光のもとで

第13章 紅葉祭 紅葉祭一日目 Side Reju 01話

「翠葉がステージで歌を歌うとはねぇ……」
「感慨深いものがあるわね」
 そんな会話をしたのはいつだったか……。
 確か、夏休み明けの早い時期だったと思う。
 まさか、蒼樹たちが藤宮の生徒になるとは思っていなかったし、あの娘が「姫」に選ばれるとも思っていなかった。
 さらには、「藤宮」の人間に好かれることになろうなんざ誰が予想したことか――

 藤宮の学園祭こと紅葉祭当日は、静からの誕生日プレゼントというありがたいお言葉で丸一日休めることになっていた。
 真夜中に帰ってきて、朝には家族で朝食を摂り娘を送り出す。
「いやはや、このマンションから娘を送り出すことになるとはねぇ……。何が起こるかわかららないものだな」
「本当ね。でも、熱も出さずに今日を迎えられて良かったわ。あの子、イベント前にはいつも熱を出すから」
 クスクスと笑う奥さんは、「洗濯物を干さなくちゃ」と洗面所へ向かった。
 俺はそんな奥さんの代わりに食器洗いに手をつける。
 食洗機なんて便利なものがいつからあるのかは知らないが、そんな便利なものは使わない。
 朝の会話を思い出すように、食器を一枚一枚きれいに洗う。
 それらを済ませてコーヒーを淹れると、現場からメールが届いていないかのチェックなど……。
「おや、一通もなしですか。さっすが周防ちゃん」
 俺はポスンと音を立て、ソファに身体を預けた。
「やっぱ、この仕事が終わってもまた一緒に仕事したいなぁ……」
 でも、今回のように長く家を空けるのはもうやめたい。
 ま、「仕事」という形にこだわる必要もないか……。
 今の仕事が終わったら、部下ではなく友達になってください、と言ってみよう。
「父さん、俺そろそろ行くけど」
 気づけば時計は八時を差していた。
「唯は?」
「蔵元さんから電話があって出ていった。たぶん秋斗先輩のところじゃないかな?」
「ふーん……ま、蒼樹も気をつけて行っておいで。俺は碧の支度が済んだら出るよ」
「了解。わかってると思うけど、ゲート通過するのに時間かかるよ?」
「あー、知ってる知ってる。警備、かなり厳しくなったらしいからね」
「そういうこと」
 それだけ言うと、愛息子はリビングを出ていった。

 昨夜、静の家へ帰ってきたら、静は寝ずに待っていた。
 そして、娘翠葉が警護対象になっていることを聞かされた。
 唯から病院での出来事は聞いていたが、そのずっと前から静が警護を翠葉につけていたのだとか。
 厳密には、前回警護がついたときから継続して警護されていたという。
「俺が学生のころは早々に碧に警護をつけたものだが、うちのヒヨコどもはまだそこまで頭が回らないようだ。その分は俺がフォローしている」
「あらら……。ま、そっか。そうだよね? 秋斗くんに求婚されているということはつまりそういうことだもんね。それに、考えてみれば翠葉の周りって指折り数えちゃうくらい藤宮だらけだし。さらには静のところで仕事をするともなれば当然の対応だよね」
「そういうことだ」
「娘を危険に晒したいわけじゃないけど、新しい世界は知ってほしいし、今大切だと思っている友達とは仲良くしててほしいよ。そのために警護が必要だっていうなら俺はかまわないと思うんだよね。翠葉がどう受け止めるかは別として」
 あくまでも、翠葉がどう受け止めるかは別問題。
 でも、思うんだ。
「うちの子、きっとそういうものに怯えて友達の手を離す子じゃないと思うんだ。問題要素が自分側にあるのなら躊躇せずに手を離す。でも、そうじゃないなら、せっかく得た友人を手放す子ではないと思う」
「……自分の子どもを信じているんだな」
「それともちょっと違う。確かに信じてはいるけれど、これは願望とか希望。そういう類かも」
 自分の娘を見てきて、こういう行動を取るだろうという予測はできる。
 でも、自分としてはそういう選択をしてくれるように願っている、といったほうが正しい気がした。
「何にせよ、問題はうちのヒヨコどもだ。朝には警護のことでごたつくだろう。そのときにどう動くのか――動けるのかがまず問題だ」
 静は言いながら苦笑していた。
「どういうこと? 俺ね、朝から晩まで通常業務こなして、そのあとに明日の分の打ち合わせを済ませてから車ニ時間ぶっ飛ばしてきたから頭の稼動領域少なめなんだよね」
「コーヒーでも淹れるか?」
「遠慮しとく。話聞いたらすぐ寝たいもん」
「久しぶりに旧友と話す時間があるというのにつれないやつだな」
「つれなくて結構。朝一の家族団らんのほうが大事だし」
 静はふっと笑みを浮かべる。
「今、秋斗が用意している警備体制じゃ足りていない。司や海斗、湊を守るのには手抜かりない状態だが、翠葉ちゃんが完全にスルーされている」
「でも、そこは静がフォローしてるんだから実質的には問題ないわけだろ?」
「実質的に問題はないが、ヒヨコどもが気づかないことに問題がある。こんなことくらい誰に言われずとも己で気づいてほしいものだが……。俺もいつまでも若くないからな」
「なんつーか、相変わらず考え方が藤宮流」
 俺は苦笑を漏らした。
「静はまだ結婚してないし子どももいないけど、なんだか複数人子どもがいる父親に見えるな」
「……零樹、とっとと寝たらどうだ?」
 珍しくも口元を引きつらせた笑顔を向けられた。
「あ、話ってそれで終わり? 俺、寝てもいい?」
「あぁ、俺の機嫌を損ねる前に寝てくれ」
「えー? そんな貴重なものが見れるくらいならもう少しくらい起きてようかな?」
「とっとと寝ろ」
「わかった、おやすみ」

