終了」と声をかけられた。
「もう終わりですか?」
 先輩が時計を指差す。
「あ、十二時半……」
「割とできてた。前回課題を見たときよりも多少はいい。これなら九十点は取れると思う」
「良かった〜……」
 ラグの上にごろんと横になる。と、
「よくこのペースについてこれたな」
 あ……司先輩確信犯?
「海斗はこれをやると途中でぐれる」
 それを聞いて笑みが漏れる。
「なんとなく想像ができます。私は耐性があっただけ」
「耐性?」
「はい。司先輩以上のスパルタを知ってるんです」
 司先輩は少し考えてから、
「それ――普段なら絶対にあり得ないって思うんだけど、御園生さん?」
「ピンポン! 高校受験のときは蒼兄が家庭教師になってくれたんです。そのときが一番つらかったからこのくらいならまだ大丈夫」
「……変な兄妹。じゃ、俺帰るから」
「遅くまでありがとうございました」
 このあと、司先輩は隣の湊先生のおうちに帰るだけ。こんなとき、マンションで隣のおうちというのは便利かもしれない。
 玄関まで見送りに出ると、
「今日、秋兄と本当に何もなかった?」
「え? ……とくには何もなかったと思うんですけど」
 先輩は私の顔をまじまじと見てから少し表情を緩めた。
「ま、何かあればこんな普通にしていられないか……」
 そう言うと、「じゃ」と玄関を出ていった。
 何を言いたかったのかな……?
 不思議に思いながら部屋に戻り、今までやっていた問題集や答案用紙に目を通す。と、英語の答案用紙に走り書きのようなメモが書かれていた。
『不安なものがあれば、テスト開始と同時に問題用紙に文法を書き込むこと』
 ちょっとしたアドバイスだった。
 神経質な文字を指でなぞりながら、
「ありがとうございます」
 私は答案用紙に向かってお礼を口にした。


 翌朝は、自宅にいるときと同じ時間に起きて、朝お風呂に入った。
 栞さんの家に泊るときは帰宅後にお風呂に入る習慣がついていたけれど、昨日は帰ってきてからすぐに夕飯だったから。
 そういえば……昨日、秋斗さんは夕飯に来なかった。
 栞さんに一喝されたからだろうか……。それとも、私が長居してお仕事をの予定が狂ってしまったとか……?
 もしもそうだったらどうしよう……。ものすごく迷惑をかけたんじゃ……。
「あとでごめんなさいのメールを送ろう」
 今日はテストが終わったら、海斗くんと司先輩と一緒に帰ることになっている。
 ……だとしたら、会えるのは明日? でも、明日は試験が終わったら湊先生と病院へ行って検査のフルコースだっけ……。
「……木曜日にならないと会える気がしない」
 言いながらキュ、とシャワーのコックを捻る。
 お風呂から上がると髪の毛を乾かすのに奮闘する。
 お尻のあたりまで伸びてしまった髪を洗ったり乾かすのはとても時間がかかると思い知る。
 そろそろ洗うのも乾かすのも面倒になってきた。けれども、傷み知らずで伸ばした髪の毛を切るのはもったいなくもあり、なんとなく切れないでいる。
 二十分近くかけてようやく乾いたころには、少し駆け足で用意をしないと間に合わないくらいの時間だった。
 リビングでは栞さんが朝食の用意をして待っていてくれた。
「早く起きていたのにね。それだけ長いとやっぱり時間かかるわよね」
 クスクスと笑われる。
 席に着いてお雑炊を食べ始めると、いないはずの人の声がした。
「あんた歩くの遅いんだから。あと十分でここ出ないと間に合わないわよ?」
「湊先生っ!?」
 声のする方を見ると、メイクを完璧に済ませた準備万端の湊先生がソファに寝転がっていた。
「朝は私と一緒の登校。あんた、今警護対象でしょ?」
「あ……すっかり忘れてました」
「ま、いいわ。早く食べなさい。あと五分で秋斗が出てくるから、今日は乗せてってもらおう」
 木曜日まで会えないと思っていたけれど、どうやら意外と早くに会えるようだ。
 なんとかご飯を食べ終え、湊先生が電話で捕まえていてくれた秋斗さんの車に乗り込んだ。
 職員駐車場で車を降りると、湊先生は職員室に向かって歩き始める。
 私は昨日のことが気になって秋斗さんに話かけた。
「あの、昨日、私が寝てしまったからお仕事の予定狂っちゃいましたか?」
 秋斗さんはふわりと柔らかい笑顔を返してくれる。
「そんなことないよ。たまたま蔵元から緊急の連絡が入っただけ」
「本当に……?」
「うん。栞ちゃんちに行こうかと思ったときに連絡が入ったんだ」
 そう言って笑ってくれるけど、どこか優しい嘘な気がしてしまう。
「そんな困った顔をしてると今すぐキスするよ?」
 いたずらっぽく笑われ、
「ほら、早く昇降口へ行かないと」
 と、背中を押された。
「すみません、ありがとうございます」
 私はそう言って昇降口へと向かって歩きだした。

 教室に入ると海斗くんに話しかけられる。
「翠葉にしては遅いじゃん?」
「朝、お風呂に入ったら髪の毛乾かすのに時間がかかっちゃって遅刻ギリギリ」
「ま、長いもんなぁ……」
「そろそろ少し切ろうかと思うんだけど、なかなか勇気が出なくて」
「秋兄はそのままが好きだと思うよ」
 そんな言葉に頬が熱を持つ。
「で、司のスパルタどうだったっ!?」
 海斗くんはそっちのほうが気になるようだ。
「海斗くん、一度蒼兄のスパルタ受けてみる?」
 にこりと笑って話しかけると、「え?」って顔をされた。
「たぶんね、蒼兄のスパルタを受けたあとなら司先輩のスパルタはかわいく見えると思うの」
 そう答えると、海斗くんは面白いくらいに顔を引きつらせた。



Update:2009/07/11  改稿:2017/06/13



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