「結局言い出せなくて、今日、なんだよなぁ……」
さっきから翠葉の部屋で複数の声がしている。もう彼女たちが来ているのだろう。
「さて、なんと切り出したものかな……」
俺も秋斗先輩と変わらない状況か。
ま、帰りに送るとでも言ってなんとか時間を作ろう。
二時間ほどすると携帯が鳴った。
「どうした?」
『みんなが帰るって言うんだけど……』
「わかった。そっちに行くからちょっと待ってな」
こういうタイミングで声をかけてくれるあたりが翠葉だと思う。
俺はパソコンをシャットダウンさせ、車のキーを手に部屋を出た。
翠葉の部屋へ行くと、制服姿の三人と私服姿がひとり。
「久しぶりです」
すぐに声をかけてきたのが私服姿の簾条さんだった。
「久しぶり。立花さんもね。もう帰るんだって?」
訊くと、海斗くん以外の三人が立ち上がった。
「はい。これ以上遅くなっても翠葉を疲れさせるだけですから」
簾条さんの心遣いにありがとう、と思う。
いつでも翠葉のことを気にかけてくれていて、本当に頭が下がる。
それはこの四人誰もがそうなのだろうけれど……。
「じゃ、三人とも送っていくよ」
声をかけると、佐野くんが断わりを入れてきた。
「俺、バスの中で勉強するって決めてるんで」
意味がわからず翠葉と顔を見合わせ首を傾げる。
翠葉も意味がわからないようだ。
「俺が駅まで送ったらその分早く帰れないか?」
「いや、家に帰ったらもう寝たいので……。だから、バスの中だけは勉強しようって決めてるんです。たかだか二十分くらいなものなんですけどね」
なるほど、その気持ちはよくわかる。
「わかった。じゃ、バス停まで乗せていくよ。でも、女の子ふたりは家まで送るの強制ね? 夏は変な人が出る率も高いから」
適当な理由をつけると、女の子ふたりにはお礼を言われた。
「翠葉、ちょっと行ってくるな」
翠葉は満足そうな顔で頷いた。
なんとなく、泣いたあとのような気もしたけれど、今は嬉しそうだ。やっぱり友達に会えたのが嬉しかったんだろうな。
そんな翠葉の表情にほっとしていると、背後から衝撃が――
「シスコンっ」
海斗くんの一撃だった。
「……さすが先輩の弟」
その場がどっと沸き、「じゃ、翠葉またね」などと各々口にして部屋を出る。
翠葉は海斗くんが残るからか、そんなに寂しそうな顔はしていなかった。
翠葉、少しずつ慣れるよ。今日の別れが今生の別れじゃない。また、すぐに会えるんだ。
海斗くん以外の三人は翠葉からの連絡をひたすら待っていたという。
翠葉が会いたい、来てほしいと一言メールすれば、すぐに来てくれたんだ。
実のところ、今日は痺れを切らせてやってきた、というのが正しいらしい。
翠葉は言われなければそんなことには気づきもしないのだろうけれど、この子たちはそういうことをひとつひとつ翠葉に教えてくれるだろう。
そうやって色んなことを知っていけばいい。
慌てなくていい。少しずつ外の世界を知ればいいんだ……。
「そんな顔をしているときは、たいてい翠葉のこと考えていますよね?」
え……?
エレベーターの中で簾条さんに声をかけられ周りを見ると、三人の視線が自分に集まっていた。
「あはは、俺、どんな顔してたのかな」
「……そうですねぇ。娘を嫁に出す父親?」
そう言ったのは立花さん。佐野くんは笑って、「あ、そんな感じっすね」と請合う。
「ねぇ、君たち……。俺二十四になったばかりなんだけど、何歳で子ども作れば十七歳の娘ができるんだよ」
「やだ、蒼樹さん。まともに取らないでくださいよ」
そう言って簾条さんがクスクスと笑った。
肩口で切り揃えられた髪の毛がさら、と動き、花が綻ぶように笑う彼女に視線を奪われる。
やっぱり、この子しか考えられないんだよな……。
来客用駐車場に着くと、簾条さんは佐野くんに耳打ちをし、当然のように助手席に収まった。
「蒼樹さん、まずは飛鳥の家からでいいですか?」
言われて疑問がひとつ。
どうしたって学校前のバス停が一番近い。
「バス停のほうが近くない?」
「えぇ、近いですね。でも、いいんです」
バックミラーに映る立花さんも目を白黒とさせている。
「飛鳥、今日は家庭教師の日でしょう? 早く帰らないとおば様に怒られるわよ? 宿題終わっているの?」
「いっけなーいっ! 忘れてたっ」
「じゃ、佐野くんは後回しでもいい?」
一応確認をとると、「かまいません」と俯きがちに答えた。
あぁ、そうか……。彼は立花さんが好きなんだったよな。
翠葉が言っていたことを思い出せば、簾条さんを策士と思わずにはいられない。
でも、これで簾条さんとふたりで話す時間は確保できたわけだ。
滑り出しは順調かな?
そんなことを思いつつ車を発進させ、簾条さんの的確な案内のもと車を走らせた。
立花さんを送り届け、また学校近くまで戻り佐野くんを降ろす。と、バックミラーにはきっちりと腰を折って礼をする佐野くんが映っていた。
「彼、律儀だね?」
「そうですね……」
簾条さんはなんてことないように口にする。
きっとあれは送った俺に、ではなく、立花さんとの時間を作った簾条さんへのお礼が多分に含まれていたのだろう。
「で、簾条さん」
「蒼樹さん、お話が――」
同じタイミングで声をかけ、互いが途中で話すのを止める。
「何?」
「なんでしょう?」
尋ねるタイミングまで同じで思わず笑ってしまう。
「いいよ、先に簾条さんが話して?」
「……お時間ありますか?」
俺は好都合だけど……?
「大丈夫だよ。それならどこかカフェにでも入る?」
「……そういうところで話す内容でもないんです」
簾条さんは珍しく苦笑を見せた。
結果、適当なところに車を停めて車の中で話すことにした。
ちょうど車を停めたところ数メートル先に自販機があったので、簾条さんにはミルクティーと自分にはコーヒーを買って戻る。
手渡すと、簾条さんは嬉しそうに両手で受け取った。それに、翠葉の癖を重ねる。
翠葉もカップや飲み物を持つときは両手で持つんだよな……。
けれど、プルタブを開けた彼女は片手で飲んだ。
あぁ、やっぱり翠葉とは違う。
どうしてか、俺は女の子を見るとすべてを翠葉と比べる癖がある。比べてどう、というわけではなく、ただ無意識に比べてしまうだけ。
「で、話ってなんだろう?」
自分から切り出すと、
「言いづらいことなので、できれば蒼樹さんのお話を先にうかがいたいのですが……」
簾条さんが躊躇うなんて珍しい……。
とはいえ、俺の話も決して話しやすい類なわけではない。
「ジャンケンしない?」
「蒼樹さんのお話も話しづらいことなんですか?」
「割と? 言い出せずにギリギリの今日になったくらいには」
今週中には静さんに結果を報告しなくてはいけない。
ジャンケンをしてみたものの、俺はグーで見事に負けた。
Update:2009/07/28 改稿:2017/06/23
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