 話した内容を思い出し理解する。
「あ、なるほど……。湊先生の父親とでも解釈して機嫌損ねたのかな? ……静って意外と単純なんだなー」
「何? なんの話?」
 碧に問いかけられ視線を移すと、服を着替えメイクを済ませた奥さんがいた。
「うんにゃ、こっちの話。じゃ、行きますか」
「えぇ、お鍋の用意も済んでるから、帰ってきたらコンシェルジュから材料を受け取ってすぐに作れるわ」
「そりゃいいね」
 まだ朝だというのに俺たちは夕飯の話をしながら家を出た。

 コンシェルジュに見送られた俺たちは、緩やかな下り坂を歩いていた。
「そういえばさ、昨夜帰ってきたときに静に言われたんだけど、翠葉に警護がついてるってさ」
 碧はきょとんとした顔をしていた。
「つまりは碧と一緒ってこと」
「……だから?」
 あれ? 意外な反応……。
「何を今さら……。秋斗くんに求婚されているなら当然でしょ? それに、静のことよ? 以前警護をつけたときからずっとそのままなんじゃない?」 
「……なんで知ってるの?」
 真面目に疑問。
 あれ? 碧だけ静から聞いてたっていうオチ?
 俺、ひとりだけ仲間はずれ食らってた?
「なんでも何も――零、何年静と友達やってるのよ」
 あれぇ? 呆れた顔をされちゃったけど……ざっと三十年くらい?
「あのとき、静から届いたメール覚えてる?」
「あのときって、警護解除の連絡?」
 尋ねる俺にコクリと頷き、碧は自分の携帯を取り出した。
 そして、いくつかの操作をすると問題のメールを表示させる。
「碧さん……このメール、ざっと半年くらい前のメールなんですが――」
 なんでこんなに早く表示できるのかなぁ……。
「私、静からのメールは裏がありそうなものだけ『とりあえずフォルダ』に放り込むことにしているの」
 えええっ!?
「基本あれこれ画策しているような人間よ? センサーに触れたら『とりあえずフォルダ』行き確定」
 見せられたメールのどこにセンサーが作動したのだろう。
 俺は改めてそのメールに目を通す。
 宛先は俺と碧のみ。
 そこには蒼樹の名前や秋斗くんの名前は記されていない。


件名 :姫君の護衛
本文 :今日、警護対象から外れた。
    心配をかけてすまなかったな。


 以上だ。
「まだわからないの?」
 穴が開くほどにガン見してもそれしか書かれていない。
「碧さん、ご教授願えますかね」
「つまり、警護対象から外れたことしか書かれていないあたり」
「――警護対象からは外れた。……けど、警護は外していない?」
 まさかと思いながら口にすると、
「私はそう解釈すべきかしらと思ったからこそ、『とりあえずフォルダ』に移したのだけど」
 やばい……。
 俺、完全に遅れをとった気がする。
 涼やかな秋の朝だというのに、俺は手に妙な汗を握った。



Update:2011/11/15  改稿:2017/07/15



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