光のもとで

第12章 自分のモノサシ 22〜25 Side Yui 02話

「リィに関すること?」
『バイタルの変化に気づいていたか?』
「当たり前。じゃなかったらなんのための装置?」
『……相馬さんに少し待ってほしいと言われている。だから、若槻も蒼樹も、翠葉ちゃんには何も訊かないように』
『先輩、説明を端折るにもほどがあります』
 あんちゃんのその一言で、俺が揃うまで何ひとつ話していなかったことがわかる。
「あんちゃんに一票。でも、俺はさっき零樹さんから聞いたから、あんちゃんにはわかるようにちゃんと説明してあげてよ」
『……蒼樹たちが飲んでいる滋養強壮剤を翠葉ちゃんが飲んでいる』
『まさかっ!?』
『キッチンに置いてあるんだろ? 栞ちゃんが確認した。おそらく、服用を開始したのは昨日。今日が二日目だ』
 間違いなく、俺とあんちゃんの落ち度。
『待てっていうのは、それを飲んでいるのを知っていながら黙って見てろってことですかっ!?』
 あんちゃんが噛み付いた。
 俺も、零樹さんから聞いていなかったらあんちゃんと同じようにここで噛み付いていたと思う。
 リィが飲んではいけないようなものをキッチンなんて目のつく場所に置いていた俺たちが悪い。
 でも、だからといって、あれはリィみたいな子が飲んでいいものでもない。
『悪いけど、俺も湊ちゃんも栞ちゃんも本意じゃないから。ストップをかけているのは相馬さんだから。それと、御園生夫妻はそれを了承した』
 相馬先生の考えも零樹さんから聞いたけれど、俺はそこに疑問があったりする。
『彼女が何かを掴むまで。……それが期限』
 だって、リィの欲しているものはそうそう手に入るものじゃないし、何かひとつ得られたとして、それで納得できるもの?
 人ってそんなに簡単に納得できるようにはできていないと思う。
『彼女の身体の限界を見極めるのは相馬さんに一任されているらしい。だから、彼女の身体の限界と何かを掴めるまで、どっちが先になるのかは誰にもわからない。言えるとしたら、最悪の状況になる前にはストップがかかる』
 零樹さんに聞いたときにも思ったけど、なんかやな賭けだよね。
 相馬先生の外見からすると、「賭博師」なんて言葉も容易に思い浮かぶけど……。
「あんちゃん、大丈夫? さっきから何も喋ってないけど」
 秋斗さんも気になったのか、あんちゃんの応答を待つ。
『いや……なんていうか……これをあとどのくらい続けるのかと思うと――』
 苦しそうな声が聞こえてきた。
 何かしてあげたいのにできないつらさと、自分に動ける余地があるのに手出しをせずにただ見てるだけのつらさ。
 それらは全然別物だよね。
『本当はさ、蒼樹たちに気づかれないようにバックアップとってあるデータをループして転送しようかと思ってた』
「秋斗さん、俺、それをされていたら今まで築いてきた秋斗さんに対する全部の信用をドブに捨てたと思うよ」
『あぁ、しなくて良かったよ』
「臭いものには蓋を、の典型じゃん」
『そう……。今、翠葉ちゃんだって蓋をしておきたいようなことと向き合っているのに、一番近くでずっと彼女を見てきた人間が蚊帳の外になるのはおかしい。だから、知ったうえで見守る姿勢をとってもらいたい』
 一番近くでずっとリィを見てきた、っていうのはあんちゃんと零樹さんと碧さんだ。
 だからこそ、目を逸らさず、目を背けず、出したい手を抑えてでも見ていてほしい、か。
 本当は自分だって止めたくて仕方がないくせに……。何、そっち側の人間ぶってるんだか。
「あ〜あ……。湊さん、超絶機嫌悪そうだよね」
『あぁ、恐ろしく最悪だ』
「ついでに、きっとこんな事情を知らない司くんは、あとで知ってすごいヤキモキするんだろうね。仕方のないことだけど同情せずにはいられない」
『……そうだな』
 あんちゃんはまだ置いてきぼりをくらっていた。
『……わかりました。転送は打ち切らないでください。本当に何かあったときに駆けつけられないのはきついですから……』
 あんちゃんの心がぎったぎたに切り刻まれて血を流しているのが見える。
 この人はたぶん、去年あったという出来事を思い出していたのだろう。
