朝陽先輩に連れられてきたツカサも首を捻っている。
一瞬目が合ったけど、やっぱり実物と目を合わせることはできなくて、すぐに視線を逸らしてしまった。
「そこまであからさまな態度取られるとむかつくんだけど……」
そう言われても仕方のない態度を取っていた。
わかっているのだけど、ちゃんとわかっているのだけど――
「ごめん、なんのことかわからない」
「……ずいぶんと性格悪くないか?」
「うん。もともといいほうじゃないの」
冷静になろうとすればなるほど、憎まれ口が口をつく。
後悔する余裕もないくらいにいっぱいいっぱい。
困りに困っていると、曲が――歌が始まった。
歌は、いきものがかりの「茜色の約束」。
「え……?」
モニターには茜先輩と交互に動画が映し出される。
夕焼け……。
この夕焼けを私は見たことがある。忘れられないくらいきれいな夕焼けだった。
何よりも、そこに自分が映っているのだから驚きだ。
「何これ――」
モニターには私とツカサの後ろ姿が映っていた。
中間考査前、会計作業で居残りをした日だ。
あの日、部活動停止期間に入っているにも関わらず、映像研究部が大掛かりなセットを用意して私道入り口にいた。
夕焼けを撮るため、とそう言っていた気がするけれど、どうして――
ツカサが小さく舌打ちするのが聞こえた。
「いやさー、ふたりともなかなか写真撮れるタイミングなくて苦労したよー」
久先輩がひょっこりと現れ朗らかに言う。
「これ撮るのにバズーカレンズのレンタルまでしたし! 写真部も隠密よろしく背徳感いっぱいで隠し撮りがんばったんだから! 司なんてすぐレンズに気づいちゃうから、結局バズーカレンズ使用。翠葉ちゃんはなっかなかひとりの写真が撮れないしさ。すんごい苦労したんだよ? あ、紅葉祭が終わったらDVDも写真もあげるからね!」
久先輩の言葉はちゃんと聞こえている。茜先輩の歌だって聞こえている。
歌と映像に胸を鷲づかみにされて身動きが取れない。
今すぐ誰かに助けてほしい。ここから連れ出してほしいと切に願う。
手をつないでいる映像なんて、そんなの流さないで。
これはただ単に、姫と王子の出し物の一環なのだろう。でも、これを見たツカサの好きな人が変に勘違いしたらツカサはつらいよね?
ツカサの恋の応援をするのは難しいから、自分の恋を応援する。それはありだと思う。
でもね、ひとつだけ言えることがある。
ツカサが傷つくのは嫌だよ……。それだけは嫌なの。
そもそも、こんな映像を私に見せないで。
もう、その手を離さなくちゃいけないと知ってしまったのに、こんな映像ひどい――
私はこの手が欲しくて仕方がないのに、この手を離したくないのに、こんなに嬉しそうに笑う私を見せないで。
映像は同じものが何度も繰り返し流される。
見ているのだってつらいのに、私はモニターから目を逸らすこともできずにいた。
ツカサが傷つくのは嫌だと思いながらも、この映像のようにずっと手がつながれてたらいいのに、と思う私は最低だ。勝手すぎる自分に嫌気が差す。
「っ……翠、何泣いて――」
「なんでもないっ」
「なんでもなくないだろっ!?」
ツカサに怒鳴られた。
「なんでもないってばっ。携帯持ってるんだから見ればいいでしょっ!? 数値に何か異常でも出てるっ!?」
「っ……出てない、出てないけどっ。何かあるのは間違いないだろっ!?」
「だから、ないってばっ」
「……下手な嘘はつくなってさっき言ったはずだけど?」
「そのときにも言ったっ。言葉にできないこともあるって言ったっ」
茜先輩の歌の最中だというのに、私とツカサは互いにめったに出さない大声でケンカをしている。
たぶん、こういうのをケンカというのだろう。
蒼兄とだってこんなケンカはしたことがないのに……。
「ちょっと……なんでふたりがケンカするのか意味わからないんだけど」
朝陽先輩の声がしてそちらを見ると、「げっ」と言われた。
「翠葉ちゃん、なんでまたそんなに泣いてるのかな? あぁ、俺、さっきハンカチ貸しちゃったから何も持ってないや」
「洗って返しますっ」
「いや、別にいいんだけど……」
「朝陽は黙ってろ……」
いつもより数段低いツカサの声が心臓に響く。
「あ〜……えっと、司、そろそろスタンバイに入ろうか?」
久先輩が間に入り、ツカサは私を一瞥してから中央昇降機へと向き直る。
ツカサの鋭すぎる目に心臓が射抜かれるかと思った。
「翠葉ちゃーん……司、相当機嫌が悪いことになってるよ?」
「わかってます……」
朝陽先輩に言われなくてもわかってる。私の受け答えが良くなかったのも、全部ちゃんとわかってる。
