どこかで見たことがあるような気がして……。
でも、全然知らないもののような気もしてどうしてか気になる。
「翠葉?」
先に階段を上がる海斗くんに声をかけられてはっとする。
「ポケット、何か入ってるの?」
「え? あ、預かりもの?」
気づけばポケットの部分を無意識にぎゅっと握りしめていた。
「『もの?』って訊かれても困るんだけど……。ま、いいや。次は英語だよ」
言われて踊り場を通り過ぎ、最後の階段を上り始めた。
「眩暈は?」
「そんなにひどくは感じないから大丈夫」
「そう? 司から数値が良くないから気をつけろってメールが来たけど」
海斗くんは届いたメールを見せてくれた。
「あ……えと、学校を休んでいたときよりも軽いから、本当に大丈夫」
階段を上がりきると意外な顔があった。
「……学校を休んでたときの眩暈と比較してどうするつもり?」
紛れもなく司先輩。
本を片手に壁に寄りかかっていた。
「なんだよ。そんなところにいるくらいなら保健室まで来ればよかったのに」
「学校まで来て姉さんの顔を見る気にはなれない」
司先輩が眉間にしわを寄せるのはデフォルトだろうか。
「とにかく無理はするな」
そう言うと、司先輩は三階への階段を上りだした。
「翠葉、教室入るぞ」
「うん……。ねぇ、海斗くん……」
「何?」
「……本を持って立っていただけなのに、どうしてあんなに様になるの?」
「……司のこと?」
「そう……。いつも思うのだけど、どうして無駄に格好いいんだろう?」
「くっ……今度司に直接言ってやりなよ。俺は司の反応が楽しみ。ぜひその場に居合わせたい!」
海斗くんは面白そうに笑って教室のドアを開けた。
席に着くとすぐに川岸先生が入ってきて、桃華さんたちとは話す時間がなかったけれど、桃華さんや飛鳥ちゃんが視界に入るだけでほっとする。
「御園生」
「はいっ!?」
突然先生に声をかけられてびっくりした。
「授業始めと終わりにある挨拶には立たなくていいぞ。座ったまま礼だけでかまわないからな。ほかの授業も同様。湊先生から話があったから教師陣は納得済みだ。さ、ほかの連中は立てー!」
みんながガタガタと席を立つと佐野くんの号令が響いた。
「気を付け、礼っ」
この学校は日直は日直でいるものの、授業始めや終わりの号令はクラス委員がすることになっている。
日ごろからクラス委員の指示で何かを通して行っていると、緊急時やクラスでの話し合いにおいて統率が取りやすくなるのだとか……。
授業ではとくに困ることはなかった。
それは毎日のノートをみんなが日替わりで取ってくれていたから。
それがなければ、この一週間でかなりの遅れを取っていたことだろう。
本当に、みんなには感謝してもしきれないくらいだ。
授業が終わるとホームルーム後のように、川岸先生から声がかかった。
すると、すぐに飛鳥ちゃんが立ち上がる。
「先生ばかりずるいっ! 今度は私たちが保健室まで付き添います」
「ははっ、じゃ頼んだ。次の授業に遅れるなよー」
川岸先生は手を振って教室を出ていった。
「ってことで、保健室まで送るわ」
桃華さんと飛鳥ちゃんが席をち手を差し伸べてくれた。
「ありがとう」
ただそう答えただけなのに、海斗くんに頭をわしわしとされた。
「ようやく普通に『ありがとう』って言ってくれるようになったな」
海斗くんが満足そうに言う。
普通に、ありがとう……?
桃華さんに促されて教室を出るころには佐野くんも合流していた。
「御園生はさ、まるで『ごめんなさい』を言う顔をして『ありがとう』って言うんだ。でも、最近は少し変わってきたから。海斗はそれが言いたいんだろ?」
佐野くんが海斗くんを振り返ると、
「そうそう、『心配かけてごめんなさい』『迷惑かけてごめんなさい』。それが抜けて、やっと『ありがとう』って言ってくれるようになったのに、顔が伴ってないこと多々」
海斗くんがイヒヒと笑う。
「でも、さっきの『ありがとう』は顔もちゃんと『ありがとう』だったよね!」
と、飛鳥ちゃんに抱きつかれた。
「飛鳥、階段で抱きつくのはやめなさい」
「立花、階段で抱きつくのはやめておけ」
桃華さんと佐野くんが口を揃えて同じことを言う。
言われた飛鳥ちゃんはしゅんとし、私と海斗くんは顔を見合わせて笑った。
「おまえたち、前世では双子なんじゃね?」
「桃華さんと佐野くんの言葉が重なるの、よくあるよね?」
そんな話をしているうちに保健室に着いてしまった。
「次は生徒総会だから、私と海斗は来れないけど、佐野と飛鳥が迎えにくるわ」
桃華さんにそう言われて保健室の前で別れた。
「またあとで来るからねーーーっっっ!」
飛鳥ちゃんは器用に後ろ向きで歩いている。……というよりは、海斗くんと桃華さんに引き摺られて歩いている、というのが正しい気がする。
みんなに手を振ってから保健室に入った。
「リィっ!」
「え? ……唯兄?」
「ごめんっ、午後まで待てなくて来ちゃったんだ」
あ、鍵っ――
ポケットから取り出して唯兄に渡すと、唯兄はほっとした顔をし、唯兄の後ろで湊先生が小さくため息をついた。
唯兄はすぐに燻し銀のチェーンに鍵を通す。
「昔はさ、これに通して身につけてたんだ。でも、鍵が結構かわいすぎてね。恥ずかしくなってキーケースにつけてた」
なんと言ったらいいのかわからずにいると、
「なくすのが怖ければやっぱり常に身に付けておくべきかな、と。とりあえずまた首からぶら下げておくことにする。見つけてくれてありがとう」
「……とても大切な鍵なのね?」
「そう、すごく大切な鍵」
唯兄はペンダントトップになった小さな鍵を胸元で握り締める。
あ、れ……? 前にもどこかでこんな仕草を見たことがない……?
それはいつ、どこで?
「四時過ぎにはまた迎えに来るから! じゃ、勉強がんばってね」
唯兄は中庭から出ていった。
「呆気に取られてるみたいね? 若槻にとってはそのくらい大切なものなのよ」
湊先生にベッドへ移動するように促される。
呆気に取られているというか……。
今朝、あの鍵を見てからずっと何かが引っかかっていて、どうもすっきりしないというほうが正しい。
そして、ペンダントトップになった鍵。それを大切に握りしめる手――
私、やっぱり何かを知っている気がするのだけど……。でも、何も知らない気もする。
私が知っているものは、何? 私が知らないものは、何?
「翠葉?」
「……先生、あの鍵は唯兄の私物で、私が唯兄に会う前に見ている可能性なんてないですよね?」
「……ないと思うけど。どうかしたの?」
「……いえ、なんとなく気になっただけなんです」
「そう?」
「……はい」
「じゃ、とりあえずこの一時間は休むことね」
そう言うと、カーテンを閉めて出ていった。
……やっぱり私の気のせいなのだろうか。
Update:2009/07/28 改稿:2017/06/19


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