「心不全で運ばれた」という連絡を受けたときのことを思い出して、二度と同じことが起きてほしくない、と心から願っている。
 そうやってずっと、リィの側にいたのだから。
 気持ちはわかる。俺だって、何度もそんな連絡を受けては心臓が止まりそうな思いをしてきたんだ。
『蒼樹、最悪の事態にならないための装置だ。そこは俺の作った装置と相馬さんの判断を信じてもらえないか?』
『…………』
『授業を受けている時間は湊ちゃんが必ず保健室にいる。午後からは俺が図書棟にいる。何があってもすぐに病院へ搬送できる状態で待機しているから』
 待機しているから――だから、待ってほしい。
 ……秋斗さん、少し変わったかも。
 この人、絶対に先陣切って止めたい人に変わりはないんだ。けど、必死でそっち側の人間になったんだろうな。
 自分を抑えて、さらには俺たちを抑える役を任されたのではなく、たぶん買って出たんだ。
「俺は信じてますよ。あの装置のこともそれを作った人のことも。相馬先生もあの装置を信じているからこんな無茶ができるんだ」
 あんちゃん、覚えてる?
 俺は後々知ったんだけど、あの装置は最悪の事態を未然に防ぐためっていう大義名分を担っているけど、ほかにも意味があったでしょう?
「あんちゃん、リィに何をさせてあげたい? もしくは、何もさせてあげたくない? どっち?」
 今の選択はさ、二者択一以外の何ものでもないんだ。
「そうじゃなかったらさ、何を教えてあげたい? 何を知ってもらいたい? 何を見てほしい?」
 ちっぽけな世界じゃなくて外を知ってほしい、見せてあげたいと思ったんでしょう?
 だったらさ、つらくても少し見守ろうよ。自分以外の人を信じて……。
 全部自分で、なんて思わずに、信じられる人たちを信じようよ。頼ろうよ。
 ここで手を出したらまた同じことの繰り返しになるよ。リィから世界を遠ざけることになる。
 数値を追っている俺たちもつらい。でも、今すごくつらい思いをしているのはリィじゃないかな。
 リィはバカじゃない。きっと、滋養強壮剤を飲んでいることだっていいことだとは思っていないよ。
 思っていないけど、手が伸びてしまうほどにそこにいて何かをしたいと思ってるんじゃないかな。
 俺は、少しだけ相馬先生の言っていることがわかる気がする。
 何もさせないで納得させるのは難しい。何かを得たとしても得られなかったとしても、リィからものを取り上げるのはかなり酷。
 それが体調に関わろうと関わらなかろうと、心がつらくなる。
 それはさ、取り上げられるリィも、取り上げる誰かも、なんだ。
 セリを見ていたから俺は知ってる。
 あんちゃんだって本当はわかってるんでしょ? 何がリィのストレスになっているのかなんてさ……。
 色々要因はある。先日聞いた友達のことだってそのひとつだろう。
 でも、それらすべてがリィの中では体調に直結しちゃってる。
 周りにあれこれ制限されたままじゃ、いつかは壊れるよ。
 確かに、心が守れても身体が守れなかったら意味がない。でも、身体が守れて心が守れなくても意味がない。
 だから待つんだ。ギリギリまで――
 今回のこれはきっとそういうところからはじき出されたひとつの答え。
「あんちゃん、大丈夫。見極めを間違う人じゃないと思う。相馬先生はそこまでお人好しでもバカでもないよ」
『唯……』
「俺はちゃんと御園生家で家族させてもらってる。でも、俺はセリを見てきたから、今は手出しせずに待つときだと思う。専門家がそのタイミングを計ってくれてるんだったら、もう少し……もう少しだけリィのしたいようにさせてあげられないかな?」
 少しの沈黙のあと、
『両親は了承してるんですよね』
 と、抑えられた声が聞こえた。
『あぁ、相馬さんが一番に連絡を取ったのは零樹さんだからな』
『……なら、待ちます』
 その一言で、長いとも短いとも言えない通話が終わった。
 あんちゃんがひとり泣いている気がした。
 いつかの俺のように……泣いている気がした。
 俺は土曜日に帰ることになっていたからそれまでリィに連絡を取ることは控え、ただ携帯に表示されるちぐはぐな数字たちに悶々とすることになったわけだけど、実際、リィを目にしていたあんちゃんたちのほうがもっと過酷だったかな、と少し想像した。