ツカサの機嫌が悪いと周りが被害を被るのだって知ってる。でも、どうしたらいいのかわからなかったの。どうにもできなかったの。
言えないものは言えない……。
今の私はきっとすごく情けない顔をしているに違いない。
手ぬぐいを目にあてると、ぐんぐんと水分を吸い取った。
まだこんなに涙が残っていたなんて知らなかった。
「司の歌が終わったら全員でステージに上がるでしょ? そのときの翠葉ちゃんのエスコートは司なんだからちゃんと仲直りしなよ?」
それもあらかじめ決まっていたことだけど、すごく困る。
困る困る困る……。
ツカサの歌の準備が整うと、みんなそれぞれ移動を始める。
ラストの曲は嵐の「5×10」だ。
実行委員や生徒会、当日奈落に詰めていた生徒が全員ステージに上がるのだ。
歌を引き受けるのは生徒会男子だけれど、みんなで手をつなぎ、一緒に歌を口ずさむことになっていた。
なんていうか、やっぱり困る……。
「佐野くん、お願――」
声をかけると、
「これだけは無理っ」
と飛び退いた。
「空太くん――」
「いやっ、ごめんっ! 俺には力になれそうにない」
「香乃子ちゃん」
「ややや、私にも荷が重いよ。それに、私女の子だしね? やっぱりこういうのは男子だよっ、男子っっっ!」
「ちょっ、七倉っ!?」
香乃子ちゃんの言葉に佐野くんと空太くんが慌てる。
いつもなら「了解」と返事がもらえそうなのに、今日はみんなおずおずと引き下がってしまう。
どうして……。
ほかに頼れる人がこの場にいるだろうか。
「あ――」
あたりを見回すと、ベースの風間先輩が目に入った。
私が立ち上がると、
「えっ、ちょっと御園生っ!?」
佐野くんに腕を掴まれたけど、私はその手を振り払って風間先輩へ向かって歩きだした。
人と話している人に話しかけるのは苦手。
近くまで来て声をかけられずに困っていたら、風間先輩が気づいてくれた。
「御園生さん、どうかした?」
「あのっ……今日はありがとうございました。『Birthday』のときも、茜先輩の歌のときも……。本当にありがとうございました」
「全然! どっちも楽しかったよね!」
「はい」
ライトの下で見たら髪の毛が赤い先輩。茶色く脱色した上に赤を乗せたようなそんな髪の色。
きれいだけど、結構奇抜だとも思う。それでも、不良っぽくは見えないから不思議。
髪の色が赤くても怖くは見えない人。
「茜先輩のときはぶっつけ本番で焦ったけど、その場限りを楽しめたっていうかさ、まさにライブって感じだったよね」
それを聞いて、この人なら音楽の話ができると思った。
「あの、お願いがあって……」
「ん? 御園生さんのお願いならなんでも聞くよ?」
「本当ですかっ!?」
今しがた、クラスメイト三人に断わられただけに、用件を言う前にOKをもらえるのはとても嬉しい。
「あのっ、最後の演目で一緒にステージに上がってもらえませんかっ!?」
「……それって、エスコート? でも、御園生さんのエスコート役って藤宮なんじゃないの?」
「そうなんですけど……。ケンカ中で、なんかやなんです……」
「……いつの間にケンカしたの?」
「ついさっきです……」
ケンカ中でなくても一緒にステージに上がればツカサの好きな人はそれを目にするのだ。
もしかしたら、観覧席ではなくこの奈落のどこかにいるのかもしれない。
いくら姫と王子の出し物だからといっても、これ以上はもう――
「ケンカ、ねぇ……。なんでケンカ?」
「…………」
「わかった、ケンカの原因を教えてくれたらいいよ。エスコート引き受ける」
「……ケンカの原因、言わなくちゃだめですか?」
「うん」
即答だった。
「だって、今日見ていた限り、俺にはふたりがケンカする理由の見当がつかないんだ。その、わからないことを知りたいっていう探究心くらいは満たしたいかな?」
「それは……」
「人は好奇心の塊だよ?」
確かに、と思う。
私の周りには、「言いたくないなら言わなくていいよ」と言ってくれる人が多すぎた。
もっとも、この学校に来てからのことだけれど。
「そんなに言いづらいこと?」
頷くと、
「わかった。じゃ、秘密は厳守って約束する」
風間先輩に小指を出され、
「……指きり、ですか?」
今度は風間先輩が頷いた。
私は自分の小指を出された小指に絡める。
「絶対に……絶対に、秘密ですよ?」
「うん。絶対に絶対に秘密」
Update:2011/10/10 改稿:2017/07/11


ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。
↓コメント書けます*↓