 合宿から帰ってきてすぐ、秋斗さんに連絡を入れた。
 具体的に何があったとは聞かなかった。でも、何かあったのは受け答えの調子でわかった。
 それでも、電話に出るということができてるだけ深刻なものではないのだろうというのが俺の判断。
 リィのバイタルは相変わらずだけど、もうすぐ会えるから――

 ゲストルームに帰宅すると、栞さんが出迎えてくれた。
 いつもと違う調子なのはここにもいた。
「おかえりなさい」という声に覇気を感じない。
 瞬時に夏を思い出すような、そんな声音。
「若槻くん、明日、翠葉ちゃんを病院へ連れていってもらえるかしら?」
 引き際なんだなってすぐにわかった。
「あの瓶、俺の部屋に戻します」
「そうね。でも、明日まではだめよ」
「……なるほどね。現行犯逮捕っていうか、現物所持してるところしょっ引くのね」
 なんともえげつない。
 でも、数日間しか待てない状況じゃ仕方もない。
 リィが何かを掴むまでが期限なんて言ったって、しょせん数日しか待てる時間はなかったんだ。
 滋養強壮剤を毎日飲んだところで、リィの身体がもつわけがない。
 玄関でそんな会話をしていると、背後でガチャリ、と音を立ててドアが開いた。
「げっ――」
 機嫌の悪い人代表、湊さん……。
「人の顔見て、げっ、って何よ……」
「……スミマセン」
「これ」
 胸元に押し付けられたのは車のキーだった。
「七時半には学園祭の準備終わるから、迎えにいってこい」
 ……行ってこい、ときたもんだ。
「不服でも?」
 極悪極まりない笑顔を向けられる。
 いやいやいやいや……。
「不服なのは湊さんでしょ?」
「わかってるならさっさと行ってこいっ」
 俺は靴を脱ぐ前に玄関から追い出された。
「……あのさ、湊さんの車ってどこよ」
 そんな疑問はコンシェルジュが解決してくれる。
 案内された車を見て俺は自分の目を疑った。
「なんでラパンっ!? なんであの人がラパンっ!?」
 すげぇ奇妙な組み合わせ。
 そんなことを思いつつ、リィを迎えにいって帰ってきたら、栞さんも湊さんも普通に笑顔だった。
 いつもとなんら変わらない空気に戻ってた。
 あんちゃんはさすがにちょっとまいった顔をしていたけれど、できるだけ普通を繕っているように見えた。
 みんなに免許取得を祝ってもらい、なんだかくすぐったいと思いつつ、リィの疑問に心臓がピョンと跳ねる。
 あんちゃんは食事中に珍しく席を立った。
 意味もなく席を立ち、キッチンで手を洗ってくるという所業に出たわけだけど……。
 ねぇねぇ……気持ちはわからなくもないけれど、それ、すっげー挙動不審にしか見えないから。
 リィはそんなあんちゃんには気づかず、ひたすら「どうして日曜日なのに病院?」と疑問に思っているようだった。
 それはさ、リィの身体のリミットがそこだからだよ。
 ……なんて、教えてはあげられない。
 ごめんね、あんなところに瓶を置いてて。
 中途半端に外の世界を見ることになっちゃったかな。
 そう思うと、少しの罪悪感が心に滲んだ。



Update:2010/06/02  改稿:2017/07/10



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